量はあまり多くないが、安い値段で出していたような気がする。実のところ、ちょっとした理由があって、5回ほどしか入ったことがないのだ。
理由というのは、最後に食べた冷やし中華が、ひどく不味かったこと。何かの間違いなんじゃないかと思えるほど、不味かった。それで行かなくなってしまったんだけれど、あとでよく考えてみると、冷やし中華のタレと何か別のスープを入れ違えたんだと思う。
いや、本当に不味かったんだ。言おうかと思ったけど、やめた。黙って食べるのをやめて、カウンターにお金を置いて店を出た。
これも今にして思えば、大人げない。
その日は、いつも料理をしているおじさんがいなくて、給仕を専門にしているおばさんが冷やし中華を作った。だから、間違えちゃったんだと今も思う。
この中華屋さんは3人で切り盛りしていた。前述のおじさんとおばさんの他にもうひとりのおじさんがいて、ひとりは料理も作るが配達にも出かけていた。彼が自転車に乗って出前をしている姿をよく見かけたから、やはりそれほど不味い店というわけではなかったのかな。
おじさんとおばさんと書いたけど、実はかなり高齢だった。3人とも70歳は超えていたように思う。だから、よけいに不味い冷やし中華を出されたときに、怒ることができなかった。
その中華屋が店を閉じた。
その後、町で車椅子に乗ったおじさんと、それを押すおばさんを見かけた。中華屋のふたりだった。
その姿を見て、料理を作ることが出来なくなって店を閉めたのかなと思った。それが理由だったのかな。
そういえばこのところ町で車椅子をよく見かける。mojoと同世代の人が親らしき人を押していることもあるが、中華屋のふたりのように押しているのも乗っているのも老人というケースも珍しくない。
きっとこれから、こんな風景がもっと当たり前になっていくのだと思う。
けれども医療費や介護保険、社会構造の高年齢化と少子化、我々をじわじわと包囲してくる問題は、車椅子を押すのを手伝ってくれるような気がしない。ときには「降りて歩け」と言っているのかと思ってしまうようなこともある。
これから先、日本人はうつむかないで、真っ直ぐ前を見て歩いていけるのだろうか。
■おまけのリンク
車椅子が運転席になる自動車Kenguru - Engadget Japanese(車椅子に乗って車に乗り込み、そのまま運転できるという車が紹介されてた)