入院56日目 しわだらけの手


 mojoのベッドの正面には、通路を挟んでベッドがある。6人部屋なので3対3だ。その正面のベッドの主は、毎日リハビリをしている。下半身がマヒしているようで、午後になると車イスでリハビリ室に出かけ、汗をタップリかいて帰ってくる。

 mojoはベッドで寝たまま「行ってらっしゃい」とか「お帰りなさい」などと声をかける。その人、Sさんはいつもニコっと笑顔を返してくれる。

 実はmojoがこの病室に入ってきてヒーヒー言ってる頃から、Sさんは朝起きるとニコっと笑って挨拶してくれていた。mojoも痛みをこらえながら、やっと笑って挨拶出来るようになったが、Sさんはなんとmojoと同じ病気だったのだ。

 心臓を手術し、その後大動脈瘤の手術をしたのも同じ。そして違っていたのは、mojoはなんとか無事に手術を終えたけれど、Sさんはエントリ「10%の不幸」で書いた最悪の事態になってしまったのだ。

 つまり手術中に脊髄に傷がついて下半身がマヒしてしまったのだ。

 どう心に折り合いをつけたのか分からないが、あるいはついていないのかも知れないが、Sさんは笑顔を見せてくれる。ほぼ1日ベッドを起こした状態で、リハビリ以外はテレビを見て過ごしている。

 実はリハビリはけっこうつらいらしい。お風呂も看護婦さんに4人がかりで入れてもらう。オシッコはずっと尿道カテーテルが入ったままだ。便はオムツをしているが、出が悪いと看護婦さんに摘便(てきべん=直接指で便を掻き出してもらう)してもらう。

 確率的にはmojoも同じ状態になってもおかしくなかったわけだ。そうした時、mojoはSさんのように、同室の病人に笑顔を見せられただろうか。

 mojoと同じように家が遠いらしく、1週間に1度か2週間に1度、家族が病院にやって来る。腰のひどく曲がった奥さんもやって来る。奥さんはベッドサイドのイスに座って黙ってSさんのマヒした足をさする。ずっと、黙々とマッサージを続ける。祈っているのが分かる。この足に再び神経が通うように…そう祈りながらさすっている。

 大きな体のSさんと、とても小さな奥さん。Sさんは娘さんたちとはけっこう話すのに、奥さんとはあまり話さない。でもきっと、深いところでつながっているんだろうなぁ。

 娘さんがくれた冷たいイチヂクの香りを感じながら、mojoは足をさする奥さんのしわだらけの手を見ていた。ふと顔を上げると、Sさんと目が合った。お互いにニコっと笑った。なんだか、うれしかった。

Posted at:2003年08月31日 (Sun)at 02:40 午後