入院63日目 インクの匂い
入院してまる2ヵ月。今日は東京からカメラマンの友人が見舞いに来てくれた。ちょうどこのあたりで取材があったらしい(後で聞いたら、わざと取材を入れたのだとか)。mojoが参加している雑誌の最新号も持ってきてくれた。
昼食後、ベッドでテレビを見ていたら、彼がのそっと入ってきた。あは、久しぶりの顔。
「どうですか?」
4つ年下の彼が聞く。
「うん、明日検査をやるんだ。それでOKが出れば退院って話になると思うんだけど」
手術から3週間が経ち、ずいぶん楽になってきた。相変わらず左の脇腹は痛いけど、でもその痛みにも慣れてきた。もう以前のように1階まで行って買い物などもしている。
「東京はどう? 仕事押し付けちゃって悪かったね」
彼には僕の担当している企画を数本頼んでやってもらっていた。ただでさえ忙しくて休みが取れない彼に頼むのは心苦しかったが、なかなか安心して頼める人がいなかったのだ。
「大丈夫です。なんとかやってます」
笑ってそう言ってくれた。
平日だったら階下の喫茶店に行って話をするのに、今日は休みなのでエレベーターの前のイスに座り2時間近くもしゃべってしまった。これから東京までとんぼ返りしなけりゃいけないのに、ついうれしくて引き止めてしまった。彼もそれが分かるのか、自分から帰ります、とは言わなかった。
彼を見送り病室に戻る。ベッドの上に手渡された本を置いた。9月号。創刊して10年ほど。ずっとやってきたこの本で初めて1ページも書かなかった号。なんだかいつもとは違って見えた。
他の仕事は全部処分してしまった。連載も打ち切り、やめてしまった。この本だけ席を残した。愛着はどの本にもあったけれど、なんとなくこれを残した。少し寂しい気持ちで本を手に取り匂いをかいだ。新しいインクの匂いがした。
Posted at:2003年09月07日 (Sun)at
02:44 午後