もちろん、ここでいう[PC]とは[パーソナルコンピュータ]のことを指しているんだろうけど、mojoの場合は最初のパーソナルコンピュータがMacintoshだったせいか、ずっとMacと呼んできた。
これは多くのMacユーザーにとっても似たようなもので、「うちのMacが調子悪くて」とか、「今度のMacはいいらしいよ」なんて言い方をしていたように思う。
さらにiMacとか、iBookとか、あるいはPismoやWallstreet、Lombardなんて「通」な呼び分けもされる。それでも[PC]という呼び方はされていなかったような気がする。
これを単純に“愛着論(あるいは愛情論)”に持っていってしまうと話は面白くなくなってしまうのだが、パーソナルコンピュータをMacと呼ぶことが、なんだかとても自然だった。
それがここ数年、Mac系の掲示板などでも「PCが起動しなくなって…」とか、「PCを買ったばかりなんですけど」なんて書き込みを見るようになったのだ。
これはiPod景気により、Windows陣営から流れてきた人が増えたからなのか、あるいは[PC]というコトバがmojoの予想以上にMac使いにも浸透してきたせいなのか、両方が進みつつあるのか…。
だいたいPCと聞くと、IBM/PCとかPC/AT互換機とか、そのあたりを想像してしまうんだよなぁ。そんなことに“引っ掛かり”をおぼえつつネットを徘徊し、今日もちょっと調子が下降気味のMacで文章を書いている。