少し困り顔の母と駅で落ち合い、タクシーで病院へ向かう。30分ぐらいかかるとのことだった。大学病院は小高い丘というよりも、たぶん昔は山だったようなところに建っていた。
初診受付を通り、心臓外科の受付へ。兄の友人より話が通っていて、すぐに名前を呼ばれた。中に入る。思ったよりも若い先生が笑顔で迎えてくれた。そして問診とベッドに寝ての触診。
「ああ、これだね」
と動脈瘤に触れて言う。動脈瘤はmojoの場合と同じように、外の病気で病院を訪れ、触診などをして発見されることが多いと話してくれた。
そして東京から持っていった写真を見て、改めて話をする。
「これは腹部ではなくて、胸腹部の大動脈瘤なんです」
というと?
「少し難しくなるんですね。切るのもわき腹から切っていかなければいけないし、場所が難しいところにあるんです」
よく分からないが、東京で聞いたよりも難しいみだいだ。でも、もうしょうがない。切るしかない状況なのだ。
「じゃあ入院手続きをしてもらって、明日か明後日でも心臓の検査をしましょう。心臓に異変があると困るので、これはやっておきたいのです」
これが後に大嫌いな検査となる心臓カテーテルだった。
「でも先生、少し時間が欲しいんです。仕事の引き継ぎとかやらなくちゃけなくて…」
そういうと先生は、えっという顔をした。もともと、今日入院するつもりで来たと思ったらしい。
こっちは今日外来で入って、ゆっくりと入院日を決めようなんて、ホントにのんびりと構えていたのだ。ところが、どうも様子がおかしい。
「でもね、医者としてはmojoさんの病状を診てしまった以上、帰してしまうわけにはいかないんです。東京に戻られて動脈瘤が破裂したら、ボクは悔やんでも悔やみ切れないんですよ。もちろん、強制は出来ません。でも…」
ここまで言われて、入院してしまおうか? と気持ちが傾いたが、でも部屋の整理も仕事の引き継ぎも何も済ませていなかった。
「先生、2日か3日だけ時間を下さい。おとなしくしていますから、お願いします!」
結局、このお願いを通してもらい、7月7日の月曜日に入院することになった。その代わり、入院は午前8時。すぐにそのままカテーテル検査を受けることになったのだ。
この日、看護婦さんに「患者支援センター」という部署に行って、いろいろ手続きをしていきなさいと言われた。そこで相談すると、更生医療という制度があるので、東京に戻ったら、手続きを済ませて来て欲しいという。この手続きは面倒だったが、後にすごい力を発揮することになる。
ともかく入院日が決定した。7月7日ということは、8月初旬には退院。9月には仕事に復帰出来るのだろうか。