忘れようとしても思い出せないのだが、連載初期は小さ過ぎたし、後期の連載時も週刊のマンガ誌をホイホイと買うことのできるような小遣いはもらっていなかったので、すでに刊行された単行本を1冊ずつ時間をかけて集めていったような気がする。
本がボロボロになるまで何度も読んだ。読むたびに面白さが増し、新鮮な発見があった。
むさぼり読んではケラケラと笑い、マンガばかり読んでいるんじゃないと親に叱られ、それでも隠れて読んでいた。
ところで今、思い返すと赤塚不二夫の描く人物たちは、みんなちょっとずつズル賢かったように思う。
子供の持っている食べ物をかすめ取ろうとする大人、1本のジュースを水で薄めてそれを売り、儲けようとする子供。
ズル賢くて抜け目がない。
そこには嫉妬や偉ぶる気持ち、卑屈さ…人間の業のようなものが描かれていた。
最近、こんな風に人間を描くマンガが少なくなった。逆に人工甘味料のように奇妙な味が舌に残る「いい人」を描いたマンガが目に付くようになった。
いや、マンガだけじゃなくて、歌もテレビドラマも映画もどことなく甘ったるく感じる。
ネットで知り合い、初めて会った人と警戒心なくどこへでも行ってしまうような、そんな無防備な世の中だから人工甘味料に漬かったモノを簡単に受け入れてしまうのか。
あれはダメ、これもダメ、あんなことを言うのもダメ、もちろんそれはムリムリ…自らの首をしめておいて「ひどい世の中になった」と愚痴っているキュークツな<今>が嫌で、赤塚不二夫はちょっと抜け出したのかな。
面白いと思うことにはブレーキをかけなかった赤塚不二夫。自分が本当に面白いと思うのなら、縛られる前にやってしまえ!
そう言っているように思えた。
今のオレたちは、本当にこのままでいいのか? 訃報を耳にして、そんな疑問が腹の中にポトンと落ちた。
※フリーライターとなって何年目か、誰かの記者会見の場に現れた赤塚不二夫を見てコーフンした覚えがある。
子供の頃から憧れていた赤塚不二夫が目の前にいるのだ。何を話しているのか聞きたくて、そばに近づいて聞き耳を立てたが、よく聞き取れなかった。
その後、数度間近で見る機会があり、一度勇気を振り絞って話しかけたことがあるのだが、ベロンベロンに酔っぱらっていて話にならなかった。
でも、本当にうれしかったなぁ。
ありがとう、赤塚不二夫。冥福を祈ります。