■電車の中で何かを食べたり、化粧をしたりする人たちには、周囲の人たちのことを人間ではなくモノだと思っている。これはmojoの中では確定事項だ。
■もうひとつ。人がモノになってしまった事例。
駅前通り。向こうからスーツを着た女性が歩いてくる。両手に何か持っている。右手で何かを持ち上げ、口の中に放り込んだ。
近づくにつれて詳細が分かってきた。左手に持っていたのはプラスチックの容器である。ペラペラした透明なやつ。右手は箸。
そして口の中に放り込んでいたのは、助六寿司だと判明。
以前、テレビ番組でノリ弁のような普通の弁当を道を歩きながら食べている女性を紹介していたが、寿司とはいえゴハン系の食べ物をウォーキング・イーティング(ハイキングウォーキングと似ているが関係ない)する人を生で見たのは初めてだ。
■食べる人はスーパーマーケットにもいた。なんと買い物をしながら、袋菓子を食べている女性を発見。ガムとかチョコではない。袋菓子である。
mojoの生まれた地域では「横綱あられ」と呼ばれていた、ちょっとツイストされた棒状のあられである。袋菓子なのだから手で食べる。
あられだから油で汚れる。その手で商品を触る。商品には油がベットリ。
■スーパーマーケットは、そんな人たちの宝庫だ。カゴを片づけないで放置しておくのは当たり前。先日見かけたのは、総菜コーナーで持っていたバッグをパックに詰められた総菜の上に置いてしまった女性。
これにはさすがに「おいおい」と声をかけると、「ちゃんと下につかないように置いてるんです」と逆ギレされてしまった。
よしんばパックについていなくても、ここに置いちゃマズイだろ。俺は本屋で本の上にカバンを置く輩にだって文句を言うタチなんだ。総菜はいかんよ、総菜は。
しかも、あきらかに下になったイモのてんぷらが変形してるだろ。
■とある町の商店街。歩道に自転車が停めてあった。そこに前から歩いてきた男性。年の頃、60代半ば。手に持っていた紙袋を丸めると、通りすがりに自転車のカゴの中に放り込んでしまった。
そして、しら〜っとそのまま行こうとする。「おいおい」
若い奴は…なんて時代ではないのだ。どの世代もおかしくなっている。その割合は違うのかも知れないが、総じて自分勝手になっている。たまらない時代になっちまったな。
自分だけはと思っているが、それもたぶんどこかで崩れたり、歪んでいる部分があるのだろう。そう思っておけば、間違いない。これも想像力。
■次は走る人。車道にて。右側を自転車に乗り平気で走る人たちをよく見かけるようになった。車に乗る人にとってはジャマだろうな。本人は、やがて右に曲がるつもりなのかも知れない。面倒だから、車が向かってくる道を反対方向から突っ込んでいくのだろう。
「向こうが、よけてくれるさ」と思いながら。
いつか、よけてくれなくなるぞ。どうするんだ!?
まだまだ、ボヤき足りないけれども、あまり血圧を上げてしまってもよくないので、今日はこのぐらいで…。
