昨日、知人の訃報が届いた。わけあって疎遠になっていたので、その知らせが届くまで2週間を要した。そのことはいい。実際、ここ何年も親しい仲ではなかったのだから。
そして、それが病死ということであれば、意外とすんなりと受け入れることができたのかも知れない。
けれども、知人は自ら命を絶ったと聞いた。
最後に会ったのがどこで、いつのことだったか、思い出せないほど疎遠になっていたぐらいだから、今の自分がショックでものすごく落ち込んでいるというわけではない。
でも、胃のあたりにある何かが、どこかにひっかかったまま下に落ちていってくれないのだ。
彼と最初に会ったのは、四谷にあった小さな出版社だったと思う。mojoは26〜7歳で、フリーライターとして最初の多忙期を迎えていた。まだ原稿用紙に手書きで原稿を書いていた時代で、時間がないと出版社に泊まり込んだり、何時間か拘束されて自分の担当分を仕上げるというのが珍しくなかった。
忙しくて家に帰ることができず、出版社の一室で原稿を書き、そのまま次の出版社に行って原稿を書き…といった生活をしていた。そのローテーションの中のひとつに、彼と出会った出版社があったのだ。
当時、彼は知り合いのカメラマンの助手のようなことをしていた。撮影済みのフィルムを届けたり、自分でも小さな商品紹介のコーナーなど、メインではない企画ページの写真を撮り始めた頃だったと思う。
そして同じフリーとして、会えば挨拶をする程度の仲で、あまり交わることなく時が経った。ところが数年後、とある出版社で偶然再会した時、彼は別人のように変身していた。
写真は、ほとんど撮らなくなっており、フリーの編集者のようなことをしていた。変わったのは、何だかもう10年選手のような雰囲気を漂わせていたことで、ブルドーザーのように力づくで仕事をしていた。数年前の彼の姿を知っているmojoには、どこか虚勢を張っているように見えたのが印象的だった。
自分の参加している雑誌を手伝ってくれと言われ、手を貸したのが最初で、それから10年ほど違う雑誌を作ったり、ムック本を何冊か作ったり、顔をつき合わせて仕事をした。
一緒に仕事をし始めた頃、彼には難病の息子がいて、治療にかなりのお金がかかるんだと言っていた。しかも、今現在の危機を脱しても二十歳までは生きられないだろうと、医師に宣告されているのだと、いつか一緒に取材をした帰りの車の中で漏らしていた。
彼のするブルドーザー仕事は、時に雑でデリカシーがなく、さらに裏で画策して似たような企画の本を別の版元で出したりして、業界のタブーを犯してしまうこともあった。金のためだったのかも知れない。だけど、それが原因で敵も作ったし、mojoとも何度か衝突した。
そして自分のステップアップのために、個人だけではなく小さな事務所や会社までをも踏み台にしていくようなところがあり、自然と疎遠になっていったのだ。
たぶん、最後に会ってから10年くらいは経っている。声を聞いたのは7年ほど前、共通の知人が関係するトラブルがあり、電話をかけてきた。少しお金が絡んだ話だったのだが、もともと仕事に対する考え方が根本的なところで違っていた彼とは、平行線の話しかできなかった。
「砂を蹴って出ていったあんたが、今更ノコノコ出てくるなよ」
そこまでハッキリ言いはしなかったが、そんな気持ちだった。それが最後だ。
その後聞こえてきたウワサは、あまり芳しくないものだった。彼はある場所で驚くほどのポジションまで昇り詰めたのだが、そのために踏み台にされた会社があるとか、世話になったはずの事務所をバッサリ切ってしまったとか。
今回、電話を入れてくれた知人によると、息子さんはずいぶん前に亡くなったとのこと。
そして、彼は昇り詰めた地位も失っていた。
彼が命を絶った本当の原因は分からない。それほど近しくもないし、知ろうとも思わない。
ただ、そこまで追いつめられたのかなと思うと、どうにも心がざわざわして仕方がない。疲れて、もう、虚勢を張り続けていられなくなったのかな。
思えば、彼の年齢を知らなかった。聞いても教えてくれなかったからだ。
「年齢を教えるとバカにされることがあるから」
と理由を言っていたが、mojo以外の仕事仲間にも同じように教えなかった。20代ならまだしも、40歳手前になっても年齢は秘密のままで、なんだか変な奴だった。
同い年のフリー仲間と、よく冗談で「俺たちより若かったりして!?」と話していたが、多分mojoの年齢プラスマイナス3歳ぐらいだと思う。
独立したばかりのデザイナーが、初期投資の資金繰りに困っていると、ある日どこからか中古のコピー機を見つけてきて、
「これで仕事をしろ。俺はお前に投資するんだから、いっぱい仕事をしろ」
と言いうなり、コピー機を置いてさっさと帰っていったことがあると聞いた。
「強引で、迷惑をかけて、嫌なところばかりだけど、どこか世話好きだったよね」
電話口で、訃報を知らせてくれた友人が言った。
そう言えば、会えば必ず「仕事やる?」って聞いてきたなぁ。あちらの世界でも、どこからか仕事を見つけてきては、手配師のようなことをしているのかな。
悪いけど、せっかく手術までしたんだ。俺はもうちょっとこっちにいるよ。
いつか自動車だか、自転車だか、どっちか忘れたけど、ムック本の下版が終わって、スタッフが20人ぐらい、みんなで食べた焼き肉、旨かったな。
みんな酔っぱらって上機嫌のまま終電間際の電車に乗り込んだ。座席に座り込むと前日までの徹夜作業で疲れたのか、すぐに寝息を立て始める奴が何人もいたりして、世話が大変だったな。
でも、なんだかその日は楽しい話をしたような気がする。いっぱい笑ってたぞ、あんたも。俺も。みんなも。
思い出せばよかったのに。あの日のこと。