それが出来上がってテーブルに運ぼうとした時、台所に敷いてあったマットにスリッパが引っ掛かり、おっとっとっと…とバランスを崩してしまった。
しかし、大切な夕食をここで台無しにすることはできない。必死で踏ん張ってバランスを取り戻そうとしたのだが、寄る年波か若い頃のようには態勢を持ち直すことができず、めんつゆを少し床にこぼしてしまった。
これで止めておけばよかったのに、こぼれたことでミニパニックとなり、慌てて手に持ったドンブリを動かしたものだから、今度は逆方向に傾き、麺がでろりんと半分ほど飛び出してしまった。
ここでmojoが発した言葉が、なぜか
「オー、ノー!」
いや、お前何人なんだよ。オーノーって…。
以前、外国かぶれの女の子が、渡ろうとしていた信号が赤になって足止めされた時に「シット!」と言うのを聞いて、うへっと思ったが、どこから出てきたのか分からない自分の「オー、ノー!」に、ちょっぴり顔を赤らめてしまった。
しかし、赤面しているヒマもなく、床には少し伸び始めた麺がだらしなく広がり、誇らしげに湯気まで上げている。ドンブリから飛び出し、自由の世界へ旅立った己を誇示するために雄叫びを上げているのだ。
一方、だんだんと冷えつつあるドンブリの中で、外の世界へ行けなくて取り残された麺たちは、つゆを吸って膨張していた。
床とドンブリを交互に見ながら、もし自分がソバに生まれ変わったとしたら、汚れてもいいから外の世界へ飛び出していきたいと、天に向かって願った深夜の台所…出汁の香りが漂っていた。