僕の好きだった場所


 文庫本を整理してたら、ページの間から古い領収書が出てきた。ちょっと癖のある手書きの数字と共に、懐かしい店の名前が印刷されていた。

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今はたった車2台分のスペースしかない駐車場になってしまったけれど、かつてここに本屋があった。

車2台分という広さからも分かるように、とても小さな本屋さんだ。店内は5坪もあればいい方だったか。

もともと小さな本屋さんが好きで、なんでも揃う大型店よりも、どこにどんな本があるのか自分で把握出来るぐらいの広さが好みなのだ。

このお店は夫婦で営んでいた。旦那さんは他に仕事を持ちながら、ほとんど奥さんが客の相手をした。食わなければならないから、売れスジの本を店頭に並べてはいたけれど、よーく棚を見ていくと、そこかしこにかすかな店の主張を垣間見ることが出来た。

そして不思議な本屋だった。

本を買いに行くというよりは、奥さんと会話をしに行くために出かけていたような気がする。

店内をグルッと回って、新しく入荷された本を見るというのは、実は儀式のようなもので、通っているうちにこちらの好みを見抜いた店主が、mojoが読みそうな本をあらかじめ選り分けてカウンター下に置いてあるのだ。それを受け取りながら、ボソボソと会話する。

なんだか楽しいのだ。でも当時、何を話していたのかあまり覚えていない。ただ、楽しかった空間のことだけ覚えている。それを得るために週に1度通っていた。

実はその店には、mojoと同じような楽しみを持った固定客が何人もいたらしく、好きな漫画家のKさんもその1人だった。mojoとよく入れ違いになっていたらしいのだが、ついに会うことはなかった。1度本当にニアミスで、「今、出ていったばかりよ」と言われたことがあったが、とうとう叶わなかった。

会う前に店を閉じたからだ。

その1年ぐらい前から、仕事がどうにも忙しくなり、週に1度の顔見せが2週に1度になり、最後の方は月に1度ぐらいになっていた。

「お店、とうとう閉めることになって…」

久しぶりに行った時、いつものように本の入った袋を受け取りながら、その言葉を聞いた。聞いたとたんに後悔した。つい、家から近いコンビニで何度も本を買ってしまったことを。

コンビニが悪いわけじゃない。でも、大型店とコンビニだけしか見当たらなくて、「本屋」がなくなっていることを嘆いていたのに、その自分が好きな本屋へ行かず、時間がないことを理由にコンビニで買ってしまった。

お店は本当にあっけなくなくなった。そしてすぐに100円パーキングになった。

「こんなに狭かったんだなぁ。車2台分しかないや」

改めて狭さに驚いた。そしてその場に立ちながら、やはり僕は後悔した。

なんでお店があるうちに、もっとここに来なかったのかなぁ。

「○日にお店閉めるから来てね。バーゲンするよ」

そう言われて、花でも買っていこうと思っていたのに、仕事の折り合いがどうしてもつかず、ずいぶん遅れてお店に行ったら、もう誰もいなかった。連絡先を訊くのも忘れていた。

人間って、いや、自分はなんて馬鹿なんだろうなぁ。閉じられたシャッターに耳を当ててみたけれど、向こうに人の気配はなかった。冷たい鉄の感触が、耳にへばりついて離れなかった。


Posted at:2007年03月03日 (Sat)at 12:43 午前