ヨ ソ ジ ン
■数年前まで→「え〜、そんな年に全然見えないィッ!」
■それがこのごろ→「パッと見、若いよね。」
…う〜む。近頃は韓流ブームに便乗し、「こんにちわ、ぺー@ヨンジュウです。」と友達に挨拶しまくってる始末(それ自体に年齢を感じる)。んなわけで、ここら辺でとりとめもなく総括してみることにする。怠惰で勝手な文章が続くので、よっぽど暇で興味ある人以外はBACKしてください☆
数万人を前に演奏するバンドのギタリストに憧れ、ギターを手にしてからほぼ半世紀。なにが変わったのだろう。“自分が〜〜になりたい”という夢ってなんだ。
| 年齢 | 一般的な夢 (もちろんあくまで一例であり、あてはまるかどうかは全く分かりません) |
自分の場合
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備考 |
| 〜12才 | 宇宙飛行士、バスの運転手さん、プロ野球選手、Jリーガー、プロ・ゴルファー、歌手、学校の先生 | 模型屋さんの店主、小学校の先生、 | 未来∞ |
| 〜17才 | 上記夢、まだ不可能ではない。 | 16才でギターを始め、(ワケも分からずプロになりたいと決める)、ヤング・ギターの斉藤セツオさんの文章に共感を持ち、そういう仕事もしてみたいと憧れていた。 | 体力∞ |
| 〜20才 | そろそろ自分の肉体的能力と相談しながら、現実的な進路を考え始める。しかしまだ、(思いっきりトレーニング積めばイチローを超えられる、という余地を意識している)、オレだけはなにか凄いことを成し遂げる気がするという選民思想的な思いが顔を出す。 | 時代をリード(?)すると勝手に思っていた新宿から定規で距離を測り、公立で最も近かった(もちろん東大はムリなのでハナから排除)東京学芸大に決める。なので高三の夏にいきなり理系なのに文系に転身。運良く合格し、とりあえず音楽サークルに入部。アースシェイカーのシャラさんのギタークリニックに参加、そのものズバリ「どうやったらプロになれるんですか?」というストライク質問をしてしまう。 | まだ大丈夫 |
| 〜22才 | 彼女との将来も少し考えたりして、収入に照らし合わせた進路、今まで辿ってきた学歴などから、現実的かつ適切な目標を再設定する。 | 就職活動もせず、バンド活動をやっていたら卒業時期に。「もうちょっとでプロになれるから!」と親に言い訳(アテ無し)。 | 環境や家庭の事情が関わってくる |
| 〜26才 | フリーターでの稼ぎでは、会社員のボーナスにかなわないと気付き始める。実家を継ぐために地方に帰る人が増える。 | 1〜2年後からサポート活動やギター講師を始めるが、食えずに親に無心することもしばしば。何を練習したらいいんだか、眠れない夜が多くなる。 | 本宮ひろ志の漫画を読んでは気合が入る。 |
| 〜30才 | 新たに一からやり直すにしては遅すぎると考え始める。それよりも、とりあえず今まで来た道を積んだ方が収入も安定すると思うようになる。彼女から結婚を迫られる。(どう考えても今からメジャー・リーガーにはなれないと、やっとあきらめがつく) | 通信カラオケ事業の立ち上げ需要拡大から、収入が安定する。カラオケの打ち込み、バンドスコア採譜でしのいでいるところに、ベースマガジン連載(市ヶ谷低音ゼミナール)の話が舞い込む。講師は週4回ペース。勢いで結婚になだれこむ。しかし先行きは全く不透明。 | 自分がなんのために生きているのか仕事するのか、悩む。 |
| 〜35才 | 仕事も家庭も照準が定まって充実。 | ステージに上がったりするのはもちろん好きだが、悩んでいるギタリストが自分の著作やレッスンで「役立ったヨ!」と言われるところに自分の夢と適性の一致点があるのかもと思うようになる。 | 体力に陰りが出始める。 |
| 〜40才 | 後進を指導することが増えてくる。 | 一生懸命運指練習をしている時、「おれ、 なぜにこうやって練習してるんだろう。鬼のような速弾き?確かに。でも、なんで?なんのために?」などという自問自答がようやく消えてくる。 | 徹夜がきかなくなる |
| 〜60才 |
第2の人生を考えるようになる。
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未定 |
F1レースが好きな場合「F1ドライバーになりたい」と答える人が多い(と思う)。「F1レースの客席でホットドッグを販売する売り子さんになりたい」というのは、ちょっと変わってるというか。別にそれでも構わないんだけど。僕も多くの場合に漏れず、“F1ドライバーになりたい”という派だった。ギターを選んだのだって、ベースやドラムより派手で目立つ気がしたからだし。とにかくなにかしらの中心になりたかった。
20代はそんなふうに、ギタリストとしてでっかいホールのステージに立ちたい、アルバムを出して売れたい、みたいなところに目標があった。自分が一挙手一投足するところに、自分の存在する意味を見出そうとしていたのだ。実際、笠浩二さんのサポートで渋谷公会堂のステージに立った時は、自分がここに確かにいるって思った(気がした)。サポートでそう感じたのだから、東京ドームを満杯にしてる人気バンドのメンバーだったら、もっと凄いのかもしれない(想像もつかないことですが)。
それが、家庭を持って変わった。何が。それはちょっとえらそうに言うと「なんのために存在しているか」というところで。どんな人生を歩んでいこうかと悩む以前に、子供達とちっちゃい奥さんがすでに、いる。それはもうとにかくまず最優先すべきことなのであって、「素晴らしい神がかりなアルバムを作って40才以前に死ぬ。」みたいな考え方はあり得ないのだ。家族があるおかげで自分の存在意味がはっきりしているので、自分がどこでプレイしていようと茫洋とした孤独感は無い。もちろん、ちゃんとプレイできない時は家族が路頭に迷うことになるかも(-_-)、という不安が生じるとも言えるけど。
自分の力量は常にアゲていきたいと思ってるけど、ウェス・モンゴメリー、パット・メセニーのライブDVDを見ていると、あと20回生まれ変わっても到達できそうにない隔絶感がある。残念ながらあのレベルの音感は6歳に戻らないと(バンスコやカラオケ製作を始め、ひとしきりやってきたほど痛切に感じる)。リッチー・コッツェンとかもそうだなぁ。あんなにカッコ良くて、枯れた素晴らしい声質、ギターだけでなくトータル的に次元が違う。そういえば20才の頃、鼻筋に化粧を施し鹿鳴館に出てた。演奏中に中指を立てたポーズとかしながら。「ジェイクEリーに、似てるね!」という声が最大限の賞賛に聞こえていた(笑)。
振り返ると、自分のなりたいものはやっぱりそういうのじゃなかった。というより、自分がそういうのやってもきっとあんましカッコ良くなさそうだし。自分が憧れるものであっても、自分自身でかなわないものは、それを実現している人に任せ、自分の持ち分としてできることをやり遂げる。そう思うようになってきた。モトリークルーのカッコ良さは、どんなに自分が代わりに入ったってかなわない。クィーンを見に行った人はそんな感じじゃないのかな。いくら年とってもブライアンメイは絶対あの人以外代用がきかないと。
自分の持ち分はどこにあるのか。見つめると、F1レーサーではなくメカニックに向いているような気がする。そしてそれがきっとすごく好きな気もする。周りの人からはよく「みやちゃん目立つからもっと前に出ていった方がいいよ」とか言われることもあるけど、裏方として10年以上仕事してきて思うのは、やっぱり多数の人に支持されるに耐えるスター性の人は次元が違う。思い上がってはいけませぬ。何かの事象について、自分なりの解釈を加えつつかみくだいて解説していく、ということが好きであり、わりと得意なので、その方面をできればがんばりたいなぁ。もちろん書き留めている曲もかなりあるので、機会があればまとめてみようと思う。自分なりの限界点には常に達する努力をしないと、境界線も見えてこないし。僕のギタースクールには同じ年代の方が多くいらっしゃいます。レッスンの合間にそういう話もよくしますねー。