マ イ ノ リ テ ィ・リ ポ ー ト

最初に断っておくが、「酒井法子、命っ!の話」ということではない(まいのりぴー…)。マイナーとメジャー、マイノリティとマジョリティ。少数派と多数派。
「つまりはおまえ、マイノリティということだな。」
ある日、兄に言われた言葉で全てが開けたのだ。自分の選択の多くは(結果的に)マイノリティという言葉に集約されていると。そしてもう1つ、決断にあたってカオスからの突然変異(後述)。
【マツダMPV…マイノリティ度9,突然変異度6】 ホンダ アコードワゴンからマツダ MPVに乗り換えたのは1997年頃のこと。当時1歳になった息子が、立ち上がると車内の天井に頭が当たってしまうというのが最大の理由だった。オデッセイなど、ミニバンを買おうとしてさんざんカタログを集めて検討。しかしどれも汎用性に長けてはいるものの、何かこう、自分にしっくりくるものがない。デザイナーが描いたイメージにそのまま乗っかるということが少々苦手なのか。そんなある日、自分の家の前をサァーッと通り過ぎていった車があった。それがMPVだった。MPVはすでに知っていたが全くと言っていいほど自分にはピンと来なかった。しかしそのMPVは確か太めのタイヤを履いていたせいで、とてもカッコ良く映ったのだ。カーセンサーで調べると、ワインレッドのエアロ付きMPVを1台発見した。マツダオカジオン瑞穂という店でその車をゲット。全国におそらく一台しかない、というところが後押しする力となった。
しかしまだ購入しただけでは飽きたらない。
■タイヤ&ホイールを太いものに履き替え(この時、息子の貯金を一時借りてしまった。。鬼!)
■フロントグリルのマツダマークを除去、パテ埋め、再塗装
■リア後部のマツダマークを除去、穴埋め、再塗装
■ハンドルを革巻きモモステに取り替え
これにて自分にとって“お気に入り”の車になり、その後7年間乗り続けることになった。
「さんざん悩んだ挙げ句、それまで候補に無かったモノにいきなり決定」
もちろん、その決定に至っては、マイノリティが重要なポイントだったことは確かだ。もしオデッセイと同じくらいの数でMPVの同仕様がうじゃうじゃしていたら、乗らなかったのかもしれない。自分としては、他人と違うモノを第一義としたくはなく、自分の欲しいモノがたまたま世間的には少数だった、結果として。そんな風に思いたいところだが、やっぱり他との数量的関係も決定にいくらか作用しているようだ。
【アイバニーズ ジョージベンソンモデル…マイノリティ度7,突然変異度3】 フルアコが欲しくてたまらなくなっていた時期があった。基本的にウェス・モンゴメリーの持っていたギブソンを検討していた。フルアコとしては代表的な機種だ。いろいろと楽器屋さんを回っている中、荻窪の中古楽器屋さんに立ち寄った。そこに1台。まさに自分にぴったりの、「ひ、弾いておくれ、このわたしを!」と訴えているフルアコが置いてあったのだ。ほぼ新品同様のコンディションに保たれていたそのジョージ・ベンソン・モデルは、ただのベンソン・モデルではなくて、アニバーサリー。特別仕様であった。まさにマイノリティ!「ウェス・モデルを…!」という思いは全て消し飛び、即刻購入。少し小ぶりなボディを始め、今でもお気に入りの1台であることはいうまでもない。MPVにしても共通して言えることだが、どちらも中古。どうやら自分には新品願望というものがあまり無いようだ。バージンなところから全てを自分色に調教し育てていく、というよりも、「今までいくつか過去があったんだろうけど、それもまた魅力の1つ。それがあったからこそこうやって出会ったとも言えるし。これからは一緒、共にがんばっていこう!」そんな捉え方を自分はしているのかもしれない。
【TE-WARM…マイノリティ度9,突然変異度8】 あれは確か1994年のことだった。当時使っていたのはトム・アンダーソンのSSHタイプのギター。フロイドローズ付きで、片時もアームを離さずにソロを弾いていた。張ってる弦は009〜042というエレキならではのゲージ。クリーン・トーンでそのまま弾くということはほとんどなく、コーラス・エフェクトを必ずといっていいほどかけていた、それも濃厚に。その当時、スタジオワーク主体のギタリストはラックタイプの機材が主流で、自分は疑いもせずそれにしたがっていた。コード・カッティングは当然のようにフロント&センターのハーフ・トーン(もしくはセンター&リア)。見事に“型”というものにハマっていたのだ。次なる1本をゲットしようと思っていたが、候補に挙がるのはヴァレイ・アーツとか、やっぱりそういう系
統のギターだった。
そんなある日、ギター講師をしていた宮地楽器立川店で、スタッフのナカタさんに、「いいギターあるよぉ〜」と言われて弾いたのがTE-WARMだったのだ。そのフロントハムの音はとても優しくてふくよかな響きで、シングルコイルに慣れた自分の耳にはとても新鮮に聴こえた。思えばスタジオ然とした音に飽きていたのは事実だった(もっとも、そういう方向性での理想的な音を出していたのかというと、そんなこともなく、中途半端だったようにも思う)。TE-WARMの音は、トム君とは正反対だった。しかし決めてしまった。他に類のない「テレキャスの形でメイプルトップマホガニーバック+マホガニーネック」という異形度も、決定にあたっては大きく作用した。マイノリティ志向の性質はここでも発揮されたのだ。
一度決めてしまうと何があっても元に戻らない性格はいつものこと。レコーディング、ライブのサポート。全てその日からTE-WARMに変えた。そして弦も010〜046に変えた(のちに011〜049に)。普通ならシングルコイルで弾きそうなコード・カッティングでも、半ば強引にTE-WARMで押し通した(今思うと、ほんと勝手なエゴだとも反省するけど)。徐々にではあるが、フロントのクリーン・トーンで弾く機会が多くなってきた。その音はジャジィで、そういうフレーズを求める。だからジャズなどを良く聴くようにもなっていった。
ハムバッキングの音は4輪の自動車みたいな感じなのかな。きっかけを与えればゆったりと伸びていくような。シングルコイルはバイク、それもツーストの。ギアを変え、ウァンウァン唸らせて走らせる醍醐味。でもいつもガンガン引っ張ってないと止まる、みたいな。風を直接感じるから、リアリティはシングルコイルの方が上か。まあどちらも代え難い魅力を持っていることは確かだ。TE-WARMに変えることが無かったら、クリーン・トーンでゆったりと弾く機会も少なかっただろう。ということは弾き方と音色との関係をマニアックに追求する、という必然性も感じなかったのかもしれない。となると当然のことながら、究極のプレイ・フォーム単行本を書くことも無かっただろう(もっとも、僕ではない誰かがそういう本を書いていたとは思うけど)。そうやって考えると、自分の人生にとって、TE-WARMを選べたことはとても大きかったように思う。感謝>>ナカタさん!
【家…マイノリティ度9,突然変異度10】
会社員でもない、ある時は自由業とも言われたりするこの職種は、不安定さといったら極まりない。自分の個人的な夢も重要であることは言うまでもないけど、それ以前に子供達をちゃんと育てなきゃいけない。“ 家庭の幸福と差し違えてでも素晴らしい音楽を創造していく ”という生き方もあると思うけど、少なくとも自分は違う。何より優先して子供達の笑顔が先。これはどっちがいい悪いかではなく、自分はそういう性質という以外に答えようがない。
そんなこともあって、「せめて住むところぐらいはちゃんとしておかないと」とここ数年間、家を探していた。住宅ローンも通るように、自分なりのペースで仕事をやっていた。…とはいえ、さすがにこの職種はローンが通りにくいと痛感させられた。「宮脇さんのお仕事は非常によくわかるのですが、もし宮脇さんの指が折れてしまったら?なんていうことも銀行側では考えなければならないわけでして。。」などなど・。。その限界にけっこう凹んだことも多かった(^^)。
基本的には一戸建てを探していた。建物の価格は年々下がるが、土地の値段は下がらないからだ。だからどこかへ住み替えるとしてもマンションよりも有利だからだ。それにマンションだと、月々管理費、修繕費、駐車場代などの名目で数万円がとんでいく。。。しかし身よりもない(笑)ここ練馬区での現実は厳しかった。普通の一戸建てが6000万円以上するのだ。奥さんの実家の茨城で、しかもけっこう農地方面に行けば2000万円台でけっこうな家が建つ。しかし、そんなところに家を建てても誰もレッスンに来ない!(笑)。
中古のビルを買い取り、音楽スタジオ兼ギタースクールにして、その上を住居に、という案もあったけど、やっぱり融資の時点で頓挫した。昔からよく一緒に遊んでいるドラマー&ヴォーカリストのヤマちゃんが不動産屋さんなので、毎週のようにお邪魔しては物件のお世話になっていた(ほんとにヤマちゃんにはいろいろ教えてもらいました、そしてご迷惑をおかけしました(^_^;)。。ごめんなさい)。2004年になって確定申告もわりと高く出せたし、今度こそ本格的に土地を!と思って探していたけど、いっこうに見つからない。あ、なぜ石神井に?それは、子供がすでに石神井の学校に通って友達と仲良く過ごせているからという一点で(^^)。。
いろ〜んな物件が出ては消え、そして断念していく中、「いったいどれくらいの期間、石神井に住むことになろうか」という根本的なところを家族で話し合った。子供の学校の関係で、というと、娘:ららが中学校を出る頃、約11年後くらい、ということを設定(お風呂を一緒に入れなくなるような未来をできれば想像したくないけど)。そんな中で一枚の折り込みチラシが。。。それはマンションの広告だった。50平米を超えるルーフバルコニーと1720という広めサイズのお風呂、そして8畳ほどあるポーチ(玄関)。そして極めつけは最上階の一室のみ。最上階が暑いとかいろいろ聞いてたけど、またもや心は動いてしまった。。そう、それはマイノリティ。さんざん一戸建てを探し回って悩んだ挙げ句、決めたのがマンション。
その時々は意識していないのだけど、振り返ってみると見事にそういう決め方になってしまっている。そういえば2005年4月まで住んでいた賃貸マンションも、決めるまではさんざん賃貸の一戸建てタイプを探していたのであった。それがルーフバルコニーがあるという一点で、水回りが弱い、エレベーターが無いという点を飛び越えて決めてしまったのだ(まあこれについては奥さんがほとんど決めたともいえるけど)。ギターに家にと、インスピレーションばっかじゃん!ちっとは統計的に考えようよ!とツッコミを入れたくもなります。
【E38…マイノリティ度9,突然変異度10】
2004年頃を迎え、そろそろ愛車MPVはへとへとだった。ダッシュボードのセンター部分はひび割れているし、フロントバンパーが情けない表情で下がっている。リアバンパー界隈は、2002年の追突事故により、不思議な形状になっていた。そしていまどきエアバッグの装備無し。10年車になるにつれ、MPVはいろいろなところが
ほころんできていた。買い替えを考えながら、今度こそはアストロにいこうかなぁ、ボイジャーかなぁ、あるいは国産のどっかのミニバンなのかなぁ、ベンツV280かなぁ…。候補に挙がっては消えていく車たち。どれもいいとは思うけれど、なにかこう1つ自分にしっくりこないような気がしていた。ただし、親戚を乗せる時を考え、7人乗りという線は前提として考えていた。それが、だ。なにげにネットで見ていた中でふと目に止まった一台が。それはBMW740i Mスポーツだった。それまでも何度か740iは目にしていたけど、その車は違った。色が真っ赤だったのだ( イモラレッド ll )。「あ、これ僕に合う。」その確信の大きな波が打ち寄せた。BIG WAVEっ!もう15年以上車に乗ってるけど、ノーマル車でドっバッ〜ン!と波がキたのは初めてだった。ミニバン却下のいきなりのセダン、7人乗り却下、視界の良い高い位置シート却下、自転車を運べる搬送能力却下。右折に気を遣う左ハンドル仕様。どれもこれも条件を欠いていた。だけど単にカッコ良いというよりも、なんだか自分に合ってるという気がしたのだ。その一点で決めてしまった。やっぱりレアなボディカラーもその決定には大きく作用したと思う。あぁ、またもやマイノリティ。。そして僕は今後、例によって「この車を選んで良かったなぁ(^^)」と思う日々を歩んでいくのだろう。(自分でいうのもなんだけど)そんなめでたい性格なのだ。