みきさん



 12月15日、正式に松原みきさんの訃報を確認した。

 数年前、「元気でね!引っ越します。このメアドは使えなくなります。」というメールが突然来て、その直後から全くの音信不通。共通の知り合いに会った時に「みきさん今何してます?」と聞いても行方がわからなかった。
今こうやって、音楽というものに携わりながら生きている毎日は、すべてみきさんと出会えたから。

 22歳頃、みきさんのバックバンドに入ることができた。
カッティングさえまともにできなかった、狭い視野のギター弾きを、みきさんは拾い上げてくれた。そこから現在につながっている。

 みきさんは本当に素敵な女性で、つらいであろう時ほど笑顔だったように思う。音楽に限らず、いろいろな悩みも全て真剣に聞いてくれた。ごはんをおごってもらったり、メンバー全員でみきさんの家に行き、みきさんの曲のデモテープを録音したりとか。人間的な内面までえぐりだすような真剣なミーティング。ライブ打ち上げのバカ騒ぎ。

 ガチャガチャとした日々はあっというまに過ぎていった。言葉ではいいつくせないほどお世話になりながらも、僕はいろいろな権利ばかり主張していたように思う。バンド練習のスケジュールはすごくて、1ヶ月に3日くらいしか休みがなく、毎日毎日8ビートを延々と弾いたりしていた。「いったいなんでこんなことやるんだろう?」とか、いろんな思いがよぎって、気持が入らないことも多かったように思う。みきさんから受けたアドバイスは、その後何年もして痛感することになった。本当に的確な、そしてじわりと効いてくるアドバイス。そういえばみきさんは、僕に向かって口癖のように「いずれ、わかるよ。」と言っていたのだけど。
 バンドが解散してからも、いろいろお世話になった。きっと僕は前よりも偉そうになって、カン違いをしていた時期もあったはずだ。それでもみきさんは僕の面倒をみてくれた。結婚の報告をした時、自分のことのように喜んでくれ、プレゼントを贈ってくれた。息子の舞人が生まれた時もだ。今振り返ると、僕はみきさんに何も返してはいない。いつか恩返しをしよう、とは思っていたけど、結局行動に出ることはなかった。

 ある方から、みきさんの安否について確認を問うメールが届いた。何も知らなかった僕は、あわてて反対に聞き返した。しばらくして、お亡くなりになられたという情報が届いた。でも詳細は全くわからず、どこかで生きているかもという思いを、なんとなく持っていた。そして12月15日になって、報道の形で、それを事実だと受け止めた。

 もしみきさんに会って無かったら、今頃何をしていたのかなぁ、と思う。
おそらくはロックしか聴かずに、それもやがて飽きて、ギターを弾くことを止めていたかもしれない。
いずれにせよ、今とは全く違う人生になっていたことは確かだ
本当に尊敬すべき人だった
そしてとても可愛いらしくて優しい女性

 担任の先生にあこがれる小学生みたいに、みきさんのことを好きだなぁと思っていた時期がある。1度だけメンバーや他の人のいる前で、「僕はみきさんのこと、好きですから!」と言い放った。 笑顔のみきさん。今となっては懐かしい思い出だけど、そういう日々を思い返すと、体中が少し震えるような感じになる。
 みきさんはいつだって、「がんばってるよ、だいじょうぶだよ」と言ってくれた。今や僕は、当時のみきさんの年齢よりもずっと年をとってしまっているのに、みきさんのことを思い出すと、あの頃の幼いような気持に戻ってしまう。
 音楽的にも人間的にも、僕なんかがどうあがいたってかなわない人だった。

なにもお返しを果たせないまま
いつのまにかみきさんがいなくなって
涙を流すタイミングを失ってしまった
どこへ向かっていこうか、ちょっと迷う

みきさん、どうか安らかに。