う〜ん、弱った。。バッキング完全攻略の撮影が迫っているというのに、その準備作業がほとんど進まない。どうしたもんかなぁ〜、マジで年が越せないような気がしてきた。ということで久しぶりの「つれづれ」なのであった。
<<<<<<<<<言葉を理解してできること>>>>>>>>>>> 「まいとくん、チューは?」
→近づいてきて、口をあけたままキスしてくる。僕とまいとは男同士なのに、正直いってなぜかうれしい。
「どすこぉい!」
→おもにダイニングの板間で。片足を持ち上げてどすこいに合わせてバン!と踏む。機嫌がいいと10回ぐらいやってくれる。
「ぐっぱ、ぐっぱ!」
→手をグーとパー、交互に繰り返す。
「ウーン!」
→うんちするときのキバるようすを見てパパとママが「まいとくん、ウーン!」と言ってたら、いつのまにか普通の時でも「ウーン!」と問いかけると「ウン!」と叫ぶようになった。個人的にこれがいちばんかわいくて好き。
…いずれにしても、まいとくんがテレビや他のものに熱中しているときはダメ。こちらがいくら問いかけても反応無し。しかし、なんてこんなにかわいいんだろ。毎日仕事が終わるとまいとくんの顔を思いだし、一刻も早く家に帰りたいと思う。それにも増して家を出る時なんか、いっつも人生最大の別離だ。まいとは泣きそうな顔してママに抱かれてこっち見てるし。。。ま、なんにしても平和家族今日も絶好調!ってわけなのだ!
ポリオの予防接種から2日後、まゆたんの腰のあたりに帯状ヘルペスなるものができた。つまりはたちの悪い湿疹みたいなものなんだが、なんでそんなよくわかんない病気になったのか謎だった。で、予防接種からほぼ2週間後になってその謎が解けたのだ。いきなりまいとの全身にぶつぶつができ始めた。水ぼうそうというのは潜伏期間が約2週間だから、つまり予防接種の時にうつされたわけだ。マユタンの帯状ヘルペスというのも原種は水ぼうそうと同じらしい。日に日にブツブツが増えてゆくまいとくんは、かゆいのを我慢しなければいけないということなんてわからない。彼は彼なりにかゆみに耐えているようだけど、時々こっちを向いて救いの目を投げかけてくる、涙をいっぱいためて。。かわいそすぎる!なんてやつだ!みずぼーそーめ!かわいそうなまいとくん、パパがしっかり抱いてかゆさを忘れさせてあげるね。よしよし。。
私の愛車MPVは、あさって午後にいよいよ加速する。ふっふふっふ、タイヤとホイールを換えちゃうんだなぁ!今度のはすごいぜよ。後ろのタイヤなんか265だ、265。純正が195ミリだからつまり7センチも太くなるって寸法だ。今日現物を見せてもらったらまるでレース用のタイヤだった。燃費の悪さもきっと天下一品だろなぁ。まゆたんごめんね、これも男のロマンなのだ!
しかし、26万5千円というのは高かった。パワマック7600が買えてしまうではないか!ま、ここで音楽用にそんなもの買うようではヴァーチャル・ミュージシャンの名がスタるってものよ。「で、そんな太いタイヤに換えてなんか意味あるの?」そんな声があちこちで聞こえてきそうだけど(笑)。そういうウキウキ気分こそイカしたチョーキングの原動力になるってことよ!!!
それはともかくとして、最近車がほんとのシュミになりつつある自分がコワい。。
いやいやいや、追加追加となってしまい、原稿が今までかかってしもうた。その単行本の名は「サウンド・メイクのコツ/シンコー・ミュージック」いつ出るんだろなぁ。10月終わり頃かな。あ、ちなみに今日の御題目はほんとに「つれづれ」なんで…。
昨日デジカメを買ってきた。ひじょぉーにおもろい。変な顔を写してはよろこんどる。あはは。ま、タダだもんこれでいいのだ。そうそうまゆたんが最近車に興味を示してきて、この18インチホイールにしようよ、なぁんて言ってる。燃費は悪くなり、路面からの突き上げ感は強まるというのに、どして18インチ?しょーがないわな、カッコカッコ。。パワーマック買う前にホイール。ミュージシャンとして風上にも置けぬフてぇ野郎だ。。自分のヴァーチャル度が日に日に増していくことに感心することしきり(笑)
最近は空き時間はMPVのパテ埋めに全て費やしてしまったのでつれづれから遠ざかっていた。平和なこんな話題しかないので、ほなまた別の日に。
いやいや、おかげさまでいよいよマツダのミニバン、MPVが納車となりました。…とまあ、こんな感じでつれづれに新愛車の自慢話に終始すると思ってたら、そうはイカのなんとか、とんでもない展開になってしもうた。。
27日の昼12時きっかりに、アコードワゴン下取り&MPV納車の儀式は無事終了。帰り道、こりゃもうさっそくモモ・ステアリングを買ってバリバリ仕様にするぜぇー!とオートテック(←自動車部品店)に寄り道した。この日は蒲田でギターの講師だったので午後3時に帰宅し、そのまま蒲田に向かった。もち、MPVに乗って。
授業中もうれしくてうれしくて、生徒みんなに「ねぇねぇ、MPVって知ってる??」なぁーんてバカなことばっかし言ってた。帰るときにいたっては、生徒二人を無理矢理駐車中のMPVのとこまで連れていき、「どーだー!かっこいいっしょ!?お、乗ってみる?」とかなんとか言って、生徒二人を車に押し込み蒲田の街を一周し、「んじゃ!」とかいってさっそうと帰ってきたのであった。
帰宅後、「疲れてるけど、今日は一世一代のイベントデー、ドライブにでかけるぞ!」とまゆたんをまくしたて、「じゃあ、お財布と携帯はバッグに入れて持ってきてよ、オレは舞人を抱えて車まで行くから」と玄関のドアを開けようとした。
急展開だった。まゆたん:「あれ、通帳入れた小さいバッグがないよぉ」 おやおや、これはまたもや舞人くんがどっかに隠してしまったんだなぁと思い、「舞人くん、だめでしゅよぉー、おさいふかくしちゃ」とかなんとか言いつつ、部屋を二人で探し始めた。
30分。まだバッグは出てこない。だんだんといらだちつつ、「よーくおもいだしてみぃ」とまゆたんに聞く。「車で帰って来た後、玄関に来るまでに落としたかもしれない」しょうがないから懐中電灯持って、車とマンション周辺をくまなく探した。ゴミ集積所もあさった
それでも出てこない。。いよいよもってあせりはつのり、押入の中、引き出しの中、ありとあらゆる場所をくまなく探した。そして午前2時。
「だめだ、警察行こう」
警察で遺失物届けを書いた。以下はその内容の抜粋 ・銀行の通帳、キャッシュカード × 6ヶ および印鑑
・郵便貯金(定額貯金) × 2ヶ
・現金6万円
・まゆたんの免許証 納車ということで、手続きも考えわが家の財産全てをそのバッグに入れていたのだ。定額貯金にいたっては番号も不明、舞人君の生誕祝いが50万ほど貯金してある。納車のウクレレ気分が一瞬にしておさきまっくらに豹変した。
結局、朝まで万が一を考えずっと家の中を探していた。同じところを何度もひっくりかえして探した。ゴビ砂漠で道に迷った旅人。バッグと同じ黄色をした物体がすべてバッグに見えてきた。しかし、オアシスは無かった。やがて朝になり、まゆたんは郵便貯金を止めるために出かけていった。
「もしかしたら…」と思い、念のためにきのう立ち寄ったオートテックに朝一番に電話を入れてみた。バッグの特徴を告げると「はい、そのバッグなら確かに保管してあります」
きっと、電話の向こうのその店員には後光が射していた。身体の中にたまった乳酸がいきなり蒸発し始め、どんよりかかった黒雲は頭上から消失した。あとから聞くと、まゆたんはその時まだ郵便局にいたらしくて、口座番号がわからないことから局員数人を巻き込んで、必死に口座番号の割り出しをおこなっていたらしい。
バッグは無事に戻ってきた。現金も無事だった。なんでも、心やさしいお客様が届けてくれたらしい。本当になみだがいっぱい出てきた。舞人くんしわざだと少し疑った気持ちをお互い反省した。
とまあ、そんなわけで納車日天国 → 通帳紛失地獄 のビッグ・イベントは終了したのであった。さて、ここで教訓。 納車日の帰り道はうかれた気分で寄り道しないこと
みんなも気をつけてねぇ!だはは
ああ、最初は冗談のつもりだったのだが、ついに愛車アコードワゴンを売っぱらうことになってしまった。この「ああ、」というのは哀しいような、それでいてなんかうれしいような、SM的快楽にも似た多少複雑な気分であるとご想像願いたい。
乗り換えたのが、ものすごくマイナーな車なのである。どのくらいマイナーかというと、平成2年にデビューしてからほんの最近まで、僕自身その存在すら知らなかったのである。はっきり言おう。ノーマルだとその存在感は、相手の城に潜入した忍者のそれよりも薄い。スタイルにまったく脚色めいたもの、あるいは制作者の心意気がまるで感じられないのである。メーカーはマツダ。そう、社長がフォードから派遣され、再起にかけている会社。そして僕の買ったのが、ミニバンのMPVというモデルだ。まあ、ミニバンとはいっても全幅は1825mmあって、アコードよりでかい。クラウンよりでかいのだ。それでも存在感は無きに等しい。。。。うう。
迷った。ほんとうに迷っていた。一番欲しかったのはアストロというバカでかいアメ車のバンだった。でもやっぱりそれはデカ過ぎ。やっぱりアメリカ人はデカ過ぎ。2mにも及ばんとする車体を、2トンを超える車重を、日本の住宅街で方向転換することは無理だと思い、断念したのであった。それに高いし。
ま、ということでMPV。誰も知らないんだろーな。オーナーズクラブなんて100%無いと思う。人とおんなじのはいやだけど、みんなの知らないよーなのも×。そんな模範日本人的発想の前者だけが肥大してこの車に決めた次第。
こうなったら私、MPVオーナーズクラブを作る!決めた。ホームページに追加しよう。題名はなんにしようかな。。「MPVを絶滅の危機から救う会」なんてのはどうだろう。マツダに怒られちゃうかな。フォローというわけではないが、最後にこれだけは言っておこう、ほんとのとこ、「世界のミニバン市場で対抗できる日本車は、ちょっといじくったMPVをおいて他にはない!!!!(あ、もちろん どノーマルだと最下位だと思います)」
これから語ることは決して人には話さないでほしい。デフォルメを一切排した文章でこれを語るつもりであるし、なにしろ3年間ほど悩んだあげく、やっとこの場を借りて暴露する覚悟ができたのだから。もし、私の真摯な態度を受け入れる準備ができていない輩は、遠慮無くこの席をはずしてもらって結構である。では、話をすすめていくことにしよう
私がその事実を認識したのは、憂鬱なデカダンがいまだ抜けやらぬ高3の夏だった。それまで、その事柄に関して人に意見を求めたことはなく、また友人達との会話の中でもその話題が登場することはなかった。
ある朝、私はいつものように目覚めた。台所では母が目玉焼きを作っているところだった。私はそれを横目で別段意識することもなく見過ごし、平屋建てのわが家の片隅にある、四方を柱に囲まれた空間に足を向けた。
「んジョ〜ッ。。。」雨がいきなり腰のあたりから足元に向かって降ってきた。そしてそれと時を同じくして、隣家がうかがえる小窓にひとすじの噴水が上がった。
分度器で計量するならば、60度は軽く越していただろう。広角である。私の身体から力強く流れ出る二筋の水流。それはまさに青春の光が如くのみずみずしいエネルギーに思えた。
あれから14年が経った。いちど、分度器で角度を正確に計ってやろうと思ったこともある。興味深いことに、その二筋の織りなす角度は朝と夜とで微妙に異なる。朝は広角、そして夜は少し弱々しくも狭角気味なのだ。しかしその傾斜角度は一定しており、垂直より少し傾いている。そう、私達の住む地球の自転の傾斜角度とほぼ一致している、といえばわかりやすいだろうか。
そんなこともあって、私の小用時の気持ちというのは、対象となる便器の形状によって大きく変わってくる。最もリラックスした状態で放出を満喫できるのが、高速道路のサービス・エリアである。縦、横ともにサイズの大きな専用器であることから、深くゆっくりと息を吸い、腹部に緊張をもたせつつの放出が可能だ。はみ出してしまうという失敗があり得ないことから、後悔のない思いきったアクションがとれるのである。
それに対し、洋式では恐怖感すら覚える。気持ちも身体も萎え気味というのはこういうことをいうのだろうか。ただ、救われているのは、日本ではかならず扉があり、外からは見えないという点だ。私はその空間に入ったあと、かならず鍵をかけたことを用心深く確認する。身体をスタンバイした後にゆっくりと便座を上げ、左手を壁に付け、体重の半分ほどをそれにあずける。注意しなければならないのは、この段階ではまだ分流が対象からはみ出してしまうことである。ひざを多少開脚気味にして、軽く折り曲げることが最も重要なポイントであることを忘れてはならない。そして、これで儀式のためのフォームは完成し、水流源の若干の補正を加えつつ安心して行為に至れるのである。猿の反省ポーズにガニ股。この後ろ姿はどう考えてもあまりにも哀しいものがあるので、まだ誰にも見せないでいる。
そういえば、いつだったか妻にだけはこの秘密をうっかりもらしたことがある。何度も、見せてくれと嘆願され、「夫婦に秘密があってはいけない」という持論ゆえ、一度だけ行為の最中に「ドア、あけていいよ」と言った。妻はそれを見て以来、そのことを口にしないし、私の方からも決して話題にはしない。これが、私の最大の秘密である。
だれかおじぎ草を知っている人はいないかな?触った途端に葉っぱがしぼむ植物。
苦節24年、先日やっとそのおじぎ草を手に入れた。ホーム・センターで100円で売っていたのだ。見かけはほんとに普通の雑草。葉っぱの形はちょっとだけシダに似ているかもしれない。まあ、これといって特長のない植物だ。しかし、葉っぱに触った瞬間に「シュォッ!」って感じで(当然音はたてないが)葉っぱが閉じる。
小学校のとき、黒田 清くんというガリ勉の友人の庭に、それはそれはたくさん生えていた。さわると次々と葉っぱがしぼんでいく様子。「脳味噌入ってんかな」「筋肉でもあんのかな」とにかく不思議でいっぱいだった。
ルーフ・バルコニーに出ると、プランターに植えたそいつをとにかく触ってみたくなる。「触ると葉っぱが閉じる」ただそれだけなのに、触る瞬間はいつも興奮気味だ。
僕にとっての幼少の記憶は、いまやほとんどかすれかけてきている。田舎を離れて暮らしているので、風景を見て過去の記憶をたぐり寄せることもできない。そんな中にあって、おじぎ草は僕にとってはとても貴重なものなのである。もしおじぎ草を見たことがない人は是非うちに遊びに来て下さいな。そんで、一緒にさわってあそびましょ。
まいとくん、醤油のキャップを食べようとして「だめ、そんなもん食っちゃ」と取り上げられると、怒りだしてテーブルの上のコップとか畳に投げ落とす。そしてそれでも気はおさまらず、ティッシュを箱から何十枚も引っぱり出してはあたり一面にほうり投げる。そしてこんな時のまいとくんの声は迫力に満ちている。「ゴォ〜フ!」とかいって喉を鳴らし、まるで怪獣みたいなのだ。
でも、七味の小さいビンを渡してあげると口にほおばり、その後30分はずっとゴキゲン。そして、宙を指さしては「こぇ、こぇ」とつぶやき、私達には見えない何者かと交信している。
最近、ヨタヨタ気味ながらもずっと歩けるようになって、まったく目が離せなくなってきた。夜中12時すぎに一人でサッシを開けてベランダに出ていることもある。そしてフェンス越しに外を見ている。前の道を自転車で通りかかった知らないおばさんが、それを見てギョッとした顔をしていた。
晴れた夜は、ルーフバルコニーに出てまいとくんを左手で抱え、夜空を一緒に見上げている。手で月をつかむ真似をするとまいとくんはキャキャ!といって喜んでくれる。月があんなに離れていること、きっとまいとくんはまだ知らないのであろう。
30度を超す暑い日は、まずママが朝プールに水を入れておく。そして張っておいた水がぬるくなる午前11時過ぎ、ママとの水遊びがはじまる。ママによると、最近のまいとくんはうつぶせになって水かきの真似をしているらしい。もちろん、フリチンでだ。
先日、雨が降っている日に仕事先からまゆたんと電話していたら、まゆたんが「あっ!まいとぉー!」と急に叫んだ。ママの手をすり抜け、サッシを開けて雨の中プールに飛び込んでいってしまったらしいのだ。
そんなどうしようもないほど元気いっぱいのまいとくん、今日は茨城のまゆたんの実家に行っている。ママも一緒だ。そして僕は仕事のために一人この部屋に帰ってきている。部屋は静かで、まいとがドンドン!とドアを叩いてやってくることもない。フリチンでやってきてシールドの上におしっこしたりすることもない。なのにどうしてだろう、仕事を始めなきゃいけないのに、僕は今こうやって「つれづれ」を書いたりして、ボーッとしているのだ。やっぱり明日の朝、迎えに行こうかな。
試練キャンプに引き続いて、1997"夏"試練シリーズ第2弾のイベント会場は大洗海岸から横浜に移し盛大に催された。
横浜花火大会は19:30スタートの予定だった。石神井の家を出たのが午後7時すぎ、少し遅いとは思ったが、まあ少しくらいは楽しめるだろうと思って悠々と出かけた。その時アコード・ワゴンにはゴザが当然のように積まれていたのはいうまでもない。
第3京浜を飛ばして「みなとみらい出口」にさしかかった時、「ドォ〜ン!」と重い低音。そう、もちろんお楽しみの花火の音だ。花火がビルのスキ間から一瞬見えた。「まいとちん、ほらあれあれ、あれみてごらん」高速の出口から花火を指さす。3人仲良く芝生の上に座って夜空を見上げる姿が思い浮かんだ。
突然、まったく動かなくなった。みなとみらい周辺が完全に交通マヒ状態に陥っていた。10分で5メートル。ジョークのようだった。
やがて、ビルの影に隠れるようにして上がっていた花火の音が聞こえなくなった。8時半を過ぎていた。多くの人が怒涛のようにビルの合間からわき出てくる。しかし、車は動かない。全方向動かない。右折してみてもいよいよもって動かない。
とうとう午後11時を過ぎてしまった。わずか2キロ足らずで2時間半。平均時速1キロ以下だ。歩いている人達の顔が涼しげだ。この経済損失はどれくらいになるのだろう。あたり一面テールライトで赤い。全体のストレス指数の合計でビル一棟くらいは軽く建つだろう。
けっきょく、12時過ぎに横浜をあとにし、首都高に乗った。そしてそこでもめでたいことに渋滞に見舞われたのだった。
試練。宮脇家'97夏のキーワードはこれで決まりだ。第3弾はきっと来る、と妙な確信をしつつ、今夜のつれづれを終えることとしよう。
なんつーか、短い短い期間で作り上げた教則ビデオが明日発売になる。「アドリブ完全攻略!」とかいって題名が付いている。売れるのかなぁ。。ま、レクチャー部分の演奏は正真正銘のアドリブゆえ、題名の主旨に合ってるとは思うな(笑)。
それはそうと、オープニング曲の題名は「Koe-Koe」。アトスの村上さん、親バカの私のわがままを聞いていただき、ありがとうございます(笑)。舞人くんときたら、最近もことあるごとに「コェコェ、コェコェ」って叫んでいる。撮影前日、必死に作っていたこのインストに向かい、「こぇこぇ」ときたのでこの題名にした次第なのだった。。
どのくらい売れるのかなぁ。ま、パッケージがとてもいい感じなので「けっこーいくんでは??」と希望的観測の今日この頃であった。そういえば、パッケージにはホームページアドレスを入れてもらっていたので、もしかしてこのページ見ることになる人いるのかなぁ。もしそのようなお方がおられましたら、是非ともメール下さいまし!!
かねてから予定していた大洗オートビーチキャンプ場に行ってきた。サマー・ベッドも車に積み、とーぜんサンオイルもバッグの中に。テント一式を積み込んで、いざ、大洗へ!!
雨だった。半袖の我々3人家族には風が冷たすぎる。半ばヤケクソ気味のテント組み立て。もう、SM的快楽のそれに近いモノがあった。
夜、水戸まで長袖を買いに行った。我々は手負いの熊よろしく風邪っぴき3人衆であったので、余計に雨が身体にこたえた。。天気はいよいよ下り坂で、どしゃぶりモードになっていた。
夜中もずーっと雨だった。雨漏りしている仲間達のテントも多かった。
「何も起こさなければ、何も起きない」 だから、戦うのか。戦って試練を乗り越えつつ、ひと夏の思い出をみんなで必死に創り上げていく。これじゃまるでマラソンだ(笑)
翌日、一泊部隊は一足先に東京へ帰還。とうとう海水浴をしなかったのだ。でも、なんかおもしろかったなぁ。今度は台風の日にでもキャンプに行こうかな(うそ)。
仕事が入る→忙しくなる→徹夜地獄→ストレス→心機一転がしたい→買い物でもしよう!→ストレス解消→当然、お金が無くなってくる→仕事入れなきゃ…→忙しくなる→徹夜地獄→ストレス→心機一転がしたい→買い物でもしよう!→ストレス解消→当然、お金が無くなってくる→仕事入れなきゃ…→忙しくなる→徹夜地獄→ストレス→心機一転がしたい→買い物でもしよう!→ストレス解消→当然、お金が無くなってくる→仕事入れなきゃ…
全国一千京億のみなさま、このさい、はっきり言うことにします、「忘れていました、このコーナー。」
いかんな、どうもいかん。どうも僕は「企画」自体が好きなみたいだ。そしてそのフォーマットを作ってしばらくしたら、飽きちゃうんだよなぁ。ということで、もう一回心を改めて書くことにしよう、うん。これで今後続かなかったら、その時は人間宮脇の最終局面だと思ってくださいな。
ところで最近は何してたかというと、ずばり「ハンモックで日焼け」。そうなのだ。さすがに31歳にもなると、従来のこけてっしゅな色白路線を踏襲していくことが苦しくなってきたのだ。5月からヒゲも伸ばし始めて、気分はすっかりワイドル気分。アヤしいというかなんというか、微妙なスタンスの風貌になりつつある。
それにしても、平日の真っ昼間にルーフバルコニーで、日焼け。パンツ一丁、ヒゲ面で身体は日焼けローションでテカテカ。一体何者なんだろう?こっちが訊きたくなるくらいだ。だれかおせーてケレ。
しかし、わが家のバルコニー、ちょっとしたリゾート気分だ。目をつぶると風の音。そう、まさに海岸ノリ。でも、定期的に西武池袋線の列車の音。舞人が指さして「こぇ こぇ」って言っている。しかして浅い眠りにつこうとするまさにその瞬間、「パン パン パン!」の爆裂音。なんだ?あ、お隣さんの布団をたたく音ねん!
この間、ギターマガジンで特集をやるということで、マイケル・シェンカー特集を書いた。6ページ。高校の時シェンカーを聴いて育った世代ゆえ、その愛着度といったらかなりのもんである。最新のアルバムも参考までに聴いてみたが、…う〜ん、明るいのである。全然だめだった、少なくとも「神」とかつて呼ばれたほどのプレイにはめぐり会えなかった。
音楽において、その瞬間の狂気、日常では計り知れない精神性が露出したときに半ば宗教的に心酔する。そりゃそうだ、一般人の日常的精神性をわざわざ金を払ってまでして見たくはないのだ。総芸能人化といわれる昨今、どうあがいても体験することのないぎりぎりの状態を人々は見たいと望んでいる。緊急特集24時の視聴率が高いのもうなずける話だ。
シェンカーの現在(いま)をそれでも愛している人、それは現代のあいざき進也のおっかけおばさんに似ている。熱狂的に燃えた過去の若い自分を再確認するためにCDを買っているのだ。
平和すぎるシェンカー。スムーズなプレイ。きれいな音色。牙の抜けた身体でもう一度あの当時を再現しようとしてはプレスに叩かれる日々。
うーん、それでも僕はやっぱりシェンカーが好きなんだなぁ。そういえば家庭ももって平和になった今、きっと僕のプレイは鹿鳴館とかで弾いてた時のプレイとは違うんだろうな。「なんか落ち着いちゃったね…」昔の知り合いはきっとそう言うんだろーな。
でも正直思うのであります、「平和で何が悪い、自分は平和になった自分、そして今のプレイのほうが好きなんだ!!!!」
きっとシェンカーも同じ気持ちじゃないのかなぁ、とふと思う今日この頃なのでありました。
なんて恥ずかしい題目だ。こういう電脳文化圏で生活していると、いきおい、欲しくなるモノは「電気なければただの鉄塊」になってくる。また、文明の発達にともなって過去に買ったモノはことごとく陳腐化していくので、この物欲はビッグ・バン・リターンズでも起こらない限り、終点はないのである。
いやいや、こういうのって絶対良くないよなぁ。でも、僕のマックは人間でたとえるなら推定年齢92才まで達しているのである。快適さを運んでくれるはずの機械がかえってストレスを生み出している。これじゃ本末転倒である。やっぱり新しいマック欲しい。
そんなこんなで、うちの奥さんがいつかこれを見てくれることを願って、以下に列挙する。 <ぼくがいまほしいものいちらん>
1. MDプレイヤー
2. パワー・マック7600/200
3. YAMAHA NS10Mスピーカー
4. カセット・デッキ
5. パソコンのメモリー
6. ちゃんとしたヘッドホン
7. ISDN環境
8. ルーフバルコニーの人工芝(30×30センチ=120円が、約480枚分)
9. 舞人がママより先にパパと言ってくれること
10. マウンテンバイク ま、そんなとこかな。でも今は、息子と遊べる時間が一番欲しいな…、なんてあまりにきれいなオチでした(笑)
---------------(以下、全て実話)--------------- 今日こそは洗車に行く日
でも寝坊して、家を出たのは昼すぎ
なんでかって?
おばあちゃんが夢に出てきて寝つかれなかったのさ 昨夜はおばあちゃんの49日
キリストのもとで遠いところに行ったはずなのに
おばあちゃんは律儀にも仏教式でやってきた 洗車の前に銀行に行かなくちゃ
でも 近くの銀行は振り込みができずに遠回り
そういえば息子のおむつの安売りも今日限り
洗車の前に行かなくちゃ そんなこんなで洗車場についたのは午後2時すぎ
午前中に着く予定だったのに 車を止めようとしたら
隣のハンカチ工場の庭で焚き火をしていた
もしかして火事?と妻が言う
そんなはずはないさ、と僕が答える間に
火はどんどん大きくなって
5分後には工場は火に包まれた
危ないので洗車場をあとにしたら
目の前の道路はすぐに消防車で一杯になった 僕はただ車を洗いたかっただけなのに
どうして洗車をさせてくんないんだろう
誰かが邪魔をしているんだろうか
それとも
僕が寝坊したから火事がおきたとでもいうのだろうか 僕はそのあと、火事後の現場を見ることもなく
遠くの洗車場へ行って
丁寧に丁寧に車を洗った
車はとてもきれいになったけど
陽はもう落ちていて
とても寒かった 今度洗車にいくときは
きっと僕は早起きするだろう
ジャイアント馬場はほんとうに偉大な人だ。かの力道山は、プロレスというよりも正統派格闘技という雰囲気だった。要するにプロレス界から見ればちょっとマジすぎたのだ。
「やっぱ、16文キックってすげえよなぁ…。」どう見てもよろよろの老体。日本体育大学の柔道部の若者が本気で技をかけたら死んでしまうかもしれないと心配してしまうほど、その姿はせつない。でも、彼が出るとなれば試合は満員御礼。なんなんだろう、これって。。
みんな実はよーくわかっているのだ。でも、偽善の拍手というのとはちと違う。彼の背負ってきたプロレス界の苦難の歴史が背中に見えるのだ。馬場が歯を食いしばっているところなんて、テレビのドラマのクライマックスよりも泣けてくる。馬場が技をかけようとした時、若手レスラーが「尊敬してます、大先輩。。」というように自ら身体を馬場に差し出すところ。もう涙で心はぼろぼろだ。
先日、ギターマガジン誌の仕事で、ジミーペイジのギターを譜面に起こした。確か5枚目のアルバムだったと思う。もう、枯れに枯れているのである、クラプトンの枯れたギターというのとはまた違う意味で。弾けてる度でいったら、もうコメントできないほどなのである。何百万枚と売れるのが確実だったのに、練習とかしなかったんだろうな、きっと。普通、年を経るにしたがって指は動かなくなる。また、それと同時に速く弾こうとはしなくなる。円熟のギターが香り出すのがこの頃だ。近年のジョージ・ハリスンとかにいたっては(まあ、もともとローテクではあるけれど)、8分音符以上の速いフレーズはほとんど弾かない。
でも、ジミーペイジは違うのだ。弾けないのにがんばる。10年ほど前にレコード会社の記念祭に出演したときのインパクトはすごかった。ハートブレイカーの間奏なんて、パンクスが弾いてるみたいだった。
わかっている。わかってるんだ。。でも、過去において影響を受け、髪を伸ばし、テルミンにあこがれ、黒魔術の本とか一生懸命読んだあの頃、あの時の自分を否定することはできないのだ。お腹の出たジミーペイジが動かない左手と格闘すればするほど、過ぎ去った自分の過去をなつかしみ、万感の拍手を送る。それでいいのだ。思うに、ジミーペイジへの想いは感動というよりも、感謝なのである。パープルのイアンギランもせつないことはせつないが、それは最近のことである。ジミーペイジは違う。3枚目のアルバムあたりからみんな気付いていたことなのである。ロック界のジャイアント馬場。クラシック界では決して存在し得ない存在。小説の中の主人公。そして、いつか彼の新譜が出たとき、「伝説の巨人再び動きだす!」の宣伝コピーに胸躍らされ、自ら劇場の客と化すのである。
ふぅ〜、やっと部屋の段ボールが姿を消した。今度はひと部屋増えたので舞人くんも毎日転げまわって大はしゃぎの毎日。昨日の昼間はいつもよりちょっと早めに起きて、舞人君をルーフバルコニーに連れてって三輪車に乗せていた。なんという幸せな日々であること。もろ「ぽっかぽか2」の世界だ、うひぃ〜。
話は引っ越しに戻るが、この先どう転んでも引っ越しは業者に頼もうと思っている。やっぱどの道においてもプロというものは素人とは違うのだと、引っ越しの日、改めて痛感した。まず、あの歩き方からして違う。小股で、畳の上をさささ、と歩いていく。持った荷物は地面と平行に悠然とした様子で滑っていくように見える。素人ならガツン、ドタンとあちこちぶつかりながらゆらゆら動くのが関の山。業者に頼んでほんとに良かったとしみじみ思う今日この頃なのである。
しまったなぁ…。一ヶ月以上も空いちゃったよ。これじゃ先が思いやられるな。思えばこの一ヶ月で色んなことがあったな。小林宏至くんのツアーでは、大阪でオーストラリア人のオカマに局部を触られちゃうし、翌朝は10年ぶりに寝ゲロ吐いちゃうし(^_^;)、まったくさんざんな年末だった。薄氷の上の幸福といわれるのも無理ないよな、これじゃ。
新年になってようやく落ち着いたと思ったら、今度は息子の舞人が今はやりのインフルエンザにかかってしまった。年始早々でお医者さんが開いてなかったから、やっとこさ探して診てもらった。舞人はなにがなんだかわからない顔をしていて、思わず僕は「Oh-!
ジーザス!」と天に祈ってしまった。
で、翌日に熱がひけたと思ったら、今度はうちの奥さんのまゆたんが風邪に。39度5分まで上がってしまい、家事全般が滞ってしまった。世の中でもタンカー事故とか、株価急落(いや別に株持ってないですけどね)とかさえないニュースばかりだし、一体今年はどうなることやら…、と思う今日この頃なのでありました。
あっ、そうそう、引っ越し決まったんですよ。間取り図を見ること数百件あまり、何件も内見して、やっとこさ決まりました。1月26日に引っ越し予定なのであります。