西暦1996年11月21日(木)午前2時

本日の御題目:【不良ベイビー】

 まったくうちの舞人君ときたら、寝るのはいつも午前7時ときている。それで夕方の6時頃に起きるという、とんでもない不良だ。
 そもそも、話もできない生後数カ月の赤ん坊の不良度チェックというのは、寝る時刻で計るしかない。ということは、うちの舞人はすでに不良も不良、朝刊が届いてから「さあて、そろそろ寝てやるとするか…」。。困ったベイビーである(笑)。
 なんとか夜の12時頃にだましだまし寝付かせようとするのだが、ベビーベッドにおいた途端、「ウギャ〜、 オォ、ウェン!!(訳:とうちゃん、そんなことしても俺はだまされへんど!早くここから出して抱っこして歩き回れ、ベイビー)」なのである。
 おかげで、我々平和王国家族の顔はやつれ、仕事にも遅刻しかけるという、危機的状況に瀕しているのである。
現在午前2時、いよいよ舞人君は絶好調である。さきほども大きくブーッ!とぶっぱなし、我々の顔を見て笑っているのである。まさに、君臨しているというにふさわしい、堂々とした振る舞いの数々なのである。彼の目から見た我々2人は、何でもいうことを聞いてくれる便利なしもべ、いや下僕なのである。
 ほんとうに、毎日が夢のように過ぎている今日この頃ではある。。。


西暦1996年11月15日(金)午後11時

本日の御題目:【男31にしてマーチン、そしてプレステ】

 今日は31歳の誕生日、先日ぼったくりに遭ったこともあって、マーチン購入を決意した。なんといっても、いつかはクラウン、もとい、マーチンなのである。カタギを捨てたアコギ人にとってはこの上ないステイタスなのだ。玉の音が部屋中にこだまする。グラスに入ったブランデーをぐっと飲み干して、いやはや至福の時。
 でも、なのだ。5メートル離れてみれば2万のモーリスと変わらない、これが欠点。シンセだったら5万と30万の区別って歴然だ。つまみの数が違うし、鍵盤の数も違う。なのに僕のマーチンときたら見かけ上は安物とまったく区別がつかないのだ。しかも軽いときてる、いや、音じゃなくて質量が。やはり、質量というのはお金に見合ってないと。ま、だからといってダブルベッドほどの重さのアコギを抱えたいとも思わないし、その辺は難しいところだな(笑)。音で選んだわりには他のことを気にするあたり、ミュージシャンの風上にも置けないヤツ、と言われても仕方あるまいな(笑)。
 あともうひとつうれしいこととして、プレステをまゆたん(僕の奥さん)のお母さんにプレゼントしてもらったのだ。でも買ったソフトがバイオハザードとかいう、無茶苦茶怖いホラーRPG。要領が悪いからすぐにゾンビに喰われてしまう。しかも喰われてるときの音がまたなんともいえなくて、首根っこがゾォーッとする。まゆたんは決してコントローラーを触ろうとしないし。。。舞人はじっと見てるからきっと教育に悪そうだし(笑)。
 それにしても、平和王国のわが家にはまったくそぐわないソフトを買ったモンだ。いまだにマリオカートとドラクエしかやらないこの小心者家族に似合ったソフトがあったら、誰か教えてちょうだい(^_^;)。


西暦1996年11月9日(土)午前5時30分

本日の御題目:【緊急特番:潜入!ぼったくりバー in 歌舞伎町】

 これはテレビの日本列島緊急24時特集ではない。それにしても散々な歓迎会の結末であった。まさか実際に自分がぼったくりバーの被害者になってしまうとは(^_^;)。
 呼び込みの子が妙にかわいいこと自体、まず疑うべきだったのだ。「90分でおひとり4000円ポッキリ!」んなわけないだろうなぁ、今のパブの相場で。30過ぎて鼻を長くした我らが4人、疑うことを知らないそれはそれは純真無垢の田舎モノなのでありました。
 入り口の扉を呼び込みの子に開けてもらい、中へ入るとそこはパチンコの景品交換所だった。いや、それ風の雰囲気で顔の見えないレジ。お金をとりあえず前金で払い、第二のドアを開けると普通のパブだった。
 でも、なにか様子がおかしい。まず店員がパンチだ。同席の約束を取り交わした呼び込みの子について訊ねると「うちとは全然関係ありません。」パンチ君の眼光が鋭く光り、我々の反論をいともあっさりと封じこめた。
 「おかしい…」、「出よう…」、「いや、せっかく来たんだから歌って踊っていこうよぅ!」こんな会話がホステスに聞こえないように交わされ、我々潜入班(?)はわずか10分足らずで席を立った。
 「お会計はこちらになります。」13000円。まあしょうがないな。これだけで済んで良かった。違う…。
              130000円  4人で130000円。すでに4000円×4人=16000だったから、146000円。一瞬、パパの帰りを待ちわびているであろう、息子と妻の顔が脳裏をかすめた。わずか10分で一人36000円。気がつくと、パンチさんが4人に増え、出口も堅くガードされていた(笑)。
「敵ながらあっぱれ!」いや、そんな余裕などなかった。有り金を4万近く財布から抜かれた。「電車賃が無いと帰れんやろ」そういって1000円返してくれた。優しいんだな、この人…、違う違う(笑)。問題は残りのお金をどうするかだった。相変わらず出口は固くガードされていて、虫けら一匹外へ出さないという顔をしている。カードは幸か不幸か僕だけが持っていた。92000円の額を確認してサイン。まるでドラマで演技しているような気分。頭の中では、すでにヤツらを殴り飛ばして外へ駆け出していた、そんな勇敢な4人がうれしそうに笑っている。「もしかしてどっきりかなんかだったりして(笑)」カッコ悪すぎて泣けてきた。
 そういえば、我ら4人が中に入った時、すでに大学生風の5人組が隣の席でお姉ちゃんたちと盛り上がっていた。一体彼らはどんな朝を迎えたのであろうか。また、我々が命からがら出ていったとき、すれ違いに入っていった2人組。ほんとうに優しそうな顔をしていたなぁ。あの人たちも同じ末路を辿ったのであろうか。
 ぼったくりバーは今も確実に存在し、ハネを伸ばしたアナタの心の隙間をたんたんと狙っています。これを呼んでいるアナタ!悪いことは言いません。友達と久しぶりの再会を喜びたいときは、普通の、そう、ツボ八とか北の家族とかの健全な飲み屋で夜を明かしましょう。これが36000円と引き替えに手に入れた教訓です(貴重だなこりゃ、ダハハ)


西暦1996年10月26日(土)午前5時30分

本日の御題目:【阪神タイガースとオリックス】

 まずはオリックス優勝万歳!かつての阪神の助っ人のラインバックが事故死と共に、阪神の栄光をあの世に持っていってしまったのだ。だから僕はオリックスを応援しよう。阪神 対 オリックスの優勝決定戦なんて、21世紀中には95%の確率でやってこないから、悩むことはないはずだ(笑)。
 それにしても4勝1敗で優勝するなんて誰が想像しただろう?オリックスの選手はニールとイチローしか知らないけど、まあいいや。とにかく、人が良さそうな選手が多いからこれから応援していこうっと。
 どうせならあの黒の縦縞のユニフォームをオリックスの選手に着せて、阪神タイガース復興!といきたいところだ、ハハ。でも、優勝が決まったときの松井選手の顔、シリアスなドラマなんかよりずっとマジで笑えなかったな。胃がキュッと青ざめていくようなあのなんともいえない感じなんだろうなぁ。バット一振りがほんの数ミリずれただけで日本の経済効果が何百億と変わってしまう世界。う〜ん、プロ野球選手って医大だな、あ、いや偉大だな。


西暦1996年10月19日(土)午前5時30分

本日の御題目:【仕事がはけた!】

 6月以来チェーン状態だった仕事がやっとはけた。脳味噌もイキナシ スッキリ シャキーン!脳内麻薬ドパーミンがせきを切ったように大量に流れ込んできた。おぅ、最高の気分だ。
 明日から何しようかな?うれしくてたまんないよ!当分絶対に仕事しないぞ!温泉でも行こうカナ?
今日の話題はそれだけ。それに尽きる。お暇な人がいたら遊びましょうね、メールしてねん!


西暦1996年10月8日(火)

本日の御題目:【喉元過ぎれば暑さも忘れ『松井4打席連続敬遠』】

 巨人優勝おめでとう!なんて本当は言いたくないのだ。なぜなら僕は生粋の阪神タイガース・ファン。先日辞めた藤田監督のひとつ前の中村監督のサインを持ってるのだ、しかも現役時代の。。。平均打率2割6分ほどだったと思うが、彼のホームランを目の前で見たことだってある!!(すごく自慢してるな(笑))。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえず阪神には12年後の優勝に向け、今から吉田新(?)体制のもとがんばってくれと言っておこう(^_^;)
 そんなことより、中日の、松井に対する4連続四球敬遠策だ。あんな逆風の中、よくぞやってくれたとも思うが、当日そのことを目当てに球場に足を運んだ人達にとっては怒髪天極める事態だったに違いない。僕も松井選手の親戚だったらマジで怒っていたことだろう(笑)
 でも、あんまり真剣に表立った抗議を巨人がしなかった理由がやっとわかった。はるか昔、巨人だって55号ホームラン目前のバースに対してそれをやっているのである。全ては巨人軍王貞治の日本記録を越えさせないためだ。
 もともと、「正々堂々」を期待した聴衆がいけないのだ。どんな手段を使ったとて、スコア記録には残らないのである。えっ、記憶には残るだって?冗談言っちゃいけません。バースの件にしても、阪神ファンのこの僕でさえ、松井敬遠事件が起きない限り忘却の彼方だったのである。
 ボスニア戦争のような、数百年にわたる怨念とはレベルが違うのである。それに日本人はもともと忘れる国民なのである。生死にかかわること以外はわりと簡単に忘れてしまうのである。消費税のことだってそうだもんなぁ。
 だからして、松井敬遠なのである。10年後このことを覚えている人が何人いるだろうか。敬遠禁止とかいう規則を盛り込まない限り、これからもああいうことは続くだろう。同情を求めてどんなパフォーマンスをやっても、無駄だ。放射能残留度検査と同じくらいの綿密さでもって、中日も計算して決めたことだったのであろう、いずれ日本人なら忘れるんであろうと…。なんか心にすきま風が吹いているような(笑)、わびしい気分なきょふこのごろなのでありました。


西暦1996年10月7日(月)

本日の御題目:【ぎゅーていいっちょう!『牛焼肉定食¥580』 / 松屋】

 だいぶとんだなぁ、この二週間なにをやってたんだろなぁ(^_^;)。
ところで、この世の中で現在、 ポピュラリティがあり
コストパフォーマンスに優れ
とりあえず満腹感があり
野菜もたっぷりの食べ物 といえば、松屋の牛焼肉定食なのである。ギューサラやトンテイ、ショーガヤキでもなく、ギューテイなのである。
 吉野屋の牛丼に比べてなぜか地味な存在のために、人々の話題にのぼることも少ない。しかし、一人で松屋に入って、これを食べたときのあの充足感。牛肉でご飯を巻いて食べるときのぜいたくさ加減。きっと心の中で「最高じゃん、これ」と思って食べている隠れギューテー・ファンの人、多いんじゃないかな。もし、そんな人がいたらメールください(笑)。
 一体580円にして、牛肉の肉汁がたっぷり味わえる定食がどこにあろうか?ランチタイムのみの提供なんて、そんなケチなことはせずに二十四時間営業なのである。午前五時に食べる牛肉のなんたるヘヴィーなことよ、フフ。
 ところが、だ。天は二物を与えず、とはよくいったものである。「におう」のだ、あのタレが。少なくともデートの前には適さない。全てはあのタレに含まれるすりおろしニンニクが原因なのである。
 そこで僕が考案した、とっておきの食べ方を伝授しよう。
 使用するのは当然店内にあるもの。醤油と七味唐辛子だ。まず、七味を肉にたっぷりとふりかける。店や時間帯、それにその時の客の混み具合によって、牛肉の焼き方には微妙な差が出る。少し焦げ目が付いている位がおいしいのだが、たまに少し生っぽい仕上がりになっていることがある。そういう出来ぐあいの日に出くわしたとき、七味で味を整えるのである。そしてタレ用の器にもあらかじめ七味をザバッ!と入れておく。そこに醤油を入れるのだ。これで出来上がり。松屋に通うこと7年、試行錯誤の末に生み出した究極の食べ方なのである。もしまだ試してない輩はぜひ一度お試しアレ。


西暦1996年9月23日(月)

本日の御題目:【子供の純真】

 台風は去った。そして今日は晴れだ。起きたら昼の一時だったので、一日が短いなぁ。
今日も僕はお仕事。でも最近能率が上がらない。その理由は、我が息子「舞人くん」の叫び声なのである。別に泣き声がうるさいからではないのだ。まゆたん曰く「ギャーギャー泣いていても横で平気で寝ている」そうな。だは。そうじゃなくて、「ホヨォー、ウァーン」とかご機嫌に叫んでいる時、僕は思わずヘッドホンを外し、舞人のもとへ駆け出していくのだ。気持ちは「オォー、神様、こんなにかわゆい赤ちゃんを我に与えてくださいまして誠に有り難く存じます」
 純真こそは問答無用、史上最強の精神なり。「結婚なんて…。」などと数年前までほざいていたこの俺が「まいとくんでちゅかぁー、べろべろぉばぁややぁーん★」などとのたまっている。彼が声を上げて笑うとき、頭の中は空前のドパーミンが分泌されてもうクラクラ。
 父性本能とゆうやつの目覚めか。おそろしい。アンメルツを思わず鼻に塗ってしまった時のような爽快感。それは、いい女をゲットしたときの喜びよりも強く、健全。なんてことだ…。
 彼は毎日学習し、成長していっている模様だ。どこかマユタンの妹のたーちゃんに似ているのが妙だ。でも、おっぱいの吸い方の巧妙さはきっと俺に似ている。それだけが自慢だ。


西暦1996年9月22日(日)

本日の御題目:【台風接近】

 今日は日曜日、といっても土曜の深夜。さっきからだんだんと雨足が強くなってきている。今度の台風は一体どんな被害をもたらすのだろうか。
 それにしても日本という国は、大きい台風が来るたびに必ず何人か死ぬ。家が倒壊し、川は氾濫する。それなのに、その到来を楽しんでいる人は多い。多分僕もその一人なのだ、あまり認めたくはないのだけど。
 陽が昇り、沈む。そんなさえないリピートな日々に、台風はこの上ないカンフル剤となる。大きい台風になればなるほど、人々はせっせとニュースに見入り、ワクワクして台風がくるのを心待ちにしている。人が死に、家が浸水する映像も日常性からの脱却には格好の清涼剤。老若男女を問わず周知度が高くて、無事である自分を確認できるまたとない事件なのだ。まさにワイドショー的な国民性。しかして、上陸も果たさずあきれるほど簡単に台風が過ぎ去っていった日には、人々は翌日の暑さを少しうらめしく思う。
 ところで、先日仕事場に傘を置き忘れてしまったので、うちには現在傘がない。それだけが気がかりだ。


西暦1996年9月21日(土)

本日の御題目:【無題】

 今日はもう寝る。


西暦1996年9月20日(金)

本日の御題目:【傘張り職人ーNHK徳島】

 なんとなくNHKをつけっぱなしにしておくと、「○△職人50年」とかいう名人を紹介している時がある。たいていはもう余命いくばくもない(失礼!)と思われるお年の老人だ。お団子づくり名人なら、はるか戦前、丁稚奉公時代からずっとお団子ばかりを作ってきたのだ。もしかしたら、人の顔を見ても「おっ、三日前にでけたおだんごに似とるわい…」とか思っているのだろうか。
 「人生一回きりなんだから、いろんなこと経験したい!」という刹那な価値観がはびこる中、その道一筋何十年というのは本当にすごい。一体、それほどまでに一つのことに人生を捧げるという気合い(?)というのはどんなものなのだろう。何事にも中途半端な僕には本当に想像が付かない人生だ。
 らちがあかないので別の側面から考えてみることにする。NHK、いやテレビに出演するというのは、地方ではすごいことなのかもしれない。出演しただけでいっぱしの有名人として尊敬の眼で近所から見られるのかもしれない。
 ということは、全国にすると何万人ものその道一筋の名人達が、テレビ出演をいまかいまかと待っているということなのか?もしそれが「バービちゃん人形収集家」なんかだったら、けっこう特集とかあってテレビに出れることがあるかもしれない。しかし、普段誰も気付かないような商品、例えば「熊の手彫りみやげ」とか、「正月用のコマ」などは、話題性には少なくとも欠けている。そういう一見地味なことに一生を費やしている人にとっての桧舞台が、まさしくNHKのテレビ出演なのである。それでもって今まで費やしてきた膨大な時間が報われるのである。
 なのに、「番組の途中ですが、臨時ニュースを申し上げます。」とかいっていきなりの中断がときどきある。一体どういうことだ!親戚界隈みんな集まってテレビを見ているのだ。あの頑固なおじいちゃんがパーッ!と光を浴びて輝くその瞬間に中断とはなんぞや!それもきまって「国会議員が贈収賄容疑で逮捕された」とかいうドッチラケなニュースだったりするのだ。
 でも、多分名人たちはそんなこと考えて一筋に生きてないわな(笑)。そんなこと頼りにして50年も同じ仕事できないもんなぁ。
 あの番組みてると、世の中のあらゆる仕事にそれぞれ名人がいて、もう僕の入るスキなんてないのかな、なんて思ってしまう。ま、そこが邪心多き、ってところかな(笑)


西暦1996年9月19日(木)

本日の御題目:【おかめ納豆やわらか】

 僕は関西出身なので、東京に来るまで粘状連鎖球菌など食べたことがなかった。どうひいき目に見たって、あのルックスは「なまこ」の気持ち悪さに勝るとも劣らない。どろどろ〜、どろどろ〜として、口にまとわりつく。箸にも棒にもかからない食べ物の割に、何回ハシをぐるぐる回しても切れてくれない。忘れられない痛恨の思い出のごとくネバネバまとわりつく。まったくもっていやらしい食べ物だと思う。
 食べるようになった理由は単純。コスト・パフォーマンスの高さだ。大学時代は例によって貧乏だったから、いきおい、オカズ代を切り詰めることになる。しかし永谷園のふりかけ&お茶漬けは所詮乾きモノ、身体が拒絶するまでにそう時間はかからなかった。
 そうこういろんなものを試していくうちに、マメは「畑のお肉」だとかいう言葉に乗せられ、 恐いモノ見たさのごとく買ったのがセブン・イレブンの「おかめ納豆」なのだ。
 ネギを少々、しょうゆはキッコーマン、そして卵一ヶ。うますぎた。なるほど、あのルックスと臭気というハンデを背負いながらも未だに朝食の王座を占めている理由がわかった。おそらくは、果物の「ドリアン」と同じノリだ。それからは、僕の食卓には納豆様が当たり前のものとして並ぶようになった。
 人間、好きになると見方が変わるモノである。スラッシュ・メタルを好きになると、メガデスとメタリカが判別できるようになるのと同じだ、多分。一種類しかないと思ってた納豆も、意外に種類が多いことがわかってきた。水戸納豆はあたりまえにしても、ひき割りタイプや小粒タイプなど。スーパーのPB商品も多い。
 そんな中、いちばんおいしいと思ったのが「おかめ納豆やわらか」。ノーマルなタイプに比べ、金縁のようなもので装丁に装飾が施され、高級品だと主張している。ところが、スーパーではなかなか売っていない。もっともゲット率が高いのがコンビニだ。ブランド・イメージを高く保つための企業戦略なのかな。納豆でブランド、オー、ミスマッチでおもしろいぞ。
 現在朝の10時。まゆたん早く起きてくれないかな…。「納豆が食べたい!」と切実に思っている、今、いま頃なのであった。


西暦1996年9月16日(月)


 おっ、えらいな。今日で日記ももう三日目だ。理由は簡単、「仕事から逃げている」のだ(笑)。
 ホームページも、仕事が佳境のときにきまってヴァージョン・アップされていたのだ。だはは…。なんか悲しいな。
 バンドスコアの採譜。これこそまさに音楽界のブルー・ワークといえるものだ。不明瞭なフレーズを何十回も聴くうちに、定位感は壊れ、音は団子状に粘り、ヘッドホンをはずしてもフレーズが宙を舞っている。そして、それは自分のフレーズではなく人のものだ。
 そうだ、きっとこれはある種の修行なんだ。僕はなにも悪いことしてないよ、お母さん。だって兄ちゃんがコップ割ったんだよ、絶対。明日は台風来るかな。また何人か死ぬのかな。でも僕の家は二階だから大丈夫なんだよ。下のおばさんうるさい。立ち読みしてたっていいじゃないか。逃げたりしないよ、僕 。
 やばいな、これは。。。本当に仕事がしたくないとみえる(笑)
 
 やっぱり、今日の昼間ビリヤード3時間もやったのがいけなかったんだな、きっと。今宵もまた朝7時に寝るのかな…。これはもう、夜型を飛び越え早朝型だ。おかげで息子の舞人も夜起きてる、ごめんね舞人。
 というわけで、お仕事やろっかな。(といってゲームやって寝るんだろーな、ハハ)


西暦1996年9月15日(日)


 今日は比較的過ごしやすい一日だ。でも起きたら昼の3時だった…。Mark Of The Unicorn社から日本語マニュアルの件について返信が来た。なんでもパフォーマー5.5にヴァージョン・アップすると日本語マニュアルが付いてくるらしい。うれしいなと思って早速ヴァージョン・アップ願いを出した。
 ところで、僕は今カラオケの仕事の時、RolandのHDレコーダー「VS-880」を愛用している。あれはマジですばらしい製品だ。バンドスコアの採譜の仕事でも使っている。とりあえず2chで音源を入れてしまうのだ。なんといってもTAPポイントが1000ヶ所ボタン一つで設定できるところが素晴らしい。今までは耳コピーするときに、聴き返すポイントを職人芸ともいえる(笑)早業で「えいっ!」とカセット・デッキのstopボタンを押していたのだ。だけど巻き戻しすぎちゃったりすることも多かった。そういう不快指数が無くなったのだ。
 CDになるタイプのカラオケの仕事は特にグー。ギターとかは生で録音するので、リテイク(まあ、部分的なやり直しのこと)がきたときに普通はミキサーの設定が大変面倒だ。だけどVS-880は実に簡単。ボタン一発シーン・メモリーにてデジタル・ミキサーが一発復帰。これはあの価格で快挙だと思うゾなモシ(^_^;)。
 デモとかで録音した音質も、自宅レベルでは全く不満無し。圧縮云々…という問題があるみたいだけど、そんなもんミックスのやり方、エフェクツの選び方、EQによる聴感上の差の方がずっと大きい。TEAC244で必死にピンポン録音してた頃が懐かしいぞ。


西暦1996年9月13日(金)


 つれづれってのは、なんとなく…ということで、ほんとにどーでもいい日常の出来事を書こうと思って始めてみた。日記ともいえない、アトランダムな代物なので、ご多忙中のみなさまにはお見せするのはおこがましい限り。「最近みやちゃん何やってんだろ〜?」といって覗いてくれた人達のためにちょっくら書こうかなって思う。
 さっき舞人のためにはじめてミルクを作った。まゆたんのご指導のもと、粉ミルクと熱湯の調合具合、水とのバランスに気を付けながらの必死の作業だった。
 予想以上に困難極める作業だった。案の上、ちょっとぬるくなってしまった。舞人ごめん。でも「まあまあかな…」という顔をして舞人は飲んでくれた。恩に着るぜ、我が息子よ。
 人類の大多数が選ぶ趣味(?)の子供育て。最近少しだけわかるようになった気がする。酒飲んで女くどいてたあの頃、あれもけっこー楽しかったはずだが(笑)、どこか虚しさが胸を去来していたのも事実だった。「子育て」こそ後ろめたい気持ちのない唯一の悦楽といえるんではないだろうか、ハハ。
 話は変わって、仕事の話。おとといやっとギター・マガジンの特集の原稿が終わった。なにしろギター・マガジンでは初めてなので緊張したな、もう。でもOK出たからホッとする昨今。題目は「ポジション移動の達人」。鉄人じゃない、達人だ。
 これを機に盲目のミュージシャンを思い出してみた。スティービー・ワンダーとか。絶対すごいよな。試しに目をつぶって弾いてみたら10分後にはけっこう間違わなくて弾けるようになったけど、仕事じゃ無理だな、恐くて(笑)。目に頼ってるから身体で覚えないんだろうけど、目をつぶってソロを弾くと、なんだか良いソロになったような気がしてくる。(気がしてくるだけかもしれないけど)。死ぬまでくらいには、三位一体になった音楽ができるようになりたいなと感じる今日この頃なのであった。