四年半。

 以前こちらでカテゴリとして書いていたような記事はほとんどKokonone Notesの方に移ってしまい、一方でカテゴリを書くほどの時間と気合いはなかなか取れず、ということで実に四年半の間、このKokononeのほうは放置状態だった。
 気にはなっていたのだが、Kokononeの記事はKokonone Notesのエントリを書くようには気楽に書けない上、ツールとして使っていたiBlogがほぼ開発中止状態となってしまい、なかなか手がつけられなかった。そうこうしているうちに、.MacサービスはMobileMeに変わり、iBlogが使っていた.Mac Homepageサービスも終了と、なんだかどんどん再開へのハードルが上がるばかりであったのだ。

 今回、ふとしたきっかけでRapidWeaverというソフトウェアを試用してみた。すると、iBlogの正常進化形(別に関連はないのだろうが、私にとってiBlogのここが足りない!と思っていたものがRapidWeaverではきれいにカバーされている)という感じで使いやすい。コンテンツはどうせ手で移すしかないのだが、それでも(大してボリュームがないことも幸いし)なんとかなりそうだ。
 20年来のMacユーザとしては、iWebも考慮するべきなのだろうが、少なくともKokononeの移植先にはRapidWeaverのほうが向いていそうだった。

 ということで、思い切ってRapidWeaverに過去の記事も含めて移行して、ぼちぼちと再開してみることにした。親馬鹿爆裂のKokonone Notes(そんなはずではなかったのだが)とは、ちょっと違う路線で行ってみよう。

手のひらより。

 私の携帯情報端末遍歴はソニーのPalmTop PTC-300から始まり、Newtonで最初のピークを迎えた。このあたりの話は以前書いたことがあるが、この時点までは私は、携帯情報端末というものにPCとは違う未来の可能性をみていたのだと思う。

 その後、ジョブズによるNewtonターミネートを経て、極めて実務的な理由からPalmVを使いだした。その後大変長い間、何度か機種を変えつつも、私はPalmを使い続けてきた。使用目的はとてもシンプルで、Outlookの予定表の持ち運びと英語学習だった。当時から私の勤務先ではExchangeServerによるメールと予定表の管理が行われていて、会議招集はOutlook上で行われるのが普通だった。しかし一方でNotePCも無線LANも普及していなかったから、例えば会議の終わりに次の会議の予定を決めようと思ったら、みんなおもむろに手帳を開かなければならなかった。生来ものぐさな私には予定表をいちいち書き移すのは苦痛以外のなにものでもなく、HotSyncボタン一つで予定表を持ち運べるPalmは奇跡のように便利なツールだった。

気に入った道具には愛着があるし、かわいい。それからしばらくの間、私はPalmにべったりだった。


 一方で、増田式で一晩でタッチタイプを覚えて以来キーボードというものに人一倍愛着のある私にとって、Palmのグラフィティ入力はあくまで緊急時のメモでしかなく、そのため外付けキーボードなどにも手を広げたが、モビリティが著しく下がってしまうのは本末転倒に思え、結果としてキーボードつきデバイスを捜し求めることになった。
そこで最終的に出会ったのが、PSION revoである。今から考えてもrevoはいいマシンだったと思う。デザイン、キーボードスライドのギミック、内蔵アプリの出来の良さ、両手で持って親指タイプするのにぴったりのサイズ。一時期は、なんとかしてOutlookの予定表を同期させ、こちら一本に絞れないかと思ったほどだ。しかし結局、Palmと比べたときに手間がかかりすぎることからそれは断念せざるを得なかった。それでも、テキスト入力マシンとしてはかなり長い間、持ち運んでは使っていた。
 それほど惚れ込んでいたrevoを諦めたのは、隙間時間にこつこつ入力していたデータを何度も何度もすっ飛ばされたからだった。悪名高き充電池問題である。私のrevoは何度完全放電とフル充電を繰り返しても、充電残量を残したまま飛んでしまう現象が収まらなかった。何度もバックアップとリストアを繰り返し、しかしとうとう疲れはてて、私はrevoを手放した。もし充電池問題がなかったら、きっと今でも使っていただろうと思う。そのくらい、気に入っているマシンだった。

 仕事がだんだん忙しくなって、複数のマシンをいじるのに時間が使えなくなってきたことと、キーボード付きマシンの便利さが忘れがたかったので、私はそれまで使っていたマシンを、オークションでたまたま落札できてしまったCLIE UX50に一本化した。曲がりなりにもキーボードがついているこのマシンで、私は予定表のチェックだけでなく、出張報告やプーケット旅行記を書いたりもしてきた。PalmVほどにはいじらなかったし、revoほどに愛着があったわけではない。(特にそのキーボードは、使えば使うほど何とかしてほしいと思わざるを得なかった)それでも、辞書として、ボイスレコーダーとして、カメラとして、そして写真のビューワーとして、気づけば結構長い間使ってきているのだった。

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 そのUX50も、最近はほとんど使うことがなくなってしまった。理由ははっきりしている。職場のPCのセキュリティ基準が厳しくなって、Palmを接続することができなくなってしまったからだ。Outlookの予定表を持ち運べなくなったとき、UX50の用途は半減してしまった。そしてそれでも、この数年の間に無線LANとNotePCが普及したオフィスでは、なんとかなってしまうのだった。

 それはそうだ。私のような普通の事務職の会社員にとって、携帯情報端末がなければ仕事ができない、という状況はほとんどないだろう。なければ多少不便だが、仕事はできる。当たり前だ。
 むしろどちらかといえば、携帯情報端末があることで(意味もなくいじって遊んでしまったりセットアップに時間をとられたりして)浪費していた時間がなくなったぶん、仕事という面ではむしろよかったかもしれない。

 でも。仕事用の鞄の、ぽっかり空いた隙間をみる度に感じる妙な寂しさは、ではなんなのだろう。
 Newton以外の携帯情報端末なんか、所詮ちょっと便利なツールというだけだと思っていたはずなのに。

 話が急に飛ぶが、私は万年筆が好きで、許されない場合を除いて文字はロイヤルブルーのインクを使って、万年筆で書く。
 文字を書く、という行為についてだけいえば、万年筆は例えばボールペンやシャープペンシルに比べて使い勝手がいいとはいえない。消せないし、インクが乾くのに時間がかかるし、インクの補給だって換え芯を入れるようなわけにはいかない。
 でも、文字を万年筆で書くのは楽しいのだ。クレジットカードを使って、サインを渡されたボールペンで書くとき、万年筆で書きたいなあと思う。文字を書くだけならもちろん万年筆である必要はない。でも、万年筆でないと得られないものもあるのだ。ただの自己満足とは少し違う、小さな充足感。それがなぜ得られるのか、うまく説明できないのだけれど。 

 そんなわけで――いや、自分でもなにが「そんなわけで」なのかよくわからないのだが、ともかく今、私の手元にはiPAQ h4350があるのだった。ActiveSyncだったら使える職場のPCで、これなら予定表を持ち出すことができる。
 しかしそんなことより、この小さな機械とまた仕事ができるということで感じる、この満足感は何だろう。

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 中古の、ハードウェアキーボード付きの、英語版のデバイスというところが、我ながらいかにも自分らしいなあと笑ってしまうのだが、またしばらくこいつと一緒に仕事をして、自分が求めているものが何なのかを確かめてみたいと思う。

休日の過ごし方。

 サンリオピューロランドにいってきた。
 まさか自分が休日にサンリオピューロランドにいくようになるとは思っていなかったのだが、人生思いもよらないことが色々起こるものである。しかも結構楽しかったりしたのが驚きである。……いやもちろん、妻と娘との家族三人でいったからな訳だが。

 キティちゃんランド(ピューロランドといってもイメージのつかめない娘のための我が家内呼称)に行くにあたって娘は大変ハイテンションで、前夜からお弁当の中身を指折り数え、当日もばっちりおしゃれした上に、ご自慢のキティちゃんのバッグにおやつのリンゴを詰め込んでの出発となった。向かう途中の電車の中ではちょっとぐずったりはしたものの、到着したらもうお目めぱっちり、大はしゃぎ……と思ったのだが、なぜかアトラクションでは「こわい、こわい、おうちかえる」を連発しての半泣きになってしまった。どうも、暗くて大きな音が鳴る状態が苦手なようで、四十分待って乗ったボートライドでは乗っている間中、両脇から妻と私がずっとなだめつつ盛り上げつつという有様であった。
 もちろん四十分待つ間もおとなしくしている訳ではないので、妻と代わる代わるだっこをし、ぐずるのを色々やってごまかし……という連続である。我が娘は同年代の子供と比べてもかなり小柄で軽量な方なのだが、親の方も小型(軽量かどうかはおいといて)なこともあって、抱っこし続けは、最近少々厳しくなってきているのであった。私の左腕は、一時期治まっていたのだが、またぞろ腱鞘炎が再発しているっぽいし。

 子連れでレジャースポットに行くのはほんとに大変だと思う。そもそも私自身、あまりそういうところに行くのが好きではないし。それに加えて、自己主張の激しくなってきた娘を連れていくのは、なかなか苦行のようにも思える。

 ……でも、自分でも不思議なほど、楽しかったのだ。娘はびーびー泣くし、妻も私も疲れ果ててしまって帰りの電車では二人とも居眠りしてしまったほどだったけれど、でも、楽しかったのだった。どうして、と言われるとちょっと説明に困る。ただ、アトラクションをみたりするのより、妻と娘と三人ででかけて、お弁当食べたり、他愛もないことをおしゃべりしたり、ぐずる娘をあやしたり、お土産を選ばせたりするのが、なんだかすごく楽しいのだった。

 なんというか、この年になってようやく、ああ家族で過ごす休日って楽しいんだなあと、改めて発見したのだった。
 独身だったとき、休日は文字通り休む日だったように思う。いやもちろん、そのときはそれで楽しんでいたのだが。それが結婚して、いきなり色がついたように、違う「楽しむ日」になった。でも娘が生まれてから、夫婦二人のときのように休日は楽しめなくなっている。映画だっていけないし、ゆっくり外食だってもちろんできない。そもそも二人だけででかけることがほとんどできない。それに対して、もう手に入れられないんだろうなあ、寂しいなあと思っていなかったというと嘘になる。
 もちろん今だって、二人でゆっくり時間を過ごしたい、という思いは強くある。でもその一方で、自分たちがとてもとても貴重な休日を過ごせるようになっているのだ、ということに、今更ながらだが突然気がついたのだった。

 たいへんだたいへんだ、といいつつ家族でレジャースポットに繰り出す人たちの気持ちが、今になってやっとわかったように思う。
 だから、「もうちょっとキティちゃんダンス(なぜランドでなくてダンスなのだ)にいきたい」という娘よ、心配しなくても大丈夫。母も父も、多分君が楽しかったと思っているのの百倍くらい、今日が楽しかったんだから。またきっと、みんなで一緒に行こうね。

念願の一つ。

 一年半前のエントリ で書いた望みがようやく実現した。

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 ちょっと肌寒かったけれど、妻と、娘と、ワンコという家族全員で、私はMoyaPakをしょって、とってもいい天気の中、お散歩に行ってきたのだ。
 はじめてワンコのリードを持たせてもらった娘ははしゃいではしゃいで、笑顔をくしゃくしゃにしながら妻と私の間を歩いていく。
 最初ちょっと勝手が分かっていなかったワンコもすぐに状況を理解して、娘の顔を見て、その歩調にペースを合わせて歩く。
 人通りも車も少ない道路を、三人と一匹で横に並んでゆっくり歩いていくのは、なんというか、想像していたのよりずっと楽しくて、幸せなことなのだった。

 毎日いろんなことがあるけれど、自分の立脚点だけは忘れないようにしようと思う。

宿題のひとつめ。

 やんなきゃやんなきゃと思いつつずーっとできずにいた、昨年末のプーケット旅行記をようやくアップした。
 普段の記事とは違って、旅行中につけたメモをもとに、出来事をずーっと書き連ねるという形をとっている。至ってココノネらしくないのであるが、乳児を連れての海外旅行がどんなものかを伝えたかったのと、元のメモがそもそもそういう形で、それから記事を起こし直そうとするとあと二年くらいはかかりそうなので、ちょっと妥協臭いのであるがこのようにした。

 ある意味恥をさらすような旅行記を記事として公開するのは、正直少し悩んだ。しかし、自分が0歳児を連れて海外旅行に行こうと思ったとき、一番参考になったのが他の経験者の方々のウェブページだったので、おこがましいようだがこれが今から乳幼児を連れて海外へ行こうとしている方々の参考になればと思い、公開することにした。
 嗜好や視点が違うとあまり役に立たないかもしれないが、これが少しでも参考になれば幸いである。ご質問があれば、可能な限りお答えしたいと思いますので、
ご一報ください

 書いた記事をどういう形でアップしようかというのでまた少し悩んだのであるが、せっかくblogの形をとっているのだしと思い、実際の旅行日のエントリとして追加することにした。なので、新規エントリなのだがトップにはでず、アーカイブからでないと参照できないという変なことになっている。しかし、これを今の日付のエントリとして登録すると、あとで訳が分からなくなりそうだし(どのくらいの時間さぼってたのかが一目瞭然わかるが、あまりうれしくない)、やむを得ずこういう形にした。……もちろん、ちゃんとリアルタイムに近いタイミングで投稿しておけばこんなことに悩まないですんだ訳であるが。

 ちなみに、2004/12/15から19までのエントリである。さらにちなむと、ARCHIVESの"Browse archives by date"から参照するより、CATEGORIESの"a favorite day"を選択していただく方が(今のところ)早く見られて便利である。それはつまり、今年一年間でそれっぽっちしかエントリを追加していないということで、うーん、なにをどうやっても墓穴を掘ってしまうな。

 とまれ、これで自分の中で宿題だった一つが片付いた。二つめは、さて、いつになるかな。