みんたまあな日々

古我知焼窯元へいってきた

友人(暁)の取材にくっついて雨のなか名護市我部祖河にある古我知焼窯元へいってきた。
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我部祖河の公民館横を通ってしばらくいくとつきあたる。
そこを左、右、真ん中、右の橋を渡ると古我知焼。

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とても静かな環境の中、家族で営んでいる窯元。
現在作陶はご主人の仲宗根さんと娘さんが主にやっている。
11月には那覇市の百貨店で親娘二人展を予定しているそうで、
そのための作品づくりに忙しいようだ。

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画面奥で制作中なのが仲宗根さん。
大の写真嫌いということなので、私は控えめに遠くからパチリ。
(暁)は取材なのでバシャバシャ撮りまくり。
今日行ったのは、古酒甕をつくっているというのでその作業を見てみたかったから。

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娘さんの邪魔もしないように遠くから撮影。
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酒甕は登り窯で焼くそうです。
なんか凄そうです。
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工房に併設のギャラリー

古我知焼ホームページ

みんたまあな日々

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みんたまあな日々

 ギャラリーのメンバーで鍛金作家の田仲康嗣さんの現在進行中の仕事は、オリオンビール名護工場敷地内にある創設者の具志堅宗精(1986-1979)さんの胸像の修復・清掃作業。胸像は青銅製。彼は青銅の本来の美しさを取りもどすため、独自にブレンドした緑青の液を胸像に塗布しバーナーの熱で定着させる根気のいる手法で銅合金で製造された胸像の着色に挑んでいる。伝統の技法を重んじながらも彼の直感的な感性で金属が変容し今までとは違う表情を見せる。金属の持つ本来の素材感をどういかせるか。できあがりが楽しみだ。(暁)

 
http://ja.wikipedia.org/wiki/緑青
緑青とは、銅のサビの一種で緑色を呈し、昔から有毒であるとされてきた。鎌倉の大仏の表面も緑青に覆われている。緑青(ろくしょう)とは、銅が酸化することで生成する青緑色の錆のこと。銅銹(どうしゅう)ともいう。塩基性炭酸銅 CuCO
3・Cu(OH)2を主成分とする化合物で銅製の食器類や、10円硬貨(青銅製)によく発生することで知られる。緑青は昔から毒物と考えられてきたが、これは金属精錬技術が未発達な時代に銅の中に多量のヒ素が混入していたため、ヒ素中毒を引き起こしたためではないかとされている。実際は、過剰に摂取しない限り毒性は低いとみられている。銅合金の着色に欠かせない素材。

出会いと体験ミニガイド

ギャラリーのメンバーの前田勇憲さんの仕事が沖縄の地元紙「沖縄タイムス」に紹介されました。

誠実ないいしごとしてます。

彼はギャラリーでの展覧会のポスターやチラシなどのデザインを一手に引き受けています。

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↑沖縄タイムス
2008.05.12より転載

出会いと体験ミニガイド

凧博士・比嘉良行先生

凧博士・比嘉良行先生

 展示会場でお客さんがみえると比嘉さんはうれしそうに自慢の凧の説明をなさってくれる。
本当に凧が好きで、問いかけるといろんな話題を提供してくださる。
白髪で髭をたくわえた彼はシーズンになるとサンタのおじさんとして親しまれている。
82歳とのことですが請われたら大型のワゴン車に自作のさまざまな凧を
積み込んでどこにでも出かけるという夢追い人でもある。
出来るだけ簡単で誰でも作れて風と空に羽ばたく凧で子供たちに遊んで貰いたいという。

 比嘉さんはさまざまな凧を開発され、今なお研究を重ね改良をつづけておられる。
あんどん型の立体凧、次々と合体させて巨大凧にしていく円柱状の回転凧、
虫のような体をくねらせて舞う凧、風の変化に応じて翼を変形させて鳥のように飛ぶ凧。
空を飛ぶ鯉のぼりや吹き流し。
左右非対称のものやはがき大のミニ凧。
動物やいろんな形の立体凧といろいろである。
分解、組み立てが簡単で柔軟性のある構造はいろんな風に対応して簡単に飛び上がる。
子供たちが喜んで楽しめるダイナミックな凧である。

 比嘉さんは終戦直後、愛楽園で隔離されている子供たちが学べる学校設立に関わり、
彼らに希望と生きる力を学んでほしいといろいいろな試行錯誤をされながら指導にあたってこられた。
子供たちと一緒にヨットをつくって海に乗り出して波しぶきをあびたり、凧をつくって大空に夢を追う。
不自由でも手足を使ってモノを作り完成させて、感動を共有していく。
その体験が子供たちに大きな力をうみだす契機になると彼は話される。
また、米兵の囚人がボランティアとして派遣され、子供たちの側で園内の草刈りなどをしてもらう。
教育学部の大学生に子供たちの食事や風呂の世話をさせながら交流をさせる。
外部との接触がない子供たちには新鮮な出会いであり、得たものは少なくなかっただろう。
ボランティアの米兵の更正にもいい影響を与えたとのこと。
教育をめざす学生にも大きな学習体験になったともいう。
比嘉さんは世間一般から理解の得にくいなかで25年間も愛楽園の子供たちを育ててこられた。
神様のようなサンタのおじさんである。(良)

ラジオから

昨日病院へいく道すがら、カーラジオをつけたら聞き慣れた声がラジオから・・・・。
この時間はティーサージパラダイスのはず。
おっとおおおおお!。
ゆーけんではないか!。
ゆーけんは役者のかたわらグラフィックデザイナーをしている好男子。
ギャラリーの熱いメンバーのひとりである。
ラジオのむこうでは、自著のきじむなあの絵本の話をしている。
そうか、今週は大宜味特集とかいっていた。
この土日に大宜味の産業祭りがあるそうで、その宣伝もしていた。
そーいえば、ゆーけんも大宜味出身。ほかにもさとしもかずおも大宜味だ。
大宜味村は、なにやら濃い人材を生み出すところのようだ、という印象を私は持っている。(康)

写真家 比嘉豊光氏来る!

火曜日、毎週行われる定例会に行くと写真家の比嘉豊光氏が若い写真家2人をつれて、来ていた。
テーブルには空のオリオンビールの瓶が数本とヒージャー(山羊)の刺身が・・・。
すでに宴席となっていた。
まあ、こんな日もある。
「写真0年 沖縄」という展覧会のプロモーションに来たようだ。
盛り上がり、私はなぜか比嘉氏に気に入られ、時計のはりは
12時をすぎ・・。
氏は若手
2人と一路読谷へ。
地元若手(私たち!)は行きつけのアクアへ。
そして 帰宅は
3時をまわった。

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沖縄県美術館開館記念・関連イベント
「写真0年 沖縄」 
比嘉豊光
浜昇
北島敬三
http://zeronen.jugem.jp/
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001900 最終日は1800まで
那覇市民ギャラリー 入場無料

お問い合わせ先
「写真0年 沖縄」展実行委員会
http://zeronen.jugem.jp/

沖縄事務局
 ゆめあ〜る(比嘉)
904-0305 沖縄県読谷村都屋436
TEL 098-956-4442 
FAX 098-957-2699

東京事務局 photographer's gallery(北島)
160-0022 東京都新宿区新宿2-16-11-401
TEL&FAX 03-5368-2631
http://www.pg-web.net/