みんたまあな日々

7月5日、ナゴの日に題す

7月5日、ナゴの日に題す」
 
58号線を北上して名護湾を望むと両翼が山をなし、
中央の海辺から名護の街が浮かび上がってくる。
静かな風景はすべてを引き受けてくれるような、和みを覚えさせる。
名護の西に構える父なる嘉津宇岳は
ユーラシア大陸の背骨をなすヒマラヤ・アルプスと兄弟分で
沖縄の臍としての基軸をなしている。
一方、東の母なる名護岳は美しい幻の大陸に由来する嘉陽層を土台に、
マグマが貫入する激しい地殻変動を経た波乱の名護層を代表して静かに佇んでいる。
壮大な歴史から受け継がれてきた豊かな風土は
山、川・伏流水、海へと多彩なエネルギーの流れをつくっている。
名護のふところ深くのヤンバルも
同じく自然の豊かな多様性を幾重にも備えているのである。
ヤンバルにみる潤いのある自然は命の安らぎを覚えさせ、
同時に生命力の息吹を促すかのようである。
 ナゴは従来「ナグ」と称していた。
凪ぐ、和ぐに由来するもので命の休らえる平和に通じる。
「なぐ」は平和にあることで多様性を可能にし、
キジムナーも住み得るコスモスを展開させるのである。(良)

みんたまあの思い 

みんたまあの思い   

 年末にあたりみんたまあのこれまでを振り返り、これからの展望を考えてみる。
今年の4月、やんばるにある者として地域の生活文化に関わりながら何らかの役割を担っていきたいという話が屋部高志さんから提起され、有志の者で発足委員会をつくり設立への準備を進めてきました。
ギャラリーとしての形をとりながらヤンバルを視野に入れた文化活動を展開できないかということである。どのように企画し運営していくか、未知への課題にしばらくは議論だけが続き、経営の問題は依然として見通しがつかないままであった。
 やらない前から壁を意識するのみでは何事も望めない。ここに個性豊かな有志が集まったのだから動いてみようではないか、希望をもって進めば道は開けるものだと。座しては可能性も見えない、イノシシの勢いで大きな気持ちで前進だと手探りをしながら準備を進め、8月1日に会員の作品展でオープンにこぎつけた。低空飛行ながら地域への思いや文化活動に対する会員の気概は大きかった。
各人仕事をもちながらも毎週火曜の定例会で議論を重ねることができた。さまざまなテーマが浮かび上がってきた。我々の周りにこんなにも多くの課題や材料があるのかと新たな発見も多く話し合いは熱を帯び深夜にまで及ぶこと度々だった。
開設を宣言し走り出すなかで、世代別の写真五人展、全盛時代の闘牛展、ギターコンサートでスペインと沖縄の文化体験懇話会、瓦シーサーや竹細工などの手作り作品展、新たな試みを模索する高校生絵画展、空をテーマとする写真展を開催することができた。この間さまざまな方との出会いや交流が出来たのは大きな収穫であり私たちの財産になった。
 みんたまあは小さな空間ではあるが、いろんな人が交流しあっていくことで地域情報や歴史文化資料の蓄積をすすめ、これらを自由に利用できるキースポットになれる可能性を実感した。
地域にはいろんな専門家や名人がいる。そしてこれから夢をめざしていく方、課題を抱えてる方もいる。人と人とがつながりあうことで夢を育み、問題の解決策をみつけたりすることもできそうだ。みんたまあはそのような仲介・交流の場として活用できるようにしていきたい。
そして固定化するのではなく、人的ネットワークをひろげながら活動の場を外へも展開し、他との連携をよくしていく。みんたまあは柔軟性をもった文化共同体として地域とともに進化を続けて行くであろう。(良)



玄関のない生活

玄関のない生活

おばあ曰く、
「よそから人がきたら家に招き入れなさい。そしてご飯をあげなさい。なければ隣からもらってきなさい。」
外から来るひとは、自分らにはないものをもたらしてくれる貴重な方だ。
古来からユイモン(寄せてくるもの)の恩恵を受けてきた体験は、
ニライカナイの思想につながっているのだろうと大宜味出身の宮城孝夫さんは話してくれた。

 島国の沖縄は資源に乏しい。
四囲の海は壁ともなるが同時に開かれた海の道でもある。
北から南から文物が行き交っていく。
望めば交流も出来る。
多様な交わりは創造性をかきたて、無から有を産み出すことも可能にしてくれる。
東シナ海は文化や物資の流れをつくり、相互の活性化に大きく寄与している。
富をもたらす海のシルクロードともいえよう。

 平和な島の家には関所みたいな玄関がない。
全方位オープンでよそからのものを受け入れ易いようになっている。
小国沖縄は平和外交を旨とし、友好をもって他との交流を大切にしてきた。
この生活の知恵が守礼の邦として独自文化の華を咲かせてきたのだろう。
ヤンバルのおばあ達にみるホスピタリティの精神は大切に受け継いでいきたい。(良)



嫁の戸惑い

 東北から沖縄に嫁いできた娘さんに沖縄の印象を聞いてみた。
 太陽の強い熱線、海、山、空の色彩の強さに圧倒される。土地のおばぁたちは遠慮なく入り込んでくる。挨拶の返事ははっきりしない。間がとりにくいなどと、カルチャーショックを受けたようだった。
 土地の人はお互いが身内のように遠慮がない。「あー、うん、えー」だけでも通用する。一から明確に言葉を連ねて説明する必要はさほどない。声の調子、顔をみただけでも何かしら意志が通ずるのだ。
 親しい人はその一部を見、聞いても識別し理解できる。言葉はその話し手の背景や表情、語調などでさまざまなニューアンスの情報を発している。単調な語句だけでは多くの言葉が必要になる。定義された言葉で論理的に説明すると多くの労力を要する。表情を削ぎ落とした単語をたくさん並べても伝わらないことがある。言葉には文化的背景をもって
人格を付与しながら思いを伝える手法があるようだ。歌会での語尾を思いっきり伸ばしていくのは、余韻の空間をつくることによって思いへの世界を自由に展開させていく間をつくりだしているのだろう。田舎のおばぁたちの言葉にはそのようなものが普通にある。それだけにおおらかでお互いのつながりを保ちつつ、単調な世界のなかで思いの空間を広げているのだろう。
 隣同士でも携帯メールの透明なコトバに僅かばかりの絵文字を添えて交信するのが流行っている。何か物足りない、温かみがほしいと思ったりする。ヤンバルのおばぁからカルチャーショックを受けた彼女がどのようにしてヤンバルにとけ込み、新しいヤンバルのおばぁになっていくのか。
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