みんたまあな日々

巨樹の悲哀

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姿がなかなか立派でときどき見にいっていたガジュマルの巨木が地上2メートルくらいのところからばっさりと切られていた。
拝所を覆い尽くさんばかりに茂っていたガジュマルがその面影もなくなっていたのでかなりびっくりした。
いったい何があったのか。
台風で倒れたのか、想像はふくらむばかりで、どうしようもない。
この木は樹齢およそ
120年くらい、一説には200年以上あるのではないかといわれている。
沖縄戦のときに地上2mくらいのところから砲弾によってもぎ取られたそうである。
その状態でも再生したこのガジュマルである。
再び、青々と空を覆い尽くさんばかりに葉を茂らせ、気根を垂らせることを祈るばかりである。
下の画像は在りし日の様子。つい半年くらい前なのである。
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名護岳散策

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慌ただしい日々が続いていて、
どうにもならないなあと思っていても、
一つずつ片づけていくことでなんとか一息つけるようになりました。
といってもやること山盛なので、ため息ひとつ。
で、様々なことの合間をぬって名護博物館主催の名護岳散策に参加しました。
じつは名護岳に登るのは初めて。
かなりウキウキ。前日の天気は雨模様でドキドキ。
当日は曇天でなんとか決行。
9時に博物館に集合。
案内役の嵩原さんのレクチャのあとマイクロバスで名護青年の家へ。
バスを降りさっそく近辺の植物の説明が始まりました。
まだ登山道に至る途中のキャンプ場なのに
もう十数種の植物の名前やら特徴や使われ方などが説明されて、
覚えることはギブアップ。
とりあえず撮影に没頭していました。
いろいろな生き物を観察しながら
3時間程かけて名護岳登頂。
登頂といっても高さ
345メートルなので急峻な丘という感じ。
見晴らしはいまいちですが、
ヒョウモンマダラやアサギマダラ、シジミやセセリの仲間も
飛び回っていて昼食もそこそこに観察を楽しみました。

名護岳-Photos:散策で出会った名護岳の生き物たち

登ればもう下るだけなので、帰りはひたすら歩くのを楽しむという感じでした。
全行程
5時間ほどですが、市街地のすぐそばにこんなに
自然を楽しめるところがあるとは思いもしませんでした。
しかし、楽しむためには自分自身が動植物や昆虫などの生き物の知識や
その場所の歴史的知識などを持っているか、
案内する人がその場所の自然や歴史に通じているかに限られるように思います。
知らないと素通りしてただ頂上をめざすだけになってしまいそう。
知っているとほんとにかなり面白いところ。

案内人の方の話で気になったのは、
現在地表近くにすむ生き物のほとんどがみられなくなっているそうです。
両生類や小型のほ乳類などだそうですが、
おそらく外来帰化生物のマングースによって
捕食されているのではないかということです。
マングースは国頭のほうではヤンバルクイナや
そのほかの希少種を食べるということで
駆除や隔離が実施されているようですが、
ここでも被害は甚大なのようです。
マングースの数をコントロールできれば
もっと生物の種類も豊かになってくるだろうし、
ヤンバルクイナもすめるようになるのではないかということでした。

少し山通いをして遊んでみようか。(康)

名護といえばヒンプンガジュマル

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ギャラリーから通り沿いに歩いて2分もかからないところに名護のシンボル「ヒンプンガジュマル」があります。
推定樹齢
260年あまりといわれてますが、もっと古いかもしれません。木の高さは20m弱。沖縄県指定天然記念物。
もともとはこの場所に大きな松の木が生えていたそうですが、ガジュマルが取り付き松の木を絞め殺してガジュマルだけが根を据え大木になったそうです。
ヒンプンガジュマルの名の由来は、名護の入り口にあるので、名護のヒンプンと見立てていたという説と、木の根元にヒンプンシー(碑文石)、三府龍脈碑が置かれていたため碑文石のガジュマルとよばれるようになったという説があります。
 現在、数年前の台風で幹が傾いたため支柱でなんとか倒れないように支えています。なんとも痛々しい状態ですが、ガジュマルからのびる気根を誘導してこれが新しい幹となり木自身を支えるようにする努力も続けられています。(康)

みんたまあ

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沖縄タイムス 2007.08.06 今晩の話題に取り上げられました。

輝け やんばるの才能

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沖縄タイムス 2007.08.04朝刊より

祝オープン

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どうにかオープンにこぎつけました。
というか、オープンの日が来てしまったというべきか。
朝方
3時とか6時とかに帰って(もう今日です!!)10時前にはご出勤。
まだ作業は終わってないのよね。表札もまだだし。

大御所たちは・・・・

もうなにもいうまい。目の前にある仕事をこなすだけ。


と記憶も飛びがちなくらいにばたばた作業していたら、もう夕方。

着替えにいったん帰ってふたたびギャラリーへいくと。

まだオープニングパーティ始まってないのになにやら、みなハイテンションである。もう飲んでいるのか。

記者さんに記念撮影してもらって、なし崩しでパーティ開始である。

でも一応代表挨拶や乾杯の音頭や先生挨拶やらスピーチやらおさえることおさえて。

あとは飲めや食えや飲めやの大騒ぎ。
一応
12時でお開き、元気な人たちは2次会へ。

とりあえず二次会へ参加しつつ、アルコールづけの頭が体の変調に気がつき始めた。なにやらへんなのである。

そういえばのどもいたい・・・。やばっ。風邪か。
からだも熱っぽいいいいし。

ゆうけんは役者魂になっているし、暁志はカメラ魂になっている。

のどの痛みも尋常じゃないし、体の熱もおかしい。

ほんとにやばさを感じたので
2時過ぎ(3時か)に脱出。

しかし、ときすでに遅し。しかも飲み過ぎているので適切な対処ができず、状況は悪くなる一方である。
簡単にいうと帰ってそのまま寝てしまったのである。

そして
5時前には強烈な二日酔いと高熱とのどのいたみで訳がわからず寝込み、

これがインフルエンザだとわかったのは二日も寝込んだあと。

という楽しんだのかつらかったのかよくわからないオープニングの顛末のごく一部。

たくさんの人に来ていただいてとても感謝ではあります。