2004.8

ダメ出し鬼の独り言 SPECIAL!

AUSTRALIA日誌

 全員写真 シドニー オペラハウスの見える公園
 

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2004.8.21

 今日から海外研修。緊張感のないこと甚だしい。私に。

 昨日わざわざ準備をしに学校に行ったはずなのだが、役に立ったことといえば前日になってやっと添乗員のOさんにお会いできた(かわいい方でうれしくなった)ことくらい。だいたいこれも、突然午前中にT旅行社担当者のS野さんから電話があり、なんと彼は現在オーストラリアのゴールドコーストにいて、「添乗員と私の代理のものが行きます」だと。我々を見捨てたかS野。そういえば学校にいたほとんどの時間は、クラスの1人が自転車事故に遭ってその対応に追われたし、3年生の進路相談や英語の補習をしたりもあって、おそらくは家にいた方が準備はすすんだ。前日がこんななら今年もまたマヌケなことがいっぱい起こりそうな予感。強いていえば帰り道に本屋で文庫本を2冊(推理小説)と五線紙(楽譜を書こうと思う)買ったのが役に立った準備といえるかも。

 当日の朝を迎え、予想通り日用品を中心に何も準備できていない。お金は、TCが役に立たないと思い(本当に役立たない)、数日前に1000ドル現金化した(しかしこれも結局は向こうで変えた方が安かった)。お金とパスポートとクレジットカードがあれば良いか。それと大切なのはギターを持っていくことだ。それでもさあ荷造りしなければ。でもまず走った。それからタラタラ準備。そういえば前日に適当に服をスーツケースに突っ込んでおいた(投げ込んだという表現が適当)のだが、当日になってどんどん減らしていった。寒くてもどうせすぐホテルだ。耐えられなかったら向こうで安物を買えば良い。辞書も持っていくのはやめた。生徒に借りよう。こうやって自分の荷物はあまり持っていかないようにしたのだが、スーツケースは妙に重い。原因はいくつかある。ビデオカメラ用の各種ケーブルや充電器。2年前に学校に無理矢理買ってもらったiBook。向こうの学校へのお土産(和紙の屏風2つと金箔で月のウサギをデザインしてあるパネル。ところで和紙は美濃和紙ではなくて京都らしいのだが、、そんな品を美濃市内のうだつの町並みでうっていいのか? おもしろいから買ったが)が重いのである。お土産は減るとして、帰りが心配。

 昼食食べてから学校へ向かった。途中にDVテープとCDRとパンを買った。午後早くに学校に着いて、またいろいろ余分な準備をした。まずは持っていくiBookのHDから不要なものを移そうと思ったら、LANでマックにつながらない。ウィンドウズにはつながるのだが、iMovieが移せない。役に立たない。あー時間がかかっただけで移せなかった。3時半。もう生徒も来始めている。そろそろ行かなければ。予定通りバス到着、、、あ、、、バスだけ? バスだけじゃスーツケースは全部入らないから、例年もう1台来るはずなのに、、、やはり我々を見捨てたかW野。なのでバス内にもスーツケースは並んだ。さて生徒の様子。昨日の事故の生徒Oも全く無傷のようで安心。でも1人女の子Kが、「先生、私、熱があります」と言ってきた。ヒエピタを貼ってバスに座った。3枚しかないらしい。オーストラリアにヒエピタは、特に粒入りは売ってないだろうなあ。遅刻も1人Oが2分くらい。すぐに来たからまあ順調。男の子Tが上がカッターシャツで下がジャージなのだが、本人が良いのなら良いか。そういえば向こうで使うために旅行社に携帯電話のレンタルをお願いしたつもりだったが、その話も通っていないらしい。S野、、、のせいではなくてこっちがしっかり言わなかったのだが。

 バスに乗り、空港まで45分。高速のおかげで早くなった。控室を用意してくれているのだが早く着き過ぎてまだ部屋が空いていないらしい。空港で「今日国際電話で急に頼まれたんです」というヘルプの男性が登場した。後で聞いたらT旅行社関連のおみやげとかを扱っている会社の方らしい。S野さん、よその会社にまで、、、部屋が空いていないのでまずチェックインすることにした。すると熱があるKがうずくまる。目が回ると言っている。これで行けるのだろうか。彼女はヘルプの方にお任せし、チェックインに向かった。私は最後に付いた。意外と混んでいる。おかげでKが列に復活。あれだけ言ったのに、スーツケースにお金を入れたままのOはX線を通って封印してあるスーツケースをまた開けなければならなくなり、X線に戻ったりした。私の荷物はいきなり重く、HEAVYの札が貼られ、「壊れても文句を言いません」書類にサイン。ところで手に持っていたギグパッカーギターは、機内持ち込みが認められた。棚に入るのか。へえ。さあやっと部屋。30分くらいしか使えない。ここで入国カードを記入。ところで私の携帯をチェックしたら9件の連続着信。Kの保護者だった。よろしくお願いしますとのこと。がんばります。カード記入等もすんで30分の自由時間。皆一斉に腹ごしらえに向かった。機内食はきっと9時過ぎだからもたないらしい。私は策略家で、3時にパンを食べておいた。のでフードコートでコーヒだけ飲んでいたら、団長のF先生と、女子生徒のUとSがハンバーガー等をもって登場。同じ引率のS先生も登場。Uが「S先生と私は母娘みたい」と言ったらもうすぐ還暦のF先生は「僕とSは愛人に見えるか?」と危険なネタをとばされた。楽しいひとときの中、あっという間に集合3分前。各レストランに様子を見て回ると、野球部のNとFのところに今し方うどんが届いていた。がんばれ、噛まずに喰うのだ。彼等は本当に2分で喰った。さすがだ。よし出国するぞ。ここでも私はラストに付いた。自分はスムーズに金属探知器も通ったが、またO。4回ほど連続で探知機を鳴らした。まずベルトをとり、それからポケットの中の小銭や鍵を取り、上着を脱いで、と、だんだん脱いでいくのだがまだ鳴る。このまま裸になっていくのかと見ていたら、彼はパワーアンクルを足首に巻いたままだったらしい。テニス部で熱心なのは認めるが、、、さあ、出国。19時半くらいに飛行機乗り込み開始かと思ったら、20分らしい。いきなり免税店に行きたがる男子Mと女子Mを「10分で買ってこい」と送り出し、座っていたらすぐに20分になった。さらに、後ろの方だから先に乗るらしいというアナウンス。彼等は満足な買い物もできずに5分くらいで私に連れ戻された。それにしても何をしに海外にいくのだか。

 さあ飛行機だ。

 今年のクラスは飛行機初体験が多いらしい。特に怖がっているのが女子Tと男子K。Tは私の席に近かったので私に虐められていた。適当に文句を言って言い返していたさすがTは女の子。強い。けれどKにいたっては「先生、離陸の時手を繋いでいてください」と言っている。ここで、最近ライブネタにもよく出てくる、私にいつも「結婚して下さい」というネタを放つMが、「私も手をつないでー」と言ったので全員無視した。そういうわけで飛んだ。午後8時。これから長いフライトだ。しばらく経つと食事。チキンかラザニアを選ぶ。国際線なのでお酒がただなのだが、仕事なので飲みたいが飲めません(S先生にお酒飲んでもいいですか?と聴かれたけど)。ウーロン茶でした。私の隣にはジャージで来たT。彼も飛行機は初めてらしい。隣のMと、食事をデジカメにおさめている。まあラザニアは普通。それにしても眠れない。推理小説を1冊読んでしまった。我孫子武丸の「人形は推理する」シリーズ。軽くて楽しくて良いのだ。

こんな写真を撮っていた

2004.8.21

 毎回のことだが、ケアンズには明け方四時台に着く。飛行機内では2〜3時間はウトウトしたのだろうか?学生時代などは飛行機に7時間も乗るなんて耐えられない気分になっていたものだが、今はそれほどでもない。人間が出来てきて辛抱強くなったのだろうか。それとも鈍感になっただけか。

 そういえば機内のヘッドフォンで聴ける番組は、日本と結んでいるだけあって演歌とか、落語とかもある。私は落語を聴いていたが、同じものを繰り返して途中に演歌を入れるため、演歌を避けて適当な時間に合わせたりしながら3回も聴いてしまった。「へっつい幽霊」ってやつかなあ。もうすぐ着くという時間に、免税店好きの男女コンビであるMとMは、例の、私に結婚を迫るネタで有名な女子のMの方が、「M君がキスしようとするから助けてー」と言っていたが私もいつものように相手にしないネタをした。

 それ以外は特記事項もなくケアンズの国際空港に到着。ラッキーなのは明け方で、全然混んでいないこと。まずは入国。列のラストに並んだがスムーズに全員終えることが出来た。係員にあまりやる気を感じなかった。2年前は9/11の印象がまだ強いのか、同じ明け方でもとても厳重なムードだったのだが、緊張とはそんなに保つものではないらしい。それから荷物の検査。私は必要な服とかはほとんど持ってきていないが、iBookだの、ギターだの、ジョギングシューズなどといった無駄なものは満載である。オーストラリアは特異な生態系を持っていることもあり、持ち込み荷物はチェックが厳しいと聴いている。靴は泥が付いているかもしれないということで要チェックなのである。荷物検査には2つの列があり、申告リストに載っているもの(靴とか、食品とか)を所持しているかいないかで変わる。私はDECLARE LINE(申告必要)の先頭に並んだ。一番にスーツケースを開け、シューズを見せる。けれど係員はそんなものより、横に置いたギターを疑問に思ったらしい。ソフトケースから取り出して調べていた。私の後ろにはかなりの生徒が並んでいたのだが、どうもスーツケースまで開けたのは私だけらしい。チェックが甘いぞ。それでコアラが守れるか?

 出口前で待っていると、ここの検査でひっかかった者は数名。男子野球部のFはスーツケースに入れていたヘアスプレーがひっかかったり、とかで、ここもスムーズだった。

 さあまたスーツケースを預け、急いで国内線。徒歩で5分くらいのターミナルに向かう。夜明け。鳥がうるさい。熱帯って感じのムード。冬のはずだけど、夜明けだけど、あったかい。ターミナル内へ。まだ明け方なので人もたいして多くない。ところでゲートのTVモニター(飛行機の時間とかでるやつ)を見てびっくり。私の名刺(今は新しいものが出来たので初期形の方)と全く同じ色遣いのデザイン。MiYU、君のセンスはカンタス航空に通じるかも。

 国内線に搭乗。座ってから気付いたが席はどうもアルファベット順。なのでいつも隣が同じになるらしい。国内線は国際線にはあった日本語のアナウンスも放送番組もまるでないので、やっと海外に来た気分になった。そのうち朝食が出た。シリアルとバナナと、プディングと。私はシリアル好きだが、生徒は閉口していた。3時間足らずでブリズベンへ。ここで乗り換え、アデレードへ向かう。そういえばこの空港、一昨年帰りに乗り換えで寄ったなあ。買い忘れたベジマイトを買おうとした(好きだという同僚に頼まれたのだ)がなかった。さあまた飛行機、またあの朝食。全く同じメニュー。もういらん。

これが2回出た

 10時半(日本時間11時)、意外に暖かいアデレードに到着。2年前と同じく、タラップで地上に降りる。が、現在新しいターミナル建設中とか。今度はあのターミナルに降りることになるのかな、、、また来れるかはわからないですけど。

 ターミナルに歩いていくと、スーツケースの出てくるベルトコンベアのところでお世話になるSAC語学センターのマーガレット校長先生に再会。彼女はおそらく70歳とかだろうが、実にお元気である。荷物を手にし、用意されたバスに向かう。2年前は運転手が座席数もわからないようなボロいバスだったが、今回はマシなバス。30分ほどで語学センターへ。Second Floorと言われて当たり前のように2階へ上がってしまったが(一昨年は最初の挨拶は2階だったので)、ここはイギリス式でしたね、3階だった。前回と同じようにジュースとお菓子が用意され、まずはマーガレット先生の挨拶、そして次々とホストファミリーが迎えにくる。何人かは見たことのある顔もあった。不安と期待で満ち満ちた雰囲気の生徒たちはいっぱいいっぱいでとても面白い。がんばってくるのだ。

 最後に数人残ったので、1階で待つことにした。その間にマーガレット先生と打ち合わせる。今年の授業は違う場所らしい。我々教員が滞在するヒルトンホテルのすぐ近く、あとでホテルに送る時にピーターに教えてもらえると言う、、、ピーター再会。うれしい。とっても気の合う職員の方である。「あなたは言った通りまたきたねえ」「約束は守ったでしょ」というような会話をして再会を喜びあった。

 わりとスムーズに最後の生徒も迎えが来て、まだ昼過ぎたばかりなのにホテルに送ってもらえるらしい。早すぎて、チェックインできるか心配になった。とりあえず荷物だけでも預けて食事に行こうということで、ピーターにSACのエスティマで送ってもらいヒルトンホテルへ。途中、明日からの授業場所を教えてもらったが、なんかきっぱりと裏口だ。

 ホテルでOさんに交渉してもらい、こんな時間だがチェックイン。私は501号室。ツインの部屋を贅沢に1人で使う。荷物を置いてすぐにロビー集合。ランドルモール(アデレード1の繁華街)に向かって歩く。まずは国際電話のためのテレカを買いに、途中のコンビニに入った。いわゆるプリペイドカードを買うのだが、「20ドルのTelstra Phoneawayカードをくれ」といったら、店員のおねえさんはレジの前にしばらく立っている。どうして引き出しからカードを出さないのだろうと思っていると、レジからレシートが出てきた。当然のように渡された。「これは違う」と言いかけてレシートを見ると、本当にテレストラのカード。へぇー、今はカードじゃなくてレシートなのか。S先生も同じだけのカードを買い、ランドルモール到着。まずはMYERS(マイヤーズ きっと世界一有名なデパートのチェーン)地下でカレーっぽいフードコート昼食。量がありますねー。私は食べるのが早いので、その差の時間に電話をかけることにした。まずは校長先生にかける、のだが、、、、情けないことに電話のかけ方忘れている! すごすごとフードコートに戻った。ここで、F先生とS先生組、Oさんと私組に別れて動くことになった。我々は携帯電話を借りる部隊である。それよりもさっき買ったカードで電話しなければ。ここはさすが添乗員。Oさんに教えてもらって成功。私は、全く基本がわかっていなかったのですな。MYERS出口では、BMWが2ドルで当たるクジをやっていた。

 さて、携帯を借りにいく。ストリートやってる人が少しいる。マンドリンのなかなかうまいプレイヤーもいた。イスの下に小さなアンプを置いて、ワイアレスで飛ばしている。マンドリン弾きたくなった。

 携帯電話は、オーストラリアのNTTにあたるTelstra、それからVodafoneと、yes optusという聞いたことのない会社があった。ランドルモールのすみにあった全社を扱う電話屋で、最近はカラーになってきている電話機を眺めながら、Oさんと相談の上、借りるよりプリパイドを買うか、ということになった。1番安いの、79ドル。これにしよう。メーカーはyes optus。なんと未だにカラーではない画面。で、この国の電話事情をまるで知らないため若い店員のお兄ちゃんに説明を聞くのだが、なまってるぞお兄ちゃん。Oさんは英語を武器にする添乗員で、私は英語で食べている教師だ、、、なのに、、、わからん、、、こいつは何語を話しているのだ? とにかく2ヵ月使えて、10ドルだか15ドル余分に払うと期間は半年になるらしい。ええい仕方ない。よく分からないが買おう。その、一番安い79ドルのに決めると、お兄ちゃんはCDRの付いた説明書を開封し、また何語か分からない英語で私にいろいろ質問してコンピューターに打込んだ。STAYを「スタイ」と発音するので私が聞き取れず、でもOさんは聞けて、ところがBIRTHDAYを「バースダイ」と言ってOさんは聞けず私は大丈夫。なんとか日本の誇る英語のプロが2人掛かりで70%くらいを聞き取った。お兄ちゃんは電話機のバッテリーの裏に小さな黄色のLSIみたいなのを装着し、「24時間以内につながる」、と言った、と思う。さあ電話は手に入った。まだ通じていないけど。

レンタル期間はあと10日程あります(10/11現在)。誰か借ります?

 

で、「所帯じみた買い物しよう」とホテル隣のColesというスーパーへ。海外で最も楽しい時間は、私には初日の日用品の買い物かもしれない。自然にOさんと離れて勝手に買い物に入った。洗剤、歯ブラシセット(値段だけで買って、部屋で確認したら「smokers」って書いてあった)、シリアル(みんなでかくて選ぶのに困った)、ヨーグルト、ミルク、コーヒー(部屋に戻って見たらコーヒーはあった)などを購入。

 ホテルに戻ってしばらくは自由時間。よし、さあジムだ。2階のジムに行き、ジョギングの代わりにランニングマシンにハマってよい汗をかいた。それから奥にあるサウナにもハマった。これは毎朝来ることにしよう。

 部屋に戻って洗面台で洗濯。それからシャワーを浴びた。18時半にロビーに集合。皆で夕食を食べに、ホテルすぐ南の通りに行った。レストランが並んでいる通りなのだが、日曜日はあまり店が開いていない。なので適当にシーフードレストランに入った。おいしかった。ワインも飲んだ。とにかく安いハウスワインがおいしいのがうれしい。

 夕食後、早速初日からS先生と歩いてHindly Streetへ行き、適当に空いていた飲み屋で少し飲んで、オーストラリアの夜と言えばPOKIES(スロットマシン、当たると現金が落ちてくるのでドキドキする)をやった。負けた。まあ今日は初日だから様子を見ると言うことで。早めに帰って、ちょっとギターを弾いて、寝た。

2004.8.23

 

 2年前にはこの日に寝坊しかけた。同僚のO先生が偶然何かの用で内線電話をかけてくれて、それを目覚ましに起きた覚えがある。目覚ましにしただけで出なかった覚えもある。感謝と謝罪をいたします。さて、オトナの条件の一つに同じ間違いを繰り返さない、というものがあると思う。私は立派なオトナである。少なくとも年齢は。行動や収入がそうなのかはわからないが。だから今年は寝坊しない。

 はずがなんだか起きることができなかった。ということでジョギングをあきらめ、2階のジムに行った。ランニングマシンで急いで走って、ちゃっかりサウナも入って、部屋でシャワーを浴び、焦って準備。って言ってもシリアルをマグカップに入れてミルクをかけ、もう一つのマグカップにはインスタントコーヒーを入れ、冷蔵庫からヨーグルトを1つ出し、TVをつけて観ながら食べるだけなのだが。前回はドラゴンボールをやっていて人造人間が強くベジータがやられそうだったが、今年はミュータントタートルズと遊戯王英語版をやっていた。あの後ベジータがどうなったのかはもうわからないらしい。ところでこの2つのアニメ、日本で観たことがないのでよくわからない、が他に見るものもない。今年の部屋は裏に面しているので、景色ももう一つなのだ。

 オトナなので時間通りロビーに集合して、4人で数分歩いたところの授業会場へ向かった。やっぱりどう見てもここは裏口だなあ。ドアの前にはマーガレット先生が出欠チェックをしていた。中はかなり広いホールになっており、周囲に小部屋があってそこで授業をする。初日、遅刻や行方不明があるかと心配していたが、男子Oが少し遅刻したくらい。まあ優秀かな。ところで昨日買った携帯がつながらない。また説明書を読んだがイマイチわからない。携帯を外で試そうと一旦外に出たら、当たり前だけどドアはオートロックで、閉め出された。ブザーがあるから安心していたのだが、押しても鳴っている気配がない。しばらく待ったが先生方も添乗員さんも出てきてくれない。壊れているぞこのブザー。オトナとしてはみっともない状況になってしまった。仕方がないのでランゲージセンターまで5分くらい歩いて、マーガレット先生が後でここの鍵をくれると言っていたし、ついでだからもらおう。が、マーガレット先生は留守。ピーターにわざわざ来てもらって鍵を開けてもらった。すみませぬ。

 それにしても携帯は困る。インターネットで確認しよう。で、また外に出た。2年前に行った、ランドルモール近くのネットカフェがとても良かったのでそこまで歩いた。が、ない。あんな良い店がなくなったなんて。仕方なくモールのインフォメーションで聞いたけどイマイチの場所ばかり。結局足りない服とか靴下とか急いで買ってホテルに置き、これも2年前に行ったけどあまり印象の良くなかった中華街のネットカフェに行ってみた。午前中ですいていたが、やっぱり中国語メインなのでいろいろと文字化け。とにかく携帯のサイトに行って途中からの手続きをしてみた。そしたら暫くして携帯にメールが来た。あと15分でつながるらしい。安心して店を出ると男子生徒Kから電話。彼は海外で使用できる携帯をもっているのである。今から戻ると言い、通りを歩くといかにもパソコンでインクジェットプリントで刷った色趣味の悪いポスターを見かけた。International love hotelって書いてあった。何だ?それ?(数日後にはポスターはなくなっていた。未だに謎である)

 で、例の裏口まで来たがやっぱり閉め出されている。ムダとわかってはいてもブザーを押してみた。ダメだ。またピーターに頼むのはいよいよオトナではない。途方に暮れて芝生にたたずんでいると、小さな桜の木が植えてあるのに気付いた。前には小さな碑が埋めてあり、そこには「岐阜さくら会から寄贈」というようなことが書いてあった。岐阜さくら会? 今日は謎の多い日だ。と思った瞬間にドアが中から開けられ、さっき電話してきたKが顔を出した。「もうそろそろ着くと思ったんやて」と言った。素晴らしい。気の利く点では10をあげよう。通知表にそんな欄はないが。

 さて、この時間は昼休み。で、午後の予定はグループ別市内ツアーである。担当の先生に付いて、徒歩と無料バスでアデレードの主要な箇所を回る。登場したマーガレット先生にドアの鍵をもらい、安心して外に出る。F先生は適当なグループに付いて出発。私はS先生と添乗員のOさんと、別の班に最初は付いて、途中からこちらでの生活と土曜日休日の計画のために日本食レストランや観光地の情報を集めに回った。まただ。昨日着いたばかりなのに何度行ったランドルモール。さっき役に立たなかったインフォメーションで、ここアデレードで日本人向けの新聞や冊子を発行している事務所が近くにあると知りそこへ向かった。なかなか役に立つ場所である。そこで日本語のパンフなどをいくつか手に入れたりした。

ランドルモールで必ず待ち合わせ場所になる玉

ランドルモールに戻ったらさっき見捨てた班が両替えなどをしていた。また見捨てて別の班を探す振りをしながら授業会場に向かった。途中目をつけていた楽器屋に入ったが、いろいろと高いのですぐに出てきた。例の裏口に着くと、前のベンチにはすでに迎えのホストファミリーが2人。この年配の女性は2年前にもウチの生徒がお世話になった、とっても親切な方々である。妙に明るいので覚えていた。「疲れた歩き方よ」と言われ笑われた。

 集合時間になった。3班のうち1つが帰ってこない。仕方がないので着いている生徒はバラ解散になった。20分くらい遅れてもう1班も帰着。なんと、時間がかかるし冬だから2年前には行ったけど今年は予定になかった「グレネルグビーチ」に行ったらしい。それもTRAM(路面電車)の時間の都合で現地には7分間だけ。強者だ。

 そういうわけで解散。初日だし、無事に帰ることができるか心配で、ホントに英語が通じなくて迎えとかはっきりわかっていない生徒も何人もいたが、一緒に少し待ったくらいで何とか帰った。まあ優秀だ。

 ホテルに戻る前に独りで隣のスーパーに寄った。飲みたくなったので売っているか確かめに行ったけどビールはなし。ツマミだけ買った。ビール製造キットはあるのにな。夕食までの集合時間まで少し時間があったので、ちょっと高いけど仕方なく部屋のビールを飲んだ。いくつかあって、定番のVBはやめて別のにしてみた。銘柄も忘れたが、うまくない。今後はVBにします。さあ、洗濯しましょう。洗面所で手洗いで洗濯した。帰ったらビールを手に洗濯するのが結局は日課になった。

 またロビーに集合。夕食は近所のマレーシア料理。アジア料理はうまくて安いなあ。それから全員で私のコースに乗り、愛想の悪いおばさんのいる酒場で飲み物を買って地下のポーキーズをした。みんな負けたけど私には才能があるとほめてもらった。でも負けたんだし。その店でワインを1本買って、ホテルに戻ってS先生とOさんと飲みながら2時まで話した。私の演奏ビデオを見てもらった。とってもウケたので良かった。

 お2人が部屋に帰り、私は何となく眠れなくて外に出ようと1階に下りた。外で星でも見たかった。日本とは全く違うので楽しみにしていたのだ。そしたら無人の玄関に何か看板がある。夜中は玄関が閉まるらしい。ルームキーがないと入れないのだ。ポケットにカードキーがあることを確認し、私は外に出た。これはオトナの行動だろうか? で、星を観ようと思ったが、ここは都会だった。オレンジの街灯を筆頭に明るすぎて、星空は全く見ることができない。

 観たい。滞在中にはなんとかするぞ。

2004.8.24

  

 前回は初めてのアデレードということで、朝のジョギングコースは日替わりで東西南北全てに行った。初日北に行き、素晴らしいコースだったのだが走っている途中で靴ひもが切れてコケた。勢いがあったので縦に1回転した。なつかしい思い出である。

 という思い出を大切に、今年初のジョギングは西に走った。これには理由があった。実は同行したF先生の誕生日が今日なのだ。なので昨日得た情報を頼りに地図上でみつけた、F先生御希望の日本食レストラン「まつり」の場所を確認したかったのである。この2日夕食に通ったレストランの多い通りを越え、「まつり」を見つけた。が、足踏みしながらドアの前の掲示を読むと、今日は休みらしい。困った。これなら北に走れば良かった。などと後悔しながら25分ほど走ってホテルに戻り、2階のジムで少しウェイトトレーニングをしてからサウナに行った。ここのサウナは高温と低温の2部屋(狭い小部屋だが)があって、高温でないと汗もかけないところなのだが、今週いっぱいメンテナンスで低温しか使えないらしい。残念

 昨日と変わらずシャワーと朝食と遊戯王TV鑑賞をすませ、ロビーに集合して今日はランゲージセンターへ出発。雲一つない快晴。今日の遠足には最高の天気。センター前には2階建てバスが待っている。2年前にはいたガイドさんは今年はいないのだな。なんだかいろいろ違う今年の研修。さあ最初の目的地ゴージーワイルドパークへ出発。バス内で、研修のしおりを提出させ、感想欄の返事を書いていたら少し気持ち悪くなった。

 ゴージーワイルドパーク到着。小さな小屋のような売店兼事務所を通って中に入る。なつかしい、が臭い。まずは早速コアラを抱きに行く。前回はコアラにつま先を噛まれるというステキな経験をしたが、今回のコアラはおとなしい。季節が違うと動物の反応が違うのか? それにしても今年の生徒は怖がって抱かなかった者が3人いた。そういうもんかね、、、でも後で、シドニーで案内してくれたおばさまに聞いたが、コアラを抱く、のも動物愛護の観点から問題になっていて、シドニーのある週では禁止されているらしい。そりゃあストレスたまるだろうからねー。足も噛むはずなのかも。さて、前回と違う動物の動きとしては、羽を広げないクジャク、前回より活発なカンガルーといったところだろうか。ワラビーは変わりなし。エミューの怖さも変わりなし。そういえばなんとなく好きなウォンバットは、白いのがいた。何色でもかわいくはない。さて、このあたりのカンガルーがそうなのかカンガルーは皆小型である。前回はさらにエサを持って行っても(エサはそこら辺に置いてある)動かないという、サイズとも相まって午後のヤル気のない犬のような生き物であったが、今回はややヤル気が感じられる。そう思ってエサ場にいるカンガルーを見ていたら、子持ちの白いカンガルーが突然私に突進し、軽い体当たりをかましてから匂いをかいで去って行った。私はこの国の動物とは仲良くなれないらしい。どうしたら良いでしょう、ムツゴロウさん。さて、前回は気付かなかったがコアラを抱いた奥にタスマニアデビルがいるらしい。近くにいたOさんを誘って見に行った。タスマニアデビルは、非常に凶暴な動物として知られ、ガイドブックなどには必ず口を大きく開け、鋭い牙を見せる写真が載っている。期待した、、、が、、、、こいつ、ヤル気なし。牙は恐いけど、動きはトロイし、なんか毛がところどころはげているし、、そのままOさんと並んで歩いていたら。例の女子生徒Mが「結婚して」と寄ってきた。「手を繋ぐか?」と口では言いながら彼女から遠ざかって行った。そろそろ集合時間。売店前にどこにでもある子供用のおもちゃの動物乗り物があり、女子Iや男子Kが乗って遊んでいた。その脇のテーブルにセンターの付き添いでついてきたケイトが座って何か食べていた。彼女は多くのオーストラリア人のように、ちょっと、というかまあかなり太っている。「またなんか食べてる。せやからあんなに太るんや」とIやMが言った。ケイトは日本語が通じるんだが、、、もう集合なのだが、男子Nがまだ回ろうとする。ヒョウが見たいらしい(黒ヒョウ)。彼は「いつまででもいたい」と言った。動物好きである。

 
          嫌がるコアラ          このカンガルーが後に襲いかかる

 

 次の目的地は昼食を食べるということでトイファクトリーである。1時間もいない。ここは大きな木馬が看板の、遠くからでも目立つ場所ではあるが、内容はかなりつつましい。小さな木工所である。だが脇にテーブルのある広場(生徒はここでランチ)やフードコートっぽいレストラン(私はここで食べた)があり、便利ではある。で、皿一杯のフィッシュ&チップスを急いで食べていたらなにかもめ事らしい。広場に行くと、偶然そこに来た日本の中学生の態度が気に喰わないと言うことで何人かの男子がキレかけている。私はまずこう言った。「俺の食事のジャマをするな」。で、まあ数分して何となく収まった。こう言う時に人間性の観察が出来て人の評価ができる。子供っぽく怒っているだけの奴もいれば、なんとか両側をフォローしてる奴もいるし、目立たなくしてる奴もいる。実はこういうところで一番見ています。他人に信頼されるかどうかってことですが。

 次はハンドルフ。ここはドイツ人コミュニティ(オーストラリアは移民の国であり、出身国のコミュニティが多数存在する。もちろん白豪主義であった古い時代はヨーロッパの白人が多く、このような古いコミュニティは白人の国の者が多い。最近はアジア人が本当に多いですが)である。通りの両側にカフェや雑貨屋などが立ち並ぶ、落ち着いた感じの街である。ここは前回も来て楽しかった。バスの駐車場すぐ近くの店が気に入っていた。妙なジョークの英語が入った品を売っている。早速行った。前回買おうかと思ってあきらめたTシャツがあったが、今回はそのジョーク英文が載っているカンのカバーを買った。「私は20歳のように行動し、30歳のようにみえ、50歳のように考える。畜生! きっと40歳だ」というものである。Tシャツは、マスターカードのシンボルにそっくりのマークがついて、けれど「Mister Hard」と書かれているものを買った。下に小さく「世界中の女性に受け入れられる」という英語もある。そこにF先生やOさんも現れたので、F先生には「俺は60になってもまだ食事の支度をしている」と書いたエプロンを紹介し、Oさんには店の前の路上にあった小さな看板の中から、「キャリアウーマンは犬のように働く」と書いたものを買わせた。「君の会社の壁に貼っておいて下さい」と言っておいたが、彼女の会社にあの看板は飾られているだろうか?

 それからMtロフティへ行った。ここは私は初めて。展望台である。時間は15分しかないけど、逆光だけど、とにかくすばらしい景色。生徒と一緒に写真をとりまくった。天気が良くて本当にラッキーだった。

 時間に正確に、4時前にセンターに戻る。マーガレットは会議中で会えず。みんなスムーズに帰宅、、と思ったらさっき出て行ったばかりの動物好きNのホストファミリーが迎えにきた。ここに来ると言う打ち合わせが通じなかったらしい。私は走って追いかけ、彼を連れ戻した。

 みんな帰ったので、Oさんに教えてもらった無料のインターネットカフェに行く。ホテルからわりと近い、旅行者用の店だが、ホントに無料だった。なんで? そこには30分くらいいて、ホテルのロビーで、S先生が買ってきてくれておいたF先生へのバースディカードを書いた。ちゃんと60歳用。よく見つけられましたねー。さあ部屋で洗濯だ。ビールはVBを冷蔵庫から出した。こっちが好み。夕食の集合時間になったので、少し早く行ってフロントで電車の最終時間を聞いた。星を見たいのだ。時間はわかったし親切だけど、このお兄ちゃんの英語はホントに分かりにくい。

 今日は日本料理休みと言うことで中華。前回初日に行った店。うまい。その後ホテルに戻って4人全員でS先生の部屋に集まりF先生の誕生会。タルトとコーヒーをいただきながらいっぱい話をする。10時半になってしまった。今日は星はあきらめる。そういえばテレカがないのでコンビニへ歩く。面倒なのでスーパーで買った安いサンダルでいいか。でもこれが歩きにくい。なんだか今年は街に柄の悪い奴らが多いなあ。サンダルだと逃げ足が遅くなるみたいに感じて、いつもよりビクビクしている自分に気付く。ところで、テレカが売っていない。初日に買った店では「ない」と言われ、駅に時刻表を取りに行くついでに寄った店でもないと言われあきらめた。Telestraではない別カードのポスターはよく見るけど、結局安くないし、あきらめた。で、やはり繁華街のHINDLEYに来てしまった。やはりまた飲んでポーキーをやった。面白い機種を見つけていっぱいやった。ピラミッドの絵のやつ。どういうわけか20ドルくらい儲かった。気分良く出てきたが、街は本当に柄が悪い。前回と印象が違う。酔っ払いが多い。世界は確実に悪くなっているのでは? カンガルーまでに突っ込んでこられたし。帰りにまた違うコンビニへ行ってみたがテレカはやはりなし。街の印象が悪くなってきた。ホテルに戻ると12時半。ロビーにはまだ人がいっぱいいて、大きなTV画面ではオリンピックを流していた。なんとなくまだ飲みたくなって、高いかもしれないと思ったが5ドル50払ってビールを飲んだ。さっきは3ドルだったが、まあこんなもんか。でも高い分、座っている席まで持ってきてくれたけど(カウンターでもらおうと思って待っていたら「席で待ってて」ときれいなお姉さんに怖い顔で命ぜられたと言うのが正しい)。大画面でアテネを見ながら飲んだ。自転車競技。よくわからない。ちょっとだけいて、部屋に戻ってまたVBを飲んだ。買っておいたポップコーンも食べてしまった。

まだ飲んでいた頃の「マット スカダー」のような生活である。

 

*マットスカダー ローレンスブロックのニューヨークを舞台にした探偵小説の主人公。初期作品では飲んでばかり。後期作品では禁酒している。

 
2004.8.25

 7時に起きて、北に走る。やはり良いなあ。この方角の景色が最高。川べりのとてもきれいな道。ちょうど折り返す位置に古い大きな教会があって、朝日に映えて素晴らしい景色になっている。30分くらい走ってからジム、サウナを急いですませていつもの朝食、シャワーと準備をした(遊戯王鑑賞含む)。で、8時半にロビーに降りたら男子M(ブランド好き)がいた。早めに着いたので我々と一緒に行こうと思ったらしい。といっても歩いて2分くらいだが。そういうわけで計5人で登校。ところが9時の時点で女子が2名いない。そのうちのSはすぐ到着した。トラム(路面電車)の降りるところを間違え(終点なのだが、そこに気付かなかった)、手前で降りてしまったのでしばらく歩いたらしい。さて、あと1名。Mが来ない。ファミリーに電話するが留守電。9時20分、これはそろそろ心配した方が良さそうだ。センターへ行ってマーガレットに報告しようと出たら私の携帯に電話が入った。そのMから。道に迷ったらしい。それでもわりと近くにいたのですぐに会えた。歩いていた人に道を聞いたら違う方向を教えられたとか。たいしたことなくほっとして授業開始。今年の授業は先生がコロコロ変わる。なんだか大切にされていない気分だ。そのうちにマーガレットが登場。誕生日だったF先生にバースディカードを渡した。すばらしい気遣い。それは良いのだが、午後の予定が私の考えていたものとは少し違う。SAC(この語学センターの母体の学校。女子校と男子校に別れていて、我々がいるのが女子校。幼稚園位から高校生までの一貫教育らしい)の生徒たち(中学2年生)がこちらに来て、1人に1人ついて案内してくれるとか。それはいい。がせっかく作ったMY BOOK(生徒たちがこの日紹介するために時間をかけて作った自分や家族、日本の紹介冊子。今年も例年に負けない良い出来が多かった)は? というクレームをつけてMy Bookの時間も作った。

   (MyBook)

それから、マーガレット&ピーターを招待する明日のディナーも決まった。話がいっぱい進んだ。マーガレットと話が済んでから、私は少し授業風景のビデオをとって、一人で外出。部屋に忘れた電源アダプタを取りにホテルに戻ったら、ロビーにはシンガポール航空のスチュワーデスが制服でいた。ここに就航していたのか? 関係ないが私はこの航空会社が好きだ。さて、まずは郵便局でphoneawayカード。50ドル買った。この間はレシートだったけど、今回は見なれたカードを渡された。よく分からない。そうだ、近いし、昨日行った無料ネットカフェに行こう。と、歩いていたら行く途中横断歩道で靴の後ろを踏まれて脱げそうになった。10秒くらい経って踏んだおじさんがsorryと謝った。Never Mindとすぐ答えた。なれてきたかな。まあ間があったし。さあネット。30分くらいやって出ようとしたら、「お金を払って」と言われた。2ドル。いいけど、昨日はなぜ無料だったのか? システムを聞いたら、普通は4、5ドルだけど今は2ドルだと言う。もしかして、昨日は遠足でGパンにサングラス。今日はネクタイをしてスーツを着ているから、ビジネスマンだと有料かも。あとで昨日みたいな服装で行ってみるかな。SACに戻ってOさんにこのことを話し、後でOさんにも試してきてもらうことにした。今日は1時まで授業で1時40分からSACの女子生徒たちが来る。食事時間がないので私をのぞいた3人に先に食事に行ってもらった。1時になり、生徒たちに時間の指示をしてセントラルマーケットに走る。時間がなかったけどつい酒屋によってワインとビールを買った。それからホットサンドを買った。ほうれんそうの入ったやつ。ホテルに戻って食べた。悪くない味だけど、多い。間に合わない。半分持ってクラスに戻った。さあ午後の部。マーガレットとコーディナーターの指示で生徒たちはホールのテーブルに1人置きに並ぶ。そのうちSACの女子たちが来た、、、、何か変だ。前回のイメージとはかなり違う。前回はこちらが恥ずかしくなるほどしっかりしていたのだが、今年の生徒たちはほとんどが服装は崩れ、態度もだらしがない。その後の交流での様子も、はっきり言って失望した。(交流風景)

 帰ってジムに行こうとしたら廊下でF先生に会った。「バスジャックだよ」、、何だ? F先生は「ちょっと写真に撮ったけど、もう飽きたので戻るから」と言って去った。それで私はジムの前のプールがあるベランダに出て、何人かの宿泊客とならんで外を見た。本当にバスジャックだった、ホテルの目の前、ヴィクトリアスクエアの路上で黄色いバスの屋根に白人のオヤジが乗って、ギターを弾いたり、掃除機のホースでトロンボーンみたいに音を出したりしている。何十人も人が集まり、警官も出動、、、でもなんか緊張感がない。ので私も数分で飽きて、ジムでコンピュータと戦った(ランニングマシンは手強い)。それから長めにサウナに入って洗濯してシャワー。(バスジャックはこんな感じの路上で起こった)

で、シャワーを浴びたら携帯に2回着信記録があった。でも番号も何も出ないのでどうしようもなかった(翌日しったが、Oという、行きに金属探知機に気に入られた男子がバスジャックのためにいつも乗るバス画動かず困ってかけてきたらしいのだが、、、無事だったから良いな)。夕食は昨日行けなかった日本食の「まつり」へ。まあまあかな。でも別のことで釈然としないことがあった。例のネットカフェ、Oさんはさっき行ってタダだったとか、、間違いなく人で変えているな。あのオヤジ。

 さあ、夕食が済んだら私はこれから電車に乗る。もちろん、星を見るためである。駅まで歩いて8:55のBelaire往きに乗るのだ。切符は1wayのregular(学生じゃない大人料金)が3ドル40セント。おりて2時間以内にまた乗れば帰ってくることができるらしい。おとくだ。見習え名鉄。さらに長良川鉄道も。そういうわけで窓口で切符を買い、改札で2年前と同じ失敗をした。自動改札に機械。切符は日本のように通ってからその先で出ると思っていたが、入れた場所にすぐ戻ってくるのだ。2年前は気付かずに電車に乗ってしまいまた切符を買った。今年はすぐに気付いて、手を伸ばして切符を取った。電車は、、、1両だ。なのになんでこんな立派な駅なのだ。20両は大丈夫な長さ。名鉄各務原線に分けてやったらいい。何と言っても一部の駅は列車の両数に対応せず、駅によってはある車両に乗っていると降りられないのだ。でもまあ、このアデレードの鉄道もこのセントラルステーションを除けば美濃町線並みなのだが、、、さて、平日のこの時間、列車内は客もまばら。途中で切符の検札にきた(1両なのに運転手と車掌と切符の検札の3人がいる)職員は、私の前に座っている夫婦と知り合いらしく、仕事中なのにずっと世間話をしていた。夫婦はカラオケに行ったらしい。途中Eden Hillsというところで街の夜景が見えた。すごい!ほんの数分だけど、きれい。その瞬間以外はほとんど暗い中を電車は進み、1時間弱で終点についた。当初の予定ではここで次の電車を待って40分過ごそうと思った。が、この駅はヤバい。暗いし妙な若い奴らはたむろしているし、公衆電話もないしNational Parkは木の看板がひん曲がって、もちろん閉園しているただの気味の悪い森。さらに雲があって星も見えない。6分後発の、さっき乗ってきた折り返しの電車に飛び乗って3つ前のBlackwoodという駅へ行くことにした。ここならとりあえず公衆電話がある。それにしても風が強い。こちらの街灯はオレンジ色でとにかく明るくてそれがあると星なんか見えないので誰もいない道をしばらく歩いたら、まっくらな場所を発見。そこから夜空を見上げたら、その時だけ雲が晴れて正面に大きく南十字星。みえた。来て良かったーと思ったのもつかの間、しばらく散策したが風が強いなんてものじゃない。砂が舞う。星もまた空に雲がかかって見えなくなった。口の中がザラつくので飲み物が欲しい。が、もちろん日本ではないので基本的に路上に自動販売機はない(そんなものあったら一晩で壊されるだろう)。通りに出たらColes(ホテルの横にもあるスーパーマーケット)の看板がみえた。走って行った。が、店は9時まで。今はもう9時25分。閉店したばかりらしい店の前には赤いスポーティカーが止まっていて、若い男2人が私に向かって、「ノイン!」と何回も叫んだ。3回目で気付いた、、「Nine」ね、、、親切にどうも、なまってるけど。

 喉が乾いたまま駅に戻って風に飛ばされそうになりながらホテルのOさんに電話した。「2年前の方(Oさんの同僚のTさん。彼女は2年前休日に、私が適当にでかけた山の中で道に迷って死にそうな気持ちになりながらやっとたどり着いた街から電話をしたら「先生のことなんか心配していません」と笑って言った)と違って心配したでしょう?」「、、、え、、、はあ、、いいえ」。やっぱりか、、、、で、嵐の中の無人駅で待つ時間を減らしたかったので、予定をまた早めて。やってきた終点Belaire行き電車に乗り、また終点で今度は乗ったまま折り返した。午後11時にアデレード駅に戻った。駅を降りて歩いてたら、やはりこの国も悪くなっているのか、たちの悪い酔っ払いがいた。路地で急に寄ってきて私の目の前で青い光のつくライターのようなものを見せ、「light!」って言ってから走って逃げて行くやつとか、、、で、自分もその仲間になるべくまたつい飲みに寄ってしまった。昨日POKIESで勝った店だ。なんかカラオケ大会をやっていた。すごい音量で、さらに全員ヘタだった。そしてPOKIESは昨日勝った以上に負けた。

 3杯飲んでフラフラになってホテルに戻り、でもさらにビール2本飲んで寝てしまった。

 

 南十字星見た日。


2004.8.26

 眠い。昨日、というか毎晩飲み過ぎ。けど走るのだ。6時50分起床。ジムで水を飲んで、走り出そうとロビーに行ったら走り終えたF先生に遭遇。私はまだまだ甘い。今日は南へ走ることにした。雨が降ったらしく道路がぬれている。しばらく走って、グラマースクール(英国式学校形態の、進学を目指した高等学校)のグラウンドに出た。石造りの歩道橋も渡った。ここで2年前ホームレスのおじさんが寝ていてまたいで行った覚えがある。今年はいなかった。彼は今どうしているだろう? このグラウンドはかなり広い。MTBのコースもある。いつもくらいの時間走ってからジムへ行って、いつものように朝食とシャワー。時間通りクラスへ向かう。今日は午後に「フィールドトリップ」という企画がある。あらかじめ班ごとに用意しておいた質問を、街に出て50人以上の方々に聴き、結果をレポートにする。なかなか強引な企画。

 さて、朝の集合時に女子生徒Hから相談を受けた。家で荷物(お菓子)が消えるらしい。どう考えてもその家の子供が犯人らしい。ピーターに相談。こういうことは我慢してはいけないと言うことで、その家に連絡してもらう。ピーターはその家に、いないはずの別の日本人留学生がいることに驚く(1家族に日本人1人がホームスティ条件なのである)。クラスに戻った。授業はどうも生徒たちが消極的なのでうまく行っていない。センターの先生たちは苦労している。午後のために人にものを聞く方法を練習。F、S先生は私が2年前に道に迷った古い街gawlerへ旅立った。

 午後、モールへ出発した生徒たちの少し後にOさんと出て、反対方向で食事をした。イタリアンのランチに1グラスワイン付き。思わず目を合わせ、「飲んじゃいましょう」(とOさんが先に言った)。ラザニアの中にほうれんそうとなんか豆腐みたいなものが入っている。うまい! 赤ワインも。しばらく2人でランチを楽しみ、COLESの裏というか中の通路を通って通りへ。ここセンターマーケットではマツダ6(アテンザ)が2ドルで当たるクジをやっていたが、アテンザは値段が350万くらい。高いなあ。歩いている途中、ランドルモール手前でまた引っかかった。いつものネットカフェ。Oさんにいくらか聞いてもらうと、いつものスキンヘッドのおじさんは「1人3ドル」と言った。Oさんが「昨日もおとといも無料だった」と食い付いたが、「日による」と言われた。なんだそりゃ。でも結果は2人で3ドルになった。それからモールを通って、でも生徒を見つけられず、そのまますぐ近くのカジノを見に行った。服装規定が書いてあって厳しそう。途中で見つけた文房具店で50セントのダイアリーを買ったらもう時間がなくなってしまった。生徒たちはどこに行ったのだ? モールを歩いて1つの班とだけ会って、そのまま歩いて教室に戻った。と、建物のドアの横で女の子Kがうずくまっている。大変だ。具合が悪いらしい。しばらくしたら同じ班の者が来た。途中、気分が悪くなり、「1人で大丈夫」と言って戻ったらしいが、ここは無人で施錠してある。後で聞いたらこのドアの前で急に立っていられないくらいになったらしい。みんなが来たので運んで教室のヒーターであっためながら、センターに行ってピーターとロビンにヘルプを頼む。戻って暫くしたらロビンから電話があった。Kのホストマザーが向かっている。1時間くらいはかかるらしいので、戻ってきたみんなを解散させて、やっと歩けるようになったKを含めて何人かでセンターへ。ピーターがいない。そう言えばHの持ち物が消える話は? 困っているうちにKのマザー登場。説明して帰宅させたが、ここのホストファミリーは本当に心配していて、安心して任せることができる。

 ランドルモールにあるジュース屋
(店先で選んだ果物や野菜をそのままミキサーにかけて出す。オレンジも、キウイも!皮のまま!)
 

 帰って洗濯した。TVではアトム総集編をやっていた。いつものようにビールを開けて洗濯をしていたら急に携帯電話が鳴った。女子生徒Sから。土曜日のフリータイムの予定のことでホストマザーと話をしているのだが、通じないので、マザーが「先生に電話しなさい」と言ったらしい。日本人を買いかぶってはいけませんぜ奥様。ジェスチャーとか表情が使えないということで電話はホントに自信がないし、この国の英語は何訛りかを理解しないと全くわからない時も多いのだ。でも断るわけにはいかない。覚悟を決めて電話に出た。ホントに難しい英語だ。半分は意味不明だったが、土曜日の予定の話であることと、たいていホストが言いそうな話題だろう(送り迎えの時間とか場所とか)と予想し、こちらの予想を全てこちらから繰り返し話して確認しながらなんとかした。電話を代わったSには、「わからなくても自信を失わなくていいよ。ホントに難しい英語だから」と言って、英語教師の威厳を示して電話を終えたが、ハッキリ言っていっぱいいっぱいだった。なので疲れたしベッドで軽く寝た。そしたらノックが鳴った。出ると、よくわからないが黒人のメイドになんか聞かれてチョコをもらった。ドアをしめてから会話を思い出すと、ベッドメーキングの後チョコレートを置いておくことになっているのに置き忘れたとか、、、そんなことで起こすな! また寝ようと思ったら今度は私に結婚を迫るあのMから電話。バス停から家に電話しているが出ないらしい。その相手を少しして電話を終えるともう眠れない。今日はマーガレット、ピーターとディナーの約束があるのだ。で、着替えてロビーへ向かった。一昨年はなんか急に仕事が入ったとかでマーガレットの迎えが遅れたが、今年は迎え時間通り。北へのジョギングコース近くにある前回と同じ相変わらず素敵なレストランに行った。私はなんかぼーっとしていて注文時間にがかかった。皆さんカンガルーとかワラビーとか珍しいものを頼んだが、。私はチキン、、、出て来たら、なんでソースが甘いの? でもおいしいけど。6人でいっぱい話をした。楽しかった。帰りに駐車場でも少し話した。ピーターはまだクルマはトヨタのサイノス(パセオ)に乗っていた。星を見ていたら熟年カップルに「Is it a bird, or a plane?」とスーパーマンネタをされた。デビスカップの会場横を通って送ってもらい、それからOさんと練習。明日の修了式アトラクションでまた歌う気である。曲は「Stand by Me」。


2004.8.27

 

 眠いけど走るのだ。6時50分起床。ジムで水を飲んでロビーに行った。今日はお気に入りの北へ向かった。やはり良いコース。前日(全日)飲み過ぎだけど。

 今日でジョギングも最後。ジムも最後。ここのジムの不満は、私の滞在中に限って工事をしたサウナ。なんかやっと直ったみたいなので入ったら、電気がつかない。温度は上がるので薄暗い中入っていたら、その前を通りがかった宿泊客に外から見られてびっくりされた。まあ、そりゃそうだろう。不審者として通報されないうちに部屋に戻る。TVをつけたら、金曜日はミュータントタートルズがない。別に楽しみにしていたわけでもないが。遊戯王はやっていた。

 さて、授業最終日の教室へ。昨日具合の悪かったKが少し遅れる。すぐに無事に来たのでまあよかったのだが。実は点呼の時間後すぐ家に電話をかけた。誰も出なかったのだが、それよりも、携帯のアナウンスが「あと2ドル」と言い、その後語学センターにかけたらプリペイド分がなくなった。こんなに早いの? そういうわけで今日からは受信専用の私です。電話できなくなったので歩いてセンターに行って(何のための携帯電話だ? でも今さらカードを買いたくないしなあ)打ち合わせを済ませ、また授業場所に戻ってすぐ外に出た。スーパーに内緒で寄って、急いでいたのでホテルの部屋の中で開いたままのスーツケースを閉めて、iBookを持ってまたセンターへ。マーガレットと来年のことなど打合せ。そこで授業が休憩になった先生が2人帰ってきて、マーガレットと話した。ウチの生徒はあまり積極性がないらしい。考えないと。戻ったら男子Oが授業を追い出されていた。なにか無礼なことをしたらしい。彼は、5分経ったら入れてくれる先生の言葉を断り、そのまま30分廊下にいた。後でその先生に聞くと、彼は冗談ばかり言ってなかなか大変だったらしい。まあとりあえず、終わってランチ。このランチで修了式。T-chewという中華料理。予想していたよりずいぶん店が狭いので、生徒のアトラクションも、夕べ練習したOさんとの歌もあきらめた。なんか今回はところどころ調子が狂うなあ。でも、私が帰りの挨拶に指名した女子Iは急だったのに良い挨拶(もちろん英語)をして、これが一番大切だからよいか。で、2時過ぎに解散。男子Oのできなかった国際電話を成功させて尊敬させようとしたが、尊敬まではしなかったらしい。生徒達と別れ、まずはセントラルマーケットでお土産を買うが、間に合わない。服もさらに足りないので買う。スーツだったので楽な格好に着替えてセンターに行く。職員の方々にお礼を言って、皆に「また来て下さい」と言われたので、最後に、Absolutely, Iユll be back!! と言って出る。ランドルモールへ。おみやげ買わないと。そしたらメインストリートで数日前のバスジャックの犯人が平然と掃除機トロンボーンをしていた。もう出てきたのか。きっと街で有名なバカなのだな。細かい土産をいくつか買って、たまには入ってみようと思ってDuty Freeに行った。いろいろ見て、いざ買う断になって、それまで英語を話していたインドの女性の名札に日の丸があって、日本語が使えることが判明した。で、私はDuty Freeに全然興味がないので知らなかったのだが、パスポートと帰りの航空券がいるらしい。もちろんパスポートは持っているが、航空券は全部添乗員のOさん。夜9時まで開いてるから、後で行くことにする。戻ろう。たまにはFree Busで帰ろう、、、が、待ってるうちにあの毎日値段の違うネットカフェを思い出して歩く。ここも今日で最後だ。で、30分くらい使って、あのおじさんにいくらって聞いたら、「今日はタダでいいよ、またね」と優しく腕をたたかれた。近くに女性がいると優しい? ともかく、ありがとう。もう来ないけど。

 帰ってこれも最後の洗濯。毎日VBを飲みながら洗濯している。幸せだ。

 夕食待ち合わせに珍しくOさんが遅刻した。ソファで寝たらしい。寝れるほどよいソファか? また東急の陰謀かもしれない(前回私だけひどい部屋だった疑惑有り)。で、皆でまたランドルモール方面に歩く。私は早めにDutyFreeへ行く。意外と時間がかかるのだな。みなさまお待たせしてすみません。夕食はイタリアン。私はイカフライを食べた。おいしかった。3人で1Lのハウスワインを飲んだ。こんなに安いのにうまい。満足。この食事事情だけ考えたら帰りたくなくなってくる。さあ、カジノへ。入ろうと思ったら入り口の黒服にネクタイを直された。Duty Freeは預けろと言われた。厳しいなあ、と思って中に入ったらGパンもいた。なんてことだ。初めてのカジノ。でもBJとかルーレットは無理だ。結局POKIESになった。じゃあなんでカジノに行ったのだ?でもすごく機種が多くて、同伴者を見失った。日本風の台があったのでやってみたら、なんと絵柄に私の天敵、鯉が出る。ぎゃー。でも最初の頃にすごく勝ったのでその台で鯉と戦った。で、やはりそのうち負けた。まあカジノって期待した割にはたいしたことなくて店を出た。女性2人と共にヒルトンに向かって歩くが、今夜は金曜日。妙に酔っ払いが多くてガラが悪い。いろいろおかしなやつがよってくるが全て無視して歩く。少し前に若い白人のおねえさん2人が異様に短いスカートで歩いていて、若い男がよってたかって声をかけていたがみんな切り捨てていた。街が悪くなっているなあ。

 無事にホテルに戻り、飲み物でも買おうと隣のCOLESに行こうとした。金曜日はMIDNIGHTって書いてあったが、閉まっている。MIDNIGHTって午後9時のことか? あきらめて部屋に一旦戻って、1人でギターを弾いて遊んでから午前零時近くに電話をしようとフロントに行った。今夜はパーティがあるらしく、盛装したかっこいい男女が溢れていてうるさかったので外に出て公衆電話まで行った。それにしてもあんなにかっこいい彼等が酔うとああなってしまうのだから、おそろしい話だ。電話してからColesを見ると開いている。MIDNIGHTってこのことか。今から開くのだ。で、そこでは何も買わずにまた近くに飲みにいくことにした。ポーキーズもまた少しやったけど負けた。

 なんか眠くならない。でも戻って寝よう。明日は朝早い。カンガルー島観光なのだ。


2004.8.28

 

 今日は私には珍しく観光だ。カンガルー島へ1日ツアーで行くのである。

朝5時起床。朝食。最後のヨーグルトを食べた。もうアデレードも最終日だね。シャワーを浴び、隣のスーパー、Colesで水を買ってからロビーに戻ると、見送りに出て来てくれた添乗員のOさんと会った。「朝帰りじゃないよ」と言ったが、信じてくれただろうか? さて、ホテルに迎えに来たバスに乗り込み、歩いても行けそうな位置(朝のジョギングで前を通ったこともある)のターミナルへ。そこでチェックインしてからまたバスへ。まだ夜の開けぬ景色の中を出発。何か所かでお客さんを追加し、2時間程のバスの旅。フェリー乗り場に向かう。それにしてもハイテンションドライバーだ。もちろん英語なのだが、なんとか客の笑いを取ろうとしていて楽しい。でも私は寝た。1時間くらい寝たと思う。途中1回起きた。運転手が小さなパン屋に寄って大量のパンを買っていた(あとでわかったがフェリーに積み込んでいた)。また寝て、しばらくしてからしっかり目覚めると景色はすばらしい丘陵地帯! これだけでうれしくなった。さてフェリーに乗船。段取りがわからなくて良い席はとれなかったけど、とにかく座って海の景色を眺めて、F先生にコーヒーとドーナツをおごってもらって、きれいな海を45分進んだ。ボンダイブルー(初代iMacの色、オーストラリア東海岸のビーチの名前)ってこんなのなんだろう。到着してまた別のバスに乗る。満席なので、隣に外国人のおじさんが座った。オランダの農学博士だとか。いっぱい話したけど、すごくなまっていてわかりにくい。さっきフェリーに乗る前のバスもそうだったけど、ドライバーが全て観光もやる。とにかく面白い。まず自己紹介やツアーの説明で、「60分、道が混んでいたら61分」は秀逸であった。ツアーの説明書を配るのだが、「ここには8か国の方々がいます」と、それぞれの国を呼んでそれぞれの国民に渡していた。日本語の解説書ももらったが、われわれ以外でもう一人もらった女の子がいた。どこにでも日本人はいるのだ。人のこといえないけど。オランダ語のをもらったとなりのおじさん(しつこいが、博士である)と、オランダ語と日本語の紙が同じことが書いてあるかを英語で合わせて楽しくコミュニケーションを取った。

 出発。それにしても、このカンガルー島はなんて島。すごい。基本的に人は住んでいない(フェリー乗り場に小さな町があるだけで、日本の四国の1、2回り小さいくらいの島大半が自然のまま)、話によると発見が遅くて独自の進化をしたカンガルーなどがいるらしい。楽しみだ。まずはアザラシの海岸へ向かう。「まずは」なのに遠い。それは、バスなのに道が土のところも(ショートカットらしい)通るのに、100キロ以上で突っ走った(ジェットコースター感覚)のに、である。で、着いた。海岸に行く前に、歩道ぞいの砂の丘みたいなところを通るのだがそこにも何頭もアザラシがいる。ちょっとクサいけど、まあよし。レンジャーの話によると、子育てで、寒い時にはもっと上まであがるらしい。そして海岸へ。すごい! すごい!! いっぱいいる。数メートル先に野生のアザラシ。もうここだけで、ツアー代274ドルは元を取った気になった。この先島中がそうなのだが、360度、景色が完璧。人生でこんなすごい場所に来たことがない。またバスに乗り込み、近くで昼食。納屋でバーベキューを食べる。日本人4人で食べた。我々以外の日本人は若いまきさんという若い女性。1人で、テントに寝たりの旅行らしい。ポジティブだ。昼食はあまりおいしくなく、コーヒーもインスタント。さあ次へ。コアラウォーク。野生のコアラが林の中にいr。7頭くらい見た。でも動かないから動物園と変わらない。ここで、新しいビデオテープを忘れたことに気付く。あせったがこの島ではどうしようもない。それまで贅沢にテープを回していた要らない部分をつぶして撮り直すことにする。次はremarkable rocks。向かう時に運転手が、この島の動物に病気を持ち込むな、という説明がなされる。すると、となりのアルバートが私に、「支持するか」と聞いてきた。彼は専門家の立場から、そうやって淘汰される必要性もあるのだと熱っぽく語った。そんな難しいこと対等に語れません。しばらくがんばって議論を終わらせ、うまくここと日本の地形との違いの話に持っていく。私の英語の力はまだまだだ。ごまかす力は世界レベルだ。さあ、岩。まず遠くから見る。アルバートはバスに戻るなり、「生きていないものにはあんまり興味がない」と言っていた。さすが博士。それから岩の近くに歩いた。私は、おもしろい。ドラゴンボールごっこができる岩だ。

すごく情けない写真を選んでみました

この岩は海のがけっぷちにある。その侵食のためにこんな奇妙な形の岩なのだそうだ。その崖の危なそうな場所に小さな掲示板があったので、命がけで近付いて読んだら「危険、これ以上行かないで」と英語で小さく書いてあった。

 それから次の見学場所は、アーチという場所。すごい! ファーアザラシがいっぱい。強い波に乗ろうとする。アルバートは本当にうれしそう。私もうれしい。それから島のちょうど真ん中あたりにあるレンジャー本部へ。少しおみやげものを買う。外にカンガルーがいたので触る。ちょっと毛足の長いカンガルー。慣れているのか全く逃げない。そこでまきさんに、半日で楽しめるアデレードの場所を聞かれたが、ここを見てグレネルグもなあ、、、困った。彼女は今夜アデレード、明日の夕方にはアリススプリングに出発。テントから星を見るらしい。そんなのもいいなあ。バスを出そうとしたらおばあさんが買ったビデオを変える、と言い出して待たされた。するとドライバーは、「行ってしまいましょう」と言ってバスを動かした。連れのおじいさんが懸命に「まだ戻ってない!」と叫んでいたが、冗談についてきて下さい。駐車場を1周して、のたのたと戻ったおばあさんをのせ、さあ空港へ。途中で虹を見た。よほどうれしそうな顔をしていたらしく、「珍しいのか」とアルバートに聞かれた。「そうでもないが、そうだ」と答えた。わかりにくいだろう。日本人は奥が深い。わはは。空港まではかなり距離がある。が、これはバスなのに普通車をどんどん追い越して1時間足らずで空港に到着。「巨大な空港ビルです」と言われておろされた場所は、普通の平屋の家くらい。我々3人だけが降りた。あとはフェリーらしい。アルバートとしっかり握手して別れる。水曜まで学会だそうだ。もう会うこともないけど、すごく楽しかった。さあ、飛行機。30分くらい、バスターミナルのような待ち合い室にいたら来た。プロペラだ。20人乗り、毛皮のシートカバー、穴蔵のような機内。副操縦士がしゃがんで救命同位の説明。私の座っている、後ろから2番目の席から操縦席が見える。だいたい、カンガルー島に着いてから給油もなく、10分くらいでまた離陸。なのにもう、とにかく、すばらしいフライト。街が近い。近付くアデレード夜景がもう、オレンジの街灯がマジメに宝石のよう。すばらしい。でもS先生は「アーメン」って言い続けていた。確かによく揺れた。

 到着は30ターミナルだそうだ。って、外じゃん。アスファルトをしばらくあるかされ、空港内に入ったらおじさんが4人分(あと1人は外国の方)の名前を書いた紙を持っていた。その紙によると私は「KATALITI」になっていた。KATAGIRIが世界でメジャーになることはないな。昔アメリカで、同じような状況でバスの運転手に「KAMATATI」と書かれたこともあるぞ。車はクライスラーボイジャー。いいクルマだ。この運転手、話してみると去年日本に行ったらしい。友好的なムードで午後7時半前にホテルへ。Oさんがお出迎えしてくれた。部屋に荷物をおいて、すぐに食事。近所のタイ料理に行く。私はそこにいた韓国人のウエイトレスにほれました。食事しながらワインを白と赤の2L飲んだ。酔っぱらってS先生とOさんの3人で近くの屋台でミートパイを買った。おっちゃんが恐い感じで商売していたが、これでここも最後の夜と思うと、なんでも許せます。ここで奇跡が。ホテルの前であの韓国人のウェイトレスに会ったのだ。バイトが終わって帰るとこらしい。2人にひやかされながら握手をした。幸せ。ここで短い恋は終わりましたが。

 幸せな気分のまま3人で私の部屋に。部屋で残してあった白ワインを3人で飲み、私のミニライブをした。食べ物はほとんど残した。12時丁度に解散。そのまま寝た。

もう来ることの無さそうな街。最後の夜。

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