2007年8月13日号

夏空に浮かぶ原爆の追憶

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世界大会、今年は長崎

夏空に浮かぶ原爆の追憶
お預かりした千羽鶴を届けました

長崎で開かれた原水爆禁止世界大会に行ってきました。六十二年前に原爆の犠牲となった七万人の方がたを追悼し、核兵器廃絶を誓いました。

大会行事の分科会で、私は地元の方から被爆体験を直接伺いました。

現在は孫にも恵まれ、七十八歳にして大学の図書館に通い勉強してらっしゃいますが、被災時は爆風で十メートルも飛ばされ、戦後は被爆者であることを隠しての就職や、原因不明の大病に苦しむなど、大変なご苦労をされたと伺いました。

原爆の記憶を継承してほしい、この悲劇を二度と繰り返さないでほしい。被爆者の願いを託され、つまされました。


見直し検討の功罪

安倍首相は八月五日、広島の被爆者七団体との懇談会で、「原爆症認定のあり方について、専門家の判断のもとに改めて検討し、見直すことを検討している」と述べました。

二〇〇二年以来、被爆者との面談自体が途絶えていましたから、安倍首相の対応は一歩前進と言えなくもありません。

しかし、これまでの原爆症認定集団訴訟を通じ、専門家の判断はすでに出そろっています。

国の認定基準を断罪する判決も数多く下されているのですから、控訴を取り下げ、地裁判決に従うべきではないでしょうか。

非核日本宣言を

世界大会と前後して、政府に対し「非核日本宣言」の採択を求める運動が拡がっています。

全国で非核都市宣言を実施している自治体は一三六三。全体の七二%にのぼります。

三度の被爆体験をもつ日本がこの宣言を採択することは、地上から核兵器を廃絶する上で確固たる足がかりとなります。

中野区からも発信していきたいと思います。

中野区の平和行政が揺らぐ

世界大会に先立って全国を縦断する平和行進では、今年に限って中野区長からの声明が断られました。イラク戦争に対する批判や憲法改悪反対といった平和行進の見解が、「政治的」だというのが理由のようです。

九月二日に予定されている防災訓練では、平和の森公園に自衛隊がやってくるそうです。

今年は中野区の「憲法擁護・非核都市」の宣言が二十五周年を迎えます。実行をともなった宣言であり続けられるかどうかは、私たち区民にかかっています。先頭に立って頑張ります。




せきと進

せきと漢字考「賑」

「賑」を解字しますと、部首は「貝」、お金です。つくりの「辰」は「蓁」の形声です。「蓁」は「秦」、稲穂が五本の象形ですから、「多くあつまる」様子を表わします。つまり「賑わう」は、「お金(貝)が多く集まる(蓁)」という意味です。

ところで「賑」という字は、「にぎわう」という読み方とは別に、「にぎわす」という別の読み方を具しています。「賑わす」では意味が一変して、「救う」「与える」「施す」と記されています。

お金が多く集まったならば、今度は困窮者にお金を与え、施し救う。これが当然のことだと、先人は「賑」字を通して教えているように思います。

昨今の中野区は、「賑わい」が口ぐせです。しかし本来の業務は「賑わい」ではなく「賑わし」のはず。富賑を追求するだけでは存賑は望めません。施賑をないがしろにすると、必ず殷賑の凋落がやって来ます。