人工股関節手術を病院に依頼する時の条件
 様々なこれまでの学問的観点から、そしてかつて私自身が執刀してきた経験からも、人工関節手術はバイオクリーンルームの機能を備えた手術室があり、ある程度の年間手術件数を持っている‘専門病院’で行われるべきものと考えます。
 このため患者さんの近くにそうした医療機関が必ずあるとは限りませんので、‘橋渡しの役割’をする医療機関の存在も重要となります。
 変形性股関節症で人工関節手術の対象と考えて専門病院に紹介するタイミングについてはいつも慎重になります。多くのこの病気の患者さんとは長い年月にわたりお付き合いしてきており、場合によってはこれまで信頼して下さっていた患者さんの期待を裏切ることにもなりかねません。患者さんにとっても執刀する医師にとっても納得できる状況で専門病院へ紹介できることを目指しています。一般的な人工股関節手術の対象と考えるべき条件(適応)を中心にまとめてみました。
 ちなみにレントゲン上、相当関節破壊が進んでいても、生活にそれほど支障となっていない場合には手術の対象と考えないこともあります。あくまでも総合的に判断します。

 (関節リウマチの際の人工股関節手術のタイミングは変形性股関節症とは幾つかの点で違いがありますのでご注意下さい)

変形性股関節症とは
人工股関節手術の進歩
人工股関節手術で紹介する条件1:痛みの強さ
人工股関節手術で紹介する条件2:関節構造の破壊の程度
E
人工股関節手術で紹介する条件3:関節拘縮
F
人工股関節手術で紹介する条件4:職業について
G
人工股関節手術で紹介する条件5:合併症について
H
人工股関節手術で紹介する条件6:年齢は
I
人工股関節手術で紹介する条件7:ご本人の意思と周囲の理解
J
hip-spine syndrome:Thomasの手技と屈曲拘縮
 A. 変形性股関節症とは
  変形性股関節症は、関節リウマチなどの一部の病気(炎症性や腫瘍性などの病気)を除く様々な原因がもととなり股関節を構成している関節軟骨や骨盤側・大腿骨側の骨破壊が起こり、痛みを生じた状態を言います。
  その多くが関節構造の破壊にいたる原因の病気や状態があって、次第に進行して変形性股関節症になります(二次性の変形性股関節症)。二次性の原因別としては、先天性股関節脱臼の後遺症や股関節臼蓋形成不全に伴う変形性関節症が圧倒的に多く、大腿骨頭無腐性壊死などの病気やけがをもととしたその他の関節症もあります。明らかな原因がわからない一次性の関節症も有りますが日本ではその割合はかなり少ないようです。
 蛇足ですがペルテス病という小児期の大腿骨頭の病気のあとにも起こりますが、この際には骨頭の巨大化と大転子高位の状態が多く、人工関節手術が必要となることはあまりありません。
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 B. 人工股関節の進歩
 人工股関節手術の試みは、かなり古くからなされてきました。1900年代には傷んだ大腿骨頭の表面を切除して筋肉や脂肪組織をおく方法が試されましたがいずれもうまく行かず、人工物が使えないかという考えが出てきました。1925年にアメリカのSmith Peterson(スミス・ピーターソン)先生らがガラスを関節の大腿骨頭の部分の代用として手術に用いましたが、歩行にはまったく耐えきれませんでした。
 1936年にコバルトとクロムの合金がある科学者によって開発され、整形外科領域にまもなく導入されることとなりました。これにより様々な形状の人工物が作成可能となり、Austin Moore(オースチン・ムーア)先生らによって人工骨頭手術が開始されましたが、大腿骨と部品の間の接合がうまく行きませんでした(他にもいろいろな問題がありました)。
 1958年、イギリスのJohn Charnley(チャーンレイ)先生は大腿骨側のソケット部品をpolyethyleneで制作し、同時に歯科で用いられたPolymethylmetacrylateを‘骨セメント’として人工物と骨との接合に使用することを始め、研究を重ねました。その結果、1961年にはチャーンレイ先生は現在の人工股関節手術の基本となる手術方法(部品も含め)を実現しました。大きな問題であった部品の摩耗(すり減り)は大腿骨頭の金属部品のサイズを直径22mmにすることで一段落し、骨と人工物の間の接着に‘骨セメント’を用いることで部品の固定もほぼ安定しました。
 日本からもチャーンレイ先生のもとに多くの整形外科医がその技術を習いに留学され、まもなく日本にも人工股関節手術が普及しました。
 基本的な手順が確立された後も、「ルースニング(骨と人工物との間にゆるみが起こること)」についてはしばらくその原因についてさえ、多くの議論が行われ続けたのです。四半世紀前には(1980年代)、細菌感染によるものではないかとかなり疑われましたが、次第にほとんどの原因が設置された人工物(主に骨盤:臼蓋側のポリエチレン)の摩耗粉が骨と人工物の間に入りこんで、これに対する体の様々な反応が骨吸収を引き起こすということがわかってきました。このため、摩耗粉ができるだけでないよう(部品のすり減りができるだけ少なくなるよう)に手術部品の改良が現在も日々なされています。
 この二次的効果として骨頭をある程度大きくしても部品の摩耗がかなり少なくなったという考え方から、人工股関節の安定性を求めて26mm以上の大きな骨頭も用いられるようになってきています(これについての結果は20・30年後にでることでしょう)。患者さんご自身も‘安定感’をかなり実感されるようですし、術後脱臼の危険性を相当減らしてくれる可能性も期待されます。
 人工部品と骨の間の接合についても研究が行われ、骨親和性の高い(骨とよく密着する)チタンやセラミックを用いた部品が開発されてきてセメントなし(セメントレス)での手術も盛んに行われています。もちろん、骨セメントについても固まるまでの時間が違うなどの色々なタイプのものが開発されており、セメント固定とセメントレス固定の両方が病状や執刀医の考え方により使い分けられています。
 日本でも最近は、一部(?:一部であってほしいと思っています)の執刀医がスキー、テニス、ゴルフなどのスポーツを術後に許可するという考えで患者さんに説明をされているようですが、現在の段階では再手術などのことを考慮するとあまり良いこととは言えないと私は考えています。
 細菌感染の問題もやはり重大ですが、通常の手術室より一段と細菌やほこりの空中からの落下を抑えた環境が整えられるようになりかなり改善しました(バイオクリーンルームと俗称‘宇宙服’)。‘宇宙服’は執刀医にとってはけっして楽なものではありませんが、こうした手順が取り入れられたことにより、初回の人工関節手術の際の細菌感染の確率はほぼ1%以下に減少しています(バイオクリーンルームなどの一連の技法が普及するまでは3〜6%程度の報告もみられました)。

・最近の進歩
 
科学技術の全て同じことが言えますが、人工股関節手術においても材料と技術の面で次々と工夫がなされています。これより前に述べました内容は現在では一種「古典的であるが基本的で重要なこと」として考えていただけたら良いでしょう(古典的という表現はたかだか10〜20年程の過去について使うには大げさですが確実にそして急速に状況の変化が起きています)。2007年10月の時点での話題としては、次のようなことがあります。
 #MISに限らず、様々な手術器具の工夫や手術進入路の工夫により、より小さな傷(少ない手術侵襲?)での手術が行われてきている。
 #かつて絶対にダメだと結論づけられた「カップ形成術(
Cup Arthroplasty)」がイギリスでかなりの例数が比較的若い患者さんに行われており、しかもスポーツなども許可されている様です。日本にも導入されつつあります。

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 C. 人工股関節手術で紹介する条件1:痛みの強さ
 何と言っても手術が必要と考えられる最大の症状は‘痛み’です。ある程度の消炎鎮痛剤を内服薬や坐薬として使用しても、夜にゆっくり眠れない状態が続いたり、日常生活の中で最低限の立位(主婦の台所での30分程度の立ち仕事など)ができなくなったりすれば手術を考慮すべきでしょう。ただし、激しい肉体労働をしていて手術後もこうした仕事を続けようと考えているなら現在の段階では人工股関節手術は勧められません。人生設計の大きな見直しが必要ですが、重労働から離れることが手術以前に求められることになります。
 項目〔E.〕と〔J.〕でふれます強い屈曲拘縮に伴う腰痛も手術を考慮する大きな要素として考えます。

 具体的にはボルタレン坐薬50mgを毎日寝るときに用いても4〜5時間程度すると痛みのために目が覚めてしまう状態が2週間以上続くような場合には、私は人工股関節手術のための痛みについての条件は満たしていると考えます。
 ただし、急に何らかの無理をした後に安静時痛と運動痛を強く生じた場合には、関節液がたまって痛みがおきている場合もありますので、これに対しては関節液を関節穿刺して抜いてみることが必要なこともあります。

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 D. 人工股関節手術で紹介する条件2:関節構造の破壊の程度(実際のレントゲン)
 変形性股関節症のレントゲンをふまえての病状(病期)の分類があります。これは痛みの程度などの症状とは関係ありませんが、考えられる症状の程度もあわせて書いてみました。
1.前股関節症:関節の適合性(かみ合わせ)は臼蓋形成不全などで不良であり、相当の確率をもって近い将来慢性的な痛みを生じてくると予想されるが、レントゲン上では関節裂隙(すきま=軟骨の厚さ)が狭くなったり軟骨下骨(関節に最も近い部分の骨:関節部分のレントゲン上の骨の縁)の骨硬化(正常より白っぽく写る)がまだみられない状態です。
 [考えられる症状]通常この段階では明らかな痛みは日常的にはまだないことが多く、激しいスポーツなどをしている場合におしりの筋肉(特に中殿筋)痛みが続く場合があります。

2.初期股関節症:荷重部(体重が強くかかる部分)の骨硬化像や、関節軟骨が部分的に破壊されて少し関節列隙の狭小化が始まっています。
 [考えられる症状]おしりの筋肉の痛みの有無に関わらず、何らかの股関節自体からの痛みを感じることが多くなります。

3.進行期股関節症:関節裂隙は確実に狭くなり、軟骨下骨の骨硬化、骨棘(余計なでっぱり)や骨嚢腫(丸く黒くぬけてみえる)がみられます。これらは骨盤側(臼蓋)と大腿骨側(大腿骨頭)の両方もしくは片側にみられます。
 [考えられる症状]かなりの割合で日常的に消炎鎮痛剤を必要とする程度の痛み出始めますが、個人差が大きくそれほど苦痛を感じない方もいます。

4.末期股関節症:関節構造の破壊がすすみ、関節としてのなめらかな臼蓋側と骨頭の動きはレントゲンからはもはや考えられません。つまり、骨頭の丸い形が骨嚢腫の部分で落ち込んでしまったりして球形(円形)では無くなったり、関節列隙が完全に消失したりします。
 [考えられる症状]多くの場合、屈曲拘縮が生じており、痛みも強く、日常生活にかなりの困難を伴います。

5. 高位脱臼股関節:完全に本来の臼蓋と大腿骨頭の位置関係はなく、大腿骨頭の位置は通常よりはるか上方にそして外側に移動しており、大腿骨頭は骨でなく筋肉などで骨盤側に支えられています。変形性股関節症とは言いませんが臼蓋形成不全などと一連の病状です。
 屈曲内転拘縮を強くおこすことがあります。

 前股関節症と初期股関節症は年齢にもよりますが、骨切り術などでとりあえず対応し、関節破壊の進行をできるだけ食い止め、場合によっては‘治癒’に近い状態まで持ってゆくことも計画できます。進行期股関節症も一部は各種骨切り術などや、杖や装具の使用、消炎鎮痛剤の使用などで人工股関節手術の先延ばしを図ります。
 これらのうち、末期股関節症は確実に人工股関節手術の対象となりますし、進行期股関節症の一部も他の状況(生活動作の困り具合や年齢など)によりやはり人工股関節手術の対象となる場合があります。
 5.の高位脱臼では人工股関節手術の対象となることは通常ありません。
 一番下に示すレントゲン写真の様に骨頭の変形が激しくても股関節自体の痛みはあまり無い場合もあり、こうした例では様々の他の状態を考慮して手術を判断します(写真)。

正常股関節のレントゲン
 臼蓋の体重を支える部分はほとんど水平に近く、大腿骨頭のほとんどを包み込んでいる
 大転子の上縁はほぼ大腿骨頭の中心のたかさにある
 前股関節症のレントゲン
 臼蓋から大腿骨頭がかなりはみ出し、臼蓋の傾斜もあり関節適合性は悪いが、軟骨下骨の骨硬化や関節軟骨の損傷はまだない
初期股関節症のレントゲン
 軟骨下骨の骨硬化がみられ、一部軟骨の厚みが薄くなってきている
進行期股関節症のレントゲン
 関節裂隙が狭くなり、骨頭に骨嚢腫(右)がみられる
 軟骨下骨に骨硬化像もみられる
 骨頭の丸みはまだ保たれている
末期股関節症のレントゲン
 関節列隙がすっかり無くなって骨頭や臼蓋側の骨破壊が進行する
 高位脱臼股関節のレントゲン
 大腿骨頭は本来の臼蓋の位置からはるか上方に脱臼して位置し、屈曲・内転拘縮の状態にある。
 この写真は最大外転の状態で、股関節の開きがかなり悪い。
股関節脱臼後ペルテス病様変化後の股関節レントゲン
 先天性股関節脱臼後、大腿骨頭無腐性壊死(ペルテス病様変化)のため骨頭に大きな変形を残した
 骨盤の前傾が極めて強く、両側の閉鎖孔(恥骨部両脇のめがねの様に見える部分)が狭くうつっている
 腰痛と大転子高位による殿筋の疲れはあるが股関節痛はほとんどない 
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 E. 人工股関節手術で紹介する条件3:関節拘縮
 長い間股関節の痛みが続くと寝ている間に知らず知らずのうちに‘最も痛みの少ない関節の位置’をとるようになります。通常、‘屈曲’、‘内転’の位置です。この他に‘内旋ー外旋’方向の拘縮もあり、股関節の軽い痛みの際には、少なくともはじめは外旋位をとるようになります。
 これに対する対処法として最近はあまり行われていないかと思いますが、「筋解離術」といって股関節周囲のつっぱった筋肉などを広範囲に切り離す手術治療が以前はかなり実施されました。
 内転拘縮では、陰部の清潔を保つことに支障をきたしますし、夫婦生活の障害となってご自身だけでなくパートナーのストレスとなることも少なくありません。
 屈曲拘縮が強くなると腰痛が強くなり、立っているときだけでなく夜間にも仰向けに寝ることができなくなりますので、概ね屈曲拘縮(伸びの悪い状態)が30度を超えると手術の対象と考えます。(屈曲拘縮の詳細は項目〔J.〕を参照して下さい)
 屈曲拘縮のため体を正常の場合のようにすっかり伸ばして立つことが難しくなり、下図ー右のように何かにつかまって立ったり歩いたりするようになります。
姿勢の変化
正常姿勢
股関節屈曲拘縮の姿勢1
股関節屈曲拘縮の姿勢2
重心線はほぼ体の中心を通過する。 股関節屈曲拘縮による重心の移動をなくすため、骨盤を前傾し腰椎の前弯を強め、膝を屈曲する。 下肢と体幹のカーブをそのまま保つと重心は前方に移動するため、手を何かで支えないと立っていられない。
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 F. 人工股関節手術で紹介する条件3:職業について
 人工股関節は部品の改良が進み摩耗とゆるみの問題がかなり改善してはきましたが、いわゆる‘肉体労働’に耐えうるほどには未だなっていないと考えます。例えば農業で鍬を一生懸命使ったり、工事現場でスコップを使用したり、あるいは電気工事で高所に登ったりすることは手術後には無理であると考えた方が良いでしょう。こうした職業についている方が強い痛みで人工股関節手術が必要になった場合には、術前にこれまでやってきた仕事には戻れないことを約束していただくことになります。杖を片手にもって移動できる程度の立ち仕事であれば、術後も復職可能と判断します。
 残念ながら農家の方では、ひとたび手術して痛みがとれると手術前の約束はどこかに置き去りにされることが多いようです。家の前に耕されていない耕地が見えるのはとてもつらいことなのでしょうが、比較的若い方の術後には特に耐久性の観点から復職はあきらめていただく必要があります(2005年の現段階ではそう考えますが、10年後、20年後には状況が変わっているかもしれません)。
 現実には、人工股関節手術後のかなりの方が相当の農作業などをしてしまっているようです。これらの方々の一部で早い時期での再手術が必要となっています。

   注意:米国などでは術後の職業やスポーツについて、かなり日本とは考え方に違いがあります。( → 参照:ブログ記事「人工関節手術の適応はお国事情でかわる!」

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 G. 人工股関節手術で紹介する条件4:合併症について
 人工股関節手術の際に問題となる合併症の程度は、基本的に「麻酔と手術の侵襲に耐えられるかどうか」という点にかかっています。中等度の心不全や呼吸機能の低下(肺気腫など)がある場合には恐らく危険と判断されるでしょう。つまり主として循環器と呼吸器の疾患が一番問題となります。腎不全については透析の設備がある医療機関であれば手術は可能と思われます(担当科の協力が絶対必要です)。高度の貧血は必要な場合には術前に輸血が求められることもあるでしょう。
 運動麻痺が手術部位にあると脱臼の危険が増しますのできちんとした評価が必要です。
 脊髄ろう(梅毒による脊髄神経障害)、脊髄空洞症、糖尿病性神経障害などによるシャルコー
(Carcot)関節
と呼ばれる関節破壊に対しては人工関節手術が適さないため、明らかに他の原因による変形性股関節症であってもこうした合併症がある際には慎重に判断されなければなりません。
 一般的にみて、高血圧症で薬を飲んでいたり、糖尿病で服薬していたりしてもそれらのコントロール状態がほぼ良好であり、股関節の痛みによる障害を除けば日常生活に特段の注意を必要としない程度の健康状態であれば人工股関節手術は実施可能と思われます。
 
手術が可能かどうかの最終判断は手術を行う病院で、場合によっては循環器内科や麻酔科などの個別に受診した上で総合的になされることとなる場合もあります。
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 H. 人工股関節手術で紹介する条件5:年齢は
 20年前に比べれば、現在日本中で行われている人工股関節手術の実施年齢の平均は随分若くなっていると思われます。関節リウマチの方で人工股関節手術が必要と思われるほどになった場合には恐らく年齢については、ほとんどの医療機関でそれほど迷うことなく人工股関節手術を実施するかと思います。それは関節リウマチの患者さんではこのような手術が若いうちに必要となる例では全身の他の部位の障害も起こっていることが多く、身体活動性が大きくないと判断されるためです。
 変形性股関節症の場合には、関節リウマチの患者さんと比べて股関節の痛みがとれると相当身体活動性が高くなるため、耐久性の面で不安が大きくなります。概ね60歳以上であれば年齢という視点からはあまり悩む必要なく人工股関節手術を考えて良いでしょう(20年前は私の周りでは、70歳近くまでできるだけ人工股関節手術を遅らせていたように記憶しています)。
 これより若い30歳台、40歳台については可能な限り、人工股関節手術以外の方法(骨切り術、装具、消炎鎮痛剤など)で引き延ばしを図ります(以前ですと関節固定術もかなり行われたのですが、この手術は少しずつ減ってきているように思います)。それでも日常生活動作に障害が大きくなってしまった場合には将来の再置換術も考慮した上で人工股関節手術を行うこととなります。
 つまり、今や年齢が若いことは必ずしも人工股関節手術を否定するための絶対条件とはならないと考えます。
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 I. 人工股関節手術で紹介する条件6:ご本人の意思と周囲の理解
 どのように他の条件から人工股関節手術が適切であると判断されても、ご本人の確実な理解と前向きな意思がなければ手術は行ってはならないと考えます。一部の方では人工股関節手術をしたことで痛みがとれ、人生全般について前向きになったという例もありますが、「手術を受けて●●な生活をしたい。そのためには手術のある程度の危険性や術後のしばらくの苦痛は乗り越える」といった意思を持ち、「術後はたとえ痛みがなくなっても、人工股関節を少しでも長持ちさせるためあらかじめ言われた杖の使用などの注意事項は絶対にまもる」という考えが強固であることが重要です。
 一方で患者さんを支えてくれるご家族やできれば職場の人たちも術後に痛みがとれても幾つかの注意が必要であることを理解しておいていただけることがとても望ましいと考えます。
 これまで私のところから人工股関節手術を目的に専門病院に紹介してきた患者さん達は、ほとんどの方が数年かけて何回も説明を繰り返してきていることもあり、この点では問題となったことはありません。
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 J. hip-spine syndrome:Thomasの手技と屈曲拘縮
 股関節の障害により二次的に腰椎(脊椎)にも悪い影響が加わってくることからこうした際の股関節の症状と腰の症状を併せて、「hip-spine(股関節ー脊椎)syndrome(症候群)」と呼びます。
 股関節の屈曲拘縮が強くなると立位での重心を足の本来の重心の通過位置に戻すため、自然と膝を屈曲し、骨盤を前傾します。そうすると上半身が前方に傾いてしまうため、今度は腰椎の前方弯曲を強めてこれを防ぎます(図ー姿勢の変化:屈曲拘縮1)。この状態が長く続くと変形性腰椎症性変化が生じてきて腰痛にも苦しめられることになります。
 屈曲拘縮が強くなると仰向け(仰臥位)で寝て下肢をすっかり伸ばすと、骨盤が屈曲拘縮の角度だけ前傾してしまい下部腰椎を前(上方)に持ち上げる形になります。一方で背中より上も重力に従い床につこうとしますので腰椎全体でみると前弯がとても強くなってしまい、痛くて眠れなくなります。
 こうして治療の手だてを考える際にとても重大な要素となる屈曲拘縮を客観的に計測する方法が「Thomas(トーマス)の手技」と言われるものです。
通常の仰臥位
股関節屈曲拘縮高度の際の仰臥位
股関節屈曲拘縮と下肢の重みで骨盤が強く前傾し、腰椎の前弯が強くなる。
Thomasの手技による屈曲拘縮角度の測定
角度を測ろうとする反対の下肢の股関節を屈曲し、腰部が床に平らに接触するまで骨盤の前傾を修正し、患肢の浮き上がった角度を計測する。
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