保険医:夜神キラ
生徒:竜崎
生徒:夜神月

竜崎×キラです。





















日常の条件


















 定時に叩かれる保健室のドア。
 またか、と思いながらも仕方なく振り向く。


「今日は何の用」
「今日も会いに来ました」


 隠しもせず溜息を吐いてやるが、これも何の効果もない。


「お疲れですか?夜神キラ先生?」

「…………誰のせいだ、誰の。毎度毎度貴重な昼休みを邪魔しやがって」
「私ですか?それでしたらマッサージでもしま」

「わーわーわー!いい!余計なことするな!触るな!近寄るなっ!」


 古びたキャスターのついた椅子で、下がろうとするが背後は机で下がれるわけもない。
 それでもどうにか両腕をぶんぶんと振って、近づいてくる男をどうにか診察用の椅子に座らせた。

 これだって本当は不本意なのだけれど、これ以上近づかれるほうが困るから仕方が無い。


 ずれ下がった度の低い眼鏡を白衣の胸ポケットにしまって、キラは足を組む。これも近寄らせないための対策の一つだった。
 それくらい。こいつは危険なのだ。

 椅子の肘掛に片肘をついてキラはその上に頭を預けると、いつもの何を考えているか解らない竜崎の瞳を嫌そうに見やる。


「それで……、今日は何なの」
「あ、はい。お昼をご一緒しようと思いまして、お弁当を持ってきました」
「またか。ここで食べなくてもいいだろ……クラスの奴とか、生徒会の友達とかと食べなさいって、いつもいつもいつもいつもいつも!言ってるのに……。どうして聞かないんだ」

「ここで、食べるのが好きなんです」

「あそ。じゃあ僕は職員室にでも……」


 名案だ、と立ち上がろうとすると、竜崎はぎょろりと視線だけ向けてくる。
 貞子も真っ青の不気味さだ。


「じゃあ職員室まで付いて行きますよ?」
「保健室が好きなんだろうが」

「拗ねてるんですか?」

「違う!」


 恐ろしいくらい話の通じない相手に、キラは頭痛すら覚える。
 この地球外生命体をどうにか抹殺できないものか。


「ここ、というのは保健室ではなく、夜神先生の隣ということですから」

「ああ、そう……」


 もうどうでも良い、と無視する事にしてキラは再び椅子に乱暴に腰を掛ける。


「椅子は移動させるな。近づくな。その位置からこっちにくるな。ここで昼を食べたいなら、それが条件だからな」

「はい。解りました。ありがとうございます」


 何がありがとうだ。
 思っても居ないくせに。

 再び深く溜息を吐いてから、キラは自分の弁当を膝の上に広げる。


「いつも思うけど、それ、弁当なんだよね?」


 引き寄せた小さなテーブルに広げられた竜崎の弁当を見ると、キラはいつも胸焼けを起こしそうになる。


「そうですよ。夜神先生も食べますか?」
「いらない」
「おいしいですよ?」
「味覚が違うんだ。気持ちだけ貰っておくよ」


 漆塗りの弁当箱は普通なのだが、その中身は明らかに異質だ。
 ケーキや果物、マシュマロにチョコレート、果ては角砂糖まで入った甘いもののオンパレードを、竜崎は弁当だと言っていつも残さず平らげる。

 最初に目にしたときにはなんの冗談かと思ったくらいだ。


「体に悪いんじゃないか?……そんなに甘いものばっかり」
「いえ、ちゃんと糖分は消費されてますから」


 いつもどおりの良く解らない答え。
 まあ確かに至って健康らしいのだから、自分が気にすることでもないだろう。


 自分の平和な弁当を噛み締めながら、キラは作ってくれた可愛い弟の顔を思い出して現実逃避をする。

 最愛の弟とは似ても似付かない、目の前の生徒を見ると一変に火星に飛ばされたようにぐったりとしてしまう。


 椅子の上に足を乗せることは、何とか出入り禁止をちらつかせて止めさせたが、それでもおかしいフォークの持ち方や食べ方は直る気配が無い。

 マナーが気になってしまうキラとしては是非とも直したいのだが、押し問答をするのに疲れてしまって結局はそのままだ。もう少し素直に振舞えば、こんなにうんざいるすることもないのに。


「どうかしましたか」
「可愛くないなと思って」

「夜神先生はとても可愛いですよ」

「ああそう……」


 口を開いた事を後悔していると、再び保健室のドアが開かれた。


「竜崎、またここにいたの?」
「月!」


 竜崎を無理やりどけて、キラは月の椅子を用意してやる。


「酷いです夜神先生」
「うるさい」


 可愛い、弟。夜神月だ。


「あ、お兄ちゃんお弁当どうだった?」
「うん、凄く美味しいよ。いつもありがとう」


 大分背は伸びたものの、まだ自分より幾分小さい弟の髪の毛を撫でてやると、月ははにかんだように微笑む。

 本当に、癒される。
 これこそ自分の求めるものだ。


「夜神先生、ちょっと態度変わり過ぎじゃないですか」
「当たり前だろ?」
「あはは、竜崎ってば拗ねてる」


 そういって指を口に当てて、キラと月のやり取りを見つめている竜崎は、口で言うほど不満げではない。


「お前だって、月が居ると癒されるだろ?」
「はい。勿論です。特にお二人が揃っていると大変癒されます」


 ぱくぱくと周りを気にしない様子で、月は出し巻き卵を頬張る。


「お前に見られるとなんか減りそうだな……」
「本望です」
「月が減ったら、出入り禁止だ」
「じゃあ夜神先生をじっくり見ます」
「それも嫌だ……」


 そんな二人のやり取りをみて、月がにっこりと微笑んだ。


「二人とも、仲良いよね」
「はあ!?冗談だろ?だれがこんな奴と」
「はい、とても仲が良いんです。月くんにそういってもらえると嬉しいです」

「竜崎なんか、嫁にもらいにきたみたいお婿さんみたいだね」
「そんなようなものです」

「月……冗談でもそういうこと言うのは止めてくれ……おにいちゃんは悲しいぞ」


 項垂れて見せると、月は数歩の距離を健気に近寄ってくる。
 首を傾げてみせるだけで、許してしまえるから不思議だ。
 ぎゅっとキラが抱きしめると、月は頭を撫でてくれる。


「あんまりお兄ちゃんをいじめないでよ?」
「月くん、教室に居る時と……」
「なに。竜崎」
「いえ……」


 自分が顔を伏せている間に交わされた不自然なやり取りにキラは首を傾げるが、月ににっこりと微笑まれ、些細なことは記憶の彼方へ飛ばしてしまった。


「ほら、早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ?」
「そうだな、お前もさっさと食べて出て行けよ、竜崎」
「…………はい」


 月とキラは栄養バランスの良い、そして竜崎はハードに偏った昼食を終え、チャイムと共に二人は保健室から姿を消した。


「はあ……疲れた……」


 仕事をしているときよりも、昼休みが疲れるなんて、変な話だ。

 机の上には竜崎が置いていった、クッキーがある。想像したくは無いが、手作りなのか値札もなのもない透明の袋にピンクのリボンが巻かれたクッキーは美味しそうだ。

 だが。
 竜崎から貰った食べ物は信用がならない。


「夜神先生、ちょっとよろしいですか?」


 どう処分しようか迷っていると、ノックもせずジャージ姿の男が入ってくる。


「どうしましたか、松田先生」
「ええと、来週から来る実習生のリストを届けに来ました」


 キラの分の他にも松田の腕には束が残っている。
 きっとまた雑用を押し付けられたのだろう。


「ありがとうございます。あ、でも今回は少ないですね。7人ですか」
「うちの学校を卒業してわざわざ教職に付く生徒は少ないですからね」


 渡された資料をぱらぱらと捲る。やはり男性が多いようだ。


「あ、珍しい名前の人が居ますね。ええと…み、かみ?」
「魅上照くんですね。なんでも凄く優秀な学生らしいってさっき職員室で話題になってました」


 優秀なのに、教師を目指すとは奇特な奴だ。
 松田の話に形だけ頷いて、キラは更にページを捲る。
 顔写真は無く、必要最低限の情報が載せられた書類を見終わると、机の上にそれを置く。


「女の子から、差し入れですか?」
「え?ああ……」


 机の上にあったクッキーを指差して、松田が羨ましいと声を上げる。


「夜神先生、生徒から人気がありますからね。僕ももう少しそういう意味で生徒に慕われたいです」
「松田先生は、いい先生だって皆いってますよ?」
「でも、先生っていうよりは、友達?そんな扱いなんですよう」


 それは、その性格のせいだろう、と思うが勿論口にはしない。


「よければこれ、差し上げましょうか?」
「え!いや、駄目ですよそんな!折角の込められた愛情に、呪い殺されます」


 手首から先をぶらりとさせた両手を胸のあたりまで持ち上げて松田は舌をだす。
 その表情が可笑しくて、矢神は小さく噴出してしまう。

 こういうのりの良さが、この先生の魅力だ。


「いえ、良いんです。本当におすそ分け位で届けに来てたんで。それに、おなか一杯で食べれなくてどうしようかと思ってたところですから」


 それならば、と先ほどまでの遠慮はどこへやら。松田は差し出されたクッキーを大事そうに両手で受け取ると、ドアへと向う。


「そうそう、今度また飲みに行きましょうね!」
「ええ、是非」


 賑やかに去った、教師に苦笑して月は再び眼鏡をかけた。
 少し気が晴れた。
 だが、もし怪しげな薬でも仕込まれていたらどうしようかと思わなくも無かったが、そうなったらそうなったで竜崎に公で注意するチャンスが来るかもしれないし、松田には犠牲になってもらうことにする。
 まさか毒薬が入っていることはあるまい。

 今のうちに残っている仕事を片付けてしまうことにして、キラは机に向った。






 一通りデータの整理を終えたところで、キラはコーヒーを入れる。

 大きな学園は当然生徒の数も多く、書類の量も膨大だ。
 きちんとデータベースを作っておかないと、いざという時に困るのだが、やってもやっても仕事が減らない。それに加えて保健室を訪れる生徒も多く、ちいさな傷くらいならば追い返すことにはしているが、何度も仕事を中断されて余計に捗らないのが現状だった。


 見慣れた掛け時計に目をやると、もう少しで勤務時間が終わるところだった。


 美味しくないインスタントコーヒーに口をつけようとしたところで、来客があった。


「全く休む暇も無い……」
「こんにちわ。お疲れ様です」

「…………またおまえか……竜崎」
「ちゃんと用事があって来たんですけど」
「何」


 どうせろくなことではないだろうと、怪訝そうに見やると竜崎は紙の束を差し出してきた。


「先日の健康診断の自己チェックシートです」


 5センチ近い束に、キラは溜息を隠せない。


「ああ、そういえばそんなものあったっけ……」
「何だかお疲れですね」

「やってもやっても仕事が終わらないからね」
「私、お手伝いしましょうか」
「は?」
「多分お役に立てるとおもいますけど」

「気持ちだけもらっとくよ。個人情報だからね、君に見せるわけにはいかない」
「黙っていればわかりませんよ?」

「そういうのは嫌いだ」


 きっぱりと告げてやると、竜崎はそうですかと素直に頷く。


「夜神先生らしいです」


 そして、もう一つ竜崎は差し出す。


「これは?」


 銀色の筒のようなものだ。
 受け取ってスライドさせる蓋を開くと、良いにおいが広がった。


「お疲れのときに、まずいインスタントなんて飲んでも疲れは増えるだけでしょうから」


 まるで自分の心の中を読んだような答えだ。


「嬉しいけど、受け取れない」
「賄賂じゃありませんよ?」
「そんなこと解ってる」

「じゃあ何か薬でも入っていると思うからですか」





「………………そうだ」


 実際に見に覚えがあるからこそ、警戒するのだ。
 竜崎の好意は決して安くない。


「信じてもらえないでしょうが、これには何も入ってません」
「…………」
「誓ってもいいです。もしも何か入っていたら私この学園を退学しても構いません」
「………………でも」

「あ、それなら私も一緒に飲みましょうか。手間を掛けさせてしまいますが、夜神先生が一から淹れて私は何にも触りません」


 タネはないと証明する手品師のように、両手を広げて見せる竜崎にキラは悩む。
 正直かなり疑わしいのだが、そこまでいうのならば信じてやってもいいのかもしれない。
 それに、まずいコーヒーを飲みたくないのも事実だ。


「絶対だな。もしも今日じゃなくても、この先一度でもコーヒーに薬が入ってたら、二度と僕に触れないと誓え」
「誓います」
「絶対だからな」
「何なら証書を書いてもいいです」


 きっぱりと言ってみせる竜崎だが、やっぱり信用できず、本当に証書を作らせてやっと、承諾をした。


「絶対コーヒーに薬やその他一切混入しないって書けよ」
「はい」


 その間に、キラはコーヒーの準備をする。
 ふと気付けば、これでは一緒にお茶をすることになる、と気付いたが、癪なのでしらない振りをした。ここで余計な事を言って、竜崎の気が変わったほうが危険だ。


「ほら。砂糖はないからな」
「大丈夫です。私持ってますから」


 ちゃんと計算済みだというのに、呆れて、キラはコーヒーの香りを楽しむ。
 苦味も渋みも感じさせない豆の香りは、それがかなり上等なものであったのだとわかる。


「………………竜崎」
「はい」
「お前が先に飲め」
「はい。わかりました」


 親指と人差し指で器用にカップを持ち上げて、竜崎はコーヒーを口に含む。


「口をあけろ」
「そんなずるはしてませんよ」
「いいから」


 もし飲んだ振りをしていたらと思い、口を大きく開かせる。


「もう一口飲め」
「いいですよ」


 そうして再び口の中を調べてから、漸くキラは自分のカップに口をつける。


「これでもし何か入ってたら、一生軽蔑してやる」
「それは嫌ですね」


 心を決めて、キラは熱い液体を喉に流し込んだ。





「あ……美味しい」


「だから何も入ってないって言ってるじゃないですか」
「ま、まだわからないだろ」
「時間が経って効く薬とか使いません」

「なんだその使いませんていうのは……」
「いえ。気にしないで下さい」


 結局そのまま飲み続けても、体には何の変化もなかった。
 疑ったお詫びにと、もう一杯コーヒーを淹れさせられたが、竜崎が嘘を付かなかったのは、僅かだが嬉しくてそれくらいならとキラも嫌がらずカップにお代わりを注いでやった。


「甘いもの、食べますか?」
「いや、いいよ。さっき松田先生が持ってきたチョコレートもあるし」


 机の引き出しから、小さなチロルチョコを取り出してキラは口に放り込んだ。
 あまり甘いものは口にしないので、自分にはこれくらいで十分。

 どこから取り出したのか、先ほど自分にくれたのと同じクッキーを取り出して、竜崎は食べ始める。


「いつも思うんだけどさ」
「なんですか」
「美味しくなさそうに食べるよね」



「……………………………………心外です」




 動作を止めて、いつもより少しだけ目を見開いた竜崎にキラは耐え切れず噴出す。


「あはははははは!わ、わるい。すごい、おかしくって!あははは!」
「幾ら私でも傷つきますよ、そんなに笑われると」
「ご、ごめん!でも、あ、あはは!」
「まあ、いいですけど……」


 そういいながらも、竜崎は眉間に皺を寄せる。それがまた可笑しくて、キラは笑いを止める事ができない。




「あー…はあ、おかしかった。ごめん。でもなんか久しぶりにこんなに笑ったよ」
「そうですか。私も夜神先生がそんなに笑うのは初めてみました」
「可愛かったとか言ったら放り出すよ」
「じゃあ我慢します」


 子供のように素直に頷かれて、またキラは笑ってしまった。

 いつもこうならいいのに。

 生徒らしい、子供らしい側面だけ見ていれば、もっと普通に接することが出来るのに、とキラは思う。


「ああ、笑ったら熱くなっちゃったな……、冷房の温度下げても平気?」
「はい、その方がいいと思います」





 だが、そう単純に話が済む筈が無かったのだ。


 その時の竜崎の少し違和感のある答えに、もっと早く気付いていればと5分後、キラは後悔した。



「りゅ、ざき…!約、束……ぁ、やぶったな…!」


 軽々と保健室のベッドに運ばれながら、キラは竜崎をきつく睨みつける。


「いえ、約束は破ってません。あのコーヒーには何も淹れてません。今後も絶対に薬を混ぜたりしませんよ。嘘は付きません」
「…っ…じゃ……なんで……!」


 熱いと思ったのは笑ったせいではなかったのだ。

 薬の効果だったのだ。


 気付かなかった自分の浅はかさがいっそ憎い。


「夜神先生がクッキーを食べてくれたら、こんなことしなかったんですけど。あれには本当になんにも入ってなかったんですよ?」
「あ…やめ、…ろ!」
「なのに松田なんかにあげるから、悔しくなって悪戯しました」

「まさ、か……!」
「はい。松田の持ってきたチョコですよ。あんまりこういうことするのは好きじゃないんで、出来れば今後は私から貰ったものを人にあげたりはしないで欲しいです」
「ふざけるな……っ!」


 とっくに脱がされた白衣は、既にどこに行ってしまったのかもわからない。


「ふざけてません。夜神先生も周りの人を疑うのは疲れるでしょう?だから、私からのものを絶対人にあげないでください。そうすれば、私も他の人からあなたに薬を盛るように仕組む様なことはしません。絶対」

「おま…なんかっ!……信…な…!」
「すみません、泣かせたいわけじゃないんです。でも、次は駄目ですよ?そんなことしたら……」


 その先は何も言わずに、竜崎は口付けてくる。
 歯を食いしばって拒絶するが、唇を舐められて、走った痺れにあっけなく隙間が出来てしまう。


「ん、んーっ!…は、…やめっ……」


 苦しくて唇から逃れようとするが力の入らない指先は、竜崎のシャツを弱く押すことしか出来ない。


「ちゃんと鍵はかけましたから、安心してください。こうしてカーテンも引けば声も漏れませんよ」


 その声に、竜崎が何をする気かわかってキラは焦る。


「…あっ!…やめろって、ば!…いや、だ!」
「駄目です。やめません」


 グレーのYシャツに手を掛けられて、キラの目から涙がこぼれる。


「そんな可愛い顔で泣かないで下さい」
「おま、なんっか…!」

「なんですか?」



 くすりと微笑まれて、殴りたい衝動に駆られる。


「……死、ねっ!」



「あなたが死ぬ時になら。ねえ?キラ」


 捕らわれた左手の平に小さくキスされて、体が震える。
 薬のせいで。
 こいつのせいで。
 こいつの、せいで…!

 頭が朦朧とし、遠のく理性を感じながら、キラは竜崎の髪を引き寄せた。