ただ驚いただけ。 それ以外何も無い。 先日の芝生の上での事を思い出す度に、雲雀は自分にそう言い聞かせた。 何を考えているのかは解らないが、動揺していると思われるのも癪だし、気にしているとか逃げたとか言おうものなら滅多打ちにしてやるだけだ。 あの場から立ち去った自分が不可解ではあったが、それも驚愕を理由に片付けておく。 「こんちわ」 そして、やっぱりあの男は自分の前に現れるのだ。 「お、夏服に替えたんだ。お揃い」 にこにこといつもどおり近づいてくる男に、視線もあげず馬鹿じゃないかと言ってやる。 「頭になにかわいてるんじゃない、やっぱり。早いところ医者にみてもらったら」 「うーん、病気は病気だけど医者じゃ治らないからなあ」 何か突っ込まれる事を期待している雰囲気を感じて、雲雀は山本の言葉を無視した。 「でも、先輩が心配してくれるんなら病気でもいいかも」 「気持ち悪いこと言うな」 思わず睨みつけて、次の瞬間自分の失態に気付く。 案の定目のあった山本は、嬉しそうにこちらを向いている。 不自然にならないように目を逸らせて、窓の外の曇り空を見てから雲雀は手元の書類に視線を戻した。 「ここに来るの、やめてくれない」 「…………どうして?」 「邪魔だから」 「どうして?」 傷ついているというのとは真逆の、むしろ柔らかい山本の問いに、雲雀は既に自分が切り出すことを予想していたのだという事を悟る。 ということは。 どう対応するのかも既に考えてあるということか。 「存在が目障り。何考えてるのかなんて知りたくもないし、教えてほしくも無いけど、鬱陶しいし、邪魔だ」 「だからなんで?」 「僕の周りをうろつくなよ」 「先輩は、俺の何がそんなに嫌なの?」 「全て」 それすらも想像していたらしく、山本はくすりと笑う。 「解んないから?」 「は?」 「解んないから、俺が邪魔って思うの?」 「訳わかんないんだけど。…………大体、僕が好き?そんなこと前に言ってたよねえ。本当に好きなら僕の気持ち考えてみたら。好きな人が嫌がってる事するなんて、悪趣味なんじゃない」 「だって、雲雀嫌がってないだろ」 ぷつり、と音がした。気がした。 「いい加減にしろよ。何?お前はどっかの国の王様なわけ。これだけ解りやすく言ってるのに、日本語通じないの?近寄るなっていってるだろ」 「本当は嫌じゃないって、気付いてないのか」 「だまれ」 あんまりにムカついて、手にしていたファイルを力任せに投げつけた。 だが、それは難なくキャッチされて、余計頭に血が上る。 「待て、って!」 空気を切る音がするほど力任せに振りぬかれたトンファを、山本はギリギリで避ける。 「待てって、ば!おい!」 声とともに驚く速さで伸ばされた腕に、右手が掴まれる。 熱い手の平が不快で左腕を繰り出すと、鈍い音と共に山本の顔に当たる。 だがそれでも山本は右手を離さない。 かなりの衝撃のはずなのに。 それどころか強い目をして左手首も捕らえてくる。 なんだ。 こいつ。 「あー痛って……ちょっとマジ今のはやばいって。気ぃ失うかとおもったー」 瞳は元の柔らかな色に戻っている。 「何の真似?」 「ちょっと話聞いてくれって」 力を込めるが、わざと不自然な角度でとらわれた両腕は自由にならない。 「あのさ。ちょっと話、してよ」 「なんでそんなこと……」 「雲雀俺のことなんも知らないだろ?それで一方的に拒否られてもさ」 「君みたいな人間が嫌なの」 「だーかーらー!それを、ちょっと話してから決めてくんないかな。別に好きになってとか言わないからさ、とりあえずゴミレベルから、もうちょっと俺のこと昇格させてくんない?」 先日の捨ててきて、という言葉を揶揄しているのだろう。 「ゴミの次はなに?くずかなにか?」 鼻でわらってやると、それじゃあ何も変わらないだろう、と真面目に山本が返してくる。 「とりあえず、同じ並盛にいる後輩その1、くらいがいいんだけど」 「それって他人てこと?」 「まあ、最初は多くのぞみませんから」 謙虚だろ、等と言っているが、ゴミが人間に進化すれば十二分ではないか。 大体他人に昇格したら何が変わるのか、雲雀には全く解らない。 その雲雀の疑問が聞こえたように、山本はにっこりと笑う。 「もし、俺が他人に昇格したら、きっと邪魔じゃなくなるよ」 「なにそれ」 「本当だって」 なんの自信からかそんなことを言って、雲雀を見つめる真っ直ぐな瞳。 「だから、チャンスくれよ」 目を逸らせずに、雲雀はただ黙っている。 いやだ、という一言を即座に告げれば良かったのに。 何故か失われたタイミングは、もう元に戻らない。 ふと。腕を拘束する力が緩む。 今だ。 そう頭で声が聞こえて、山本に再び右腕を振り向ける。 だが。 「な、に」 そのまま右腕は山本の頬の横に伸ばされたまま、で山本がのしかかってくる。 ふざけているのかと思ったが、尋常でない重さに、自体を把握する。 「おい」 胸に寄りかかられて、耐え切れず一歩足が下がる。 「山も…と?」 このままでは自分も押しつぶされてしまう。 そう思って、雲雀は廊下に居るはずの草壁を呼ぶ。 何故かかけられている鍵に、壊して入ってくるよう雲雀は叫んだ。 思わず舌打ちする。 山本は意識が無かった。 もしもこれもこいつの計算のうちだったら、二度と病院から出て来れないようにしてやる。 そう心の中で呟きながら、走りこんできた草壁に山本を預ける。 漸く自由になった体が、一瞬寒く感じる。 きっと、体温が移ったせいだ。 解ってはいたが、落ち着かない自分に雲雀は気付いていた。 |