blue lemmon & jam pie








遠くにぶ厚い雲を見ながら、流れる首筋の汗を手の平で拭う。じわじわと肌を焼く太陽はちょうど頭の上で、背の高い家の壁も、花のない椿も影を作ってはくれない。
役立たずめ。
自分勝手とは思いつつも、文句を言いたくなるほどにとにかく暑いのだ。

せめて湿気がなければ、と思いながらも結局今日も効果的な対策は思い浮かんでいない。
日傘でもさせば楽になるだろうか。
そんなことを言ってみたものの、菊丸には笑い飛ばされ、手塚にはそんなことをしたら隣を歩かないと眉間に皺を寄せられたので、残念ながらこの案は却下になった。


「……ああ、だれか町中を動く歩道にしてくれないかな」


無駄な呟きだ。

言って、自分で溜息をついた。

馬鹿か。



学校は今夏休み。
しかしそこは青学庭球部なわけで、練習がしっかりと組み込まれており、中学生らしいのんびりとした休みはほぼ無い。
この厳しさというか、固さが嫌でこの時期には部員が少し減る時期なのだが、それでも例年ほど酷くはなかった。それはやはり部長の人気からだろう。

古い言葉で言えばカリスマ。手塚の人気というか魅力はそんな感じだと思う。
特別な雰囲気を持つ人間が世の中にはいるんだということを、不二は手塚をみて実感したくらいだ。

でも。その人気はあんまり嬉しくない。


「一応、僕の相方なのに」


というか、うざい。
手塚を必要以上に見つめたり、話しかけたり、ましてや触ったりするのを見るとむかっとする。

しかも、それに手塚が全く以って気付いてないのが溜息ものだ。
いや気付いてないなんて可愛いものじゃない。そんなことある分けないとか思ってるから見ていて凄く凄く心配になるのだ。

不用意に触られても、ぼんやり相手を見つめ返すだけなのは如何なものか。
男同士とはいえべたべた触ってくる奴にはグーで殴ってほしいくらいなのに。


「僕が触ると怒るくせに……」


ジーパンのポケットから取り出した携帯のフリップを開いて、不二は溜息を付く。隠し待受画面に映るのは、眠る手塚の姿。
この写真があるなんてばれたら携帯が真っ二つに折られるだろうが、今のところまだ無事だ。

こんなに可愛いんだから、もう少し自覚を持ってくれないと気が気じゃない。

うっとりと十分見つめて、不二は携帯を閉じた。


今日は手塚の家に遊びに行く。
いや、一応勉強をしに行く、ということになっている。一応というのは、そこはやはり口実に使っているからだ。しかし、真面目な手塚は毎回しっかりと勉強の準備をしてくれていた。

お陰で夏休み中盤になる前に宿題は全て片付きそうだ。


「こんにちわー」


既に勝手しったる何とやらで、不二は手塚の家のドアを勝手に開ける。がらがらと鳴る引き戸の音を聞いて、彩菜が出てきた。


「こんにちわ、暑かったでしょう。今冷たいもの持って行くから、待ってて」
「ありがとうございます」


手塚はやっぱり母親似だな、と思いながら不二は0円で売れそうな笑顔を作った。


「不二」


トントン、と軽い音を立てて階段を降りてくる人物を見上げて、不二は思わず携帯を構えたくなる自分をどうにか抑えた。
彩菜が居る前で急に携帯で写真を取り出したら、さすがに引かれるだろう。


「ごめん、少し早かった?」

「いや、大丈夫だ」


色の深いジーンズに、真っ白な半袖のシャツ。そんな今時の中学生には珍しい格好だけれど、手塚には凄く良く似合っている。
特に、首筋が凄く細くて綺麗で、思わず手を伸ばしたく……。


「不二?」
「え? あ、ごめん。ちょっとぼうっとしちゃったみたい」


妄想から引き戻されて不二は頭を掻く。

いけない、いけない。

首を傾げながら再び階段を上る手塚の後について不二はスニーカを脱いだ。




手塚の部屋はクーラーがある。
しかし、コンセントは抜かれたままだ。

その癖二階の日当りの良い部屋だから、その暑さといったらない。

持ってきたハンドタオルで頬を拭いながら、不二は数学の問題集を見る振りをして手塚を伺いみた。


このくそ暑い部屋でも、手塚は涼しそう。こう身体の周りにバリアが張られてるんじゃないかと思うくらい、余裕の表情なのだ。


「ねえ」
「なんだ」

「暑くないの?」

「暑い」


どこが。

といいたくなるけれど、手塚はそれだけ言うと、視線をノートに戻してしまった。


黙々と左手を動かす手塚に、不二は手を伸ばす。

頬に届く直前で気付かれて手塚が顔をあげるが、構わず指の背で頬に触れた。


「……なにがしたいんだ」


触られるままの手塚に今度は掌で頬を包む。が。
ぱし、と払われてしまった。


「遊ぶな」
「だって、冷たそうだったから」

「は? 何を言ってるんだ」

「暑いっていうけど、手塚ってば凄い涼しげにしてるからさあ。つい。でもやっぱりあったかかった」
「当たり前だろう……。そんなこと確かめたかったのか」


あとは、触りたかったからだけれど、絶対怒るのでそれは言わないで置く事にした。


「冷たい飲み物持ってくるか?」


既に彩菜が入れてくれた麦茶は氷がとけ、テーブルに水溜りを作っている。


「ううん、水分取りすぎちゃったから良い。それよりクーラつけてくれたほうが嬉しいんだけど」

「……仕方ないな」


そういって手塚は立ち上がって壁の上に手を伸ばすと、クーラのコンセントをつなげてくれた。
夏休みに手塚家におとずれて7回目の正直だ。

冷たい不自然な風にあたって、むしろ不二は安心する。


「ありがと」
「これで集中できるだろ」


もとより勉強に集中する気は無かったのだけれど、とりあえず笑顔で頷いておく。

シャープペンを動かしながら、不二は以外に暑かった手塚の頬を思い出していた。

柔らかくて少しだけ汗ばんだ頬。
触れると凄く愛しくなって離したくなくなってしまったのだ。というかむしろ、もっと触りたくなる。
首筋とか、脇腹とか。
今触ったら熱いのだろうか。

ふと不二は考える。
もしかしてテニスをしている時もあんな感じなのだろうか。

だとしたら危険だ。

見るからに瑞々しい肌に、誰が誘惑されてしまうか解らない。
手塚は無防備だから、極力自分が注意してやらなければ。


「よし」


「不二?」


あ。
思わず声が漏れてしまった。


「ううん、ちょっと問題が解けたから、つい」


えへ、と笑って見せると、信じてくれたらしい手塚が苦笑を覘かせる。

かわいい。
まじかわいい。


「あ、ねえ。今日これ終わったらさ、どこか遊びにいかない?」
「いいぞ。でも、どこに行くんだ?」

「うーん……暑いからなあ」

「それなら部屋に居た方がお前は楽なんじゃないの……」
「手塚?」

「くしゅっ!」


不自然なところで言葉を途切れさせて、手塚はくしゃみをした。
やばい、可愛すぎる。


「じゃなくて。大丈夫? 寒い?」
「いや、大丈夫だ。あんまり冷房に慣れてないか、ら……っくしゅ!」


更に続けて二度、三度とくしゃみをする手塚に、不二はあわててクーラのスイッチを切って窓をあけてやる。
もわっとした重い空気が入ってきたが手塚の身体とは引き換えに出来ない。

くしゃみは可愛いんだけど。


「悪いな……」
「ううん、もう暑くないから。風邪引いたとかじゃないよね? 本当、平気?」
「なんとも無い。少しすればおさまる」


そういった言葉の通り、30分もしないうちに手塚のくしゃみはおさまった。らしい。
気持、鼻声だったから心配だったのだけれど、それもなくなっていた。


「悪かったな。もう大丈夫だ」
「うん、僕こそごめんね。暑いとか文句いったばっかりに」


「気にするな」


そうは言うけれど、気にもする。
あんまり我侭は言わない様にしよう。慣れてないことを無理強いすると、こういうこともあるのだと、不二は良く心に言い聞かせることにする。

今度は扇風機にしてもらえばいいわけだし。


「それより、どうするんだ?」
「え? 何?」
「どこか出かけるんだろう」


気を使ってくれているのか、まだ終わってないはずの問題集を閉じて手塚が優しく笑う。


「でも、本当に具合平気? 無理しなくても良いよ?」

「別に行きたくなかったら、良い」
「行く行く! 一緒に出かける!」


慌ててぷいと横を向く手塚の肩を掴むと、ふと笑う気配がした。
自分を見つめてくれる黒い瞳に、不二は見惚れてしまう。

一分一秒が理性との戦いだ。


「じゃあ何処にするのか決めろ。……おい、不二?」


でも自分の中の統計によると、あんまり勝率は良くない。


「近づきすぎだぞ、ちょっと、まて! うわ!」


そのまま床に手塚を押し倒すと、ゴンと頭を打ったらしい音がする。


「……痛っ……おい不二どけ……」
「え?」

「え、じゃない!」


だけれど。

我慢できず不二は手塚の瞳に近づく。


「こら! おい! やめろって!」


不二が両肩を抑えているせいか、手塚は上手く抵抗できないらしい。
チャンス。

だが。


「国光ー? 何か物音がしたけど大丈夫?」

「イテっ!」


彩菜がドアを開けて、それに気付いた手塚が渾身の力で不二を突き飛ばした。


「何やってるの?」


「いや……」
「あは、ちょっとふざけてて」


酷く困った様子の手塚に代わって不二が答える。まあ自分のせいなのだからこれくらい当然か。


「暑いのに、余計暑くならない?」


彩菜の当然の質問。


「ええ、まあ」

「体力余ってるならプールにでも行ってきたら良いのに」
「プールですか」
「その方が涼しいわよ」


とにかくあんまり暴れるなと念押しをして彩菜の去ったドアを見つめ、不二は考え込む。


「ふ、不二?」
「プールか……」

「お前まさか行きたいとか言い出す気じゃないだろうな……」

「え? うん」


当然のように頷き返すと、手塚は微妙な表情をしてみせる。
だって、手塚とプールなんて行った事無い。同じクラスにもならないから体育の授業だって一緒にならないのだ。


「嫌なの? 手塚」
「別に……そういうわけじゃないが……」

「じゃあ決まりね!」


にっこり笑うと、手塚は眉を顰める。
やっぱりあからさまだっただろうか。
でもきっぱりと断らないんだから、本気で嫌なわけじゃないと思う。
ことにした。













「…………なんだその顔は」

初めて見た手塚のスクール水着姿。


「だから嫌だったんだ……」
「え?」
「お前も似合わないとか言うんだろう」


微動だにせず見入っていたのを勘違いしたらしく、眉間に皺を寄せる手塚に不二は慌てて首を振る。


「なんで? 全然平気だよ。むしろ似合う!」


拳を握って断言すると、何故か手塚は嫌そうな顔をした。
もともと普通よりも背が高いし、顔だって整っている事に加えて大人びている手塚がどこか幼稚っぽいものを身につけると、とてもアンバランスだ。
でも。
そのアンバランスさがとても、とてもよい。

なんというのか、とても倒錯的で、一種のコスプレのようにも見える。
ふと手を伸ばして、手塚の左胸に触れてみる。



「いったあ!」



だが、その直後。
遠慮の無い平手で頭を殴られた。


「何するんだ」
「いいじゃん別に! 触るくらい!」
「……どこのおやじだお前」

「だって、目の前にあるからつい」
「ついじゃない」


ギラリと睨みつけられて、不二は頬を膨らます。


「なんでお前が不服そうな顔をするんだ」
「だって、別に襲おうとしたわけでもないのに殴るんだもん」

「普通の反応だ」
「過剰防衛」
「……本当に過剰防衛にするぞ」


溜息混じりに眼鏡を取る手塚を不二は眺める。
でも、絶対危ないと思うのだ。
いけない犯罪者を呼び集めそうなこのオーラというか、手塚はそんなものを纏っている。
決して自分だけが思うことではないはずだ。

しかも眼鏡を外すと視線が揺らいで、余計よろしくない。


「これ、羽織ってて」


不二は自分の着替えのなかから薄手のパーカを渡す。普段は自分の日焼け防止につかっているものだ。



「日焼けしたら、肌痛くなるでしょ?」



首をかしげている手塚にそういって不二は白いパーカを無理矢理着せた。
余計華奢さが目立つとか、可愛さぞ増長させてるとか色々思ったが、すくなくともいかがわしさはこれで少しは緩和されただろう。
多分……。

消毒用のシャワーを抜けてガラス張りの屋内プールへと足を踏み入れると、公共施設の市民プールだからか、来た時間が遅かったせいかそれ程込み合っていなかった。あまり子供も多くなくて、不二はほっとする。

人ごみに埋もれる事も無く、水につかる事が出来た。
とはいっても競泳用のプールではないので、本当に泳ぐ、というよりは浸かるという程度が限界だったが、それでも、強い日差しで水に触れるのは気持が良い。


「そういえば、お前泳げるのか?」


プールサイドに寄りかかり足だけ水に浸しながら、手塚がふとそんなことを聞いてくる。


「うーん、普通、かな? 特別得意ってわけではないけど。手塚は?」
「オレも同じようなものだ。尤も今日みたいにちゃんと度の入ったゴーグルがないときは駄目だがな」

「ていうか、目悪いんだよね? 今見えてるの?」

「まあ、大体、何となくは」


苦笑する手塚に一瞬見とれる。
そういえばこうして眼鏡無しで話をするということもとても珍しい。

いつもの険しさが殆どなくて、少し幼く見えるくらいだ。


「あ、そうだ。何か飲み物買ってくるよ。何が良い?」
「なんでも。オレも行くか?」
「ううん、大丈夫。そのかわりちゃんとここで待っててね」


頷く手塚を置いて、不二は小走りで売店まで行った。

少し込み合った小さな店内で、珍しい瓶ラムネを見つけてそれを買う。
そうして5分もしないうちに戻ってきて、不二は目を瞠った。


「何、あれ」


先ほどと同じ場所に座ったままの手塚の隣に、だれかが腰をかけているのだ。自分の場所に。
見えるのは背中だけで顔は良く解らないが、手塚は少し体を引いていて困ったように笑っているのが解った。
きっと知らない人なのだろう。
しかも妙に顔を近づけてるのがムカつく。


「手塚」


不二の声に振り返った手塚が明らかに気まずげな表情になる。

そのまま手を差し出して立ち上がらせるとさっさとその場から立ち去った。


「何あれ。ナンパされてたとかじゃないよね」
「オレがか? そんなことあるわけないだろう……」


馬鹿なことをいうなと溜息を吐かれ、むっとする。

いつも油断ばっかりしてて、気付くと人に触られているのに。自覚が無いというのはとても性質が悪い。


「それは手塚の偏見。男だから、とか今の時代関係ないんだからね」
「そういうことがあったとしても、今は絶対違う」
「違わないよ。だってあの男馴れ馴れしかった」

「…………あのなあ」


困ったようなだが怒ったような表情。


「………………………お前にだ」

「なに」

「あの男はお前の事をオレに聞いてきたんだ」


「……………は?」


手塚の言葉に、思わず眉を顰める。


「君の友達可愛いねって声を掛けられたんだぞ」

「…………最悪」

「それで戻ってきたら3人で一緒にお茶でもって言われて」


そこで自分が戻って来たという事か。


「でも、それを口実にして手塚を誘いたかったのかもしれないじゃない」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけあるよ。大体手塚に何にも思ってなかったら声なんてわざわざかけない。僕の事もそうかもしれないけど、手塚だって危なかったんだから」

「お前の考えすぎだ……」


手塚は呆れているが、不二にはそうは思えない。
だいたい、手塚がもっと自分の周りの人間に警戒心を抱いていれば、こんなことにはならないのだ。
だけど、こういうことがあっても手塚は全然気付かない。
自分に限ってそんなことはないと思い込んでいるのだ。


こんなに心配してるのに。


そう思ったら、身体が勝手に動いていた。


「不二っ」


人気がないシャワーブースに手塚の手を引いて二人で入り込む。
白いタイルに身体を押し付けて、悔しいけれど少し背伸びをして唇を塞ぐ。

押し返される前に肩を抑えてしまう。


「や、めっ……んっ…」


身体をこれ以上内くらい密着させて、唇だけを離す。


「しー。聞こえちゃうよ……?」


顔を赤くして、手塚は睨みつけてくる。


「だって、手塚が悪いんだよ? そんな可愛い格好してるのに、油断して。僕がこんなに心配してるのに」

「……っい、ち番危険なのは、お前だろっ!」


まだ腕の中から抜け出そうとする手塚に、不二は再び口付けた。








「…………手塚ー待ってよー」


すたすたと3m位前を歩く手塚に不二は声をかける。
遠慮なく殴られた頬が痛かったが、構わない。


「ごめんってばー」


僅かに足を速めると、それに気付いたのか手塚も同じ距離だけ遠ざかる。


「痛っ」


声を上げて転んだ振りをして蹲ると、足音が止まるのが解った。
そして顔を上げると、手塚と目があう。
暑いはずなのに一番上まで止められたシャツのボタンに、心の中で微笑んでしまう。もちろん、そうさせたのは不二のせいだ。



赤い顔で、手塚はじっと不二を睨んでいる。流石に近寄ってきてはくれないらしい。


だが、そのまま立っている手塚に不二は駆け寄った。


「ごめん」


そして周りを見回してから、手の甲を触れ合わせた。
暖かい、手塚の手。


「ごめんね?」
「……ない」
「え?」

「もう、お前とはプールなんか行かないっ」


泣きそうになりながらも言葉を交わしてくれる手塚に、不二は微笑んだ。


















「ってことがあったな……」


後ろに手をついて蛍光灯を眺めながら、不二は懐かしい思い出に苦笑する。


「ねえ、手塚」


ローテーブルに向っている手塚の背後から近寄る。


「何だ」


振り向きもしない恋人の肩に顔を乗せて首元に懐く。


「……やめろ」


だが直ぐに掌で顔を押し返されてしまう。


「ちょっとさー……冷たくない? ちょっとじゃれただけなのに」
「日ごろの行いが悪い」

「そうだけどー」


懲りずにじゃれ付くと、どうやら本当にタイミングが悪かったようで冷たく睨まれてしまった。
仕事中に邪魔をすると、手塚はマジで怖いのだ。

大人しく手を離して、それでも背中併せに寄りかかる。
手塚には小さく溜息をつかれたが、とりあえず追い払われはしなかった。

それにしても。
前よりもずっと自分に馴れていてはくれるが、別の意味であっさりと振り交わされているのは気のせいだろうか。
どこかぼけっとしていて自分の事が見えていないのは相変わらずだけれど、なんというか、きっと、ちょっとだけ、擦れた。

だって、不二が近づいたり触ろうとしたりすると、昔よりもほんの少しではあるが敏感に察知して、時々回避されるのだ。


もちろんそれで正しいのだけれど。

いざ自分から逃げられると何だか、寂しい。


「手塚ー」
「うわっ、やめろくすぐった……」


腰に抱きついて無理矢理引き倒して、無理矢理唇を奪ってやる。

ちゅ、と音を立てて顔を話すと、手塚は予想通り呆れ顔だ。


「…………何なんだ、一体」
「いや、ちょっと寂しくなって」


あはは、と頭を掻くと大きな溜息が聞こえた。


「ごめん、邪魔して」


こういうときは謝っておくに限る。


「……まったくだ」


ずれてしまった眼鏡を直しながら手塚は、ちらりとローテーブルの上の書類を眺めると、それを束にまとめ始めた。


「夕飯でも食べに行くか」
「……いいの?」

「誰かが邪魔するから、仕方ないだろう」


そういいながらも、苦笑する手塚に不二は嬉しくなって抱きついた。


「…………痛い」


反動で床に頭を打ったらしく、下から恨めしげな視線が寄越される。


「ご、ごめん!」


折角雰囲気が良かったのに、台無しにしては適わない。

慌てて退いて、手塚の手を引いて起こしてやる。


「ごめんね」
「……別に、大丈夫だ」


お返しにと不二の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回して、手塚が立ち上がる。


「あ! 待って!」


両手でどうにか髪を撫で付けながら、不二は後を追った。




こうして手塚が特に不二に対して、防御力を挙げていった原因が自分自身のせいであったと気付くのはもっと先の話である。