一瞬の無音の後聞こえる、連続した電子音が、たった今通話が途切れてしまったことを無遠慮に伝えてきた。 雨ごときに電波は負けてしまったようだ。 用件も済んだし、再度電話をかけてみてもまた回線が途切れるだけだろう。ふう、と息を吐きながら、不二は待ち受け画面を閉じる。 天気はいっそ清清しいほどの豪雨で、風が弱いせいか、見事なまで垂直に雨が落ちてくるのがはっきりわかる。容量を超えてしまったらしく排水溝の上にまで水溜りが出来ていた。 どうにか上半身だけは雨を免れたものの、靴はもちろん、ジーパンもびしょ濡れだった。 しかも。 傘が無い。 朝はちゃんと持って出た愛用のグリーンの雨傘は、今頃JRの忘れ物の中で仲間と共におやすみ中だろう。 我ながら結構ショックだ。 今まで傘を置き去りにしたことなんて一度も無かったのに、寄る年波には勝てないということか。 そして雨も強さを増す一方でやむ気配は見えないのだから、凄くついていない。 こういう時は実家暮しじゃないのは不便だ。新しい傘を買う為のコンビニも駅から遠く、それまでに全身が濡れることは間違いない。 頼みの手塚も外出中らしいし。 「どうするかな……」 雨が止むのをまつか。 大人しく濡れるか。 妙に気温の低い中での、割と究極の二択だ。 連絡すれば来てくれる女の子も居なくはないが、いらぬ火種を増やすとろくなことがないのは経験済みなので、選択肢からは除外されている。 手塚を怒らせると後が恐いどころか普通に無視されるのは必至だ。同じ屋根の下での一方的な冷戦はもう懲り懲りだった。 ジーパンの後ろポケットから携帯を取り出す。特に何かを期待している訳ではないのに、無意識にその動作をしてしまうのが不思議だ。 白い携帯についている外窓の小さなディスプレイを見た後に、無駄だと知りつつ折り畳まれた画面を開く。 だが、映し出されるはずの待ち受け画面はそこには無かった。 「あれ?」 思わず押してしまった二重円の内側の丸ボタンを押すと、そこには手塚の名前がある。 11桁の番号と、それから4文字の漢字の更に上に不在着信の文字。 いつ鳴ったのだろうか。 時間をチェックしてみても丁度1分前で、気付かなかった訳は無いのだが。 しかもだ。 一体何の用があったのだろう。普段は勿論、通話が途中で切れてもいつも不二からかけ直すだけなのに。 それとも何かあったのだろうか。 もしかして事故にあったとか、いやそれとも車の鍵を中に入れたままで締め出されてしまったのかも知れない。 今までの経験から言っても割と高い確率だ。 履歴を呼び出してそのまま通話ボタンを押す。携帯独特の短い発信音が続いて漸く呼び出し音に変わる。 1回。 2回。 コール回数は増えるが、通話には切り替わらない。 留守番電話にもならないところをみると、意図的に出ないわけでも無いらしい。 急にぶつりと音がする。 「もしもし?手塚?」 「はい、手塚です」 耳に聞こえて来た声に、一瞬驚いて。 「おい」 直ぐに低くなった不二の声のあまりの不穏さにか、隣のおじさんが驚いたように振り返ったが、そんなことはどうでもいい。 「ったく、そんな不機嫌な声だすなよ。俺様が電話に出てやっただけでもありがたく思え。むしろ敬え」 一応確認して液晶を見てみたが、やっぱり手塚の番号だ。だがそんなことは何の慰めにもならない。 「手塚は?」 何故とかどうしてとか、聞くだけ無駄だって事は良く解っているので無駄な事はしない。それだけ腐れ縁なのだ跡部とも。 「教えてほしいか?」 携帯を折りたくなる衝動をおさえながら、なるべく普通に頷き返すと、それでも俺様な態度を崩さずに仕方ないなどと呟く。誰かこいつに常識を教えてくれないものか。 「シラネエ」 「………………呪うよ?」 「そんなこと言ったって本当何だから仕方ねえだろ」 「は?」 「ま、そういうわけだから」 「はあ?」 ぶつり。 切れたのは自分の忍耐かと思ったが、どうやら電話だったらしい。 いや、どちらも、と言うべきか。 大体いつもあいつはそうだ。そもそも言葉が通じない。会話も成立しない。何よりその気がまるでないのだ。 もう四捨五入したら10年にもなる付き合いだというのに、改善の兆しは見えない。まあ改善したいとも思わないが。 ちょっとまて。 で。 結局なんだったんだ。 何で手塚の携帯に跡部がでるのだ。 手塚は?どこに行ったんだ? 側にいたなら電話を奪い取るか、少なくとも声位は聞こえるはずだ。 それが無いということは、別の場所にいたか、それとも出れない状況だったか。 顔の表皮をとおって頭まで血が一瞬で駆け巡って熱くなる。 周りの音が遠ざかる感覚。 体中が僅かに痺れて怒りに支配されていく。 最低の気分だ。 もうこうなったら雨に濡れようがどうでもいい。 寒いとか冷たいとか後で手塚に愚痴ってやる。 そんな出来もしないことを無駄に考えながら、不二はすっかり濡れてしまっているバス停のベンチに腰を降ろした。 当然服にしみこんでくる水が肌を冷やして、心まで浸透するような錯覚に陥る。 出てくるのは溜息ばかり。 極力電話のことは頭の隅に追いやることにする。 思い出すだけでむかついて堪らないからだ。 「ああもう……どうすっかな……」 視線を上げても、暗がりに電灯によって大雨が反射されているのがわかる。きらきらと輝く雨粒は、雰囲気が冷たい。 見ているだけで体温が奪われそうだ。 手塚の手はいつもあたたかいのに。 そんな無関係なことを思い出す。 気分が沈んでいるのだろう。 でも一度思い出すと、徐々にそれは膨らんでいく。 今ここにあれば良いのに。 ぬくもりと。 声と。 そして自分を呼んで欲しい。 でも。 きっと跡部と居るのだろうから、期待はするだけ無駄だ。 「あいつめ……」 再び高慢な声を思い出して、胃の辺りが熱を持つ。 いつまでも邪魔なやつだ。 さっきからこんなことを繰り返してばかりだ。 怒りと。消沈。その、繰り返し。 時計を見るとまだそれほど時間はたっていなかった。 なのにこんなに疲労感があるのは、やっぱり跡部のせいだろう。 まったく。 あいつめ。 きっと今頃手塚は、あいつの名前を呼んでいるのだろうか。 考えただけでへこむ。 自分の名前を呼んでくれればいいのに。 不二、とそのいつもの静かな声で。 がくりと項垂れてぼんやりと灰色になってしまった靴を眺めた。 ふと。 肩に衝撃を覚える。 何事かと考える暇もなく、反射的に勢いよく振り向いた。 驚きが手伝って振り払う様に動いてしまった腕が、何かを掠めた。 「え」 目に入ってきたのはオレンジ色の傘。 そしてそれを手に、目の前に立った人物。 その顔を見上げて、思考が停止する。 「あぶないな……転んだらびしょ濡れだぞ」 僅かに眉間にしわを寄せる表情。 眼鏡には僅かに水滴が着いている。 「…………手塚?」 なんで。 どうして。 自分の目の前に。 手塚が居るのか。 状況が、全く理解できない。 手塚がポケットを探って何かを差し出した。 薄い青のハンカチに目を落とし、不二は流れのままそれを受け取る。だがそれが何を意味するのかは解らず、不二はただ手塚をぼんやり眺めるだけだ。 なんでここに手塚がいるんだ。 場所も教えてないのに。 頭の中には疑問だけが渦を巻いていた。 そんな不二に何故か苦笑を寄越され、青いハンカチは手塚に奪われていってしまう。何をするのかと、手塚の動作を眺めていると、そのまま手が自分の方にゆっくりとのびて。 そのまま頬を拭われた。 「風邪、引くだろ」 乾いた布の感触。 そして僅かに頬に触れる指の温かさに誘われて不二は頬に置かれた手のひらにそっと自分の手を重ねる。 「不二?」 お互いの手の平の温度差がじわりじわりと溶け合うのが解る。 ああ。 本当に手塚だ。 一つ息をついて、不二はようやく笑ってみせることが出来た。 「びっくりした。何でここが解ったの?以心伝心?」 「ばか、そんなわけないだろう」 「でもすっごい嬉しい……」 「不二?」 「本当に」 頬の手をそのまま引いて近づいた体に抱きつく。傘を持って迎えに来てくれた母親に抱きつく子供のようだ。もちろん自分はそんなことをしたことは無いけれど。 心臓の音が聞こえた。 「どうしたんだ?」 酷く安心する。 力が抜けるような錯覚。 「不二」 少し強く名前を呼ばれて、顔を上げると、額に手の平を乗せられた。 「お前、熱あるんじゃないか」 「え」 いや、そんなことは、と思ったが確かに顔は熱い、気がする。 「帰るぞ」 「手塚?」 「あ、いやまてよ…跡部が…」 口から零れた名前に意識が一気に覚醒する。 「あいつのところに戻るの」 「当たり前だろ」 不機嫌な不二に気づくはずもなく、さも当然の様に言われてむしろ驚く。 「なんで」 「何でって……」 不機嫌な不二に漸く気付いたようで手塚は首を傾げる。理由までもは思い至らないらしい。 「荷物を持たずにきたからな。それに……ああ、携帯も置いて来た。タクシーでも捕まえて、お前は中で待ってろ」 そういって離れようとする手塚を不二は引き止める。 「僕も行く」 「駄目だ、余計濡れるだろ」 「もうとっくに濡れてる」 「身体が冷えたら困るだろ」 すぐに戻ってくるからという手塚に頷けるわけもない。 それとコレとは話が別だ。 わがままだと思われるだろう事は重々承知。 けれども、手塚とあいつが二人だけという状況はたとえどんな場面であれ、極力そして全力で阻止したい。 「あ、そうだ。じゃあ僕の携帯から電話して荷物を持ってきてもらえばいいんじゃん」 名案だと思った提案に、手塚は嫌そうな顔をしている。 「そういうのは好きじゃない」 やっぱり。 想像通りの答えだ。 「なら僕も一緒に行く」 どちらかしか認めない、と口を固く結んでいると、手塚が漸く諦めて傘を差しだしてくれた。 出来れば持ってあげたかった傘は、ものの5分で不必要になった。 バス停からも確認できるガラス張りの建物。 「ここ?」 歩みを止めない手塚が、不二の疑問を肯定してくれる。 こんな近距離にいたのか。 それならば建物を出て直ぐに自分を捜す事も容易だったのかもしれない。多少無計画な気もしなくは無いが、手塚だからということでまあ、理解しておくことにした。 鏡面の金属に覆われたエレベータで最上階まで上り、赤と金の看板の店に手塚は入っていった。韓国か、中国の料理らしく、中に入ると香辛料の匂いが微かにした。 「うわ、まじかよ」 窓際の席で肘を付いている跡部が、眉を顰めてこちらをみる。 開口一番言われる台詞としては最悪だ。むしろそのままそっくり返してやりたい位だったが、それも大人げない気がして、にっこりと微笑を向けるに留めて置いた。 席についた手塚に跡部は携帯を手渡している。 「帰んのか」 「ああ、悪いな」 「ま、そうだと思ってたけどよ。それなら送って行ってやるよ」 跡部の車で来ていたのか。 直ぐに帰宅すると手塚が言うのを見越していたのか、既に会計は済んで居たようで、3人揃って店を後にした。 建物の地階の駐車スペースに行き、車に乗り込む。 てっきり自分が後部座席にさせられるだろうと思ったが、何を考えたのか跡部が助手席を指名してきた。 この配置は、最初で最後だろう。 「ほら」 トランクを漁って出てきたバスタオルを跡部が放る。そういえば大分濡れていたのだった。 「……どうも」 先刻の電話とは打って変わった妙な気遣いが、とても不審だ。 何か裏がありそうで、落ち着かない。 「そんな胡散臭そうな目で見んなよ……。別に深い意味なんてねえから」 「何だ、意外と仲良いんじゃないか、二人とも」 微妙な空気は手塚には見えなかったのか、先に後部座席から、僅かに身を乗り出して手塚が暢気な声を上げる。 もちろん、そんな訳はないのだが。 「お前……やっぱ、天然だな」 「ほんと……」 そろって溜息を吐く。 「本当に事言っただけだろう」 「手塚がそう思うならそれでもいいけど」 「俺は嫌だね」 きっと手塚には自分達とは異なった相関図が頭に描かれているに違いない。 長い付き合いで解った……というよりも解らされたことは、せいぜい自分と跡部が似た者同士だという事くらいだ。だからこそ同属嫌悪が発揮されるのだけれど。 30分位の距離をのんびりと車が走る。 疲れていたのか、それとも時刻が遅いせいか、手塚はうとうとして直ぐに眠りについてしまった。 「だから、僕をここに座らせたの」 「まあ、それもある」 気付いたのか、というように跡部がバックミラーをちらりと見た。手を伸ばして、カーラジオのスイッチを入れる。 これもきっと手塚のためだ。話し声で起きてしまわないように、そう気遣う事が自然体の跡部が、不二はだからこそ友人にはなれないと思うのだ。 別に何をか疑っているわけではない。少なくとも手塚が跡部を恋愛感情で好きになるとかいうことは、無い。 だけど、跡部がどうなのかは別の話だ。 親友というポジションにしても、跡部は手塚に対して明らかに親しく甘やかす。 「ごめんね、お邪魔しちゃって」 そう、溜息混じりに呟くと、跡部はくすりと笑う。 「思ってもねえくせに」 「まあね」 「手塚が見つけなかったら放って置いたんだけどな」 「見つけるって、何が」 話の意図が掴めない。 だが、むしろ跡部こそ不思議そうに不二を見る。 「お前、何で手塚が迎えに行ったのか聞いてないのか?場所、言わなかったのにあいつお前のところに行っただろ」 それは建物から直ぐの距離だから、だろう。 「馬鹿、いくら手塚でも、そこまで無計画に店を出ていかねえよ」 不二は考え込む。 「全く、迷惑なやつらだぜ」 「君にいわれたくないけど?」 「そっくりそのままお前に返すぜ」 眉を顰めた跡部の表情に、不二は肩を竦めた。 まだ雨は大降りだ。 「じゃあな」 アパートの前まで送り届けてもらって、二人で車を見送った。 なんだかんだ律儀な跡部はハザードを2度たいて、直ぐ先の十字路を右折していった。 「行くぞ」 目を覚ましてもなお眠そうな手塚に促され、数メートルの距離を1本の傘で間に合わせて、部屋へと帰りついた。 「風呂に入って来い」 第一声と投げつけられたバスタオルとともに、手塚に命令される。 「風邪でも引いたらこまるからな」 確かに、肌が酷く冷えている。 「うん」 「その間に布団引いておいてやるから」 優しい気遣いに甘えておく事にする。 実際湯を浴びてみると、それだけ自分が寒かったのだということを思い出す。 夏とはいえ、びしょ濡れはやっぱり厳しい。 耳を澄ませば、まだ換気扇から雨音が届く。 部屋からは物音がしないところを見ると、また手塚は読書にふけっているのかもしれない。 車の後部座席では、随分疲れた風だったが大丈夫だろうか。 最近忙しくてろくにテニスも出来ないのだ、とぼやいていた表情を思い出す。 何かにつけて用事を増やしてしまう手塚は、不二には理解不能だ。 でも、別に嫌々やっているわけでは無い以上、本人の自由だとは思うが。 シャンプーをシャワーで洗い流し、コックを捻る。 急に止んだ水音が、妙に静けさを伝えた。 「あがったよ」 バスタオルで髪を拭いながらリビングへと向うと、そこには誰も居ない。 いや、居た。 大きくはないソファに身体を余らせながら、手塚が寝ていた。 仰向けで少しだけ口をあけている姿が可愛い。 そんなに疲れているのか。 少しだけ迷って、不二は手塚の横に膝をついて、抱えあげようとする。 「……不二?」 だが当然目を覚ました手塚に、不二は笑みを返す。 「寝るなら布団で寝なくちゃだめだよ」 「…………ん」 いつもなら暴れて降ろせと騒ぐが、丁度寝入りばなだったのか、上手く頭が働かないようで、手塚はぼんやりと瞬きを繰り返していた。 そんな間に、寝室にたどり着く。 そっと降ろして、タオルケットをかけてやる。 あとで着替えもさせたほうがいいだろう。 眼鏡だけ抜き取ってやると、黒い瞳がゆるりと動いて不二を見た。 起こさない様に注意しながらそっと額に口付ける。 「駄目だぞ」 ぼんやりと計れた言葉に、不二は首を傾げる。 寝ぼけているのだろうか。 柔らかい黒髪にふれて、耳の後ろをなでる。 くすぐったがって、小さく声をあげる手塚に、不二は口元を緩める。 「駄目だって……」 かすれた抗議に、口を封じてしまう。 が。 直前のところで、手塚は自分の唇を自分の手でふさいでしまう。 「手塚?」 わずかに体を離すと、手のひらの下からこもった声が聞こえる。 「今日は駄目だ」 今日は。 その言葉に、不二はああと納得した。 「しないよ」 そっと細い手首を持ち上げて小さく唇をふれ合わせると、手塚は案の定眉を顰めた。 「不二」 「わかってるって」 キスだけ。 「まったく……」 しかたないな、と小さく息をつく手塚は、温かい指先で不二の頬をなでる。 「だれかのせいで寝不足なんだぞ」 「え」 聞き返したが、言葉は繰り返されない。 「ごめんね」 ついつい後のことを考えない時もある、自分の性格に反省する。 けれど、責めない手塚が不二にはいとおしい。 嫌ではないと知れるからだ。 「おい」 身体を移動させてその体を抱きしめると、声を尖らせる。 「何もしないから」 本当かと手塚が疑うのはやっぱり日頃の行いのせいなのだろうか。 「本当だって」 でも、今はただこうしていたいだけだ。 ただ抱きついているだけの不二に、諦めたように手塚は体の力を抜いて目を閉じた。 あたたかい。 腕の中の温もりと、自分の体温が混ざり合う。 しばらくすると、静かな吐息が聞こえ始めた。 くすりと笑う。 長いまつげが頬に斜めの影を作っていて、つい触れたくなるけれど、我慢する。 「おやすみ」 気づくと、不二はひとりで寝ていた。 「……あれ……………」 窓の外は明るいが、まだそれほど陽が高くない様だ。 ゆっくりと状態を起こし、天井に腕を向けて伸びをする。 よくねた。 風邪も無事ひかなかったらしい。 「手塚?」 部屋を区切っていたドアを開けると、小さな水音がする。 シャワーを浴びているのか。 インスタントのコーヒーを作ってテレビをつけた。 眠気がまだ頭に残っている。 ぼうっと天気予報を眺めているとガチャリと音がした。 「起きてたのか」 首だけ振り向くと首からタオルをかけた手塚が立っていた。 「走ってきたの?」 「ああ」 すっかり目が覚めたという顔の手塚が少しだけうらやましい。 「朝飯、食べれるか?」 「うん」 トーストとサラダの朝食は、手塚にしては気の利いたメニュだ。 前は料理は全く駄目だったのにな、と不二は思い出す。 「今日は何か予定があるのか?」 トーストを平らげた手塚がミルクを飲みながら視線を寄こしてくる。 「うーん、別にないかな。何で?」 「今日コートに行くから、暇ならお前もどうかと思ってな」 それで朝走っていたのだ。 「うん、いいよ」 「じゃあ後で跡部にも連絡を入れておく」 その声に、不二はパンを塊のまま飲みこんで、一瞬息が止まった。 「ちょっとまって……、跡部も一緒なの?」 「ああ、昨日約束したからな」 やめるか、と聞く手塚に不二は首を振る。 それならなおさら行かなくては。 にしても、テニスがしたいなら自分を最初に誘ってくれればいいものを。 だが、そんなくだらないことは口にできず、不二は心の中に封じ込めておいた。 自分が行ったらきっと、向こうもいい顔をしないだろうが。 「そういえばさ、昨日の夜のことなんだけど」 「なんだ?」 ふと昨日の疑問を思い出した。 「傘持ってきてくれたじゃない。あの時、どうして僕がバス停にいるってわかったの?」 跡部も教えてはくれなかったが、ちょっと気になる。 「見えたからな」 「……みえた……?」 「窓から見えた」 言われて昨日の店を思い出す。 確かに窓側に座っていたが。 「君、視力いくつだっけ」 「メガネをすれば0.7くらいだな」 そうだろう。 視力が悪いから眼鏡をかけているのだ。 アフリカの何とかという民族のように特殊な視力を持っているはずがない。 「見えたの?」 繰り返す問いに、手塚は眉をしかめる。 「そうだと言ってるだろう」 謎だ。 でも、嘘をついているということはないだろう。そもそもそんなことをする理由もない。 「そっか」 口だけでうなずいておくと、納得していないのがばれたのか、手塚が不満げな顔をする。 「オレは変なことを言ってるか? お前といい跡部といい、そんなに顔をされても、困るんだが」 「跡部も?」 「ああ、なんかあきれたような顔をして」 迷惑なやつらめ。 そう言っていた跡部の表情を思い出す。 だけれど、不二もその理由は思い浮かばない。 後で会ったら問いただしてみようと思う。 「食べ終わって少ししたら出るぞ」 「あ、うん」 食後の緑茶を入れる手塚に不二は、残りのパンを口に押し込んだ。 |