「見て見てー可愛いでしょ」 向けた視線は無意識にそのまま180度旋回する。 つい。 うっかり。 そんな言葉で目にしてしまった光景を溜め息と共に無かったことにして、手塚国光は学級日誌に視線を戻す。 これは常識的な判断における避難だ。 深呼吸をして、とにかく冷静に文字を書くが、内心は最後の備考欄に今のこの静かな教室を襲った宇宙人襲来と云わんばかりの衝撃を書き記そうかと思う位、パニックである。 いや、まだ宇宙人の方が平和かもしれない。 人差し指を触れて意思疎通を量るのも有意義だろう。大きすぎる目だってきっと愛らしいと言えなくもない気がする。 目の前の不審人物に比べれば。 「ちょっと、無視はないんじゃない」 横から聞こえる声を、幻聴だと何回も手塚は自分に言い聞かせる。 これはきっと幻聴なのだ。 「ねぇ、手塚」 呼んでいるのはきっと自分の名前では無い。 同じ名前位幾らでもいるのだし。 「ねえ」 もしかしたら宇宙人と交信しているのかもしれない。 ああ。 きっとそうだ。 そう。 そうに違いない。 それしかない。 間違いない。 「聞こえないの?」 宇宙は広いからな。交信も携帯よりは難しいだろう。ああ、そう考えると不二だって大変じゃないか。 だからきっと少し……いや大分頭がおかしくなってしまったんだ。 もしも今度また裸にジャージを着ていても、グランドは20周で許してやろう。 「手塚って、ば!」 顔を手で挟まれて、手塚は無理矢理右をむかされる。 手が大きいな、とつい見てしまった恋人の顔に一瞬で現実に戻される。 いくら同じ手の大きさだったとしても。 同じ声で自分の名前を呼んでいたとしても。 今はいつもの不二ではないのだ。 気を、許してはいけない。 慌てて視線を逸らすと、一瞬にして不穏な空気が流れた様に感じたが、考えるよりも先に無理矢理視界に入って来た。 「なんなのさ一体」 馬鹿力で頭を固定したまま、一音一音区切っる不二はこめかみに青筋が見えた。まだ交信中なのかもしれない。それとも悪魔でものりうつっているのだろうか。 スローで近づいて、鼻先が触れる位になって漸く目が合う。 ほとんど目しか見えない距離ならば、視界の暴力も影響がないらしく、ほっとして素直に不二を見る。 僅かに自分よりうえにある顔を見上げると、不二も頭を掴んでいた力を緩めて怪力が嘘の様に、指の背で髪をくすぐるみたいに指を絡めてくる。 「無視しないでよ、今のは結構傷つくなあ」 「す、すまない……」 思わず謝ると、不二はくすくすと笑い出した。僅かに俯いたせいで触れた、額に挟まれた細い髪の感触が気持ちが良い。 いつも通りの表情に戻ってから、緩やかにどこか意味深に目を細める仕種の不二。 「?」 ついじいっと見つめてしまうと唇に何かが触れた。 何だろうと考えて。 「わっ……!」 気付いたときには腕が勝手に前に伸びていたのは、果たして自分のせいなのだろうか。 「だだだだだ大丈夫か!」 しまった。 と思って轟音と共に机を掻き分けて盛大に倒れた不二を引き起こすべく、手塚は手を差し延べる。 「いたた……」 左手で後頭部をさすりながら、右腕を延ばす不二の指が手塚の手を握ろうとした。 その瞬間。 手塚は思わず手を引っ込めてしまった。 「……え?」 不可解な表情であろう不二の顔すら手塚は見れない。 目に入る前に顔をそらす。 「何なのさ……一体」 重大な事実を思い出す。直ぐに現状を忘れてしまうのは、手塚の悪い癖だ。 そうだ。 こいつは宇宙人と交信中だったんだ。 「言いたいことがあるならいってよ」 だから。 「手塚!」 だから。 頭がおかしいだけなんだ。 「手塚ってば!聞けよ!」 振りむかされて、脳が現実逃避を始めそうになる。 仮にも恋人何だから、頭が洗脳されていたとしても逃げてはいけない。 そう。 逃げては……。 「……っ!」 だが体は勝手に不二の手を振り払ってしまう。 「お前は不二の顔をした宇宙人だろう」 言葉にしてはならないことを言ってしまう。 ほら、図星だという驚いた表情で偽不二が固まってる。 「て、手塚……?」 おそるおそる手を伸ばすその図々しさに頭に血が上る。 「さわるな。お前なんかしらない。オレの不二はもっとかっこいいし、なにより人間だ」 「あのー……」 「それに、お、おお男だ。お前みたいに頭に猫耳が生えていたり、ミニスカートをはいたりなんてしない!」 目の前の視界の暴力と言わんばかりの姿に怒りすら覚える。 「わかったらどっかいけ!不二はそりゃ時々、……いや大体いつも変なこといってるし変なこと言うし常識のかけらもないしあたまに虫が湧いてるような意味不明な奴だが、お前とはちがうぞ!」 「手塚……こないだ貸したMIBのDVDまた繰り返してみてたでしょ……」 そう呟きながら何か隠し武器でも出すのかと身構えると、茶色がかった髪から生えた白い猫耳に手をかけた。 そしてそのまま軽々ととりさる。 右手に卵の一部が欠けたような曲線に三角が二つついた物体を、不二が持っている。 「あれ?不、二……?」 大きく溜息を付いて立ち上がる不二の足元は無理矢理視界から追い出した。やさしさというやつだ。 「あれ?じゃないよ」 脱力したように近づくのはどうやら不二本人らしい。 呪いの仮面のように緑では無いがあのカチューシャにも呪いがかかっていたのかもしれない、と手塚は考え込む。 でもそれならば外した段階でそれは消えるはずだ。服は元に戻らないのだろうか。 「聞いてるの?」 「聞いてない」 「……じゃあ、聞いて下さい」 両手の平をこちらにむけるポーズをする。張り手の構えでもしているようだ。 「全く展開が読めないんだけど、僕は正真正銘不二周助です。時々、いや大体いつも変なこというし変なこと言うし常識のかけらもないしあたまに虫が湧いてるような意味不明な不二周助ですとも」 にっこりと口だけが笑うのは、確かに不二であるらしい。 「そうか、良かった……」 不二の皮を被った虫型の宇宙人ではなかったのか。 つい微笑む姿に安心してしまって。 その手が頭に触れるのに、気付かなかった。 「バカ!何するんだ!呪いがかかるだろうが!」 頭にはきっとあの変な耳が付けられている。耳の裏を圧迫する感覚が不快だ。 「大丈夫。手塚がただ可愛いにゃんこになってるだけだから。黒が用意できなかったけど白も可愛いね」 上機嫌で綺麗に微笑みながら両手首を押さえる力にびくともしない。 おかしい。 体力測定では確かに自分の方が値が上だった。 腕相撲だって負けたことが無い。 なのに、何だこの怪力は。 はっとして手塚はやっぱりと思い至る。 「やっぱりお前は宇宙人だな!?」 わざとらしく目を見開く姿に怒りが深まる。 だが腕は渾身の力を込めても外れる気配は見えず、それをみて目の前のニセモノは溜息を着くと顔を近づけてくる。頬に息を滑らせ耳に小さく唇を当てられて、勝手に首が反る。 そんな手塚を薄く笑う気配がした。 「じゃあ、本物か贋物か、手塚だけが解る方法で確かめて?」 言葉を理解する前に離れた顔は、いつもの不二に良く似ていた。 だが、その足元の襞スカートがニセモノだと告げる。 「手塚」 首の付け根に何かが触れた。 何か。 温かい。 ぬめるものが。 「え、あ、わっ!ややややめ、ろ」 舌が触れているのだと解って、手塚は焦って身をよじるが、いつのまにやら背中は壁だ。さらにご丁寧に左右も机やらに塞がれている。前を塞ぐものはこの際なかったものにしたい。 「ちょっとした冗談だったのに」 どうしたらいいだろうか。 宇宙人は人間を食べてしまうのだ。 「そりゃ下心がなくは無かったけどさ」 てことは。 ってことは。 自分も食べられてしまうのか! 「でもちょっと可愛すぎだし、酷い扱いだったし」 それは、まずい。 「だから諦めてね」 諦める? いや、そうはいくものか。 考えろ。考えるんだ。 このままでは食べられてしまうんだぞ。 とにかくこの場を逃げ出さなくては。 |