水が跳ねる音と、時折聞こえる車のエンジン音だけが、水蒸気に緩和されて柔らかく響く。 薄く濁った湯に浸かると思わず息を吐いてしまう。おじさんみたいだからとやめるように言われた事を思いだし、つい静かな溜め息になってしまうのが何だか面白くないのだが、温かさに気持ち良くなって目を閉じればもう気にもならなかった。 ひどく、眠い。 全身を纏う疲労感に、眠ってしまわぬようにと、そっと瞼だけ閉じた。 起きると、不二が居た。 目をあけて半身を肘を支えに起こすと、眼鏡をさしだされる。 「………………」 何故、とか。どうして、とか。今までにどれだけ発してきただろうか。人生において使われるだろう中の9割の疑問形は消費したに違いない。 「おはよ」 にこやかに微笑まれてうなだれてしまう。 「……お、はよう」 背を丸めたまま顔だけを向けた挨拶はどうやら満足だったようで、不二は更に口角をさらに上げる。 「随分上機嫌だな」 まるでこちらの気など構わぬ様に。 「うんそりゃあ勿論」 首を傾げて何かをアピールしたいようだが、手塚には解らない。とりあえず可愛さでは無い事を祈るだけだ。 「何でか聞かないの?」 とにかく着替えをと立ち上がると、正座したまま見上げて不二が聞く。 一番上の釦に手をかけて、しばし考えてから手塚は振り返った。 「オレが喜ぶような理由なのか?」 「それは、どうだろうねえ」 真面目に悩む仕種につい溜め息をつく。 「なら、聞かない」 だから出ていけと部屋から一時退去を要請するべく、手の甲を向けて振ると、くじけた様子も無く不二は腰をあげる。 「そう?残念だなあ」 立ち上がってからいつから持っていたのか右手のデジタルカメラを顔の横まで持ち上げて微笑む。まるでCMのようだと手塚は思う。 「じゃあこの中のデータは僕だけの秘密ってことで」 次に告げられた言葉さえ、無ければ。 「おい、何の話しだ……!またお前何か撮ったな!」 「さあ?だってもう秘密だから、お教え出来ません」 「こら!不二!」 カメラを掴もうと延ばした左手は届く訳も無く、宙を掻く。 「じゃあ着替えの邪魔だろうから、一階にいるね」 ドアの向こうへと既に半身を滑らせて、不二は手招きの様に手を振った。 似たやり取りを繰り返したせいなのか、既に後を追う気にもならない。 「まったく……」 仕方なく諦めて着替えを続行すべくボタンを外していく。左袖をパジャマから抜いたところで、ドアが再び開く音がする。 「あのさ、直ぐご飯食べるよね?」 「え?あ、ああ」 「了解。早く降りて来てね」 驚く手塚に構わず不二は用件だけ済ますと直ぐにまたドアを締めてしまった。自宅に居るはずなのに、何故か自分の方が落ち着かない気分である。 そもそも、全く状況が理解できない。 昨日確かに部活の帰りに、いつもの分かれ道で手を振った。夢でなければ自分たちの家に帰ったはずだし、その後に泊まりに来たという記憶も無い。 不二が用意したのか、畳まれた服に袖を通す。あまり来た記憶の無い服だが、箪笥の奥からでも出したらしい。まるで母親のようである。 軽く髪に手櫛を通して、手塚は階段を降りた。 1階まで降り、玄関を横切って廊下をすぎ、いつも通り開け放たれた居間に入る。右手を向くとキッチンにはちょうど皿を並べている不二がいた。 受け入れがたい光景を見なかった振りをして切り抜けたかったが、そうは行かないらしい。 「おみそ汁あっためたから、食べなよ」 楽しげによそわれたお椀は2つだったが、テーブルの上に用意された朝食は1組だけのようで、手塚は僅かながらホッとする。 「僕は朝食食べて来たからさ。でも美味しそうだから少しだけ」 そういって手を合わせる不二に釣られて自分も食事に挨拶をする。箸をつけた料理はいつもの味だった。 「それで。おまえは何でうちに居るんだ。母さんは?」 みそ汁を啜りながら上目遣いでこちらを見ると不二は箸を置いて笑顔をみせる。 「何時聞くのかなって思ったよ」 そう思うなら最初に自分から説明をして欲しいものである。 「彩菜さんはおすそ分けがあるからって、近所の六条さんに呼ばれて出掛けた。手塚が起きる30分前くらいかな。実家から送られて来た松茸だって。凄いお金持ちって感じの人だね、六条さん。カッコイイ大人の人って久々にみたよ」 どういう知り合いなのか解らないが、良く会っているらしい六条さんはいつも勿体ない程のおすそ分けをしてくれるご近所さんだ。 とりあえず彩菜が居ない理由は解った。 「それで」 「それで?」 「何でお前がここに居るんだ」 立ち上がった不二はどうやらお茶を入れるつもりらしい。とてもそんなことはしなさそうなのに、手際はとてもよい。 ちょうど食事を終えた頃に差し出される温かな緑茶に手を伸ばすと、とても美味しかった。 「何でって言われるとなあ」 自分の分の湯呑みを両手で包むと不二は宙を見上げる。 「来たかったから」 何でも無いことのように呟かれた。 「そうじゃなくて……」 呆れて思わず眉をしかめつつ、手塚は不二を睨む。 「ちゃんと解るように詳しく説明しろ!」 怒鳴る声に僅かに驚いてみせて、不二は湯呑みを口に運んだ。 「そう言われてもなあ。朝起きて、ご飯食べて、目覚ましテレビみたら、思い付いて。来ちゃっただけなんだよね」 「お前は思いつきで朝早くに人の部屋に来るのか!しかも8時に! 自分の言葉に驚いて時計をみる。間違いなく8時をさしていた。 「……8時?目覚ましは?鳴らなかったのか?」 いつもならとうに起きて、ロードワークを済ませて居るはずなのだが。 「あ、あれね、君が凄く良く寝てたから起こしちゃ可哀相かなと思って止めちゃった」 笑顔で告げられて前進をぐったりとした疲労感が襲う。 「不二!」 きつく睨みつけても不二はさして気にもしてないようで、もうどうしようもない。 「でも、最近疲れてたでしょ?」 うなだれていると、静かな口調で不二が話す。 「君、息抜き上手くないから無理にでも休んだ方が良いかと思って。トレーニングが足りないなら近くのテニスコートで僕が練習相手になるし」 リビングの入口を指差すと、そこには見慣れた、でも自分のものとは違うテニスバッグが置かれている。 用意周到過ぎだ。 「もちろん、レベルは君ののぞみのままに」 テーブルについた肘の先に顎を乗せて、不二は返事を待っているらしい。 重要な部分は先回りして道をそらす話の道筋をいつも見つける事が出来なくなる。きっとそんなことは不二にも解っているのだろう。 こういうとき、何故か自分は不利な気がする。 いや、多分気のせいではないだろう。 「もし、手を抜いたら……」 「うん、何?」 既に満足したような表情に、手塚は少し面白くない気分になる。 「暫くうちに出入り禁止だ」 「え!そんなの酷いー!横暴だ!」 「なら、今日帰るか」 「可愛い恋人にそれはないんじゃないの!?」 「そもそもお前が非常識なのが悪いんだろうが」 「酷い……愛故なのに……」 泣きまねをして右手を目元に持っていくのを無視する事にして手塚は立ち上がる。食器を一まとめにして流しに片すと、不二はまだ座ったままだ。 「わざと負けなければ良いだけだろ」 「あ。じゃあさ勝ったらなんか賞品ある?」 勢い良く振り返る顔は既に先程とは間逆で、まるで取り替え式の仮面でも付け替えてるようだ 。 「あのな……お前は反省という言葉をしらないのか。それにオレはそういうのは好きじゃない」 「ごめんごめん、解ってます。冗談だって」 「本当か……?」 「本当本当」 疑いつつも、仕方ないなと折れるのは何時も自分の方だ。 でもそんな相手との距離の方が安心出来るような自分が居る事を否定するのは難しい。 「何で笑ってるの?」 不思議そうに覗き込まれて、手塚は気のせいだと否定する。 時には不二にも解らない事があっても良いだろう。 変な、優越感だ。 日が上りきる前に出掛ける事にして立ち上がる。そういえばまだ窓の外を見て居なかったが、きっと期待通りの天気だろう。 「……賭、しても良かったな」 額から流れる汗をポロシャツの裾で拭うと、ポールに引っ掛けてあったタオルを不二が投げてくれる。 「そういうの、嫌い、なんでしょ」 少し冷たさの去ってしまったスポーツドリンクを飲みながら、息を弾ませる不二は久しぶりに力を出し切ったのか疲れが明らかだ。 「勝てるかと思ったんだけどなあ」 苦笑されて手塚も釣られる。 試合中、相手が強ければその分だけ比例して集中力は増す。きっと勝つ事だけを考えて居るのだろうけれど、思い返してもその時の感情は曖昧なものばかりだ。 それはきっと他の誰にでも言える事なのだと手塚は思う。 自分と不二ではプレイスタイルが違う。その事の意味を本当に知ったのはまだここ1年位の事だった。 どう勝つか。 その1点以外はなにもかもが別のものなのだ。 「オレだって負ける気は無かったぞ」 不二が相手ならば尚更、器用に力を加減することなど出来ない。 1球も手を抜く事が出来ない、常に打ち返すのみ。そんな後ろに余裕を感じないのが、自分のスタイルらしい。 「そんなの知ってるよ」 それに比べると不二は駆け引きに長けているように感じる。 「手塚だからね」 「…………なんだそれは」 笑みでごまかされてやって、深く追究するのはやめることにした。 「あーでも楽しいな」 立ち上がってコートから出ると、荷物を置いておいた観客席を真似た段差に腰を下ろす。足を揉みほぐしてやると、どれだけ自分が緊張状態にいたかが解った。 「いつの間にこんなにテニスバカになっちゃたんだろ」 自分に呆れるような口調に手塚はつい苦笑してしまう。それに気付いたらしく不二は隣に腰を下ろすと膝に両手で頬杖をついてその上に顎を乗せる。どこか子供っぽい仕種だ。 「何度も思うんだけどさ、僕は最初そこまでテニスにはまって無かったんだよ。そりゃつまらないって思ってたわけではないんだけど。テニスが楽しいっていうか……技術的なものとか、どこか攻略する楽しみみたいな感じが強かったから。自分だけで向上するのに重きをおいてたしね」 懐かしいけど、と言った横顔は何だか不思議な感じがする。幼いようなおとなびたような、曖昧な感じだ。 「今は?」 「うん、楽しいよ。目的が変わったからね」 「そうか……」 その一言に妙に納得する。 「それに。プライベートだって充実してるしね」 わざとらしい笑顔になる不二の、髪に何か付いているのに気付いて、手塚は手を伸ばす。 ただの糸屑だったらしい。 「悪い、何て言ったんだ?」 「あーもー良いよ」 僅かに頬を赤くしてふて腐れている不二に首を傾げる。 「良く解らない奴だな」 「……手塚に言われたくないけど」 ぼそりと呟く不二は、一つ溜息をつくと、勢いをつけて立ち上がり、そのまま腕を伸ばして伸びをする。 「さ、かえろっか。とっておきのプレゼントも渡さなくちゃいけないしね」 「プレゼント?」 何の話しかと問い返すと、逆に驚かれてしまった。 「もしかして気付いてなかったの?」 「何がだ」 「今日は君の誕生日じゃない」 言われて、頭の中を探って日付を思い出す。たしかに今日は7日だ。 だからか、と朝からの、主に不二の行動に理由が付けられなくもない気がした。いや、しかしあえていうならば。 「忘れてたの?」 「朝から変な事ばかりだったから、気付かなかったんだ……」 「それって僕のせいってこと?」 「違うのか」 「まあ、そういうことにしておいても良いけど、ね」 手塚を見つめる不二の笑みは、何故か意味深だ。 「とにかく帰って、シャワー浴びて、僕からのプレゼント受け取ってよ」 歩き出した不二に荷物をもって追い付く。夕方に近づいた冷たい風が気持ち良かった。 「また変なものじゃないだろうな」 「うわ。酷。そんなわけないじゃない」 心外だと目を吊り上げてみせるが、今までの行いが、悪い。 「お前の言葉はあてにならないからな」 「……でもっ、今回は絶対まともだもん!」 だから安心しろ、と拳に力を込める不二は真剣だ。 「あ!何笑ってるのさ!」 何でかなんてきっと解らないだろう。健気に思えてつい苦笑してしまったなんて、当然内緒だ。 ふと目を空けると目の前には不二が居た。 「大丈夫?」 ぼやける目を擦ろうと左手を持ち上げると妙な抵抗感を感じて、次に水音がする。 「え……?」 濡れた手といつもより霞む視界、それと全身を包む温かさで自分の居る場所を理解する。 「やっぱり疲れてたんだね。溺れてなくて良かった」 頬と額にタオルの感触を感じてホッとする。 「手塚…?」 撫でるように水滴を拭われるのが気持ち良い。 「なんでお前がここにいるんだ」 そう呟くと、苦笑するのが気配でわかる。 「目が覚めるといつもお前が居る気がするな」 既視感なのだろうか。 「手塚ってば、まだ夢の中なの?それとも愛の告白?」 「馬鹿なこと言ってないで、早く出てけ」 まだ頭がぼんやりとしているが、これ以上湯にも浸かってられない。 「はいはい。裸くらい恥ずかしがらなくて良いのに」 「……うるさい」 バスタオルを手渡して不二は立ち上がる。 「御飯の準備出来てるから、早くおいでね」 これもデジャビュか。 湯舟から出ると肌を包む温かさが一瞬失われて、意識が少し覚醒する。 丁寧に畳まれたパジャマに袖を通して、洗面台に置いてある眼鏡をかけると、鏡に自分の姿が映った。 見慣れた人物を見て、漸く頭がはっきりとする。 引き戸を開けて短い廊下を抜けてダイニングへと足を踏み入れると、そこには様々な料理が並んでいる。 しかし不二の姿はない。 とりあえずいつもの席に座り、用意してくれていたらしいミネラルウォータをコップに入れて飲む。冷た過ぎない温度が心地良い。 しんとした部屋で手塚は思い出す。 テニスを一緒にした時の不二の姿が、何だか懐かしく思えた。変な感じだ。 「あ、また髪の毛濡れたまんま。ちゃんと拭かなきゃ駄目だよ」 何やら手に持っていた荷物を空いている椅子にのせると、直ぐに手塚の後ろに回って髪を掻き交ぜる様に拭く。その感触が気持ち良くてつい忘れてしまうのだが、不二は気付いていないのだろうか。 「はい、あとは自然乾燥ね」 手際良く乾かされた髪を手櫛で整えると、不二はタオルを洗濯機に放る。てきぱきとグラスや取り皿を並べる姿をぼんやりと目で追うと、直ぐに気付いて笑みを返された。 「よし、完了」 そういってテーブルの角を間に挟んだ位置に座り、不二はボトルを手に取る。利き手が違うからと、いつも手塚の右手に不二は座るのだ。 細長いグラスに淡い金色の液体を注いで、不二は椅子の上から両手で持つには少し小さい箱をテーブルにのせ、一瞬手塚をみてから、蓋を開けた。 そこで、やっと、今日の日付を思い出す。 「誕生日、おめでとう」 風呂に入る前にもそういえば言われたっけ。 自分の誕生日を祝う為に来たのだと。 「ありがとう」 忘れていたのは内緒だが、嬉しさは素直に言葉に乗せた。 「そんな顔されると、僕が照れちゃうよ」 どんな表情をしていたのかは、少し解って苦笑してしまった。 「オレが喜ぶなんて解ってたんだろ」 「それは、勿論」 グラスを持ち上げる仕種にならって、乾杯をする。 前に1度だけ飲んで気に入った、桃のスパークリングワインだ。こういう細かいところが、いかにも不二らしい。 「誕生日おめでと」 改めていう不二の方が余程嬉しそうだと手塚は思う。 「プレゼントは後でのお楽しみね」 先ずは、と料理を勧められて箸を手に取る。ジャンルの入り交じった様々な皿はどれも手塚が美味しいと思ったものだ。あまり口には出さなかったと思うのだが、何故かばれていたらしい。 これだけ沢山のものを用意するのは大変だったろう。 「……美味しい」 だから正直な感想を述べてやった。 「よかった」 自分も皿に手を伸ばして不二は満足気に微笑む。 「一緒にお祝い出来て良かった。今年はちょっと日にちがずれちゃうかなって心配だったんだよ」 「……さっき夢を、というか昔の誕生日の事を思い出してた」 それでぼうっとしてたのか、と笑って不二はワインを口にはこぶ。 「朝起きたら何でだかお前が目の前にいて、それからやっぱり訳の解らない事をいってたな」 改めて不二を見ると先程までの事が現実ではなかったのが良く解る。 「まだ幼くて、背も今より低かった」 女の子の様だと表された面影はなくなって久しい。 「結局手塚を追い越せなかったけどね」 「変わったのは見た目だけだな」 「うっそ、そんなこと無いって。ていうかいつと比べてるのさ」 視線を上に外して手塚は考える。 「5年前……か?」 その言葉に不二も首を傾げる。 「セーターを貰った時だ。濃いグレーの」 「ああ!じゃあ高校生の時だ。ていうかあれはカーディガンね。しかもさ、その時から変わってないの?僕は」 勿論全く変わってないと言うことはあるわけはない。しかし。 「もう何にも言わないで良いよ。顔見れば言いたいことが良く解ります」 不二は右手を上げてステイさせるかのようなジェスチャをする。 「でも、懐かしいな。あの時は手塚がカーディガン着て来てくれる度に嬉しくてさ、バイトした甲斐あったって思ったんだよ」 「知ってる」 「え?」 「お前は実際に、そうオレに話してただろ」 「そうだっけ」 忘れたと笑いながら手で髪を漉く。 懐かしい記憶と所々重なる言葉や表情に、何故か安堵する自分が居た。 初めてあった中学生の時からこんなに長く一緒に居ることになるとは、全く思いもしなかった。時間が過ぎても、やはりおとなびた考えを持つ不二や、相変わらず理解に苦しむ言動をする不二はやっぱりずっと変わらないままだ。 少なくとも手塚にはそう思えた。 「手塚も変わったよね」 「……そうか?」 「もともと細かったけど、幼さが無くなったから凄くきれいになった」 テーブルに行儀悪く片肘をついて、掌に顎をのせている不二はにこにこと嬉しそうだ。 「だからそういうところが昔のままだって言ってるんだ……」 つい目を逸らしてしまうのはきっと呆れからだろう。 「もし僕が変わらないならそれは君のせいだよ」 「え?」 早口で言われた言葉の意味を聞き返す間もなく不二は立ち上がってしまった。 「不二?」 「プレゼントもってくるよ。英二からも預かってるんだ」 どうやら今のは独り言で済ませてしまうようで、そんなところまでもいかにも不二らしくて溜め息をつく。 こういうときの不二の言葉は自分には大体において理解できないので、放っておくことにして、箸を伸ばす。大きな唐揚げが美味しかった。ワインも料理とちゃんとあっている。 ふと部屋を見回して、不思議な感覚に捕われる。 夢をみたせいかもしれない。 何だか現実感が無くなるようだ。 不安とも違う不安定さが何故か沸き上がってくる。 「おまたせ」 いつのまに戻って来たのか、背後からの声に驚いて振り返る。 見上げると不思議そうな茶色い瞳があった。 「ごめん、驚かせちゃった?」 微笑まれて、自分のなかのどこかがほっとする。 「いや……」 「えっとこれが英二からのカードで」 渡された少し大きめの封筒は、仕掛けがあるのか厚みがある。 「それから、これが僕からね」 テーブルの上には箱がおかれる。どちらかというと小さい箱は、持ち上げてみると少し重い。 「結婚指輪じゃないから平気だよ」 「何が平気なんだ」 茶化してみせるのは照れからなのか、それに助けられて手塚は箱を両手でもつ。 不二をみると、促すように首を傾けられた。 白い光沢のあるリボンに手をかけると、ふといつかの記憶が蘇った。 「どうかした?」 怪訝そうに問われてそちらを向かずに首を振る。 今急に思い出すようなことではないはずなのに。 「顔赤いよ?」 「うるさい!なんでもない!」 何か、なんてもちろん言えるはずが無い。 絶対に、だ。 解いたリボンをよせておいて、箱の蓋に手をかける。 好きになった理由を思い出したなんて。 死んでも言わない。 自分にそう言い聞かせながら、箱を開いた。 |