旅の実況中継− スジャータが行く中央アジア「旅の実況中継−スジャータが行く」とはA−COMのメンバーが 4月1日、成田を発ち、中央アジアをめがけています。 スジャータというのはコーヒーに入れるミルクと思っている人が多いと 思います。ちがいまっせ。これは人の名前です。苦行していたお釈迦様 に「ミルクをどうぞ」と与えた人がスジャータです。このミルクによっ てお釈迦様は自分の身体を痛めつけたところで悟りを得られるのではな いかということを体得し「中道」を携げました。スリランカなどにはこ の名前の女性が結構おられます。いいペンネームですね。「スジャータ」 のアジアへの旅の始まり始まり。目次セヴァン湖ほとりの教会 (写真) 中国にて 4月20日 中国・成都にて 1 4月27日 中国・成都にて 2 5月 5日 中国・ウルムチにて 5月20日 ウズベキスタン・タシュケント 6月 5日 明日はアルメニア 6月 9日 無事です 7月 7日 ローマ到着 7月17日 帰国 7月30日 夏のイラン 8月10日 イランから旅の最終の国トルコへ 9月 1日 気の抜けないトルコ人 アルメニアよいところスジャータの旅の実況中継 その1中国にて 4月20日発 こんにちは。今、雲南省の麗江にいます。ここは、とても気候がよく快適 にすごしています。麗江は、京都のような古い街並みが残っておりかつ、茶の 産地としても有名なところです。そんなところも、京都にそっくりです。中国 とは思えないほどの観光地です。 中国も数年前とずいぶん変りました。人々には笑顔があり、お釣をなげら れたりということもほとんどありません。たぶん、生活にゆとりができた証拠 でしょう。バスで老人に席をゆずったりする場面もよく見かけます。麗江の次 は、成都の予定です。それでは、また.... 追伸.今や、中国では葉書きでお手紙をだすよりもEメールの方が安いで す。スジャータの旅の実況中継 その2中国・成都にて 1 4月27日発 みなさん、私は元気です。マーボ豆腐の都にきました。早速今日にでも食べ にいきます。ホームページ拝見しました。空港待合室、本当ネーミングがいいで すねぇ。適当に私のも使ってくだされば幸いです。成都といえば、パンダです。 またパンダの報告をします。 それでは、歯医者体験です。4月27日、四川省成都にきました。ここは、 すごい都会です。高層ビルが立ち並び、2階建てバスが走り、人々は、みなとて も忙しそうに動いています。中国らしさ満点の町です。大理で旅の同行者ゴンさ んの歯の具合がわるくなりました、ただの虫歯ならばそう心配はないのですが、 以前神経を治療したところから膿がでてきため、やっかいなことになったのです。 北京の日本語の通じる病院に行こうかと迷ったのですが、結局、雲南省、昆明 (くんみん)でとりあえず昆明一という大学病院に行きました。 私はその病院の雰囲気に息がつまりそうになり、大変な恐怖感をいだきまし た。自分が病人でもないのですが・・・。治療機具は、何世代も古いもので、つ ばをすいとる機械がないため、たびたび、つばをはかなければいけません。おま けに、機械から水がもれだしていて、床は水浸しになっており、看護婦さんが足 元の雑巾でその水をふいていました。もちろん、日本の歯医者のようにスリッパ に履き替えてなんてこともありません。 午後の一番に行った私たちは、どのように受け付けすればよいのかわからず、 昼食をすませて戻ってきたであろう若い先生にすがるような思いで英語で話しか けたところ、とても親切に診療してくださいました。治療には、10日ほどかか るということで、次の目的地成都の病院で見てもらうことになりました。 ここ成都の病院は、このあたりでは有名な歯の専門大学病院らしく、さすが につばを吸い取る機械はありました。どうにか歯は、治りそうです。しかし、日 本の病院が過度に清潔なのでしょうか?ちなみに歯は保険が効かないので実費で す。しかし、1回高くても2〜300円ほどです。旅はこのままどうにか続ける ことができそうです。スジャータの旅の実況中継 その3中国・成都にて 2 5月5日発 4月29日より成都九さい溝というところに行ってきました。体が右へ左へ 上へとグォングォンいいながら10時間あまりバスでゆられながらついた九さい 溝は、秘境と呼ぶにふさわしいところでした。日本の上高地みたいなところで山 の中に数々の湖があり、その水の色はエメラルドグリーンやコバルトブルーの信 じられないくらいの美しさです。しかし、5月1日より中国では日本と同様に祝 日らしく中国人観光客で溢れかえっていました。写真撮影がすきな中国人は、よ りよい場所で写真を映そうということに必死で、湖畔の木によじのぼったり、金 網を超えたりと写真に対する情熱はすさまじい! 中国人が写真好きなのは有名 なことですが、それにしてもす.ご.い! 中国人パワーに圧倒された九さい溝 の4日間でした。 成都は、日本とかわわぬほどの都会ぶりで、なんとイトーヨーカドがありま す。さすが、ヨーカードー、私たちのかゆいところにてがとどく商品が数々あり、 大興奮でした。なかでもあんぱんが1元で中国人にも人気の商品でいつもあんぱ んの前には人だかりです。今日、歯医者に再度行き歯の治療はこれで完了しまし た。どうにか旅は続けられそうです。明日、西安にむかいます。スジャータの旅の実況中継 その4中国・ウルムチにて 5月20日発 (以下のメールはローマ字で送られてきました。読みづらいのでこちらで漢字と 仮名に変えました。) お元気ですか。中国の終わりです。西安より駆け足で敦煌、トルファンを経 てウルムチにやって来ました。見渡す限り、雄大という言葉さえも小さいような 程の砂漠を経てウルムチにやってきました。中国のシルクロードの最終点です。 約2ヶ月の中国は本当に快適でした。今や、何の苦労もなく旅行ができます。そ れにここのウイグル人々はみんな親切です。目が緑や青の人々が多く、これのど こが中国なのかと不思議に思うほどです。5月22日ウルムチから列車に乗り、 カザフスタンに行きます。スジャータの旅の実況中継 その5ウズベキスタン・タシュケント 6月5日発 6月3日ウズベキスタンのタシュケントにつきました。ここにはAーCOM で知り合ったメール友達にいろいろとお世話になり、彼のオフィスからメールを 打たせてもらえました。中央アジアの旅は中国ウルムチより電車でカザフスタン のアルマトゥに入ることから始まりました。中国とカザフスタンの国境ではカザ フの税関員にただ、コンパートメントから出たという理由で罰金20ドルを取ら れました。もちろん、そんなことでは罰金の対象にならないのですが、かれらは どうしても外国人とみるとお金をとらずにはすまないようです。 中央アジアは警官が腐敗した国です。警官は旅行者がおおい駅や、バスター ミナルで獲物をねらっています。なにかといいぐさをつけてお金を巻き上げよう とします。キルギスの警官は現金チェックということで、現金をまるで手品師の ように抜き取るそうです。しかし、キルギスは山山もすばらしく、自然の雄大さ は中国の比ではありません。アジアのスイスといったところでしょうか? そん な中で私たちは、いつも警官におびえながら暮らしています。まるで、ナチスに おびえるユダヤ人のようです。町には、威圧的な警官がうろうろしています。そ んな、中央アジアをとっととぬけイランに向かう予定です。スジャータの旅の実況中継 その6明日はアルメニア 6月9日発 こんにちは、今日でウズベキスタンも最後です。インターネットカフェに 日本語フォントがありびっくりです。ウズベキスタンは、外貨獲得のため観光 に力を入れているせいか警官の心配もなく、中央アジアにきて初めてくつろぐ ことができました。しかし、三蔵法師も立ち寄ったというサマルカンドのモス クは、イランほどではありませんが、青く美しいものでした。日中はかなりの 暑さで友人と二人でお釈迦になっていました。明日、飛行機でアルメニアに飛 びます。これで中央アジアはおさらばです。アルメニアでコニャックを飲んで きます。それでは・・・ダスビダ−ニャスジャータの旅の実況中継 その7無事です 7月7日発 (ローマ字で送られてきましたので、こちらで変えました) メールが大変遅くなり申し分けございません。イランにはインタ−ネット ができるところが皆無で不便でした。中央アジアに疲れて我々はトルクメニス タンをとばし、6月10日にタシュケントを出発して、アルメニアのエレバン ・ルキメア。私たちは空港でアルメニアのピザの取得が可能だということを聞 いて入国したのですが、1時間以上待たされ、挙げ句の果てはビザの発給を行 う役所であるオビールが土曜日のため、休みだということで私たちはパスポー トを預け、月曜日に町中のオビールで発給してもらえということでビザなしの 状態でアルメニアに入国しました。空港で発給してもらえなかったために、私 たちはその後のビザの発給が容易ではなく、結果的にエレバンに1週間滞在す ることになりました。おかげで、街は堪能できました。 エレバンの街は他の旧ソビエトの中央アジア諸国とは異なり、街並みは東 欧をイメージする趣のあるどっしりとした建物が多く、町の看板はキリル文字 ではなく、アルメニアの字で書かれています。気候は日本の初秋ぐらいで、と ても過ごしやすく、そして人々も大変親切で、思わずアルメニアが気に入って しまった私です。本当に遅くなってすみません。今、トルコのカッパドキアに います。次、イランをおくります。それでは。スジャータの旅の実況中継 その8 ローマ到着 7月17日発(ローマ字で送られてきましたので、こちらで変えました) こんにちは。7月10日にローマにきました。最後にゆっくりと本当のリ ゾートを味わって、おいしいものを食べて太って帰ります。7月28日に帰国 の予定です。とりあえず帰国のご連絡まで。イランもまだご報告をしていませ ん。すみません。ローマ字だとどうも書く気にならなくて。また送ります。スジャータの旅の実況中継 その9 帰国 7月30日発お元気でお過ごしでいらっしゃいますか?7月28日ローマより帰国しま した。最後にイタリアで人並みにお金を使って遊んできました。やっぱり日本 に帰ってくるといいですね。 旅行中は私のつたない文章の解読をご苦労様でした。やっぱり、日本語が 打てるというのは、いいものです。また、旅行の話でも聞いてください。とり あえず帰国報告です。スジャータの旅の実況中継 その10 夏のイラン 8月10日発アルメニアの本来の目的であったアルメニアコニャックをたらふく飲み、 お酒を持ち込めないイランに向けてバスにのりイランに入国しました。アルメ ニアのコニャックはフランスのコニャックのように高価なものではなく、素朴 で力強い感じのものでした。 私たちは、イランとの国境にてアルメニアのビザを発給してもらい出国す るという手はずになっていたので、その手続きがうまく行くかすこし不安では いましたが、さすが官吏がしっかりしているアルメニア、「2人の日本人がビ ザなしで行く」という連絡が入っていたらしく他の人々とは別に私たちは、ビ ザ発給をしてもらい出国手続きをすますことができました。出国の際にビザを 発給してもらうというのは初めての体験でした。 夏のイランは、冬には閑散としていた観光地が、大勢の観光客で夜遅くま で賑わいを見せます。しかし、昼は、外に出られないほどの暑さで1時頃から 5時ごろまでは、街はもぬけのからとなります。夕方涼しくなりはじめると昼 休みを終えた店が開き始め、わらわらと人が街に出て何をするということもな く、川辺や公園で夕涼みを楽しんでいます。 イランは、イスラム教の教えにのっとって外国人の女性にも髪の毛を隠す スカーフと、かわりに体のラインが見えない用に丈の長い長袖のコートを着用 しなければなりません。さすがに真夏にロングコートを着て歩くのはかなりつ らかったです。 イランでは、多くの旅行者が感じることだと思いますが、人々が大変に、 時には度がすぎるほとに親切です。まず、道がわからずに地図を開けたとたん 『May I Help you?』と人が来てくれます。宿が決まっていないと言えば、 『うちに泊まればいいじゃないか?』と気軽に言ってくれます。さらに、お店 でものを買おうとする時にも『おー日本人ですか、どうぞ、持っていってくだ さい。たいした値段じゃありませんから』なんてこともあります。その親切は どこから来ているのかというのが本当に不思議に思います。元々のイラン人の 特質なのか、イスラムの教えがいきているのかよくわかりませんが、人との関 わりをさける傾向にある日本人にとっては学ばなければいけないでなないでし ょうか? 物質的には決して豊かとは言えない国ですが、人々は皆大変豊かな 心の持ち主です。そのことは、隣りの国トルコに行って一層と痛感しました。 私たちは、カスピ海にイランキャビアを求めていったのですが、残念なが らキャビアは輸入専門らしく(もっともキャビアは高価で一般庶民はあっても 買えないそうですが)私たちが目にすることはできませんでした。しかし、そ の高価なキャビアも密漁が多いらしくこっそりと観光客にキャビアを売り稼い でいる人もいます。 カスピ海の町バンダレアンザーリは、海水浴でも有名です。テヘランなど からの観光客で海は賑わっています。海水浴も男女別に泳ぐそうで、私たちが 訪れたビーチは特に男女別ではありませんでしたが、女性の泳ぐ姿はありませ んでした。 女性がどんな恰好で泳ぐのか大変興味をもっていた私ですが、唯一泳いで いた中学生ぐらいの少女の姿は半そでのシャツにジーパンそしてスカーフもそ のままでした。女性は色々と制約があり不便な国です。水着を着るなんてもっ てのほか、皆女性は洋服のまま入るそうです。カスピ海側は日本の気候そっく りで湿気が大変おおくじめじめした感じで、田んぼが一面に広がっています。 乾燥したイメージが強いイランですが、日本の田舎町と同じ風景を見ることが でき驚きでした。スジャータの旅の実況中継 その11 イランから旅の最終の国トルコへ 9月1日発「トルコ人は本当に悪いですよ!」と旅行中に会った何人かの人から聞い ていたものの、イラン人もトルコとの国境に近い街になると人もいくらかすれ ているように思いました。レストランでイランの数字が読めないだろう、と店 員が外国人の私たちに定価より高い値段を言ってきたり、他のイランの街では あまり考えられないようなことがしばしば起こりはじめます。いざ、イラン側 の国境、マクーへ向かうタクシーも堂々として運転手は私たちに何十倍もの値 段をふっかけてきました。私たちは、本当の値段をそこまでバスに乗り合せた イラン人から訊いて知っていたため、拒否しましたが、運転手はタクシーがそ の一台しかのこっていなかったということもあり強気で値段をさげようとしま せんでした。見るにみかねたイラン人が交渉してくれ、そして我々のタクシー 代を運転手に払ってくれました。つくづくイラン人の親切さに感動しながら私 たちはイランを後にしました。 国境でイラン側の手続きを済ませ、スカーフと暑い長袖のコートをすぐさ ま脱ぎました。その解放感は汗だくの体で冷房の部屋に入った時のように爽快 でした。 トルコの国境の街ドウバヤジットから私たちは、ワンという街に向かったの ですが、トルコ東部は依然としてクルド人のテロ問題を抱えているらしくバス での移動中、何回も兵隊に車を止められ荷物とパスポートのチェックがありま す。しかも、その検問には立派な戦車が止まっているところもあり、なにかの 間違いでこっちにむいて攻撃でもされないかとビクビクします。気の抜けないトルコ人 トルコという国自体は観光地が沢山あり見ごたえがあると思いますが、私 にはどうもトルコ人というのが合いませんでした。彼らはヨーロッパ人に迎合 するようなところがあり英語が苦手なアジア人に対しては、馬鹿にしたような 態度で接するところがあるように感じました。もちろん、これは観光客相手に 仕事をしている人に対しての話しですが・・・ まず、レストランにて勘定が合っていたことがほとんどない。皆、ひどく 計算が苦手なのかいつも高くついています。もちろん、少なかったなんてこと はありません。頼んだメニューと違ったものを出し高い値段を払わせたりとど うも根性が悪い気がしてなりません。そのことに抗議した私でしたが、彼らの 答えは「でも君はもう食べたんだろ?だから払いなさい!」と堂々と言うので す。その料理の中身の違いなど初めて来た店でわかるはずがないし、ちゃんと 確認して頼んだのにわざと高い方の料理を持ってきたのです。もちろん値段は、 日本円してそれほど問題にならないほどのものなのですが、私はそのことに対 してものすごい腹が立ちました。「お金の問題ではなく、君がわざとその高い ものをだしたのか、それとも本当にまちがったのかが問題なのだ」と口論にな り、最後は店主が「じゃー金を返せばいいんだろー」と相手も向きになり「お 金を返してもらいたくて言っているのではなく心から謝ってくれればそれでい い」と店のものに謝らせてその一件は片付きました。しかし、どうも旅行者か らお金を一円でも多く儲けたいという心がにじみ出ている彼らを私は好きにな れませんでした。 なぜ、トルコがあんなに人気なのか未だに理解できません。この旅も最後 だというのに少し残念な気もしましたが、トルコはもう行くことがないだろう と思いながら私たちは、帰国の経由地イタリアに向かいました。スジャータの旅の実況中継 その12アルメニアよいところ 旅において、多くの人の場合いい思いをしたか、いやな思いをしたかによ りその国の印象が決まるかと思います。運悪く、いやな人に会ったり、いやな 思いを(私の場合トルコです!)したらその国が嫌いになってしまうし、いい思 いをしたらその国を好きになると単純なもので、「数日の滞在で何がわかる?」 と云われればそこまでの話になってしまうのですが、短い期間ではそれしか推 し量ることができません。(私の場合は) 私の場合、アルメニアは、中央アジアという緊張せざるおえない国から抜 け出したという開放感からか、本当に心身ともに休まる国でした。一昔前まで は、アルメニアも他の旧ソビエト圏同様、官吏が腐っていたこともあったよう でしたが、私たちが偶然に親切な人に出会ったのかもしれませんが、少なくと も街中では、普通の観光客を装うことができます。(これは、旅行するにおい て当たり前のことですが)街には何か特別なものがあるという訳でもなく、そ して、特別に美味しいものがある訳でもありませんが、何か少し寂しげなそし て、落ちついた雰囲気が漂っています。もちろん観光客相手に何か企んでして くるような事はこの国においては、皆無でしょう。 アルメニア正教の本山に行っても人は多く礼拝に来ているものの、物見遊 山できている観光客の姿はほとんどなく、静かに人々が次から次に訪れ礼拝を しています。私の短い期間に感じたアルメニア人の印象は、彼らは自分たちの 民族に大変ほこりを持っているということです、ソ連が崩壊し、それぞれの国 が独立した後、乗合タクシーなどの看板はほどんどがアルメニア語で表記され ていますし、彼らはロシア語で挨拶をするよりもアルメニア語で挨拶をすると、 大変な驚きとともに、とても喜んでくれます。それは、イランでアルメニア人 居留地に行った際にも感じたことです。アルメニア正教の教会で、我々が、ア ルメニアからイランに来たということを話すと「アルメニアは本当によい所だ ったでしょう!」と人々に大変な興奮を巻き起こしていました。 他の旧ソ連 圏では、その逆のことがあり、カザフスタンなどでは、カザフスタン人であり ながら、カザフスタン語は話せるにもかかわらず、ロシア語しか話さないとい う人もいるようです。 世界的に有名な指揮者の故カラヤンを始め、有名な芸術家を多く生んだア ルメニアですが、日本からは、色々な意味で本当に遠い国かもしれません、で もアルメニアは、トルコの隣です(トルコとは国交がありませんが)ぜひ、トル コに行かれるご予定の方は、アルメニアに行かれてはいかがでしょうか。特に、 コニャックがお好きなひとは・・・
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