香港・マカオレポート 西村教範
1) 意気込んで香港へ
数年ぶりに香港とマカオを訪れた。前に来たのが確か返還2年前あたりだ
った。あの訪問から香港はどの程度の変貌を遂げているのか、この目で確かめ
てみようと思う。香港に来たのは、JALのマイレージが2万マイルたまった
からで、2万マイルで無料航空券がいただけるアジアの国となると香港あたり
が限度なのである。まあ、こんなのもなければ、買い物くらいしかやることが
ない所に僕のような人間が来るわけがない。
7年前に来たときは、カイタック空港に着き、結構な時間を費やしてイミ
グレーションを通過した記憶があるのだが1998年に開港したチェクラップ
コク空港は、規模も大きく、イミグレーションの通過もものすごくスムーズだ。
それにしてもこの空港はでかい。ベトナムへの行き帰りに何度か使ったのだが、
乗り換え方法や場所がよくわからず右往左往。おまけに広いものだから、歩く
距離が長く、余計なものを詰め込んで、墓石のように重くなったバックパック
を担いでいる身にはかなり応えたものだった。
2) 香港の安宿はこんなのしか無いのか
安宿探しのためハイアットリージェンシーホテルの真向かいにある美麗都
大厦に入った。ここは、すぐ近くの重慶大厦とともにたくさんのゲストハウス
が入っている巨大な雑居ビルだ。1階でエレベータを待っていると、背後から
「ハローフレンド」という声がした。香港には友達はいなが、振り返ると、イ
ンド系の男が立っていた。ゲストハウスの客引きだ。こういう奴は相手にしな
いと決めていたのだが、男がガイドブックにも載っているゲストハウスの名刺
を出したものだから、結局話に乗ってしまった。ゲストハウスの名前はリリー
ガーデン、1泊およそ3000円、部屋の広さは3畳か4畳ほど。この中にベ
ッドとトイレ・シャワー室があるのだ。香港でゲストハウスと名のつく宿はど
こもこんな感じだ。日本のビジネスホテルみたいなところとなると、8000
円、1万円という値段になってしまう。経済格差と言ってしまえばそれまでだ
が、ベトナムで3000円を出せば、中級クラスのホテルに泊まれるし、ゲス
トハウスなら1000円くらい。おまけにもっと広くて清潔だ。リリーガーデ
ンの部屋は息が詰まりそうなほど狭い。僕はなるたけ宿には帰らず、外で過ご
すことにした。とはいうものの、外で時間をつぶすのもなかなか大変なのだ。
3) とにかく物価が高い
空港から市内へのアクセスは、エアポートエクスプレスという電車でを使
った。市内まで20分足らずというスピードにひかれたのだ。でも、運賃は九
龍駅まで90ドル。1500円か。東京都内から成田空港までの特急電車並じ
ゃないか。乗車時間を比べると、香港の高さは異常だ。ま、市内までの途中の
2つの駅からはほとんど人が乗って来ないし、主要ホテルへのバスが無料とい
うのもあるのだろうが。この時点で、香港の物価が、予想以上に高いことを覚
悟した。
コーヒー1杯250円。地下鉄2駅で150円。唐揚げ丼(みたいなもの)
700円。何をするのにも値段が高い。デフレの砂地獄に喘ぐ日本と同じかそ
れ以上だ。コーヒーなんてドトールコーヒーだと180円で飲めるし、「出血
サービス」と書かれた160円の革財布も日本の100円ショップで手に入る。
いつの間にか香港は東京より物価の高い場所になってしまった。僕がうろうろ
する場所が、外国人が結構多いからだろうか。確かに中国人が客の中心となっ
ている食堂で麻婆丼を食べたときは400円くらいだった。でも、そんなに安
くないよなあ。結局、香港では買い物と言えるものは何もしなかった。
次の目的地であるベトナムのサイゴンまでの航空券を香港で買ったのだが、
これまたえらく高かった。香港はサイゴンと東京のほぼ中間に位置する。東京
−サイゴン間がだいたい11万円くらいだから、香港−サイゴン間は5万円程
度だろうと予測していたのだが、甘かった。なんと7万円以上である。3泊4
日のパックツアーだと3万円ほどなのに、航空券だけとなるとえらく高くなっ
てしまう。

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リリーガーデンGHの内部
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これが香港のたこ焼きです
何んとも言えない味でした
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4) たこ焼きを発見
尖沙咀の屋台で日本のたこ焼きを見つけた。名称は「日式章魚小丸子」と
いう。ソースの上にかかっているのが青海苔でなくて、味付け海苔であること
以外は、とりあえず形は日本のたこ焼きと全く同じだ。約170円を出して買
った。宿に戻って食べてみたが「なんじゃこりゃ」と言いたくなるような味だ
った。まず、生地が甘い、そしてキャベツのような野菜が入っている。これだ
けでもまるで馴染めないのだが、ソースが日本のとんかつソースと全く違う味
で、たこ焼きと合わないのだ。どんな味か説明するのが非常に難しい。まずい
ものではないのだが、日本のたこ焼きとは全然違うし、少なくともこれはこれ
でいけるというものではない。香港の人も食べたいとは思わないのではないだ
ろうか。実際、誰も買っていなかった。これを食べて、日本のとんかつソース
がいろいろな料理に合う優れた調味料であることがよくわかった。
5) 香港の話題・テレビ番組
地元の新聞の一面に、ガスマスクのようなものを被り、宇宙服のようなも
のを着て殺虫剤を噴霧している人の写真が大きく載っていた。テレビでは、蚊
の駆除方法を詳しく説明していた。別の新聞には、日本人スチュワーデスが南
アフリカから香港に帰って来てから、高熱を出して死亡したとあった。そして、
彼女の夫によると、虫に噛まれたような跡が足にあったという。これらの記事
には必ず「登革熱」という文字が見られた。英字紙の記事によると、どうもデ
ング熱のようだ。大流行しているわけではないのだが、患者は確実にいるらし
い。蚊の駆除に神経を尖らせているのもこのためだ。部屋の中を優雅に飛んで
いる蚊を見つけた時は一瞬ギクリとした。
テレビでは韓国のドラマが放映されていた。女優さんの化粧がケバくて、
中国人らしくないなあと思いながら見ていたら、ハングル文字がゾロゾロと出
て来た。内容はテレビ局を舞台にした愛憎劇で、北京語の字幕でストーリーを
追った限りでは、日本だと昼の1時頃にやってそうなドラマだった。タイトル
は「愛上女主播」。日本でも「イヴのすべて」というタイトルで放映されてい
るらしい。ほかには日本の北海道を舞台にした、青春ドラマが放映されていた。
タイトルは「雪地裡の星星」。「の」部分は平仮名の「の」を使っていた。そ
ういえば、日本に関する広告や商品にも「の」をそのまま使っている。もとも
と台湾では、「の」は良く知られていて、筆談をすると当たり前のように使う
と聞いていたが、香港でも通用するのか。さて、ドラマのストーリーだが、余
命いくばくもない青年が、北海道に行った時の絵を描いたりしているなかで、
色恋沙汰が繰り広げられるというもの。出演している役者はどれもこれも美男
美女で、いかにも嘘くさい。美形は美形なのだが、いまひとつ華がないという
か、インパクトが足りないのだ。それぞれの顔に特徴がないのである。日本で
こういう人たちを見つけるなら、カラオケビデオやスーパーのチラシあたりだ
ろう。
6) 香港を脱出してマカオへ
香港に4日滞在したあと、マカオへ向かった。物価は高い、部屋は狭い、
やることがない、「とっとと出て行け」と言われているような香港は早く離れ
たかったのだが、航空券を買ったり、知人と会ったりしているうちにダラダラ
と日が過ぎてしまっていた。マカオへはジェットフォイルという高速船で1時
間。偉大な将軍様の国の不審船とどっちが速いのかわからないが、あっと言う
間に着いてしまう。以前は香港島の上環という、地下鉄の終点からしか出てい
なかったのだが、今では尖沙咀からも出ており、随分楽になった。入境審査を
終え、ターミナルのロビーに出ると、旅行代理店のスタッフが手招きしている。
代理店の前にホテルの名前がずらりと並び、値段を掲げていた。どれも、ガイ
ドブックに書かれている値段より半分近く安い。 日本を出る前に友人がイン
ターネットで京都酒店(メトロポールホテル)を予約してもらったが、1泊約
9000円だった。結局、値段に尻込みして、キャンセルした。しかし、ここ
の代理店で予約すれば、4000円で泊まることができる。なぜ、半額近くま
で値段が落ちるのだろう。シーズンオフなのだろうか。京都酒店は、セナド広
場という、市の中心に近く便利な場所にあった。マカオはほとんど英語が通じ
ないので、フロントのスタッフもしゃべり慣れていないからか、どうも慇懃無
礼に聞こえてしまう。前回来たときは国際酒店という安ホテルに泊まったのだ
が、どうなっているのか見に行ったところ閉鎖されていた。もうひとつの安ホ
テル、新中央酒店もどうしたことか閉鎖されている。翌日、宿泊の延長をしに
ターミナルの旅行代理店に行った時に聞いたところ、税金の問題が生じたため
閉鎖されたという。 マカオにはこれで安ホテルと言えるものはなくなってし
まった。
ホテルの6階から外を眺めると、市の中心部は再開発が進んでおり、正方
体で同じ形をしたビルが、秩序正しく建てられている。しかし、中心部から歩
いて30分ほどの住宅地へ行くと耐用年数が過ぎたような古ぼけたマンション
が立ち並んでいて、薄汚れた巨大な構造は異様な迫力を感じさせた。
カジノがあるリスボアホテルは、相変わらず華やかな雰囲気に包まれてい
た。中国に返還されて以来、大陸からの旅行者も多いようで、あちこちから北
京語が聞こえてくる。彼らの身なりはいかにも「大陸的」と形容できそうな感
じで、すぐにわかる。男はだいたい七三分けで、分け目が曖昧。女はパーマを
かけている。背広の色は、昔、毛沢東が着ていた人民服の色と同じ薄いグレー。
女は赤が多いが、くすんだ感じの色だ。
7) 哈爾浜から来た娼婦
夜になると、外にはロシア人娼婦が立ち、声をかけられるのを待っている。
ホテル内のショッピングフロアーは中国人娼婦のたまり場と化していて、男と
見たら声をかけまくっている。化粧は濃いが、みんなきれいだ。僕にも次々と
声をかけてくる。おれも男だ悪い気はしない。観察していると、明らかに2種
類の娼婦がいることがわかる。一方は肉付きのいい体型で、化粧が濃く、眉毛
を極限まで細く描いている。中国の美人画に出てくるような眉毛だ。もう一方
は細身のすらりとした体型で、化粧はあまり濃くなく、眉毛も普通の太さに描
いている。僕に声をかけて来た女の子たちは、みんな北京語をしゃべっていた
から、大陸から来たのだろう。どの女の子も「チューパ」と耳元で囁くので、
最初、何言ってんだろうと思っていたが、後で「去 (行こう)」と言ってい
るのがわかった。
カジノの中にある場外馬券・犬券発売所でドッグレースを観戦していたら、
ひとりの娼婦が話しかけてきた。小柄で華奢なからだをスリップドレスに包み、
髪を肩まで伸ばした、すっきりした顔立ちの女の子だった。目もぱっちりして
いるし、はっきり言って僕の好きなタイプだ。柱にもたれてドッグレースの中
継を見ていた僕に、彼女も同じように「行きましょう」と囁いた。でも、他の
娼婦たちのような、ねっとりとした色気を感じさせない。開けっぴろげという
か、豪放というか。娼婦然としていず、普通の女の子のような雰囲気だ。
「どこ行くの?」
「わたしの部屋」
「どこにあるの?」
「この上」
リスボアホテルはカジノを併設している高級ホテルで、1泊2万円以上す
る。一介の娼婦がどうしてこんなホテルに泊まれるんだろう。しかし、そんな
ことよりも、腕をからめ、華奢なからだを押し付けてくる彼女の挑発行為に、
僕の愚息はすっかり臨戦態勢に入っている。にもかかわらず、頭の方は、酒が
回って思考麻痺状態でも、必死に政治的妥結の道を探ろうとしていた。こんな
とき、つくづく脳みそだけはホテルの部屋に置いて来たかったと思う。値段交
渉に入りそうなので、すかさず話題を変えた。
「どこからきたの?」
「ハーピン」
「ハーピン?」
「ハーピン」
「…。あっ、哈爾浜?」
「そう」
中国東北地方の哈爾浜だ。ずいぶん遠いところから、どうしてマカオまで
流れて来たのだろう。僕の心は瞬時にして、数年前に訪れた哈爾浜駅前のほこ
りっぽい雑踏を思い出した。きれいな服を着て、髪もきちんと手入れしている
彼女が、あそこに住んでいたとは、想像がつかない。それでも僕は、哈爾浜旧
市街のロシア風建築物が残る石畳の上を、彼女とふたり仲良く歩いている気分
になった。
「哈爾浜では何の仕事をしていたの?」
「服の仕事よ」
「いつからここにいるの?」
「8月から。10月に帰るの」
「帰りたい?」
「まあね」
彼女がなぜこんなところまでやって来たのか、聞き出したい欲望にかられ
たけれど、これ以上はできなかった。彼女が喋ることができるのは、北京語と
広東語、それに少しの英単語。僕ができるのは、日本語と英語、それに北京語
の単語が少し、これじゃあ、まともな会話にはならない。彼女は再び僕に誘い
の言葉を投げて来た。
「ねえ、上に行こうよ」
「明日ね。明日。」
「今日よ」
「金持ってないもん」
「もう!」
ひじ鉄を食らわせて、彼女は去っていった。僕はそのままドッグレースの観
戦を続けていたが、彼女はその後もしばしば近くを通り、にっこり微笑んで色
目を使ってきた。11時過ぎまでそこにいたが、彼女は結局客はつかまえられ
なかったようだ。
マカオでは結局、リスボアホテルとの往復に明け暮れた。香港よりも物価
は安いし、ホテルも旅行代理店で予約すればかなり安くなる。英語がほとんど
通じないのが難点だが、カジノをはじめギャンブル施設が充実しているから、
少なくとも僕は香港よりも楽しめた。
8) 終わりに
数年ぶりの香港は、僕に「香港てこんなんだったっけ」と感じさせるにじ
ゅうぶんだった。街の景観自体に大きな変化はないが、人の態度に大きな変化
を感じた。まず、順番を守ること。以前はバスにしてもフェリーにしても後か
ら来て平気で割り込んでいたものだったが、今ではおとなしく順番待ちをして
いる。割り込みをするのは、大陸からの団体旅行者たちで、彼らに対して香港
人たちは、露骨にいやな顔を向ける。混んでいる場所では互いにぶつからない
ように歩くし。建物に入るとき、後ろに続く人に気を使ってドアを閉まらない
ように持っておいていてやるとか、今までにない、他人に対する配慮を感じた。
信号はだいたい守るし、横断歩道のない場所で道路を横断する人はまずいない。
車の運転もおとなしい。これは、四六時中渋滞しているから、好き勝手に走ら
れないというのもあるのだろう。頭上からクーラーの水滴が落ちて来るのは相
変わらずだが、街の中心部は総じて掃除が行き届いている。 コンビニやコー
ヒーショップに入ると必ず「ハロー」の声がかかり、勘定を済ませると「サン
キュー」と返ってくる。レジに列ができるともう一つのレジを開け「お待ちの
お客様どうぞー」となる。こんな街どこかにあったよな。そうだ、東京じゃな
いか。結局、アジアの大都市が整備されていくとどこも同じような感じになっ
てしまうのだろう。アベックが終始くっついているとか(香港)、黒いスーツ
を着た若い男が交差点で突っ立っているとか(東京)、小さな違いはあるもの
の、東京、香港、シンガポールはある部分で非常に似た顔を持っているのでは
ないだろうか。今回の香港滞在は、こんなことを考えさせられた。