またきたか 年賀の憂鬱 年の瀬に 


いまだに年賀状を書いていない。今年は実父が死んだということもあるのだが、なんだかまるで年賀状を作る気がしないのだ。だって、これだけインターネットが盛んになれば、今さら年賀状でもないだろうと思うからだ。 


ここ数年、毎年同じように思い正月に入るまで年賀状を書かずにいるのだが、どこか後ろめたさがないわけでない。実際に年賀状ももらってみると、メールアドレスを持っていない人が親戚縁者には結構いて、自分が思うほどにはインターネット社会が進行しているわけではないと思い知らされるからだ。そしてまた、墨痕鮮やかな達筆の年賀状をもらうと、年賀状に向かって筆をさばきながらひとときとはいえども、僕のことを思い浮かべて書いてくれているのだろうなあと、感じてしまうのだ。そして、やっぱり自分の都合で老人たちの楽しみを奪ってはいけないと、遅まきながら年賀状を書き始めるというのがここ数年のパターンだ。

僕の年賀状嫌いは今にはじまったことではない。昔からだ。下手くそな字にコンプレックスがあってどうしても今ひとつ乗れないのだ。だからといってワープロ年賀状もどこか魂が入っていないようで気に入らず、ついつい出しそびれてしまうのだ。

人様はどうなのだろうと、検索してみたら「出すのはパソコン製、うれしいのは手製 パイロット年賀状調査」 という記事(毎日インタラクティブ)に出くわした。

 パイロットが行った「ビジネスマン・OLの年賀状に関するアンケート調査」によると、今年出す年賀状のタイプでは、1位のパソコン製に続き、eメールを含む電子年賀状が23.4%と2位に入った。一方、もらってうれしい年賀状では、手製・絵手紙の88.3%に対し、パソコン製は5.1%にとどまるなど、年賀状に寄せる現代人のうらはらな心情が明らかになった。

なんだい、やっぱりそうか。

喪中につき欠礼でもいい年なのだが、それもまだ出していない。どうせ何か出すことになるのなら、僕も写真取り込みのNEW YEAR CARDでも作ってみようかなあ。 


Posted @ 金 - 12月 26, 2003   01:25 午前
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