『Let It Be...Naked』を聴きながらヨーコの愛の表現を思い出すクリスマス 


もうじき12月8日がくる。ジョン・レノンが射殺された日。つまりレノン忌がやってくる。
毎年この頃になると今年のクリスマス・プレゼントは何しようかな……?と僕の顔は渋くなる。
レノンの暗殺の直前の誕生日にオノ・ヨーコが贈ったプレゼントのエピソードを想い出すからだ。 


『Let It Be』をレコーディング・セッション時の状態に戻した『Let It Be...Naked』が売れていようといまいと、正直いってオノ・ヨーコの顔は趣味じゃない。レノンのファンとしてはヨーコが同じ日本人でありながらも、もうちょっとましな顔の女を選んでくれればいいじゃないか。なぜなんだという思いが強い。自分だってヨーコに負けず劣らずの四角い顔をしているくせに、どうせならもうちょっと丸顔の大和撫子を選んでくれなかったのかと、つい個人的な趣味を押しつけてしまう。いまだにその気持ちは変わらない。

にもかかわらず、12月に入ると必ず思い出すのは、ヨーコがジョンに贈ったプレゼントの話だ。レノンの誕生日は10月8日。この日は息子ショーンの誕生日と同じだった。1980年のその日、暗殺の2か月前、ヨーコは飛行機をレンタルしてニューヨークの空をキャンバスに"HAPPY BIRTHDAY JOHN + SEAN WITH LOVE YOKO"と描かせたのだ。

このエピソードを音楽雑誌で読んだとき、僕のヨーコのイメージはがらりと変わった。陳腐なハリウッド映画のワン・シーンだとけなすのも結構。金持ちのいたずらと切り捨てるのも結構。けなすことはいくらでも可能だ。だか、このアイデアが目指した心がすばらしいではないか。飛行機雲なんかあっという間に消えてしまう。けれど、その想い出は決して消えることがない。そのことに僕は感動したのだ。

一生の記憶に残るプレゼント。心に残るプレゼント。ひとさまざまなアイデアがあるだろう。そしてそれはほとんどの場合モノで表現される。ジョンとヨーコの間のプレゼントして有名なのは、「イマジン」にジャケットに出てくる白いスタインウェイのピアノ。これはジョンがヨーコの贈った誕生日祝いだった。ジョンですらその程度の頭だったのだ。

飛行機雲に愛のメッセージを託すなんて並みの発想ではない。コンセプチュアル・アートなんてなんだかよく理解できない僕も、このときだけは”概念芸術”とはなんであるのかを理解できたような気がしたことを昨日のように想い出す。

それ以来、僕はいつもモノではない何かに託して家族への愛を表現できないかと考えてきた。僕が死んだ後もずっと話題になるようなプレゼントは何かと。

しかし、いまだに答えはない。いつかきっとそれが見つかるだろうととりあえず贈ってきた家族へのプレゼントはいつもモノだった。愛する人の心に残るプレゼントを贈るのはむずかしい。クリスマス・プレゼントを考える次期になるといつも僕の顔は渋くなる。 


Posted @ 水 - 12月 3, 2003   02:09 午前
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