米兵の戦死者カレンダーと自衛隊派遣 


下町育ちの枝川公一さんはとても静かな人だ。アンパンマンのような風貌で、いつも静かに人の話を聞いている。時折、すまなそうに「どうしてなんですかあ?」とか「そうかなあ?」と、間を取りながら相手の目をじっと見つめている。随分と昔の想い出だが、今も変わらないんだろうなあ。枝川さんのエッセイを読んでいるとそんな枝川さんの目の中に入ったような感じがしてくる。そしていつの間にか肩の力が抜け、とても正直な気持ちが湧いてきて心地よい。言ってみれば癒し系のエッセイストといったところかな。 


そんな枝川さんが主催するWave The Flag で、"Calender of US Military Dead during Iraqi War "というサイトの存在を知った。イラク戦争開始以降のアメリカ軍関係者の死者全員の氏名とそれぞれの死の状況を日付順にリストアップしているだけのサイトだが、妙に訴えてくるものがある。枝川さんが静かなように、このサイトもまた静かだ。淡々と事実だけを取り上げているにすぎない。だが、あきらかに何かを主張している。そのように感じられる。本日現在のアメリカ軍戦死者数、564名。ブッシュ大統領にミスリードされて命を失った怒りが感じられると思うのは、私が情緒的な日本人だからなのだろうか。

現在、米英両国はイラク戦争開始の直接に理屈となったイラクの大量破壊兵器(Weapons Of Mass Destruction = WMD)の存在をめぐる情報を検証する委員会を相次いでつくっている。きっかけはCIAの前特別顧問で、イラクのWDMを捜索する米調査団の団長(03年6月〜04年1月)だったデビット・ケイ氏の発言だ。

今年1月28日、上院軍事委員会の公聴会に出席したケイ氏は「生物・化学兵器を備蓄していた証拠は見つけられなかった」と証言した。同氏はその後も「われわれは間違っていた」「兵器は見つかるという希望にしがみついている限り、情報活動は改善できない」と発言を続けた。

ケイ氏の指摘に対して、ブッシュ大統領およびその陣営はWMDの有無にかかわらず、開戦は正当だったと詭弁を弄していた。だが、さすがのブッシュ大統領も追いつめられ、結果として超党派の独立調査委員会を設け、05年3月までに最終報告をまとめることを受け入れた。「北朝鮮などに関する情報も精査するので時間がかかる」(ライス大統領補佐官)などといっているが、これはあきらかに今年11月の大統領選への影響を避けるためだ。

イギリスのブレア首相も同様だ、いったんは情報操作疑惑をめぐるハットン・インクワイアリー(独立司法調査委員会) の試練を乗り切りったかのように見えたが、ケイ発言が収まりかけた疑惑を再燃させた。そして今年7月までに再調査の結論を出さざるを得なくなった。

こうしたケイ発言をきっかけにこうした一連の動きが活発化している背後には、イラク戦争開始の根拠への疑問がある。WMDが存在することがこの戦争を開始する大儀だった。しかし、WMDがないとなれば、なぜ間違った情報をもとに戦争開始のボタンを押してしまったのかという責任問題となる。

大まかにプロセスを振り返ってみよう。

ブッシュ大統領は2002年9月12 日の国連で演説で、「いまこの時、イラクは、生物兵器の製造に使われる施設を拡大し、改良している」と発言した。そしてその中で「イラクはかなりの量のウランをアフリカから購入しようとした」と核の存在を臭わした。ブレア首相は02年9月24日、イラクが大量破壊兵器を持っている「証拠」を集めたという報告書 を発表した。ブッシュは、10月のラジオ演説で「サダム・フセインが最近、現地司令官に化学兵器、つまりこの独裁者が保持していないと言っている兵器を使用する権限を与えたとの情報を、複数の情報源から得ている」とした。そして02年12月19日、米国務省は「イラクがウランを買ったのはアフリカのニジェールからだった」と発表した。03 年 1 月 28 日の大統領一般教書演説では、「我が国諜報関係者の推定によれば、サダム・フセインは、500 トンにものぼる、サリン、マスタード、および VX 神経ガスをつくれる原料を確保したという」と言い切った。またイギリスからの情報として「ウラン購入」を既存の事実として核開発計画の存在を強調した。だが、「ウラン購入」の証拠とされてイラク・ニジェール間の外交文書の話は03年3月7日原子力問題を扱う国際機関IAEAによって「ニセモノだ」とされた

こうした一連のフレームアップは、ケイ氏によれば「情報が階段を上がっていくにつれて、分析官がつけたただし書きや異議がそぎ落とされ、最後は見出しと要約だけになった」ことによるという。イラク戦争を正当化したいホワイトハウス上層部の意向にしたがって都合の悪い情報は中間段階でどんどん消されていっていたのだ。このあたりに事情については田中宇氏の「諜報戦争の闇 」を読まれるといいだろう。

ケイ氏と同じような意味のことを、国務省情報調査局の幹部としてパウエル国務長官のために働いていたグレッグ・シールマン氏(昨年辞任)も発言している。「イラクの問題に関して、ブッシュ政権は『我々は答えを持っている。それを支持する情報を集めろ』という姿勢だった」。また、現場から上がってきた報告書の言い回しを微妙に変えるなど、政府高官が適切に情報を取り扱わなかったとも言っている。そして、「米国がイラク攻撃に踏み切った3月の時点で、イラクに脅威はなかった」と述べたという。この人は03年3月、ウラン購入疑惑を「筋の悪い情報」と結論付け、パウエル国務長官に報告していたと証言した人だ。この人の証言は、04年2月4日放送のCBSの60minutesⅡ ”The Man Who Knew ”をご覧になるといい。

こうした一連のブッシュ政権の”欺瞞性”についてノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンは『ニューヨーク・タイムズ』のコラム で次のような趣旨の発言をした。「WMD がイラクにあるという主張が虚偽であれば、戦争を売りつけるという、アメリカの政治史上最悪のスキャンダルであり、ウォーターゲートやイラン・コントラをしのぐ」。そして最近では、そのウォーターゲート事件で罰を受けたニクソン大統領の法律顧問ジョン・ディーンが、議会による「大統領弾劾」の可能性を自らの体験を背景に示唆しはじめているのだ。これについては枝川さんのサイトに入ってWave The Flagを選び「イラクWMD未発見とウォーターゲート 」を読まれるといいだろう。オリジナルの記事はこちら

しかし、小泉内閣はこれほど重大な問題、つまりフレームアップされた情報にもとづいて戦争を開始した米英の責任問題についてなにも説明することなく"戦後復興に協力する"という大義のもとに自衛隊の派遣を容認している。かつて、田中宇氏は、「小泉首相が"何が何でもイラクに自衛隊を派遣する"と言っているのは、もしかすると、アメリカがイラク戦争に勝てないという印象が世界に広がってドルが暴落すると日本も破綻するので、それを防ぐための下支えとしてやっているのかもしれない」(「せめて帝国になってほしいアメリカ 」)と書いていたが、トップ・リーダーが倫理性や論理性を欠く判断や行動をしていて人心が荒廃しないはずがない。一番怖いのは、力さえあれば何をやっても許されるという状況なのだ。そしてその結果、アンモラルな状況が生まれることなのだ。

私は、"Calender of US Military Dead during Iraqi War "というサイトに掲載された戦死者の数を見て怒りを感じたが、もし、"今日の自衛隊の戦死者"を見たら私の中の"愛国者魂"はもっと激しく揺すぶられるだろう。「なぜ為政者の欺瞞情報によって彼らは死ななければならないのか?」と。 


Posted @ 火 - 2月 17, 2004   05:06 午後
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