自遊人の同窓会で出た間抜けな「たまご爆弾」の神話
このところ毎晩のように飲み歩いていて、さっぱりBlogがお留守になっています。勘定してみたら12日間連続"飲酒稼働"でした。昨日も、日曜だというのに同窓会。さすがに今日はおとなしく家に帰ってBlogを書かなくてはと思った次第です。でも、また今日も飲んでしまいましたがね……。
僕は昭和22年生まれ。いわゆる"団塊の世代"です。身長は6尺(180cm)。終戦後のどさくさ生まれとしてはかなり肥育がよく、また背も高かったので、30代40代の頃はよく「体格がいいねぇ。なんか運動でもしていたの」とよく言われていました。
そんなとき、僕が「ええ。ちょっとばかり」と返すと、相手は決まって、やっぱりねぇと納得したような顔して「ラグビーかなんか?」と聞いてくるんです。
「まあ、投げたり、つかんだり、スクラムを組んで荒っぽいところなんか似ていなくもないですがねえ、ちょっと違います」
「???」
「道具立てが違うんです。ファイターによっては槍とかタマを使う」
「投げ槍とか、砲丸投げとか、陸上……」
「それを言うなら槍投げでしょ。チーム・カラーによって違いますが、頭にプロテクターをつけて集団でぶつかり合う。僕の場合はあまり使いませんでしたけど」
「えーっ?」
「わかりませんか? 学生運動ですよ」
「!」
昨晩集まったのはそんな学生運動時代の仲間。党派的な学生運動にはなじめず、でも何かをしなければ世の中は動かせないと感じていた我々は、「ベ平連」などの市民団体系の反戦デモに参加していました。我々の活動は当時の武闘派から見れば軟弱に見えたのでしょうが、アイデアと知恵だけは豊富でした。それを元に実にユニークな運動形態を作り出しました。「たまご爆弾」、「こんにちは70年。さようなら安保」の大垂れ幕などなど。
なかでも傑作なのは、1968年10月21日、国際反戦デーに向けて開発した「たまご爆弾」のアイデアです。後に「新宿騒乱事件」と歴史に記録されたこの日、ベトナム戦争に加担するべきではないと、全国で米軍基地撤去・米軍タンク移送反対・沖縄奪還のスローガンのもとにさまざまデモが繰り広げられました。国際反戦統一行動ということで一大闘争が展開された。その時に、我々の仲間のユニークなアイデアは遺憾なく発揮されたのです。
68年当時、米軍は戦闘機のジェット燃料の輸送を当時の国鉄に委ねていました。もちろん日本国政府がらみです。僕たちは、理不尽な戦争を遂行に荷担する義務などどこにもないという率直な思いから、それを阻止しよう、もしそれが無理でも抵抗の姿勢を示そうと、輸送タンクにペンキをぶっかけることを思いついたのです。誰がそのアイデアの発案者だったのか、僕は詳細を知りません。でも、実行者として逮捕されたのが誰かは知っています。早大のS君です。少なくともS君はそのアイデアが出た場所にいて、最終的には首謀者の一人と目され、逮捕された。
当時の新聞は、「たまご爆弾?」と称して、逮捕した学生が所持する新宿駅コインロッカーの鍵を検証したところ、中から怪しげな液体を含んだ卵、数百個を発見し押収したと報じました。つまり、その「たまご爆弾」は、コインロッカーに安置されたまま不発に終わってしまった。もし記憶のいい方なら覚えているかもしれません。ともかくその中味はペンキだったのです。生卵を数百個買い、中味を吸い出してペンキを注入し「たまご爆弾」を製造した。
おかしいのは、その議論のプロセスです。昨日の「今だから話そう、明かそう大会」で出た話によると、そもそもの話のきっかけは、米軍燃料タンク輸送車に新宿駅南口の陸橋からペンキをぶちかけようという話だったようです。ところが、誰かが「ペンキがだらりと垂れて列車の架線にかかると感電するかもしれない」といい出したらしい。よく考えればそんなにだらりと長く後を引くような粘性をペンキが持っているはずがない。にもかかわらず、それもそうだということになり、ならば腐った卵はどうかということにアイデアは変化したのだそうです。(ここら辺のアイデアは多分ハリウッド映画あたりからきているのでしょうね。数年前、マイクロソフトのビル・ゲイツがどこかの国で卵を投げつけられたことを思い出します)。だが、その案は採用されなかった。人間に向かって投げつけるのなら腐った卵もそれなりの効果があるかもしれないが、タンクローリー車に投げつけていったいどんな意味があるのだという議論になったらしい。そこで、議論百出、侃々諤々のあげくならば中味を抜いてペンキを入れ、投げつけようということになったというのです。米軍タンク車両をマーキングすることによって晒し者にすれば、せめて市民としての冷たい視線を浴びせかけることができるのではないか。秘密裏にことを運ぼうとしていた国家のメンツをつぶすことができるのではないかと考えたわけです。
問題は、抽出した中味の生卵です。何人がかりで作業したのかよくわからないのですが、ともかく卵の頭とお尻に針で穴を開けて、白身と黄身をバケツに吹き出した。S君が参加していなかったのでいったいどれくらいの量の卵白がバケツに貯まったのかはわかりませんが、作業者の中には生卵をバケツにではなく胃袋に収容することによって以降の人生を肥満者として過ごす結果になったと噂される人物が出たとか、卵焼きにしてデモの参加者に配ったとか、「今だから話そう、明かそう大会」では眉唾な話が飛び交った。
真実はどこにあるのかわかりません。仲間内では何度も何度も繰り返されてきた伝説の話ですが、何回聞いてもおかしい。どこか間が抜けている。だからなのでしょう、気まぐれで何年かに一回集う度に同じ話が繰り返されます。昨日もそうでした。また、同じ話が出た。実は、僕たちはこの間抜けな話を愛しているのかもしれません。
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月 - 3月 15, 2004
06:43 午後
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