受験生時代に僕は野沢那智、白石冬美の「
日産パックイン・ミュージック
」(1967年7月〜1982年7月)のファンでした。ひとりで勉強していても、あの番組を聞いていると不思議に元気が出てきたことを懐かしく思い出します。似たような奴や、バカな奴の投稿が"なっちゃん・ちゃこちゃん”の軽妙なトークに乗って流れてくると、僕はなぜか励まされているような気がしたものです。スイッチひとつでパワーオン。あらかじめ選局してあるので、時間がくればいつでも深夜の孤独な時間に"仲間"を感じることができる。その原体験が、僕のコミュニティ・ラジオのイメージを作っているのかもしれません。おそらく、ラジオというメディアをはっきりと自分のメディアと思ったのはこの番組が最初で最後だと思います。
それはさておき、インターネット・ラジオという形でも僕が発想する放送局を開局することは可能だと思います。しかし、放送を聞くまでの動作や利便性を考えると、現時点では旧来のラジオというメディアにかなうものはないと思うのです。iモードやインターネットで情報や仲間を捜そうとすると、利用者はいろいろと面倒な操作をしなければならないだけでなく、手に入れた情報を吟味して取捨選択しなければならない。つまり利用者の負荷がちょっと高いように思われるのです。
それに比べてラジオはスイッチひとつで情報が流れてきます。しかもポケットに入れて持ち運べる。いつでもどこでもその気になればアクセスできる。ラジオはそんな特性を持っていると思うのです。
その点、インターネットや携帯電話は操作が面倒です。僕のようなハイテク親爺や若い人は別として、高齢者たちにとってはけっしてやさしいメディアではありません。また、操作も面倒ですが、それなりに高価です。年金で生活する人間にとってお金を払ってまで欲しいと思うような情報はそんなにたくさんあるのでしょうか。この点については、僕のような高齢者予備軍と、今の高齢者とではかなり世代ギャップがあるかとは思います。それはともかく、ほとんどの高齢者は、家で、あるいは散歩で、ぼんやりまったりするときの情報に餓えているように思われます。
現段階では特別な調査をしたわけではないので、まだ正確なところはわかりません。ですから、定年後の生活をリアルに想像しなければならなくなった高齢者予備軍の妄想と思って聞いてください。また僕は高齢者予備軍としては少々ハイテク好感度が高い特殊な人間だということも前提にしてください。
そんな僕からすると、現在FM局の番組にはいくつか問題点を感じます。ひとことでいえば、「放送番組のほとんどが若者向けで、高齢者向けの番組がないこと」につきますが、詳細は以下のようになります。
●DJあるいはゲストのトークに知性を感じられないことがしばしばあること。
●早口、カタカナが多くてついていけないこと。
●普段、買い物や散歩で歩いている足下の街の情報が少ないこと。
まだ、他にもあるでしょう。ぜひ、コメントを突っ込んでください。ともかく、高齢者にとって感覚を共有することのできる番組が極端に少ないように思われるのです。世代的な話題の共有とか、懐かしむことを目的とした番組づくりとか、作り手と聴き手の一体感をうながすような高齢者向けの番組構成が極端に少ない。
高齢者に絞り込んだ番組提供というターゲッティングの発想は、僕が昔、BOXという雑誌の編集長をしてい経験によります。雑誌を支えてくれるのは、それを購読してくれる読者との間に成立する共有感です。「俺もそう思っていた」。「よくぞいってくれた」。「そうだよね」。「そうそう」。「へー。そうなの」。あやふやなものですが、それが現実の雑誌ビジネスを支えることになる。雑誌も、放送も根本的なところでは同じだと思うのです。共感の場を作り、共感感者の属性を明確にすることによって読者も広告も集まってくる。メディア・ビジネスの基本です。
もうひとつ、雑誌とコミュニティ放送局の類似点は、その規模です。
幸いなことに、あるいは残念なことに、僕は10万部を超える雑誌を編集したことがありません。正直に言えばたった1度だけ10万部を超えたことがあります。BOXの創刊号(1980年3月)だけは13万部を売った。しかし、12年間の雑誌発行部数の感覚的平均部数は5万部前後です。僕が立ち上げたいと思っている横浜市中区の人口は13万4,122人。電波は区の境界を越えて届きますから、隣接する西区(8万3,199人)、磯子区(16万3,819人)を入れると、約38万人。その内50歳以上の人口は約3割ですから潜在的対象視聴者は約11万人(正確ではありません)。そのうち何割が視聴してくれる可能性があるかが、コミュニティ放送ビジネスの採算を計算するときのベースとなります。まあ、仮に1割として1万人。ローカルを対象とした雑誌で確実に1万人を確保できればメディアとしてはそれなりのことができる可能性があります。ビジネスとしてのポイントはそこからどれだけリスナーを増やしていけるかが腕の見せ所となりますが、自分の経験からしても適切なサイズなように思われるのです。
広告メディアとして見るとコミュニティ放送局はとてもユニークな特徴を持っています。地域が限定されていること。リスナーの絞り込みが可能なこと。放送料が安いこと(コミュニティ放送局のスポットCMの値段は20秒で3000円が相場です)。
今は費用対効果を問われる時代。広告主は自社の製品・サービスを受け入れてくれるかもしれない可能性の高い視聴者を持つ番組を探していますが、同時にその効果も問題にします。その点20秒で3000円という価格は魅力です。この価格なら、別に大企業でなくても、地元の商店でも使えるはずです。むしろ、電波チラシとして使ってもらえるようでなければ、地元メディアにはなれないと考えています。
とはいうものの、実際にシュミレーションしてみると、さすがに放送料だけに頼っていたのではビジネスが成り立たちません。商いが小さすぎるのです。そこで考えたのが、メディア・ミックスです。インターネット・ラジオやiモードとの連動です。放送用のコンテンツをインターネットやiモードと連動することによって、時間の制約や、距離の制約から解放されることによって、リスナーを拡大しようというわけです。退職金をはたいてベンチャーしようというのですから、ひょっとするとこちらを優先する方が賢いのかもしれません。現在、放送機材の見積もりを依頼しているところなので、まだ結論は出せませんが、インターネット・ラジオの方がはるかに投資額が少なく、またリスクも少ないことは容易に想像がつきます。
なのになぜ放送にこだわるのか。今や、携帯電話にFM受信機能がつくような時代です。だから、やがてはPDAにもそれがきっとついてくることでしょう。ラジオは今後ますますコモディティ化して、ポケットのどこかにひとつくらいは入っているようになるかもしれません。
しかし、僕のこだわりは、そこにあるわけではありません。
それは僕の義理の母の行動を見ていて思うことなのです。義母はもうじき80歳。足腰も元気でかくしゃくとしているのですが、耳が遠い。そのお母さんが台所に立つときいつもラジオをフル・ボリュームにして聞いている。なのに「私には聞く番組がない」といつもぼやいているのです。そんな光景を目の当たりにしているせいもあってラジオの持つバリアフリーな特徴に気づいたのです。そしてそれをなんとか生かせないかと考えたのです。
僕もやがては高齢者に育つわけですしね。備えあれば憂いなしですもんね。今日のところはこれでお終い。