開発余話 「小津」とエキスパンドブック

 CD-ROM『The Complete OZU』

製作:東芝EMI株式会社 (1994年)
監修:小津安二郎生誕90年フェア事務局 山内静夫 田中真澄
制作:東芝EMI株式会社・松竹株式会社・MEDIA CRAFT・VOYAGER
協力:フィルムアート社・大映株式会社・ドナルド・リチー・山本喜久男他





日本語版「エキスパンドブック」開発の試作となったCD-ROM「The Complete OZU」の版面。
映画「浮草」で中村雁治郎と京マチ子が喧嘩する雨のシーンが表示されているが、今は亡き宮川一夫カメラマンの美しい映像と版面の色調が絶妙に調和している。これを見たボイジャーの米国スタッフは、日本語版「エキスパンドブック」の仕上がりの質の高さに大きなため息を吐いた。





コントロール・パレットは、日米まったく同じデザインだった。多重にウィンドウを表示することで注釈を入念につくった。小津安二郎の映画では、よく小料理屋がでてくるが、どの映画でも似通ったお馴染みの店構え、店の名前も「若松」だったりということを説明している。






直筆のシナリオとリンクをとり「東京物語」のラストシーンの詳細を記録する。
このラストシーンはトップシーンと対をなす構成である。東京へ旅仕度をする健やかな老夫婦のシーンは、ラストで、妻に先立たれ一人ぽっちになってしまった老夫のシーンに置きかわる。まったく変わりない尾道の風景の中に、一人の人間の厳然たる変化が展開されている。日常という時間の中に着実に忍び込む変化、別離を演出した特筆すべき効果といっていいだろう。


この作品では映画の表示を特殊な方法で行っている。たくさんの映画のシーンをMovieとして取り込むことは所詮不可能だったからだ。そのためにとった対応だったが、今見直すと本の中に映像を取り込む際の一つの方法として極めて効果的であったのではないかと思われる。ないものずくしのなかで考えた窮余の一策だったのだけれど、決して侮ることのできないアイデアであったかもしれない。
映画『浮草』のラストシークエンスでこれを体験していただきたい。 
シークエンスの各カットからコマを抜き構成した。カットの長さは正確なものであり、音声はそのまま使われている。 長いシークエンスのカットに対しては、時おり複数のコマを入れている。例えば、近景と遠景に人が動くようなカットにはこの手法が使われた。注意して御覧いただくと、随所に発見できるだろう。

『浮草』 詳細Movie(18.7MB)→ここをクリック!


<関連文章>
「小津のほとんどすべての作品は列車の場面を取り入れており、多くの作品の最後のシークエンスが、列車内あるいは列車の近くで展開する。『浮草物語』『父ありき』『彼岸花』『浮草』などの作品は、列車内で終わっている。『東京物語』『早春』などでは、終わりのほうのシーンに列車が登場している。その理由の一つは、小津が列車をまさに好んだからであり、別の理由は、仮に私たちにとってそうでないとしても、日本人にとって列車は今もなお、変化と神秘の運搬具であるからだ。遠くを走る列車の悲しげな響き、どこかで新しい生活を始めるために運び去られていく人たちへの想い、旅への憧れとノスタルジア……すべてこれらは、今なお日本人の感情をゆさぶる力を持っている。」

「映画の中の日本 小津安二郎の美学」ドナルド・リチー著 山本喜久男訳より


開発余話 「小津」とエキスパンドブック

米国でおこった電子出版の活動は、日本の私たちに多くの刺激を与えました。私たちはことあるごとにボイジャーのサンタモニカオフィスを訪ねて、起こりつつある胎動を自分のこととして受入れることに必死でした。そこは米国においてさえも特殊な変わった連中の巣窟だったわけで、日本の常識からはさらにまたかけ離れていたことは想像に難くないことでしょう。
であるにもかかわらず、なにを自分たちがしようとしているのかについて、常に討議されました。理解する方法を高めるための努力が第一で、方法を普遍化し、経済的な壁と戦う意志を基準とすることを掲げていたことはたしかなことだったとおもいます。
ボイジャーが推進した電子出版は、その多くを「エキスパンドブック(Expanded Book)」というソフトウェアによって開発されました。当然日本のチームはローカライズに当たったが、結構な難問に遭遇しました。ここでも経済的な苦労が一番であることはかわりありませんでした。そこで、東芝EMIが企画した映画監督“小津安二郎”の電子出版「The Complete OZU」を部分的に請負うかたちで下請けに入り、本格的な「エキスパンドブック」の日本語化の開発のテストケースとして “臨床実験”させてもらうことになりました。
日本映画を海外に紹介した評論家ドナルド・リチーの著作、「映画の中の日本 小津安二郎の美学」を実際の映画から参照できる対応を試みました。
銀座でドナルド・リチー氏とお会いしたとき、もうご自身でさえ忘れかけているかつての仕事が、新しい時代に継承されていくことを非常に喜んでくれました。しかし後になってわかったのですが、UCLA大学出版局がこの作品の版権を抑えており、リチー氏へは一円のお金もまわることはなかったのです。権利の範囲は、今後出現するあらゆるメディアを含むとあったということでした。

日本的「縦書き」表示もなされたし、ルビや禁則などについても配慮されました。しかし根本のところは、先行した事例から多くのことを学び、それを日本的状況の中へもってきたということでした。「A Hard Day's Night」や「Poetry in Motion」といった黎明期の電子出版が目指したデザインの片鱗を、日本語の作品のなかに幾多も見ることができます。
日本語は日本語でお互いに影響を与えていました。例えば「The Complete OZU」と寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」を比較するとそのことがよくわかります。両者には明らかな共通点があり、版面のデザインを一つの共通したインタフェースとして継承していこうとした形跡が見られます。
このことはその時は気付かなかったことでした。時間を経て、ようやくわかったことです。電子出版においてさえ、自分たちが連綿と続いていく流れのなかにあり、点と点を支えるように存在しているということなのではないかと思います。