CDコンパニオン『ベートーベン第9交響曲』

表紙
画面最下部にある「About the CD Companion」をクリックすると以下の記述がある。

■この製品はボイジャー社のソフトウェア開発チームによって作成されました。チームメンバーは、
ピーター・ボグダノフ
スザンナ・ゴットリーブ
シメオン・レイファー
スティーブ・リギンズ
スティーブ・ワーレン
マイケル・ヘンダーソン
そしてジェーン・ウィーラーです。
チームすべてのメンバーがこの製品のすべての部分に関わって作成しました。ピーター・ボグダノフはロバート・ウィンターと協力体制をとりながら楽譜表示のプログラムを可能にしました。シメオン・レイファーは第9ゲームの基礎となるコードを作成しました。スティーブ・リギンズ、スティーブ・ワーレンはベートーベンの世界、鑑賞の手引き、アナリーゼ等のハイパートークのスクリプトを作成しました。インターフェースグラフィックデザインはマイケル・ヘンダーソンです。チームリーダー兼編集長は、ジェーン・ウィーラーでした。

■さまざまのサポートに対して、特にアリーン・スタインにお礼のことばを贈ります。また、このボイジャー製品のデバッギングテストに協力してくれた、マーク・ブレムス、ドアンナ・エッジ、テリ・フォレスト、ケン・グルバーマン、ジョン・ポッター、シャロン・ルートに感謝します。

■ニューヨークのマークル財団から、このCDコンパニオンシリーズの開発に際して、多大な援助を賜りました。新しいエレクトロニクス技術を駆使したこの画期的製品を世に送りだすにあたって、プロジェクトを計画当初から強力に支持してくださったマークル財団のエディス・ビョンソン氏に厚く御礼申しあげます。

■作者について
ロバート・ウィンター。学者。ピアニスト。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)音楽学部メンバー。1974年以来UCLAで教鞭をとる一方、作家、共著者、編集者としても活躍している。演奏、作曲、アナリーゼなどに関して多数の著書があり、ベートーベンに関しても3冊の著書がある。ラジオでの司会者、演奏者としての活動もあり、モーツァルトとベートーベンを扱った10週間にわたるシリーズプログラムでもよく知られている。「音楽は自発的で生き生きとした環境の元で学習されるべきである」という信条に基づき、多数の番組を他にも制作している。彼の活動は、アメリカ国内にとどまらず海外においても毎年、演奏、講演を行なっている。現在、サンタモニカ在住。ジュリア夫人、養子のダーリン君、お嬢さんのケリーさん、猫のデージーとMacの奪い合いを演じる日々とのことである。

■日本語版クレジット
制作協力  高橋龍一(株式会社テレビマンユニオン)
翻訳協力  高部悦子
編集/技術  祝田久、北村礼明、田島惠介、今川千佳夫、鎌田純子、佐藤槙子、山本賢次 
日本語版制作・発売  パイオニアLDC株式会社 1990年7月25日

*当時私はパイオニアLDC株式会社で制作全般を統括する責任者だった。制作には第一課から第三課まであり、第一課が、映画でもない、音楽でもない新しいコンテンツの開発をする担当部署だった。編集/技術にあたったのは制作第一課に所属するメンバーだった。


CDコンパニオン どんなものか?

目次


最初にクリックすると目次が現れる。
このスタイルはボイジャー作品に共通する、本から受けた「啓示」とでもいうものだった。
目次の章、「ベートーベンの世界」を選択してみる。


「ベートーベンの世界」( Beethoven's World)


更に章を細分化した節が現れる。その中から「ベートーベンの生涯」を選択してみよう。


「ベートーベンの生涯」


最下のメニューバー右端に注目。ここに「20 of 124」とある。
これは本でいう「ノンブル」である。今、124ページの記述中20ページ目を見ていることになる。
ページは矢印で進行あるいは逆行できる。
この一連のくだりでは、ベートーベンの「不滅の恋人」とされたアントニー・ブレンターノについて記述されている。以下、その詳細テキストを示す。

ベートーベンは女性との恋愛に破れ辛い日々を送っていたのである。その相手が誰であるかについて、彼の死後1世紀以上もの間、特定することができなかった。彼女は研究者の間ではずっと「不滅の恋人」という名で呼ばれていたのである。
この「不滅の恋人」という名は、ベートーベンの手紙から採られている。1812年、その謎の女性にあてて書かれた長い感動的な手紙の中で、このことばが用いられていたのである(この手紙はベートーベンの死後の1827年、彼の机の中から発見された)。約1世紀半もの長い期間にわたり、学者たちはこの女性が誰であるかについて白熱した議論を展開しつづけた。この過程において本当に多くの名前が候補にあがった(その中には「月光ソナタ」の献呈者ジュリエッタ・ギッチアルディやテレーゼ・ブルンスヴィックの名も含まれていた)。伝記作家は彼の周辺に現われた、可能性のある女性をつぎつぎに結びつけてみては、解明をこころみたのである。
1970年代にアメリカの学者であるメイナード・ソロモンは全ての記録をまったく新たに調べなおした。そしてきわめて確実性の高いデータ・解釈だけを抽出する(もちろんその中でも新しい候補者の名が次々と浮かび上がっては消えた)。断片的な手掛かりをたよりに捜索はつづけられた。結局最後にたどりついたのが、アントニー・ブレンターノである。ベートーベンの友人であり、支持者であったフランツ・ブレンターノの夫人であり、2人の幼い娘の母親であった。ベートーベンがブレンターノ一家とはじめて出会ったのは、1810年のことである。そしてこの時以降、ベートーベンは頻繁に音楽の夕べをこの一家と供にすごしている。アントニーは病気がちであった。ベートーベンは彼女の具合が悪くなるたびに彼女の寝室の隣の部屋にピアノを弾きにいったという。2人の間に芽生えた友情は、1811年には愛情へと高められ、ベートーベンはアントニーに「愛する人に」という歌を捧げるまでになる。
1812年友人にあてて書かれた手紙の中で、ベートーベンは、恋人との間をへだてている「壁の存在」について嘆いている。壁とは、もちろんアントニーが既婚者であることを意味しているのだ。ソロモンの解釈によれば、アントニーはこの頃、家族を捨て、ベートーベンと共に暮らす意志を表明していたらしい。しかし、良心的で道徳心の厚い女性がこのような犠牲を払おうとしたことがかえってベートーベンを追い込むことになるのである。彼は人生で初めてこのような困難に直面し、深い悩みをいだくことになるのである。
ベートーベンはその生涯のほとんどの「恋の機会」において、彼が興味をもった女性から拒絶されたり、時には嘲られたりしてきた。(それは、なぜか手がとどかない女性に興味をもつことが多かったせいもあるだろう。)しかしこの時初めてベートーベンは自らが愛する女性に、自分がその人を愛するのと同じように愛されたのだ。夫と家族を捨て、ベートーベンと共に生きようというほどに彼の気持ちにこたえる女性が登場したのである。


「鑑賞の手引き」 ( The Art of Listening )


「鑑賞の手引き」 の目次。


「ソナタ形式」


ソナタ形式の歴史からはじまり、その音楽的な構造などについて詳細説明がなされる。


「アナリーゼ」( Close Reading )


本の記述に従って、必要箇所の音声を引きだすやり方と、音楽を聴きながらその速度に合わせて本のページをめくっていくやり方がある。「アナリーゼ」は、後者を示す。スタートを押すと、自動的に演奏が始まり、それに伴って記述のページも繰られていく。


符点リズム


演奏が始まって55秒後に上記ページが表示される。ここには以下の記述がある。
「この第1楽章では鋭い「対比」がみられる。ここではトランペットとティンパニーがオクターブで符点リズムのパートを奏でる。一方木管楽器がそれに優しく対応する。」
記述の下に「符点リズム」のボタンあり、それを押すと、


符点リズムのスコア


「演奏 符点リズム」のボタンを押してみると、実際の演奏と、スコアの進行が表示される。

詳細Movie(16.3MB)→ここをクリック!


「ゲーム」( The Ninth Game )


全てを読み終わり(聴き終わり)った最後に、ゲームの章がついている。


問題と解答


問題は、ヒアリングゲーム、譜面ゲーム、伝記ゲームからなる。


正解だと、ファンファーレが鳴りベートーベンがおどけてサングラスを掛けたりする茶目っ気に満ちたものだ。


詳細Movie(4.8MB)→ここをクリック!


<参考文書>
アラン・ケイ  ボブ・スタインと私はかつてロサンゼルスからアタリヘ行く飛行機の中で、音楽について話をしたことがある。バッハのフーガの効果について知ろうと随分と時間を費やしたことを覚えている。こうした形式を処理しなければならない会話でうまくいったものの多くが、ロバート・ウインターがベートーベン・ディスクでやったことと同じである。私たちが決して掴めなかった難しさとは、音楽の階層をなしている内容なのだ。ベートーベン・ディスクにおいてさえそれは存在していない。
西洋音楽は、われわれがハーモニーと呼んでいるものの偉大なる発見者だ。ハーモニーを学ぶことは難しいことではない。5分では学べないにしても、二週間もあれば知りたいことをほぽ学ぶことができる。テニスを学ぶほど難しくはないが、決して即席の経験で学べるものでもない。
私はかつて、マッキントッシュは批評するに足る最初のパーソナル・コンピューターだと言ったことがある。これと同じ意味で、私はベートーベン・ディスクが批評するに足る最初のニューメディア作品だと言いたい。私の主要な批判は、ベートーベン・ディスクが私の考える西洋芸術の優れた特質を除いていることだ。西洋芸術は情感からの出発を試み、そして技術を通してそれを増幅させる。多くの西洋芸術、特に音楽において顕著な人間性の両面を融合させようという試みは、西洋芸術以外に例がない。ベートーベン・ディスクのユーザーは、このような洞察を得ることはない。彼らは第九について、今までに実際に知っていたこと以上の知識を得ることができる。彼らが学んだことはシンフォニーの上をいかに歩き回るかといったことで、彼らはなぜシンフォニーとして機能するのかを学んだわけではない。
この内容の問題は、私たちが関わるべき重要な課題の一つである。これは公共放送機構(PBS)のカール・セーガンの番組を見終わったとき、宇宙物理学について何かがわかったように思うことと似ている。現実には、彼らが学んだことは散髪屋の物知り談議のようなものである。カール・セーガンの本を買いに行くような人は幸運な人たちだ。そうして始めて宇宙物理学の何かを学ぶことができるのであって、テレビ番組からは学ぶことはできない。
五分間ではなく二週間の学習経験の主題で何をしたかったのか、私はボブ・スタインに意見を求めたい。

ボブ・スタイン  私としてはベートーベンは五分というより10分の学習体験のように思う。多分二週間というようなものではないだろう。やはりディスクには欠けているものがある。
実は私は、教育のセッションの最後のところで出たインタラクティヴイティーについての質問に対して、このディスクの作者が答えたことに反対だ。このディスクをインタラクティヴにするのは、学生にノートをとりやすくさせるとか、自分の意見を付け加えやすくするとかいうことではないと思う。ベートーベン・ディスク、いや私たちがインタラクティヴと呼んでいる他の多くの作品に欠落しているものは、二つのレベルでの対話だ。まず一つは、ユーザーが内容を一語一語問うことができること。読んでいて文中にわからないところがあれば、その質問に95%は答えられるのが良質なインタラクティヴな作品だ。
第二のレベルは、ベートーベン・ディスクに非常に密に関わっていることだ。音楽の構造を理解しょうとしたとき、それを自分で触って動かせることが必要だ。もし音楽が一定のテンポで演奏されると言われているのなら、私はテンポを変えてみたいと思うし、音がどうなるかを聞いてみたいと思う。誰もがそうやって学ぶ必要があるかどうかはわからないが、私はそうするだろう。私は、音楽を粘土の塊のように触って動かしたいのだ。
このことは今日のテクノロジーで可能だ。それをうまく岨噛できないのではないかと考えたため、私たちはこの時点では入れなかった。また、MIDIの周辺機器はつけないということだったので。しかし、私たちの次のディスク、ストラビンスキーの「春の祭典」ではそうしわ機能を備えることにしている。
私たちがやったことについて釈明はしない。研究開発などと対峙しながら出版人であり続けることの問題の一つは、一日一日を生き延びることであり、そのためには家庭市場でのヒットが重要なのだ。私たちは幸運にも十分批評するに足るベートーベン・ディスクを作ることで、求められる最低限を明らかにすることができた。
こういったことをしている中で私たちが抱える一番大きな問題は、批評が足りないということだ。人々は、私たちの作品について何が良くないのか言うことができないでいるのだと思う。私たちはマーケティングに焦点を絞ったものではなく、作品の構成や内容の批判を中心とした出版物や話し合いの場を必要としている。私たちは十分賛同を得ている。われわれは、インタラクティヴ作品に磨きをかけていく上で、意見の相違や疑問をもっと必要としているのだ。

『マルチメディア』岩波書店刊より


ボイジャー、勇躍サンタモニカへ


ボイジャーで仕事をするロバート・ウィンター教授(中央)。
背を向けている右の人物は、ボイジャーの代表ボブ・スタイン。



季刊『本とコンピュータ』4 1998年春号
連載記事「異聞マルチメディア誕生記 第四回」の中に、「CDコンパニオン」が作られていく過程の詳細が記述されている。

*立ち読み版をInternet Explorerで見るにはPlug-inを必要とする。詳細情報は以下をお読みください。

http://www.voyager.co.jp/dotbook/about.html