INDONESIAの民族楽器電脳GAMELAN部インドネシアの政党
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MJのおへや
DANCING MJ
MJとあそびましょ
ホントは、MJが大すきなのに
とおくにすんでいて
なかなかあえない人のためにつくりました
たくさんあそびにきてね……

98年1-4月98年5-6月
98年7-12月99年1-6月
99年7-12月2000年1-6月
MJバリの風景(98年8月)
JJS体育祭(99年7月)
JJS体育祭(98年10月)
ハロウィン(98年10月)

2006年3月
「るっちゃ〜ん、靴下の穴、くつろいで♪」と言うM
(正しくは「繕って(つくろって)」です、念のため)。
4月からは高校生。
さぞかしリラックスした高校生活を送るのでせう……。

2006年2月
JはMの3歳年下だが
いつの間にやらMの身長を5cmほど追い抜いちゃった。
Jの少年少女部の会合にMが同伴した時
担当のお兄さんだかお姉さんにMは「妹さん?」と聞かれたらしい。
すかさずJが
「いいえ、お兄ちゃんです」と答えたそうだが
それはそれで間違ってますから!

2005年5月21日
Mは将来校長先生にもなりたいのだと言う。
そういえば私も彼女と同じぐらいの歳に理想の学校構想を練ってたっけ。
その頃のノートとか残ってたら面白いのになぁ。

Mは「行事満載学校」にしたいらしい。
いろんなコンクールとかにどんどん生徒を出してあげたいって。
バスケットコートは2面ある体育館を作り
剣道場も柔道場も野球場もサッカーコートも別々に設けて
絶対に運動会はやるのだという(今の学校はないからね)。
自然が一杯の学校にして土日はグラウンドとかは市民に開放するんだと。
それ学園じゃん?って言ったんだけど自分で作りたいらしい。
じゃあ校長先生じゃなくて創立者にならなきゃいけないし
もしかして政治家の方が良いかもって話をしたけど校長先生がいいらしい。

この年齢の子どもは一度はこういうこと考えるもんなのかしら?
なんか初めて「自分と同じことを考える娘」を見た気がする。
いくらかかるのかなーと瞳を輝かせる彼女が妙に可愛らしかったよ。

2005年3月
春休み中の部活のスケジュール表を見て
「ターンタンタータ……かなぁ」と言うM。
ナニ?と思ったら
部活のある日の○を音符に休みを休符に見立てて読んでみたらしい。
あのぉ、ぜひとも普通に読んで下さい……。

2005年2月
わたしが帰ってきた時に夫がいなかった。
けっこう夜遅かったのだけどこのところ忙しいみたいなので
まぁそんなものかなと思っていたんだけど
Mが「どうする?『実家に帰らされてしまいます』って言って
いなくなっていたら」と言う。
…………強制送還ですか?

2004年12月25日
「合気道したいなぁ〜」とM
(彼女は柔道も空手もやりたい。エネルギー余りまくりなもよう)。
するとJが「えっ、再起動したいの?」と。
再起動っつうか、そもそも起動して欲しいのね。
コタツでゴロゴロしながらそういうこと言ってないでさ……。

2004年9月17日
明日の運動会のお弁当の材料をMJと買いに行った。
わたしはもともと会計時もぼんやりしているけれど
だからこそ子どもがしっかりするんだろうか。

レジの列を抜けたらMがレシートをパっと見て
「るっちゃん、私たちカリフラワーなんか買ってない」と言う。
ふむ。確かに。398円。
でも、だからってどうしろっての?
いーじゃん、面倒くさい、と言う私を尻目に
レジに並び直してしっかり398円を取り返してきたM。

あまりに手際が見事だったので
「そんなもの、買いません」と言って素通りした
お菓子を買ってきていいことにした。

そしたら
ピッタリ398円分のお菓子を選んで買ってきた。
ミルキーとキャラメルコーンとコンポタ。
う〜ん。素晴らしすぎる。

この人を見てると
学校の勉強が全てじゃないって
ホントに思うよ(おい)。

2004年9月
Jは相変わらず二文字の日本語に弱い。
「すね」とか「うで」とか何かその辺が混乱してる。
正確には何て言ったか忘れちゃったもんで
思い出し次第更新するけど、
とにかくまた私たちを固まらせるような言い間違いをした。
で、「まったくJのギャグは……」って言ってたら
真顔で「え〜、ギャルじゃないもん」って。
一粒で二度笑わせていただきました。

2004年5月2日
調子が悪かったのでJに
「体温計取って」と言いました。
そしたらしばらくして
「36度7分だよ!」との答えが。
違う。君が計ってどうするんだ。
計ったそばから忘れちゃうぼのぼのM
気を利かせ過ぎちゃうJ
中庸はないんですか、あなたたち。

2004年4月6日
Jはデリケートです。
今日は待ちに待った新学期。
副班長をやる登校班の顔合わせもありました。
家に帰ったら突然「気持ち悪い」とダウン。
吐いたり戻したり(同じか)と一時は大騒ぎ。
取りあえず落ち着いて眠ったなと思ったら
「人はなぜ老いるのか……」とつぶやく声が。
また例の哲学問答が始まったのかと思ったら
一眠りして気分の良くなったJが
ワタシのテキストの背表紙を読んでいただけでした。焦った。

2004年2月24日
M、4月から中学2年生になります。なのに。
「ねー、1年って何日?」って聞いたのみならず
「645日だよね?」と言い出すしまつ。
それは!大化の改新だ!ぼけっ!
隣の部屋にいるJ(小学4年生)に「365日だよー」と言われ。
それでもめげず、父の「でも今年は違うんだよ」との言葉に
「645日なの?」と。
だからっ!それは大化の改(以下略)

ワタクシ、大化の改新には思い出があります。
中学受験の時に隣に座った子が休み時間に
「大化の改新って何年やったっけ?」と聞いてきたのです。
まぁ緊張して記憶がぶっとぶ心境は理解できるけど
さすがにそんなメジャーなもん分からなくなってちゃ
この子はオシマイだろぉと思ったものでした。
だけどね、蓋を開けてみたら受かってたのね、その子も^^;。
競争率3-4倍ののどかな時代だったからね……。
今や10倍の難関となった母校をMに受けさせたのは無謀だったか?

2003年9月22日
「ドゥクシ、ドゥクシ」
何だと思います?実はこれMの動きの効果音なんだそうです。
一歩踏み出す度に「ドゥクシ、ドゥクシ」って言うのね。
君はロボコップかっちゅうの。
しかし、この重量感のある効果音がなんかピッタリくるんだなぁ。
ああ、花も恥じらう乙女のはずなのにぃ。
ちなみに、地面の何かを踏む時には「ぶみ」って言うそうです。
それは「bumi」からきています。はい。インドネシア語です。
「buka〜っと開ける」とか「お風呂がpenuhってる!」と言っていた
4歳児の頃と変わりゃしません。

2003年8月9日
この夏はちょっとシェイプアップを心がけています、私。
8月に入ってから一人暮らしで食べる量ががくんと減っているので
2キロ体重が落ちました。見た目にもいい感じです。
と、言ったら。Mが
「るっちゃん、そんなことしたら『骨なし皮えもん』になっちゃうよ!」と。
ええ〜っと、それは、つまり……
「『骨皮筋右衛門』だろっ!」とすかさず夫の突っ込み。
私ゃ一反木綿かっちゅうの。

2003年7月
「J、部屋にボヤボヤしに行こ〜」と誘うM。
あっさり断られちゃってどうするかと思ったら
『ドナドナ』の曲に「ボヤボヤ」を当てはめて一人部屋で歌い出した。
「ぼーやぼやや(あーる晴れた)ぼーやぼやや(ひーる下がり)……」
どこまで続くのかなと聞いていたら「ぼやぼやぼーやぼーやー」と
最後まで熱唱。私たち3人は和室で腹抱えて笑っていました。
何でこんなんなの???

2003年7月1日
お父さんに「電話帳取って!」と言われたJ。
本当は押し入れの棚の中に入っているのだけど、
テーブルの周りとかリモコンのあるとことか見当違いのところばかり見るJ。
「何やってんの???」と言われようやく気がついて言うことにゃ。
「ああ、タウンページのことか!」
!!そんな言葉知ってたんですか!?お見それしました!
彼女は「電話っちょ取って」と言われたと思ったらしく
子機を探していたとのこと。しかし「電話っちょ」って何だんねん。
と思ったら「お姉ちゃんがそう言うんだよ」と。
ああ、ただでさえ通じない日本語をややこしくしないで……。

2003年7月
「月光」(by鬼束ちひろ)とか聴きながら『りぼん』を読んでいる
MJっていったい……。

2003年6月27日
しげしげと私を見てMが「るっちゃんの髪きれい」と言った。
実は自分で髪を切って染めたところ。
お年頃のMにはすぐ分かるのねと感心していたら
「っていうか、今まで毎日会ってたから気がつかなかったけど、
るっちゃんって美人」と言い出した。
えぇ〜っとぉ。取りあえずありがとう。
悪い気はしませんが。しかし、唐突に気づくもんなの?

なぜだか熱を測っていたM。
ピピ〜ッピピ〜ッっていってるから(電子式なのね)
「何度だった?」って聞いてみたら
「あっ」って。
測るだけ測って何度だか見るの忘れたらしい。
頼むよ、ホントに……(涙)。

2003年4月25日
♪屋根よ〜り高〜い鯉のぼり〜♪
季節ですね。お出かけするとあちこちで耳にします。
しかし、Mが続きを歌うと……
「♪美味しい真鯉はお父さん♪」
あぁ……驚異の食欲は鯉のぼりまで食べちゃうのねん。

アタシゃはっきり言って、MJのコーナーはJが5歳ぐらいに
なったら笑える勘違いとかなくなって自然消滅するんだと
思ってたんです。いやはや、どうしてどうして。
こうなりゃとことんやりましょうとも!

2003年4月22日
バスケ部に入るんだって!M。
今週からお試し入部が始まって。帰ってきて言うことにゃ。
「♪きびし〜、ファイト♪ファイト♪ファイト♪ファイト♪
そ〜れ、ファイト♪ って走りながら歌うんだよ。
まだね、一年生は上手に歌えなかったの」
えーと、それはアナタ。歌ってるんじゃなくて
かけ声っていうんじゃないんでしょうか???
(それに最初の「きびし〜」は何か別の言葉のような気がする
はい、後から判りました。TBCでした。T中・バスケ・クラブ)

2003年4月
M、今年から中学生です。ストレートパーマをかけショートボブで
すっかり今時のお姉さん風にイメチェン。制服もよく似合います。
でもね、中身はまだまだほのぼのなんです。
夕食の時に買わなければならないものを伝えてくれたんですが。
M:「えぇっとね、アルカリ絵の具がいるの」
はて、アルカリ絵の具???
えーっと、リトマス試験紙は自分の方で色が変わってくれるんだし
絵の具で敢えてアルカリと言うからには……えーっと、えっと……。
はっ。
る:「もしや、先生が言ったのはアクリル絵の具?」
M:「あ〜、そう言ってたかも!おんなじじゃん??」
ちが〜う!!ま、楽しい中学生活であるよう健闘を祈る!

2003年1月
ワタクシ春の府議選でウグイス嬢をいたします。
嬢という年齢でもありませんけどね。
ま、それで当然「ユウゼイって何?」「選挙ってナニ?」
って話をMJとするのですが。
「Mができるようになるには、え〜っと、あと13年?」
って言うから、おかしいな、あと8年じゃないのかなと思ったら
Mが言ってるのは被選挙権の話だった。
アンタ立候補するつもりなんかいな……。
やっぱ……どっか違う。

2002年12月
いったいどこから出てきたんだろうと思っていたMの
のんびりさというか大らかさというかぼやぼやぶりというか……。
でも、分かったんです。
おじいちゃまがね「ホンマ似てるなぁ」と言うわけです。
誰に?と思ったら、おばあちゃまにだって。
右向けゆうたら一日中でも向いていて、
買い物に行ったら「お父さん財布すられましたわ」と
帰ってくる。そういう人だったんだって。
か、隔世遺伝でしたか。
でもそういう話をするお義父さまがとっても嬉しそう
だったりするからよしとします。今日もほのぼの。

2002年11月17日
TVを観ながら「この人ペドロさん(スクールバスの運転手さん)に
似てるよねぇ」というので見てみたら、なるほど……。で、この人
誰だか知ってるの?とJに聞いたら、自信満々で
「うん!ペーコ・ジャパン!」
………………ジーコ、でしょ?

学研の懸賞かなんかに送るハガキをお父さんに書いてもらってたJ。
「Jの憧れの職業って何なんだろうなぁ」と聞かれて
「え?憧れのショクリョウ?」と目を輝かせる。
ですね、ですね。どーしても食べ物方面の言葉に聞こえちゃうのね。

2002年10月30日
テレビに出ている「五木ひろし」のキャプチャーを見て
M(小6)が「あれ、何て読むの?ゴモクひろし?」と。
ちゃうわ〜!と言ったら「じゃあゴキひろし?」とな。
ああ。帰国子女ってこんなんですかい?

2002年10月27日
日本の都道府県を覚えている受験生M。私が留守している間に
お父さん監督の元かなりの成果をあげたからそれを披露したいと。
「はい、日本海側を九州から」とか「太平洋側を戻ってきて」
とかいうやり方は今私にやってみろと言われてもできないから
それなりに感動しました。でもね。九州のある部分でひっかかって
夫が「ouch!」って言うからどないしたんかと思ったら「大分」
(おー痛)のヒントやった。どんな覚えさせ方やねん……。

2002年7月29日
昨日はベッドの側に出てきた小ちゃなクモを怖がって
私に飛びついてしゃくりあげるほどの大泣きをしたJ。
だっこしながら「クモのどこが怖いの?」「Jを噛むようなことはないよ?」
「Jを他の虫から護ってくれてるんだよ?」といろいろなだめたっけ
(実は私もクモが苦手。大きい小さいの問題じゃないってJの気持ちは
すごぅく分かる。Jに話したのは全部普段から自分に言い聞かせてること)。
そしたら今日は同じところに出てきたクモに「笛を吹いてあげたの」とな。
この豹変ぶりはなんだ。「Jに『お誕生日おめでとう』って言いに来て
くれたから、そのお礼」なんだって。
J、8歳から9歳への大変身。

2002年7月7日
近々阪神戦を観に行くのでちょっと野球に興味の出てきたJ。
TVを観てて「うわ〜、デッドボール」ってシーンで
「じゃあイエローボールもあるの?」って言うからみんな固まっちゃった。
ライオンがダイオンになっちゃったり元々「だ」行と「ら」行は苦手なのは
知ってたけど。とっさに何を言っているのか分からなかった。
「デッド」と「レッド」を聞き間違えていたのね〜。
それにしてもちょっとワールドカップ見過ぎかなぁ
(選手にJの好みの人がいっぱいいたらしい。観点が違う……)。

2002年6月22日
サンティアゴのお友達にメールを書いているJ(8歳)。
「つ」ってどう打つの?っていうから(ローマ字入力なんです)
「tuだよ」って言ったら「それは『とぅ』でしょう?」ときた。
はい。確かに。さすがアルファベットの国育ち。
子音と母音の組み合わせで50音をチリ人のお友達に教えようとしてたMも
「つ」とか「ち」とかで困ってたっけ。
そのうち濁音や拗音の存在に気づいてパニクってた。
日本語もなかなかに難しいよねぇ。

2002年6月20日
修学旅行先の広島で、そういう人にアンケートに快く答えてもらえたらしく、
この頃Mは「モヒカンみたいな頭をしていても優しい人はいる」と繰り返す。
「人は見かけで判断しちゃいけないよね。るっちゃんみたいな人もいるし」
ってここで引き合いに出されるアタシはどんな見かけやねん?

2002年6月10日
ひいおばあちゃまの耳が遠いので、以前に増してジェスチャーを用いるMJ。
「分からない」と言いたかった時に、欧米の人がやる
両手の平を天井に向けて肩をすくめる仕草をしてしまったので
ひいおばあちゃまにはますます分からなかった……
(でも何でそれが通じないかMJには分かってない)。
毎日楽しい家庭内クロスカルチャー体験。

2002年6月9日
「自然との対話」写真展に行くためにドライブしていたら、
スポイラーっていうの?車の尾翼とでも言う感じの、F1とかだったら
スピード出した時に車が浮かないようにするために車体の後ろにつけてる翼、
あれのバカでっかいのつけてる車が目についたんです。
そしたらMが目を輝かせて「あの車、飛ぶの?」って……。
飛びませんって。M、小学校6年生。いいのかこんなほのぼので。

2002年2月23日
またお風呂でお父さんとの会話。
5月にはチリを離れることがほぼ確実な我が家。
いっぺんは日本に帰ります。
J「日本にはいつまでいるの?」
父「わかんねぇなぁ。腹が決まってないからなぁ……」
J「えっ?食べ物が?」
父「?????」
J「どんな食べ物があるのか分からないと次の国へ行けないの
かと思った……」
それは確かにあなたにとっては最重要事項よね……。

2002年2月21日
こっち版の「カードキャプターさくら」をMJと見てた。
オープニングで「あ、ズレてるね」とMが言う。
おお、さすが我が娘、変な旋律になってるのに気づいたかと思ったら
彼女はカットに対する音ズレが気になるのだと。
言われてみれば確かに半秒ぐらいずつout of syncぅ。
ヒトって見るところが違うのね〜となぜか楽しくなった。

2002年2月14日
おっと。Mが「ほっぺにチュウ」を嫌がるようになっちゃった。
お父さんだけかと思ったら私が相手でも恥ずかしいんだって。
11歳。そんなもんすか(「キョロちゃん」とかまだ見てるのにっ)。

この夏休みに作ったらしいMの新曲?をupします。
ピアノに目覚めたJのための練習曲
恐らくお友だちがブルグミュラーのアラベスクを弾いているのを聞いてできた
なかなか美しいメロディじゃないっすか(はい。毎度親バカで)。

2002年2月8日
授業参観。リコーダーのスケールの練習だというのに一人で体を揺らして
情緒あふれる演奏をしているM。まぁ「レガートで」って指示を出されてた
からそれはそれで雰囲気出てるんだけど。でも直立不動的クラスメイトの
中でああいう子は目立つなぁと苦笑いしていたら、見ているお母さんの中で
リズムを取っているのは私だけだということにも気づいた。う。

2001年12月20日
陶芸展を見に行ったら。「あれが欲しい〜」「これも素敵〜」と言う
子ども達の中で、ひとり「習いたい〜」というM。
「これ以上習い事増やしたら身動き取れなくなるでしょうがぁ」って言ったら
同行したYさんが「仕方ないよ、血筋だね」って。
あどぅ〜。

2001年12月19日
昨日までにハリー・ポーターを3巻まで読み終えてしまって。
寂しがることこの上ないMJ。
「英語(とスペイン語)なら4巻があるよ」って言ってみたら
Jが「英語はちょっと……」って言うから
「読めないよ」って続くのかと思ったら
「……ちょっと難しいかも」だと!
ぬかすな、おぬし。とこれを書いているうちに
「じゃ〜英語かスペイン語貸してね〜」って取りに行っちゃった。
た、頼もしい……。

2001年10月6日
な〜んであんな話になったんだっけな、とにかく、情報の基本単位、
「bit」について、世界を股にかけて活躍する超有能な情報分野の
専門家がふたぁり、天下無敵の脳天気娘Mに説明しようとしてた。
「(電灯を指さしながら)この電気にはどんな状態があると思う?」
お分かりのようにここでは皆「『点いている』と『消えている』の2種類」
という答えを期待してます。0か1かで現すbitの話の予備段階なんだから。
ところがMが言うにゃ。
「点いてるか、消えてるか、壊れてるか?」
なっ、なるほど〜!大爆笑してしまいました。さすがジャカルタ日本人。
out of orderって技術移転においても重要なファクターよねぇ。
さっ、専門家諸氏よ。続きの説明に期待しますぞ。

2001年9月23日
MOちゃんのお母さんはお父さんのお姉さん。
なのでMOちゃんはお父さんの「めい」。
じゃあMOちゃんの弟のRO君は?
M:「ん〜、同じ?『めい』?」
それは女の子の場合だってば〜。
M:「あぁ♪じゃあ『めお』?」
……日本語の語尾を変えて男性名詞化するなぁ!

そういえば尻取りも「はなこ」で終わったら「o」から続けようとするし、
「きりん」で終わっても「n」+母音で続けちゃうからエンドレスだったり
してたなぁ……日本語の枠からはみだしっぱなし……。
Mもうすぐ11歳。ワタシは不安です。

2001年9月14日
学習発表会を明日に控えているというのにJが風邪でダウン。
熱が高くて鼻もズルズル。さらに「気持ち悪い〜」と言うので
「どこが?」と確かめたら「」だって。
顔が気持ち悪いって、あぁた。
鼻が詰まっておでこが痛んでたら確かに不快な部位は「顔」に
集中しているんだろうけどね……。悪いけど笑っちゃった。

食欲が回復してからおじやを作ってあげて、ねこまんまとおじやの
違いとか説明していたら「『ねこまんま』ってスペイン語?」とな。
「まんまだよ〜、あ〜ん」とかって育てられなかったしな……。
それにしても、おみそ汁をご飯にぶっかける食事なんかをスペイン語圏の
人がすると思ってるんだろうか??? なんか力が抜けるぜ。

2001年9月4日
冬休みと一時帰国を挟んで一ヶ月半ぶりぐらいのバレエ・レッスン。
「これなぁに?」と言われて貼り紙を読んでみると「今日はWebのための
取材があるから、髪をまとめて黒いレオタード着用のこと」との注意書き
だった。そんなの今初めて知ったし〜。まぁ「それができてない人は
写真に写りませんよ」みたいな書き方だった(ようだ)から、そうして
くれることで迷惑がかからないんだったら、まいっかと思っていた。
しかし、蓋を開けてみたら、MJともに黒いレオタードを着てるじゃ
ないの(普段はブルーとかピンクとか派手な色なのよね)。髪もいつの
間にか自分できちんとしてるし……。ぼんやりしているようで、こういう
虫の知らせ的カンが働くから物事がうまく運ぶのねぇと改めて感心した。

2001年9月
アルファベットのパスタに色をつけて、ボンドでヘアピンとかに
貼り付けてオリジナルアクセサリーを子どもの頃作ったりしたのよ。
MJにもそれを教えてあげたんだけど、テラスで乾かしているブツを
見たらびっくり。アルファベットのパスタに混ざって米が。
あの子達の感覚からすると米シェイプって可愛いのかな???
ちょっと共感の域を超えている……。

2001年7月9日
おさしみ用のサーモンをいただいていたのだけど
タイミングを逸したもんで焼いて食べた。
そしたらJが
「サーモンて焼いたらシャケになるの!?」とのたまった。
「くまの子ウーフ」学習中なので○○は□□でできている
的できごとに敏感ではあるんだけど……。それってとっても
よく分かるって気もしないでもないけど、あちゃ、ってカンジ。

2001年7月4日
「くるみ割り人形」を作曲したのはだ〜れだという話になって。
そんなの今まで知らなかったのかい?とむしろびっくりしてしまったの
だけど、まぁ出てくるわ出てくるわ、いろんな作曲者の名前が。
とりわけ傑作だったのが、Jが「絶対違うと思うけど、笑わないでね」
って恥じらいながらも堂々と言った「レオ・レオニ作?」ってやつ。
違うよ〜って言われたら(笑わないのは大変だった)
「じゃ谷川俊太郎?」ってそれじゃスイミーやんか。恐るべし音読。
「作」って言われたらつい「レオ・レオニ」って言ってしまうのね。

2001年4月26日
バレエのレッスンに行くときは基本的に歩いていくのだけど
なぜか親切な人に会うことが多い。横断歩道では「このタイミングで」
って思っているよりも前に車が止まってくれるし、たまたまリフトで一緒に
なった同じアパートの人が「乗ってけば」って言ってくれたこともあるし、
バレエ教室の人が私たちを見つけてわざわざ止まって乗せてってくれた
こともある。今日に至ってはタクシーが半額だった。さすがの私も
「なんでだろう?」って思わず言ったらMが「るっちゃん食べたくなる
顔してるからじゃない?」と(もう5年生だよ、何とかして、この理論)。
る:「???食べたくなる???」
M:「うん。るっちゃんのほっぺたって食べたくなる」
る:「ほっぺたがおいしそうなことと親切にされることって関係あるの?」
M:「わかんないけど、いじわるはされないと思う」
よけい訳分からなくなったんだけど、MJ姉妹はなんだかほっぺた
こだわりがあるようだ(2000年8月29日参照のこと)。

2001年4月4日
「るっちゃんとお父さんが行っていた高校が
野球の全国大会で4位になったんだよ!」
と言ったらJがすかさず
「4人家族!」
とむちゃくちゃ嬉しそうな顔をした。
何だか分からないけど4つながりで自分との共通項があってハッピー
だったらしい。優勝するまで応援し続ける精神力が保たなかった
先輩としては後ろめたい気持ちがあったんだけど、なんか救われた。
(ホントはベスト4に残ったので3位か4位かは分からない)

2001年2月23日
Jの同級生のT君(小1)がお母さんに言ったそうな
「Jちゃんってジャカルタ日本人なんでしょ?」
!!!!!いい、それ、言い得てる!
ジャカルタ日本人学校とか、日本人会とか、そういうのが続くのに
慣れちゃってるからそれが途中で切れる座りの悪さも良いし、
何より日本生まれの日本育ちとはどこか違っているであろうJの
本質をついているというか……笑わせてもらいました。

2001年2月19日
この頃卵ご飯を食べるのがお気に入りのMJ
でも今日は卵の残りが少ないから食べちゃダメって言った。
夕方「出がけに卵のこと頼むの忘れた!」と思ったら
しっかり夫が卵を買って帰ってきてくれてたのでびっくり。
そしたら朝、寝ている夫の枕元に行って「今日お買い物行く?
卵がないんだ、卵、卵」とJが睡眠学習させたらしい。
夫もよく分からないまま買い物に行って「何で俺は卵を買って
いるのだろう」と思ったらしい。Jの食べ物への執念には感服。

2000年12月14日
夏休みの宿題の読書感想文。
学校からもらってきたフォーマットには
「どくしょかんそうぶん ねん なまえ」とあるのだけど
Jはその「 ねん」のところに「2000ねん」って書いてた。
違う……そこには学年を書くんだよ……。
でも面白いからこのまま出させようかな。

2000年10月24日
Mの見た夢。
サンチャゴ日本人学校が学習発表会かなんかの日に火事になって
みんなで走って逃げたら、中国にたどり着いてJが中国の踊り
(「くるみ割人形」の)を踊っていた。もっと逃げるとそこは
スペインでMがチョコレートの踊り(同じくくるみ割り)を踊って
いた。みんなつながってるんだね〜ってところで目が覚めた。って。
う〜ん。意味深。

2000年10月1日
cenma所長のお宅のプールで初めてボウフラを見たMJ。
「かわい〜」というのが2人の共通意見。
これは「蚊になるんだよ」と言ったら「カニ?」と嬉しそうなJ。
うううううう……やっぱそうくるかぁ。

2000年9月30日
私が用事をしている間に、ゴルフをしてきたらしい。
Mはジャカルタで打ちっ放しに行ったことはあるけど、
Jは全くの初めて。でも上手だったんだってさ。
前に飛んだもん、上に飛んだもん、パターで一カ所負けたもん
って……確かに難しいことだけど。やっぱだぁりんも親ばか?

2000年8月30日
バレエのオープンクラス、日本で言うところの授業参観。
28日にはJを、今日はMを見る。Jのクラスはプレバレエで
Jなんか「簡単すぎ」って言うけど、やっぱり大切な基本だし
完璧にできるように頑張ってほしい。
Mは親バカ入っているけど、クラスで一番上手だった。
K先生に感謝だなぁ。 お手本にしたい子がいるって話だったけど、
誰だろ?って感じ。

2000年8月29日
MJと日本のラブコメドラマを見ていた(子どもと見るな?)。
ヒロインが恋するお相手に「私のどこが好き?」と聞いた。
Jはすかさず、「ほっぺた!」と答えた。
…………あなたに聞いてないっす…………。
それにしても、ほっぺたとは女優さんもびっくりでせう。

2000年7月27日
学校で飼っていたハムスターが死んじゃったらしい。
その日の日記を見せてくれた。
たんたんとお墓を作ったりする様子が綴られていたんだけど
最後の一文が「はむたろう、元気でね」。
死んじゃった相手に「元気」もなにもないでしょう……
でもなんか微笑ましかった。

2000年7月22日
PTAのスキー教室で生まれて初めてのスキー。
見学するだけの私が緊張して夜も眠れなかったのに
当人達はあっと言う間に滑れるようになって、帰りの
バスの時間になっても降りてこないぐらい。
スキーは空中ブランコほどは怖くないわけね。

2000年7月7日
晩ご飯の時に将来のMJについてみんなで語っていた。
Mは案外学究肌で何かにのめり込んで学者とかなったり
するかもね。逆にJは感性でメシを食う人になるかもね。
と言っていたら当然「カンセーって何?」と質問が。
それはね、と答えるより先に、Jが「オンセ(スペイン語で
11)、ドセ(12)、トレッセ(13)」と言うから「は?」
と思ったら「あ、カトルセ(14)だ。カンセーじゃなく」
と一人ぼけ突っ込みをしていた。まさにそれやん。ここで
本来なら私たちが突っ込んであげなきゃいけなかったのに
Jのボケの高度さについていけなかったのでした。修行が
足りん。「ん?キンセー?(15)」ってまだやってる。
既にスペイン語でボケられるあなたって偉大です。


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MJのおへやにあるかわいいそざいにはここであえるよ!