きょうのるっちゃん2003その1
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2003年6月29日(日)
ひたち野うしく05:29発の電車で出発。山手線への乗り換えは上野まで行っちゃうより日暮里でした方が早いんだね。ホーム間の移動が短くてすむし。早朝の山手線はちょっと不思議な雰囲気。オールナイトで遊んだ若者達が始発が動き始めて帰る時間帯なのかしら。オシャレな、でも眠たそうな人達がたくさん乗ってました。浜松町からモノレールで羽田空港へ。東京モノレールってSuicaが使えるんじゃん。先に言ってよって感じ。

実に一年ぶりぐらいの飛行機かなぁ?国内線なんてもっと久しぶり。チケットレスって初めてでドキドキしたんだけど、今やチェックインカウンターなんてないんだね。みんな自動券売機。人間がいるのは手荷物を預けるカウンターだけ。本当に大丈夫なのか?と思ったけどJALマイレージバンクのカードを入れただけでちゃんと予約したチケットが出てきた。恐い気もするがきっと便利な世の中になったんだろう。08:10発JAL505便で新千歳空港へ(実は羽田空港では牧ちゃんとニアミスしてた)。30時間のフライトに慣れちゃった身からは1時間半で離陸と着陸をこなすってのはキリキリ舞ぐらいの感覚だね。

北海道は高校の修学旅行ぶりぐらいだろうか?どう変わられていても分かりようがないぐらいだわ。エアポート105号(多分)で札幌へ。30分ちょい。なんだか車体が短くて壁の柄とかもポップで可愛らしい電車だった。札幌駅構内のミスター・ドーナツでブランチをとって試験会場・北海道自治労会館へ。試験はまぁ、もっと勉強しなきゃということで。超睡眠不足が続いていたので、試験中何回か意識を失ってしまった。

二科目受験してJRタワーホテル日航札幌にチェックイン。ポストペットパークで知り合ったまっきぃさんとロビーで待ち合わせる。何年越しのお付き合いなんだろう?ネット上のお友達としては非常に深いやりとりを続けた貴重な人なんだけど、実際に会うことがあるとはお互い思ってなかったに違いない。ちょっと感慨深い。駅ビルの紅茶専門店でお茶する。ミルクレモンティなるものを初めて飲んだ。まろやかな中にも柑橘系の爽やかさがあって面白い味で癖になりそう。いろいろなお話を楽しんでベタだけど時計台へ。仲良し画像を撮ってもらいました♪

その後UHASどさんこ人間科学研究会のメンバーと晩ご飯。「ここから家まで3時間かかるから、お先に失礼〜」って何とか顔だけでも出してくれる人がいたり、今晩は(この飲み会に安心して出るために)札幌泊して明朝仕事に戻るという人がいたり。暖かい。北海道からだと本学での1.5日のスクも1回5万円6万円の出費じゃきかないのよね。そんな中で情熱を燃やして勉学に励む人達の存在は感動的だ。もちろん、どれだけ本学に近くても、家を出ることさえままならない人だっているし、仕事を休んでスクに来るのは誰だって並大抵ではない思いをしている訳で(自分だってチリにいたしね)。みんな偉いぃぃ〜!とうるっときてしまいました。

ホテルは新しく、人気もあるそうです。確かに都会的でオシャレでした。シングルにしてはベッドも広かった。だけど、またしても着替えもせず前後不覚で眠っちゃいました。目覚ましセットしといてよかったよ……。このために喫煙ルームにしてもらった、まっきぃさんと探して買ったお香は翌朝楽しみました。17度(札幌)



2003年6月24日(火)
MのPTA研修で笠間に行ってきました。手びねり体験もしてきました。こういうのって精神状態が顕著に出るよね。今の私はあれこれ凝るのがすごーく邪魔くさくて、思いっ切りシンプルなお皿を作りました。まぁそういうのが日常使いで欲しかったってのも大きな理由なんだけど。

驚いたのが、バスで偶然隣り合わせた人がインドネシア滞在経験のあるTさんだったこと。直接の知り合いじゃなかったけど、時期も重なってました。そして、もっとびっくりしたのが、彼女のお友達であるところのWさんがお隣の学区に住んでるんだけど、その人はPCVでの我が家のお向かいさんだった!ぬあ〜、世間は狭すぎるぞ!それともそういうお土地柄なのか、つくば?

陶芸ってハマりそうで恐いよね。だからあんまり近づかないようにしてるんだけど。陶芸美術館ではまたたくさん感動してしまいました。茨城の誇る(だけでなく日本においても屈指の?)陶芸家、松井康成氏(人間国宝)と板谷波山氏の作品がたくさんありました。私はね、やっぱりツルツルとかピカピカとか淡い色とか好きだわぁ!(←うーん、浅い)ツルツル・ピカピカの代表格は「玻璃光」という技法。釉薬をかけるんじゃなくて、磨いてツルツルにするんだって。すごすぎ。白く明るい作品を作るために純白なニュージーランド産カオリンを使う「晴白」って技法とか。あと、波山氏の葆光釉。マットな感じになるというか、絹ごしに見ているみたいになるというか、淡ぁい優しい色合いがもう、素敵で素敵で。今思い出してもドキドキします(何でドキドキするんだろうね?)22度-18度



2003年6月15日(日)
牧ちゃんちに練習しに行った。正確には牧ちゃんちの近くの施設で練習させてもらった。途中バナナの花を発見。茅ヶ崎に。ごく普通の庭先に。不思議。お家の方にお話を聞いてみたら「昔から生えてるんです」とのこと。尚更不思議!

そして、これ見て見て。「スワ・ギタ・プルティウィ」と練習場所のホワイトボードに書いてあるんですが……日本の公の施設にSGPの名前が書かれているってのがなんか嬉しかったの。22度-20度



2003年6月8日(日)
京都市「市民創造ステージ」でパドマ・サリさんのガムラン伴奏してきました。SGPジャパンとしては去年の8月以来のステージなんだろうか?(違ってたらゴメン)。やっぱ楽しかったです。オープンエアーなステージにばかり立っている(気がしてる)私からすると東部文化会館さんの念入りなサウンドチェックが印象的でした。いちごちゃんの楽器がもともと可憐な音っていうこともあるんだけど、音と光のきらびやかさに我ながらうっとり(シアワセな人だなぁ……ほんと手がつけらんないよ←良心の声)。自分自身この2ヶ月は練習ができず、昨日のリハで初めて楽器を触るというとんでもない状態でしたが、踊りの曲に関しては他のメンバーのお陰で滞りなくできたんじゃないんでしょうか?積み上げてきたものを過信することなく7月のペンタスには更に気持を集中して望みたいと決意しました。28度-19度


2003年6月7日(土)
高速を一晩飛ばして大阪へ。仮眠をとって午前中はリハに。箕面に送ってもらう車の中で、だぁりんもJも私もみんな感じていたみたい。まるでつくばでの生活が一瞬の夢だったみたい、って。このまま明日も明後日も大阪で過ごすことになっても何の違和感もないんじゃなかろうか。すごく変な感じ。私はちょくちょく帰ってたからまだアレなんだけど、MJやだぁりんは2ヶ月以上ぶりの大阪なんだけどね……。午後からJは友達と遊びに、私たちは倉庫の片づけ。なかなか充実した時間だ。26度-18度


2003年5月28日(水)
ワタクシ、30数年誤解してました。早稲田大学の校歌って弱起の曲だったんだ!思ってたとこと違うとこに拍が入って、き、気持ち悪い……。でもこれで長年の謎が解けた(ってかもっと早く気づけよ。6月7日追記:これと全く同じ勘違いをKosalya Ariniでも長年してたことが判明。ううううう)。21度-13度


2003年5月12日(月)
バレエ再開!一年ぐらいできなかったのかなぁ?やっぱり楽しい!そいで、やっぱり下手くそだけどっ!18度-13度


2003年4月29日(火)
筑波山に登ってきた。「あーんな低い山」と遠くから見ていた時には思っていたけれど(サンクリストバルの丘かい?などと言っていた)登ってみるとけっこう大変だった。体調が悪かったせいもあるんだけどね。麓でお猿の芸を見た。これがまた意外と面白くって。久々に大笑いした気がする。お猿さんかわいー。18度-11度


2003年4月28日(月)
バレエ教室を見学させてもらった。なかなか良さそうだな。レッスンの後に自分たちで床を雑巾がけするのね。そういえば昔もそんなことした気がする。懐かしい。しかし……帰り道が暗い!なるべく明るい道を選んだつもりだったのに、100mはどうしても電灯がなくって。歩道を歩いているとどこかに引きずり込まれそうで思わず車道の真ん中を歩いてしまった。これは要検討。17度-11度


2003年4月18日(金)
掲示板も設置できたのでソフトオープンということにしようかな。あちこちまだリンクが直ってないところがありますがご容赦下さい。20度-11度


2003年3月24日(月)
どうやらジオにアクセス制限をかけられちゃったようです。非は私にあるんですけど。良い機会なので近々サーバを移転します。16度-9度


2003年2月19日(水)
内輪の話。家にいる時は基本的にNHKのラジオ第2放送がかかりっぱなしになっている。これは某国諜報部への暗号か?と思うような気象通報からアッサラームアライクmとかまで耳に入ってきて楽しい。でも断片的に聞いてるから脈絡が分からずドキっとすることもある。今日のびっくりは英会話の時間の「まさかFを取ったんじゃないでしょうね」という一言。えっ、この時期にエフは取らなきゃいけないんじゃん?誰が誰を責めてんのよと焦ったものの、待てよ?そんなのどっちにしろラジオで言うわけないよと気付いた。いったいどういう状況か耳を澄ませていたら、学校の成績の話だった。あ〜ぁやんなっちゃうな、あ〜んぁ驚いた。11度-4度


2003年2月3日(月)
え、なに?節分ってお寿司(正確には太巻き。がぶり、とかじることに意義があるそうな)を食べるの?南南東を向くの?鰯の頭に柊ぶっ刺して玄関に飾るの?なぜ?なぜ?これって関西の風習なの?お年寄りが熱心なのは分かるけど、小さな子どもから若いママまで当たり前のようにそういう話をして&実践している大阪(関西?)って怖面白くていいなぁと思った。6度-1度


2003年2月2日(日)
このタイミングで子連れ同窓会@母校(=Mの志望校)になることは前から分かってたんだけどね。そしてその会の中で、夫か私が学年を代表して「近況報告」をしなきゃならないことも……だからMが「行きたくなーい」って言ったぐらいで、いきなり休んだりはできないことも。

偉いなーと思ったのは、寝る前にはさすがに「面接官のK田先生とか、合格しなかったことを知っている人がいて恥ずかしいから行きたくない」と言っていたMが、今朝起きたら、準備のために夫より2時間ほど早く家を出る私と一緒に行くと言い出したこと。一晩のうちに彼女なりに折り合いをつけたんだろうね。相変わらずニコニコと掃除したり配膳したりしてました。

で、また有り難いなーと思うのは、会合終了間際の実行委員(やはり母校教員となっているK山君)の挨拶の中で、いきなり「今日みんなが使ってるテーブルを拭いてくれたのはMMちゃんでした!」と拍手で讃えてくれちゃったりすること。そんなこと期待していた訳じゃないだけに、彼女のココロに染み入っただろうなぁ。

そんな一日を過ごして、私もようやく元気になれたみたい。何だカンダいって昨日はほぼ放心状態で何も手つかずだったもんなぁ。もちろんMの心境を想像すると……ってのもあるし、彼女が合格することを見越して大阪で入れちゃった断れない仕事とかどーすんのよ、とやぶれかぶれな気持ちにもなってたし。ご心配おかけしましたがハラ決まりました。多少無理があるけどしばらく逆単身赴任します。丁寧な気持ちで約束を遂行してからつくばの人になります。6度-1度



2003年2月1日(土)
あかんかった。女の子は最終的に10倍以上の倍率になったそうな。「面接ではピカいち満点で『この子は!』という3人の中に入ってたで」とはなんと面接官となった同級生K君の言葉。つーことは、よっぽどお勉強ができひんかってんなぁ。

ということで、当初の予定通り私たちも近々つくばに行きます。夫も帰ってきて本当にその選択は正しいのか検討中。ちっとも一息つけないぢゃん。明日は同窓会。子連れでまた母校に。当人はケロっとしてるけど、私としては複雑だなぁ。5度-0度



2003年1月30日(木)
今日から夫がつくばに単身赴任です。私も結構あちこち行って家を空けがちな人ですが、残されるのはイヤです。はああ、タメイキ。傷心中です。既にしょうもないメールの応酬が盛ん。携帯メールの早打ちとか得意になりそ。4度-0度


2003年1月29日(水)
記録的な寒さの中、行ってきました母校。950人近い受験生に1.5倍の保護者がついてくるんじゃあ収容はどうするんだろうと思っていたんだけど(在学中そゆ運営ばかりしてたのでつい気になる)、うまいことやってました。半数以上が大阪以外から来てる。どの子も可愛い。この9割方は落ちちゃうってもったいない……。面白かったのは筆記試験が済んで子ども達が保護者控え室に戻ってくる時に、先生が「受験生が入場します。盛大な拍手でお迎え下さい」とか言っちゃうこと。相変わらず変な学校だよなぁ。

Mは積もった雪をきゃっきゃ言って踏みながら試験会場に向かったり、お弁当をペロっと平らげたり、「私が受けた時にも雪がちらついてたわ」と言ったら「嬉しい(^o^)/♪」とかいう反応だったり(寒いやんかぁ)、うちの学校はチャイムがベートーベンの田園なんだけど「私は入試の時これに歌詞をつけていた」っていう話をうっかりしたら「私もやってみる!」とか、ものごっつ楽しそうだった。いいのか、それで。うん。いいのだ、これで。ようやっとこいで私も精神的にはつかの間一息つけそうだ。

(でも物理的には帰宅途中に急遽呼び出しを受けて夜8時から打ち合わせに行った。もはや出ているところは目だけという完全防寒スタイル。さびぃぃぃ。夕べは私が緊張して3時間ぐらいしか眠れなかったので早々に……といっても23時半ぐらいに……バタンキューしたのだけど、0時に追加注文で起こされた……。今日ぐらい休ませてくれ……ってのはムリだよなぁ)。2度--5度



2003年1月27日(月)
新聞を見てびっくりした。100の募集のところに948の出願だそうな。どないやねん、それ……。当然とも言えますがその倍率は日本一だそうです(大阪平均は1.27倍)。あーあ、こんなになっちゃって……。いよいよ決戦の日迫る。14度-5度


2003年1月23日(木)
中之島にある大阪市中央公会堂に行ってきました。最近改装されたんだけどレトロな感じそのままで良かったわ。ロシアの宇宙飛行士でソユーズ会長であるセレブロフ博士のお話を聞いてきました。いろいろ興味深いお話があったのですが、一つだけ紹介しましょう。よく「宇宙で見る夢はどんな夢ですか?」と質問されるそうなんだけど、通算一年以上の宇宙滞在中に宇宙の夢を見たことはないって。宇宙で見る夢も地球の夢。宇宙に人類が飛び出す時代になっても、やっぱり人類にとって故郷は地球なの(「地球は人類のゆりかご」とはよく言われる言葉っすね)。だから大事にしなくっちゃね、という実感を語られていました。 。なるほどっすねぇ。9度-3度

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