きょうのるっちゃん2002その5
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2003年1月16日(木)
大阪はいいところである。住みやすいし人情も厚い。京都も神戸も近い。電車も上手に乗りこなせるようになってきた。この半年で一生懸命そう思ってきたけれど。東京駅に新幹線が滑り込んだ瞬間「あぁ帰ってきた」と強烈に郷愁を覚えた。町並みもしっくりくるし新しく開通した地下鉄とかでも自分がどっち向きに乗ればいいのか自然に分かる。仕方ないよなぁ……。それがきっと故郷ってもんなんだなぁ。7度-3度(大宮)


2003年1月10日(金)
NHK朝の連続テレビ小説『まんてん』のエキストラとしてNHK大阪に行ってきた。大昔の渋谷のNHKとは大違い(当たり前か……できたばっかりなんだって)。美しかった〜。大阪城もHEPの観覧車も見えてそっちにうかれてしまった。合気道を習いに来ている主婦の設定だったので、前もって「投げ技」を教えてもらっといて今日の撮影。まぁー押した押した。でもおかげで久しぶりに広々とした部屋で柔軟運動を心ゆくまでできたかも。結局もうすぐ始発が動くねって時間に終わってタクシーチケットを出してもらった。適当に投げ飛ばされてればいいのに、つい一生懸命になっちゃって軽く汗だく。でも合気道の手を一つ覚えることができて嬉し楽しかった♪8度-3度


2003年1月8日(水)
Fさんの紹介で某市教育委員会に行ってきました。海外からの転入生の受け入れ現場という想定で、学校から保護者に説明する内容を通訳してみぃと。ところがスラスラ言葉の出てくるモノとそうでないモノとの落差が激しく。こりゃどうしたことかと考えたら「細々したものがいろいろあるけど決まりを守りましょう」とか「身なりは学校に相応しいものを」とかいうのは向こうでの生活で出てこなかったシチュエーションゆえ、聞いたことない言い回しなのだということに思い至り(もちろんインドネシア語では楽に訳せるので単に私のスペイン語の語学力が未熟なのが一番の理由なんだけど)。こうやって支援体制を整えている市の学校ですら、こういう項目を最初に伝えなければならない重要な部分として設定しているんだから……。そういう文化のない土地から来た人とこれが当たり前の人との間にはさぞかし戸惑いがあるんだろうなぁ。8度-1度


2003年1月5日(日)
初釜。その年に行う初めてのお茶会のことです。みんなで茶懐石を食べたりして新年を祝うのです。行ってきました!楽しかった!和服は持ってないのでジャワの正装で。某おばあちゃまに「この服と写真が撮りたい!」と言われました(「この服を着ている人と」じゃなくて、「この服と」。ふふふ)。「生きてて良かった」とまで言われ記念に(?)と触られました。この時期レースのクバヤは寒かったけど喜んでもらえて何よりです。

すごいなぁと思ったのは「これも勉強だから」とお弟子さんが分担して懐石料理を作ってくること。流石みんなすごい上手なのよー!私も例に漏れず、でも初めてだから簡単なのということで、八寸と水菓子の担当になりました。水菓子はちょい立派目のおミカンで十分よ!と言われたのでお言葉に甘えたからいいのだけど……問題は八寸。「海のものと山のものをほんのちょろっと出す。でも旬の素材を使ったちょっと気の利いた料理で一から絶対手作り!」という条件をクリアせねばならず……。悩みに悩んで「ゆりねの梅肉和え」と「かずのこのマヨネーズ焼き」を作りました。苦労したのでレシピを書いておこう(まさか『るっちゃんち』でこんなことするとは思わなかった!)。

「ゆりねの梅肉和え」(4人分らしいが10人の懐石にちょうどぐらい)
・ゆりね2個
・梅干し2個
・鰹節4〜5g
・酒大さじ1
・みりん小さじ1
・しょうゆ小さじ1

1)ゆりねは根元を切り落として一枚ずつはがし、黒くなってる部分はそぎ落とす。大きいモノは食べやすい大きさに切り、水に放つ。
2)梅干しは種を取り、包丁で細かく叩き、他の梅鰹の材料と混ぜ合わせる。
3)鍋にゆりね&ヒタヒタの水を入れて強火にかけ、煮立ったら火を止めて1-2分おく。竹串で刺して固くなければざるに上げる(ゆですぎるとゆりねが崩れちゃう)。
4)ゆりねと梅鰹をさっと混ぜ合わせる。

「カズノコのマヨネーズ焼き」(オリジナル……分量は適当だ!)
1)塩を抜いたカズノコにマヨネーズを塗ってトースターとかで焼き目をつける
2)塩昆布と一味唐辛子を振る

あっ、なんて簡単なんだ(汗)。でも好評でしたよ。お正月だからイヤというほど数の子を食べていて、もう「生」の状態ではどんな味付けでも食べたくないな〜と思っていたから「焼く」という発想は天啓でした。マヨネーズを使うのがちょっと反則かなとは思ったんだけど、まぁ許されたみたい。

お茶も美味しかったし、お部屋に出たり入ったり、お水で口や手を清めたり、たくさんご挨拶したり……日本のお正月を満喫!って感じでした。自分でお料理作らなくていいんだったら毎回参加したいけどなぁ。



2002年12月24日(火)
MJとバレエを観てきた。朝日新聞の主催する洋舞合同祭っていうチャリティなんだけど参加するそれぞれのバレエ団・研究所が長くはない持ち時間をフル活用して味のあるステージを演出してた(本当はMJも出られるはずだったんだけど私が忙しくて出してあげられなかったのだ、ゴメン)。しかしなぁ、バレエって厳しいよなぁ。10年やったからって誰しも必ずできるようになるもんじゃなし、子どもの部で「あ、ちょっとは形になってきてるな」って思えるお姉ちゃまだって実際お教室で踊ってみたら私より遙かに上手だったりするのだもん。死ぬまで踊れるっていったって華のある時期はやっぱり限られているしな……。いろいろ考えちゃった。11度-6度


2002年12月21日(木)
同じ名前のよしみでLuci Festa Hankyuを見てみたよ。ルミナリエなんかとは規模が違うけど、気合いが入ってない分なごみます。梅田の阪急百貨店1階コンコースで16時から点灯するって。光るもん好きだなぁ……。ルミナリエのラガールカードも何枚買っていることやら……。8度-6度


2002年12月15日(木)
兵庫教育大学でガムランだったので帰りに神戸ルミナリエに寄ってみた。インドネシアにいる頃からずっと行きたかったのです。日曜日だったけど人出も嵐山の時ほど酷いことはなかった。どうやったら無事故で多人数をさばけるか、すごい試行錯誤してるけど頑張ってるなぁと思った。私自身はほくほくと「お月様と作品」とか「水に映る作品」とかそんな写真ばっかり撮ってきました。何となく立ち寄った居酒屋さん(?)もオシャレで美味しかったしね。楽しかったぁ。12度-5度


2002年12月11日(水)
お茶のお稽古8日目。貴人点てのおさらいと濃茶をやった。お茶入れの袋のあしらいとか茶巾の絞り方に違いが出てきたり、ややこしくて楽しい。濃茶は人数分点てちゃうんだって。かしゃかしゃしないで練る、って感じだし。人数分のお茶をお茶入れに入れなきゃいけないし、飲む方も後の人のことを考えて飲まなきゃいけないってちょっと面白い。袱紗のさばき方もちょっと違うのね。ゆるめたり張ったり、自分の気持ちを落ち着けて周りを清めているらしい。先生はこういうことをきちんと説明してくれる。理由を説明してもらえるとスッと頭に入るし納得してできる。この先生に習ってて良かったと思うのはこういう時です。器も黒いの使ったり、いよいよお茶らしくなってきたなぁ。7度-3度


2002年12月9日(月)
「るっちゃんち」のアクセスを私なりに解析しているのだけど。学校やオフィスからのアクセスが多いなぁってのは前から思っていたの。土日祝祭日・学校が長期の休みに入る時は普段の半分ぐらいしかないしね。で、今日は。倍とは言わないけど、それに近いアクセスが。どうしちゃったのかな?と思ったら東京方面は思いがけぬ大雪で外に出られぬ人も多いのね。まぁそればっかりが原因とするのは短絡的ですが無関係とも言えまいと一人面白がっていた私でした。3度-0度


2002年12月7日(土)
歩いて5分先のマンションに越してきたSさんは夫&私の大学の一年先輩。それを聞く前から夫はなぜか彼に親近感を持っていた。今日詳しい話を聞いてびっくり。なんと同じT中寮の3号室出身だと。しかも12人部屋の、ベッドまで同じ位置!夫が自分の布団を運び入れて生活を始める前の月まではSさんがそこに寝ていたわけで(ちょっとキショい?)。何万人という同窓生がいても、そのベッドを使うことになるのは一年でたったの一人しかいない。その一人どうしが出会うなんて、こんな偶然ってあるものかぁぁぁ?とぞわぞわ鳥肌が立ちました。はい、これは久方ぶりに。9度-5度


2002年12月6日(金)
お茶のお稽古7日目。貴人点てをやる。台の木目は横向きで目の粗い方が正面。相手は偉い人だから、茶杓は袱紗の上に置いて出す、召し上がっている間は手を脇について控える、お供の人や給仕さんがいる……などなど決まり事がいろいろ増えて面白い。今日は6つも用事が重なった。さすがに全部はできなかった……。12度-4度


2002年12月2日(月)
殺陣2日目。覚えがいいって言われた♪今日の注意事項:死ぬ時には刀を手から離さない(刀があちこち転がると危ないから)。切られたところを押さえちゃいけない。斬られた時に振り下ろす刀の速度は速く(メリハリ)。カメラがとらえきれなかったりするから斬る人は動き回らない。相手が斬られに来てくれる。斬ったらしばらくポーズをびしっと取っておく。などなど。なるほどぉと思うことばかり。広いところにいるとやっぱり踊りたくなるなぁ。うっかりするといつの間にかパドブレとかしてて焦った。今日は一人一人丁寧に見てもらったので休憩の時間が多かったせいか筋肉痛もさほどではなく。楽しい楽しい。13度-9度


2002年12月1日(日)
Mの模擬試験につきあってきた。いい営業になるからだろう、保護者の控え室には感じのいい先生が何回もお茶を出しに来てくれた。親もお互い知らないどうしってのもあるから世間話をしてる人も殆どいなかったし、本を読んだり何かの原稿書いたり、採点(?)したり、なんかそこら辺のおばちゃん達とはちと時間のつぶし方も違う人種が集ってるなぁ……なんて感じた。一種不思議な世界。13度-4度


2002年11月25日(月)
殺陣初稽古。見ている時にはこれほど大変とは思わなかった!大汗かいちゃうし、ぜーぜーいっちゃう。柔軟とかはお手の物なんだけど、やっぱり木刀をずっと持っているだけでも辛い。斬られて倒れるだけでも思うようにいかなくて悩んじゃう。斬りかかっていく時の声も出ないし。全身筋肉痛になっちゃった。12度-8度


2002年11月22日(金)
MJの小学校の音楽会に行って来ました。内容的には可もなく不可もなく?なんて言ったら失礼なのか?それぞれが一生懸命頑張ってそれなりの成果をあげていたと思うのですが。一つ気になったのが、開会前にあったとある先生の言葉。「ちゃんと座って他の人の発表を静かに聞きましょう」というもの。どこが気になるの?と思われるでしょうね……えぇ、いたって真っ当なこと言われてるんですが……私は「音楽会って静かに聴くモノじゃないよなぁ」って感じちゃったんです。つまり、音を楽しもうというのが目的だとしたら、いいなーと思ったら踊り出すことも一緒に口ずさんじゃうこともアリじゃないですか?それを「黙って座ってろ」というのはいかにも日本的な教育だなぁと。もちろん最低限のマナーを身につけることも教育ですからね。この年齢の子ども達には一定の時間静かにしている訓練もとっても必要なことです。他人の発表をじっと聞く訓練もね。だけどそれは別の時にもできるよな。こんな調子では「音楽会」で音を楽しむ感覚を養うチャンスはいつ得られるんだろう。些細な楽しみを楽しめない・楽しい時に楽しめない日本人が作られていく過程を見た気がしました。11度-3度


2002年11月21日(木)
産経新聞とってる人います?晩ご飯の時におばあちゃまが「いっちゃん(my夫)が新聞に出てると思ったわ!見て見て」と持ってきたんです。夫がそれを見て「ディカプリオやんか!」と絶叫。レオ様が世間でどう扱われているかなんてちーとも知らないおばあちゃまと義父は「似てる似てる」と大騒ぎ。どこをどう見たらあんな綺麗な(?)人と似て見えんねんーと私は大爆笑したのですが、問題の写真を見せてもらったら。あら。これ、どういうこと?社会面です。夫を知る人はぜひ見て感想を。9度-6度


2002年11月18日(月)
お茶のお稽古6日目。「うちに時々お稽古しにくる子で、竹を育ててる子がいて、お花の器とか持ってきてくれるんよ」と先生が教えて下さった。良質な竹を求めて田舎に引っ込んで何百本という竹に囲まれて生活しているらしい。あれを作るにはこの竹を、こういうのだったらこれじゃないと、といろいろ竹製品も奥が深いのだ。いやしかし「子」っていうから若い人なのかと思っていたら既に60代ぐらいらしい。先生から見たらそりゃ「子」なんだろうけど……あはは。「塗り」をする家では埃を立てないために水の上(つまり家の敷地の中に池を作ってその上)に作業部屋を建てるんだって。道具にまつわる一つ一つのこういう話も非常に興味深い。

殺陣のお稽古を見学する。荒っぽいことだと思っていたけど、一番感動したのは「誰にもケガさせないこと」が第一義であるという話。そりゃそうだ、お芝居なんだし、みんな俳優さんや女優さんなんだから傷なんかつけたらえらいこっちゃ。殺気立つような演技として構えたとしても相手に恐怖心を与えるようじゃいけないんだって。「あ、この人は大丈夫だ」と相手に安心してもらえるようじゃないとホンモノじゃないって。あと細かいことだけど刀を下に構えてるとヤクザみたいだからやめなさいって。あくまでも凛々しく、カッコよく。先生も私の好きなタイプだ。一芸に秀でてて泰然としててほわっとしてて。14度-5度



2002年11月17日(日)
京都・嵐山に行ってきた。今年はこの急激な冷えのせいで例年になく見事な紅葉だそう。そりゃー美しかったさぁ。でもいつもより10日ほど早く見頃となった今日が絶好の行楽日和とくりゃあ、もの凄い人出なのは致し方なく。見に行ったのは紅葉か?人か?って感はなきにしもあらず。おかげで(?)サンティアゴでお世話になったEさんファミリー(一部)とバッタリ会えたりしたけどね。

久々に乗った満員電車。9時の出勤に間に合うように乗る新宿行きの京王線・明大前寸前という混み具合かな(どんなん?)。腕がひっこ抜けなくなっちゃったMが「るっちゃん、目の下がかゆい〜」と言い出した。なんせデリケートな部分だから怖くてかけないし「ここ?」「もうちょっと右ぃ」「ここ?」「もうちょっと上ぇ」とかモタモタしてたら周りの人の失笑を買ってしまった。さすが関西、Mの真後ろにいたオバチャマがとうとう「自分で思いっ切りかき!」と言ってグイっと周りを押しのけてスペースを作ってくれた。人間ワザではない……。私なんて宙に浮いてるぐらいの変な立ち方してて、とてもじゃないけどふんばったりできないでいたのに。オバチャマの優しさとパワーに感動した。14度-6度



2002年11月15日(金)
みんぱくの助教授がナビゲートする勉強会ってのに行ってきた。フィリピン南部の民族音楽「クリンタン」がお題。会場が若者のたむろする梅田のど真ん中にあったもんでちと目眩がした(あのビルのトップに赤い観覧車のあるトコね)。インドネシアでも「クリンタン」演奏グループに入っていた私だが、全く別物なので興味深かった。スラウェシ北部のクリンタンは木琴のアンサンブル。(私のグループでは)音階はまるっきりの西洋音階。フィリピンのクリンタンは青銅製ゴングのアンサンブル。鳥肌が立つほどのものすごい音階。ガムランに通じるものがある。音質・音色はまたしても「うわー欲しい!」と思わせるシロモノだった。これ以上楽器を増やすとうちが博物館になってしまうよぅ。落ち着け落ち着け。でもああいう研究しながら演奏活動までできちゃう博物館所属のセンセエなんてのもいい職業だなぁ。

フィリピンは9割がキリスト教徒だけどミンダナオ島とかはスペインに最後まで抵抗したイスラム教徒が残る島らしい。そこの楽器なのねん。男女7歳にして席を同じゅうせずのもっと厳しい世界だから、若い男女が出会う場ってのはないんだけど、クリンタンを演奏するってのがそういう重要な機会になるらしい。で、トロンポンのようなクリンタンを演奏するのは女性、ゴンのペア「アゴン」を演奏するのは男性と役割が決まっていたりするそうな。お気に入りの女性がクリンタンを演奏してたりすると、次々とアゴン奏者がやってきて技の限りを尽くした演奏をして女性の気を惹こうとするんだって。ビデオも見せてもらったけど、確かに凄いテクだ。ちょっとやってみたい。

クリンタンの下から3番目の音が基音になるんだって。私が気に入ったのはマギンダナオでのみ使われるガンディンガン(インドネシア語みたいだなー)という吊る下げゴンの下から2番目の音。ちょっとスティール・ドラム系の賑やかな音がする。欲しいなー(まだ言ってる)。10度-4度



2002年11月11日(月)
万博公園の国立民族学博物館で「世界の大風呂敷展」を見てきた。万博公園には初めて行ったけれど、マンハッタンのセントラルパークを思い出しちゃった。自然が多くてゆーっくり散歩できて博物館とかゴロゴロしてるからかな?雰囲気気に入った。太陽の塔の背中も使徒みたいで何だかセクシーだったし。大風呂敷展そのものも面白かった。でもMJが「風呂敷の包み方」実習コーナーで30分、「織物を作ろう」コーナーで1時間も粘っちゃったもんで常設展は駆け足で見ることに。さすが日本の博物館、モノは綺麗に並んでるし解説もついてるし、ビデオとかも充実してるし、またじっくり行きたいものだ。お気に入りの場所が増えるのは嬉しい。薄皮をはぐようにその土地の人になっていってる気分。19度-13度

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