2002年11月8日(金) お茶のお稽古4日目。平点前をやった。ひしゃくとかを使うようになって盆略点前に比べてぐっとお茶っぽくなった!。15度-6度
2002年11月3日(日) 六甲音楽祭でガムラン演奏してきた。兵庫教育大学のグループ、スルヤ・ムトゥのお手伝い。やりたくて仕方なかったんだけどスワ・ギタ・プルティウィではやる機会のなかったゴンを担当させてもらえてすごく嬉しかった。特にマヌクラワのゴンってやってみたかったんだぁぁぁ。あの最後の「ごおぉぉぉん」をね。他にスティール・ドラムのグループとかゴスペルのグループとか出ていてとても楽しい雰囲気だった(ちゃんと見られなかったのが残念だけど)。音楽っていいね。12度-7度
2002年11月2日(土) Appleの懸賞で、キャノンのDVカムコーダ「XV2」が当たってしまった。今朝はこのお届けで宅配便のヒトに起こされた(当選発表は商品の発送をもって替えさせていただきます、ってやつだ)。オープンプライスだけどアクセサリーキットもついてたので実売価格は30万円ほど。うーん。このところ赤字覚悟の仕事ばっかりしてたからなぁ、ご褒美かなぁ。っていうか、これを使ってちゃんと仕事しろよってことだろうなぁ。でも素直に嬉しい。こんなこともあるのね。11度-7度
2002年10月30日(水) お茶の先生から電話。「急に葬式が入ったので今度のお稽古は翌週に延期させてほしい」とのこと。全然OKだったんだけど、すごぉく恐縮されて何回も「すんませんなぁ急なことで」とおっしゃるので、とうとう「ええ、そりゃもうお葬式は急なモノですから仕方ないですよね。大丈夫ですよぉ」と答えた。そしたら電話を切った後で夫が「『葬式は急なモノ』とは突っ込み入ってたなぁ」と。え、単に安心してもらいたかっただけなんだけど。もしかして私は天然ボケならぬ天然突っ込み?17度-9度
2002年10月28日(月) ギータ・クンチャナのガムラン講座を見学させていただいた。日本でガムラン始める方って熱心だよなぁといつも感心させられる。もちろんSGPにも人生ガムランに懸けちゃうようなスゴい人もいるけれどさ。少人数の講座だからできることなんだけど、一つのフレーズがある程度弾けるようになると、みんながプマデ(ポロス)→プマデ(サンシ)→ギイン→カンティル→クトゥックと楽器を一巡して演奏する。最初からそうやって覚えていけば一つの曲一つのパートしか弾けませんってことにはならないよねぇ。うーんSGPに取り入れるのは難しいだろうか?17度-9度
2002年10月14日(月) 10日14日が体育の日なんていうシステムに慣れないぞ! 神戸にバパン・サリのガムラン聴きに行った。日本人が演奏するのを聴くのは2度目、しかもSGPで一緒にやってきた牧ちゃんやなおりんが演奏するので観客に徹するというのは不思議な感じだった。わこさんもいたし(アクシデントというかハプニングがあって助けを求められステージ側に立ってしまった瞬間があったから100%観客ではいられなかったけど)。
このグループはとても画期的。主宰は広島(だよね?)の人なんだけど、神奈川や兵庫に住んでる人も入ってる……という調子でメンバーが各地から集ってる。ネットを通して知り合った仲間なん?全員で合わせてやる練習は本番前の一回だけってこともあるそうで。コンサートもこないだは茅ヶ崎でやってたよなぁ……「本拠地」ってものにこだわりがない。ガムラン本来の「村」を基盤にしたスタイルから考えると、型やぶりというか発想の柔軟さが素晴らしいというか。今後の活躍がますます楽しみ。
場所が神社だったので、お宮参りとか結婚式とか観客以外にもいろんな人が来てて面白かった。中でもワタシ的にヒットだったのは大阪大学への留学生。おかぴーさんがお世話しているインドネシアの子に連れられて韓国とベネズエラからの子達も来ていた。演奏が終わって、もちろん留学生達とは別行動でかなり長い間神戸の街をブラブラしてたんだけど、帰りの電車の中で偶然一緒になった。うーん。縁だ。
MJが「インドネシア語とスペイン語を喋りたい」というので帰り道ずっと他愛もない話に花を咲かせていた。聞いてみたらわが家のすごい近所に住んでるとのこと。日本語は勉強中で、彼ら同士の意志を疎通させるために普段は英語を使ってる。久しぶりに母国語が話せるっていうのはすごい嬉しかったみたい。でもみんなで話すために、スペイン語←→英語←→インドネシア語←→日本語と話す相手毎に言語をスイッチするのはさすがの私も疲れた。電車を降りたら頭痛がした。
しかし……国費留学生だから月に18万円ももらってるんだって。寮費なんて数千円だし、お金貯まっちゃうなぁ。私よりリッチかも。羨ますぃ。24度-15度
2002年10月11日(金) お稽古2日目。お茶の先生に「アンタ上手やわ」と誉められた。一人じゃ何もできない私の何をもってして上手と言うのかよく分かんないけど、誉められると素直に嬉しい。 当人の名誉のために詳しい話はしないけど、いつまでも子どもを赤ちゃんと思っていてはいけないという事件が起きる。我が子ながら私には全く理解出来ない行動を取ることもあるという事実を知って、一種の喪失体験をした。これも子離れの一つの試練なんだろうか。22度-13度
2002年10月10日(木) 京都国立博物館に「日本人と茶」展を観に行ってきた。展示も興味深かったけど、見に来ている人々の服装とか会話とかがまた面白かった。なんかいかにもお茶やってますー、とか、陶芸に詳しいですーっていう感じの有閑マダムがわんさといて。平日の昼だからかな。 今日は七条から嵐山まで足をのばしてみた。水のある景色っていいな。生まれてこの方 徒歩5分以内に海や川が(例えそれが神田川でも)あるところで育ってきたので、「水」が傍にないことを思うと息が苦しくなっちゃう。その点、嵐山はホントに良かったな。清らかに滑らかに広々と流れる川と青々とした木々、水遊びする動物達。それがこんな都会の近くにあるんだもんなぁ。冬の底冷えと煩わしい人間関係がなかったら住みたいぜ、京都。21度-13度
2002年10月6日(日) 兵庫教育大学のガムランを磨いた。楽器がキレイになると心まで磨かれたような感じがするね。音もキレイになるし。SGPのみんなもこういうことできるようになっといた方がいいなぁ。JJSのガムランのメンテナンスはバパのいいように任せとくんじゃなくて、バパの指導の元、生徒とかSGPのみんなでやった方がいいと思うなぁ。あげちゃったもんはもう私のガムランじゃないから口出せないけどさ……。26度-19度
2002年10月4日(金) お稽古行ってきました。割稽古と盆略点前。この間にも増して興味深いお稽古でした。んーとね、日本にも「不浄のモノは左」みたいな考え方があるんだというのが大きな発見でした。イスラムの土地に長かった私としては非常に共感しました。 こないだも言ってらしたけど先生曰く「茶道って別に難しいことをやってるんじゃない」。日常と同じように、お客様をお茶でおもてなしし、招かれた側は感謝の気持ちでいただくだけ。だけど、それをそういう風にシンプルに言える先生が偉大だと思う。もちろんうんとうんと奥が深いのは分かっている。でもだからって「一般庶民とはワケが違うのよ」みたいな垣根を作らないと言うか敷居を高くしないというか高飛車にならない先生(や長い生徒さん)は残念ながら多くない。人間できてない私としては、こういう伝統文化を習う時の気の重さはまずそれだ。「アホか」と思いながらは習えない。そういういやらしさのない良い先生を紹介してもらえて本当によかった……。たかがお茶。されどお茶。いろんなことが再確認できそうです。26度-16度
2002年10月3日(木) 日中国交正常化30周年記念「偉大な指導者周恩来展」を見に行った。平日の午前中だというのにスゴイ人でね。あんまりじっくり見るという感じにはならなかったんだけど、普通だったら見られないようなものがたくさん展示してあった。しかもタダだし。そか、だから混むのか。ちなみに場所は京都平和講堂(京阪出町柳駅から北へ歩いて10分)っす。 一つココロにぐわーんと来たのが。周総理は東方歌舞団を作って育てたんだよね、彼らに言った言葉。「もし歌舞団が海外で死んでも骨はそこで埋める決意で行きなさい。遊びに行くのではない。戦いに行くのである」。音楽や芸術をひっさげて世界を廻る身としては不覚ながら涙が出そうになった。肩肘張る必要はないと思うけど、そうなの、遊びに行ってる訳じゃないの。それにどこで死のうと悔いはないの。「魂魄この土にとどめん」っていうのは大学時代から思っていたことだけど、この頃ちょっと浮ついてたかも。26度-19度
2002年10月2日(水) キンモクセイが咲いてた。この香りをかぐと思考が停止してしまうぐらいシアワセな気分になっちゃう。何年振りだろう……ニッポンばんざーい。25度-17度
2002年9月29日(日) 某試験日。生半可な勉強じゃ合格しないって分かってるのにサボりまくった自分への罰で、夕べは「とにかく3時までは勉強する!」と決めて取り組んでた(午前中はMJの運動会もあるので、お弁当作りのために早起きせにゃならん。3時間半は寝たいので3時と決めた)。でもね、何か長いんだわ3時までが。とても終わるはずがないと踏んでいた試験範囲の見直しがほぼ終わってしまった。おかしいな〜と思ったら、私が見てた時計が3時5分前で止まってるじゃないの。おいおい、夜が明けちゃうよって時間だった。試験中に眠らなくてよかった<マジで。25度-19度
2002年9月21日(土) お茶を習い始めた。次に日本に長くいる機会があったら絶対やるんだと心に決めていたから実現できて嬉しい。先生がおっしゃるには「お茶に難しいことは何にもない」のだそうだ。日常生活と同じように、お客様にお茶を気持ちよく飲んでいただく一連の作業をしてるだけ。お湯を沸かして、お菓子を出して、お茶碗を持ってきて、汚れてたらいけないから濯いだり拭いたりして、お茶を点ててお出しして、飲み終わったらまた洗ってしまう。お茶を飲む人は感謝の気持ちでいただくだけ。いろいろ手が込んで見えるけど、言われてみたら本当にその通りだ……。 あと「その道に入らんと思う心こそわがみながらの師匠なりけれ」ということ。今回お茶を始めるにあたって先生からもそう言われた。やりたいと思っているなら始めないと、せっかくの一番の先生を失うことになりますよ……と。ごもっとも(習う物事の限度は自分で決めなきゃだけどね)。
一番思ったのは「感謝の心」。「こんなことは平和じゃないとできませんからね。そういうことに感謝するんです」。もうこれは核心を突きすぎ。ああいう空間に身を置いていられるという、ただそれだけでも絶大なる感謝ものだ。やっぱやり始めて良かったな。
お稽古セットを百貨店に揃えに行ったら変な男の人につきまとわれた。日本ってホントもう安全じゃないのね……。28度-19度
2002年9月19日(木) 帰国後の自分の身の振り方について、どの分野にも積極的に働きかけずモラトリアム決め込んでいたら。やっぱり組織そのものがゆるぎないリズムで驀進しているところから真っ先に具体的なお誘いがあるもんなんだねぇ。一番苦手なんですが、ここからのお話しだけは断っちゃいけないというのが家訓のようなものなので、お受けします。でも今日打診があって22日に面接で24日に任命式って早すぎない?(逆か、それに間に合わせるためにとっとと動いてるんだ、きっと)26度-17度
2002年9月15日(日) Mと体験入学に行ってきた。めんどくさいから待ち合わせとか一切させなかったKちゃんとも乗り換えた電車でしっかり会うことができた。ほらね、縁があったら会えるって言ったでしょ(勝ち気)。 帰り道、だぁからいきなりメールが入って小山卓治のインストアライブに行くことになった。元気なおっさんは相変わらず甘い声で歌っていた。Mはサインもらってた。う〜ん。そんなものに出たにも関わらず、しっかりおうちに戻って晩ご飯作って食べられたという時間の使い方に感動した私だった。27度-19度
2002年9月4日(水) かっこいい人に会った。ハゲのお爺ちゃんなんだけど(気にしてたらすみません。いや、でもこういう見かけの人相手でもトキめけるんだと新鮮な発見だったんで)。すごい、切れ者!の上にさすが関西人で笑いを取ることを忘れない!それが自然!憧れちゃうなぁぁぁ。32度-24度
2002年9月3日(火) 14日にあるイベントの打合せに出たけれど。今の段階で式次第も決まってないって大丈夫なん?かくいう私も長らくの留守で今日初めて行ったわけだけどさ……。インドネシアよりもチリよりも呑気やなぁ。34度-23度
2002年9月2日(月) ラレーヌの歌声を聞いて。なんて清らかなんだ〜と胸が揺さぶられる思いがした。如蓮華在水。とは意味が本来とは違っちゃうけど、泥も泥なりに汚れっぱなしじゃいけないよなぁ、蓮華にいつでも咲いてもらえるようでないと、と思った。だから。辛くても。33度-24度
2002年8月24日(土) 滋賀のエスニックレストランAlas Arumでガムラン演奏。すっごい魂の入った演奏ができた。Jもまた優れた感性の持ち主というだけではなく努力家だということがよく分かり。これまた感動した。33度-24度
2002年8月19日(月) 東京拘置所へ。 傘を持ち歩くのは昔から嫌いなんだけど、それって自分を護るのを放棄してることの現れなんじゃないかと思ってしまったりする今日この頃。27度-23度
2002年8月14日(水) ビル5階分の階段を駆け上がったら足がもつれて転びそうになった。足がもつれるって生まれて初めての経験。ショック。若い若いと思っているのは自分だけ。 こういう一人暮らしって最初は緊張してて何も思わなかったりするんだけど、本格的に寂しくなってるくるのは5日目ぐらいからなんだねぇ。
自我状態の話でね。私ってかなりNP(養育的自我状態)が高いんだ。これを去年知ってちょっと意外だった。かなり子どもも厳しく躾けてて、君は俺の規律とだぁに言われてしまうほど確かに律する部分が強いと思ってたんだけど、蓋を開けてみるとCP(批判的自我)は最低値(設問が悪いという話もある)。NPとA(現実的な自我状態)が針が振り切れる勢いで同率一位になっちゃう。
クラスメートに、立った状態と隣に座った状態から「あのことはどうなってます?」とだけ言ってもらい、その感じ方の違い(自我状態の移り変わり)を考察する、みたいな授業でね。いきなり覚えのないことで責め立てられると「なぬっ?」とムカつく人(CP的)、「ええっ?」とただ戸惑う人(子ども的)、反応はいろいろだったんだけど、私はどうなっちゃうかというと「どのことですか?」と聞き返し、問題を明らかにして(A的)お役に立とう(NP的)という行動に出ちゃうんだな。我ながらこのマンマな態度にはかなり笑えた。31度-25度
2002年8月8日(木) 結婚記念日だというのに移動日だわ。交通費を安上がりにしようと思ってJRの昼間のハイウェイバスを使ってみたけど、まぁ時間がかかるのなんの。もともと7時間半ぐらいの運行予定だったんだけど、渋滞で2時間半も遅れてホテルにたどり着いたのは街行く人たちもいなくなるような時間だった・・・。お金・体力・時間、さて、どれを取ろう??? バスの旅そのものは楽しかった。サンティアゴから30時間かけて帰ってくることを思えば10時間でも11時間でも可愛いもんだし、2時間半の遅れもガルーダなら計算のうち、みたいな感じで(何に鍛えられてんだか)。2階立てバスは高速を走っていても外の様子がよく見えて飽きないし。私の周りに乗っていたのがなぜか若い女の子ばかりで、聞くともなしに聞こえていた会話がまた良かった。夏休み万歳!友情万歳!青春万歳!みたいで。ちょっと修学旅行気分(さしづめ私は引率の先生かい)。
でも怒ってる人もいたなぁ。京都まで抜けるのに2時間ぐらいかかったんだっけな。なので渋滞を抜けたところで休憩をし、その他所定のサービスエリアでも休憩をしたんだけど、ある時運転手さんをつかまえて「休憩が多すぎないですか?ただでさえ遅れてるんだから急いで欲しいんですけど!」って文句言ってた。そりゃあバスにはトイレもついてるし、あなたには休憩は必要なかったかもしれないけど・・・。ああいうとこじゃ用の足せない人も、食べ物買いたい人も、具合の悪くなった人も、身体を動かしたい人もいるだろうに。何より運転手さんを休ませてあげなきゃよけい遅れる事態になっちゃう危険があるとか思わないんだろうか?そんなにきっちり急ぎたいんだったら、それなりのお金を払って新幹線とか使えばいいのに・・・ともう少しで口を挟むところでした(引率者だし)。それに15分ずつ休むところを10分に減らして時間は合わせてたんだぞ。運転手さんは何言われても「申し訳ありませんねぇ、規定ですから・・・」ってほわほわしてた。大人やな。よく言われるんだろうな。
ホテルは去年のとこより若干グレードアップして、その分部屋は広くて(去年より、という意味ね)きれいなんだけど、駅から遠いかなぁ。特に人通りがない時間に歩くことを考えると怖い。そんな時間に歩かなきゃいいんだけど、今日はそうもいかなかったし。でもホテルの中に自動販売機だけど夜食があって助かった。ま、そんなこんな日々のスタートです。33度-26度