2002年3月23日(土) まだまだ5号線を北上。チャニャラルまで165km。ビーニャの北の方もそうなんだけど、乾燥地帯の海沿いの風景はなかなかに異世界風で見応えがあった。ちょっと休憩した道ばたでJが砂山を作ったりする(「次通るまで残ってるかな?」と言っていたけど違う道を帰ってきたので確かめられなかった)。チリ北部最大の港湾都市アントファガスタ(第II州-アントファガスタ州の州都)まで405km。途中孫悟空な気分になるような巨大な手のモニュメントを発見。周りに何も説明書きとかないし、どんな意義があるのか謎。誰か教えて。後で絵はがきにモニュメントの名前が出ていたのでラッキ〜と思ったら「砂漠の手」って書いてあった。そのままやん……。アントファガスタではGalicheとかいうお店でマリスコスの昼食。魚介類にハズレがないっていうのは有り難いことだ。 パイプラインの引かれた道沿いにはきちんきちんとゴミ箱が設置され、その側に必ず小さな木と水があるのよね。それがわざわざ「もうちょっとでゴミ箱と木がありまっせ」って標識に書かれているの。どういう意味があるんだろう。 アントファガスタを出て98kmで5号線とお別れ。25号線に入る。硝石が採れるとやらで地面の色が変わっているところがたくさん。嬉しくなっていっぱいビデオ撮ったかも。チュキカマタ銅山を側に控えるカラマまでさらに115km。途中、どう見てもあの雰囲気はお墓っぽいんだけど、なんであんなに広大な地域に渡ってまばらに建っているんだろう?という白い物体の群れ発見。「でっかい手」以降謎がたくさんだよなぁ、この辺り。
いよいよサン・ペドロ・デ・アタカマまで105km。「とにかく陽のあるうちにつかないとホテルを探し当てられない」と飛ばしに飛ばして何とか到着。夕暮れのこの辺の雰囲気はまさに見とれてしまうような異形だわ。サン・ペドロ・デ・アタカマは本当に小さい村。一時間あればぐるっと村を一周できると聞いてたけど、その通り。サボテン材の平屋で釘の代わりにリャマの革ひもが使われているという昔ながらの家並みはちょっとバリみたいで落ち着く。でも(だから、やはり?)欧米人だらけで、お店はそんな造りだけど、ネットカフェとかもあるのね。夜も10時ぐらいまでメインストリートは賑わっていて、なんとか明日の間欠泉ツアーを申し込めて一安心。そのせいか、2440mという標高のせいか、連日のドライブ疲れのせいか、だぁりんが倒れる。私も座りっぱなしのお尻の痛さが半端じゃないなと思ったらアザになってた。尖ってんのか、私のお尻は……。ホテルはDomingo Atienzaにある「Tulor」。バスタブもあるし、土壁の落ち着いた感じのよいホテルだわ。ベッドが4つも入っちゃってて、部屋は足の踏み場があるかないか、って状態だったけど。本日の合計走行距離は約888km。あら、いい数字。
2002年3月22日(金) またしても急に旅に出ることに。今回の目的地はアタカマ塩湖。車で行くので眠たくならないよう歌える曲の入った懐かしのカセットをさんざんCDに焼いたっけ。朝7時過ぎにサンティアゴを出て5号線をひたすら北へ。469km走ってチリで2番目に古い町と言われるラ・セレナ(第IV州-コキンボ州の州都)海岸沿いのDon-Kinでお昼に中華を食べる。これがサンティアゴで食べる中華より結構美味しかったのよね……。 さらに348km北上し第III州(アタカマ州)最大の町コピアポに一泊。年末年始のパタゴニアの旅で知り合ったNさんが押さえてくださったホテル・ミラモンティに入る。なかなか広々として心地よいお部屋。唯一難点はお風呂のお湯がぬるいのしか出なかったこと。幸いキッチンがあったのでお湯を沸かして足したのさ。
この日、何より凄かったのは夜空!Nご夫妻に案内していただいて、人工的な光が一切入らない山の中の素晴らしいスポットで星空観測。満天の星の下でピスコ用のあま〜いブドウやおにぎりやらを食べる有り難きシアワセ。またしても「こんなの珍しい」という好天に恵まれ、普段見られないような星や星雲や天の川も見たし、流れ星もいっぱい見たし、寝袋にくるまってたからそのままそこで眠ってしまいたいぐらいだった。野犬がちょっと恐かったけど……。Nさんに大感謝。本日の合計走行距離は約820km。とにかく無事コピアポに着くことに必死になってたから風景とかは目に入ってない感じ。帰路で言及できればいいのだけれど。
2002年3月19日(火) サラって魔法使いみたいと思っていたけれど、今年の先生ヴァレンティ○○(ヴァレンティナ?ヴァレンティルセ?最後の方が正確に分からない……)は更に更に魔女っぽい強烈な印象。おぅ、そして眉がないことに今日気づいた。別にいいんだけど。 チリを離れるまでにイースター島に行きたいけど日にちがないなぁと思っていた私にだぁりんがすご〜く嬉しそうに「これで諦めがついたでしょ」って言うから何かと思ったら、イースター島でデング熱が発生したらしくて旅行を自粛せよとのお達しがあったとな。ふむぅ。デング熱は一度罹ると次以降はもっと重くなっちゃうらしく(それはガセという文献をどこかで読んだ覚えがあるような気がしているので、それを探しちぅ。真偽を知っている人は教えてください)、一回目でも十分死ぬ思いをした私としては今はやっぱりすっぱり諦めるしかないって感じ。でも、何にも増して、チリにもネッタイシマカなんている場所があったんだということに変な話だけど感動してしまった。27度-8度
2002年3月17日(日) 5年生送別会。涙あり笑いありの一週間の練習期間を過ごし、どうなることやらと思ったけれど、取りあえずMがちゃんとバリダンスを踊ってくれてほっとした。 その後「世界のご近所さん」で知り合ったYさんをご案内するためにKIL MOKへ。結果的に何だかすごい大人数になっちゃったけど、これまたサンティアゴで生活を送る邦人としてはご縁なしではいられない「あの○○さん」みたいな面々ばかりで感動モノ。それにしても、明日学校で個人面談があるというのにまた臭いモノ食べてしまった。これは既にジンクス?(ってか学校に行く用事多すぎ?)。27度-8度
2002年3月16日(土) SGICH青年部総会。今日の演奏曲目は「メヌエット」「ミッション・インポッシブル」「ホール・ニュー・ワールド」。これを人前で演奏するのはそれこそ不可能と思った「ミッション・インポッシブル」、リラで旋律をリードするからそれを聴いてファイフはついてきてね?って言ったら案外まとまった。で、一安心と思ってステージに立ったら、この人達でも緊張するってことあるのね(来賓が大物?だったせいかなぁ)、初めて練習の時よりボロボロの出来になってしまった。でも今までは最後の練習がどんなにガタガタでも本番はきっちりできていたんだからある意味不思議な力の持ち主達なのよね。それを良い方に伸ばしてあげたい。 だぁりんが「サン楽会」ゴルフコンペで予告通りに優勝。大したもんです。お祝いの宴に参加。見渡したらサンティアゴの重鎮ばかりでスゴイ面子だった。こういう人たちと親しくさせていただけたのもここの暮らしの財産だよなぁ。24度-9度
2002年3月12日(火) 3ヶ月に渡る夏休みが終わり、いよいよバレエレッスン再開!更衣室で待っていたら何だかドキドキしてきちゃった。大人のクラスにも新しい人の姿があって、お互いのレベルに探りを入れている様子があるし(レッスンが始まっちゃえばそんなの一目瞭然なんだから楽にしてりゃいいのにね)。 さて初心者クラスと上級者クラスのどっちに入ったもんかと教室前で悩んでいたらサラが「どうぞ」と上級クラスに入れてくれたので一安心。夏休み明けの臨時措置なのか今年はそういう体制でいくのか知らないけれど新しい先生が担当だった。こっちじゃまだあんまりメジャーじゃないフロア・エクササイズに始まって、生徒が4人で少なかったということもあるけど、一人一人とぉ〜っても丁寧にバランスとか注意してくれて勉強になった。おそらくスペイン語が母国語じゃない人なんだろうな(後で分かったけどロシア人らしい)、私にも言ってることが理解できる。
今日の日のためにお休みの間ジムに通ったりしたわけだけど、やっぱり使う筋肉が全然違うんだなぁ。レッスン中は気がつかなかったけど家にたどり着く頃には足が笑ってた。でもこれでお休みの間サボっていたらもっと酷いことになったんだろうからね。フロア・エクササイズでも「あれ?私って案外できるぢゃん」って思えたし(想定しているレベルが低いからね(涙))。とにかく頑張るぞ〜。31度-11度
2002年3月11日(月) Sちゃんにつきあって新体操のクラスを見学に。電話帳で調べてもなかなか分からなかったんだけど、アプマンケのレオタード屋さんで訊いてみたらサンティアゴにも何カ所かスタジオがあるらしく。そのうちのCROATAというところに行ってみる。ちゃんとしたスポーツ・クラブの中の体育館で、15-20人ぐらいの子ども達が一生懸命練習していた。新体操の練習とか見るのは初めてだったけど、こういうのもやっぱり小さい頃からずぅっとやってないと途中で入るのは苦しい世界だなぁ。芸術性のある子はハッと人目を惹くものがあるけど、基本がバレエと違ってスポーツなだけに、そこまでいく以前に超人的な「鍛え」が必要と見た。 私の事前の説明が足りなかったのでMJともにすっかりやる気になっちゃってる。おいおい、もうこれ以上習い事は増やさんぞ〜。でも私も見ながら「あのワザは習得したい」とかウズウズしちゃってるから親子なのねぇということで。27度-9度
2002年3月10日(日) 次の日曜にあるMの学年の送別会でバリダンスを踊ってくれと頼まれて練習(させ)中。さすがに2年近くきちんと習っていない状態ではMの反応も「え?踊るの?う〜ん……」という感じになってしまう。去年はまだ「やるの?うん、いいよ」だったんだけど、そろそろ難しいお年頃でもあるし。でも持っている能力は公に還元するという気質だけは培ってほしいから、押しつけないよう気をつけつつも頑張ってみることに。とはいえ曲を聴いても去年踊ったマヌクラワとペンデットすら「忘れちゃった……」と。じゃあ発表会のビデオを見てみようとパンジ・スミランも含めて見てみたけれど、思い出せない様子。子どもって覚えるのも早いけど忘れるのも早いよな、この一週間でまた一から教えないとダメなのきゃ?とちょっと悲しくなってしまった。 最後の手段で練習風景を撮っておいたビデオを見る。これはお手本になる先生の姿も入っているし向きも左右が逆にならなくていいから楽。この段になってようやく体が思い出してきたみたい。明らかに嫌々やっていたそれまでと違って、姿勢からシャンとしてきた。サナギが蝶になるよう、ってこういうことを言うのかもと思った。鬼のようにびっちり繰り返し同じ踊りが入っているビデオを私が止めるまで「ああでもない、こうでもない」と目を輝かせながら踊ってた。その踊りが体の成長に伴って前より上手になってるからさらに感動。やっぱりMの体の中にはインドネシアが脈々と息づいているんだなぁと実感した。「とほほ」と「すごい」の両方で泣きたくなってしまった数時間だった。土曜日にまた別のステージがあるし、練習三昧の一週間になるわね。27度-9度
2002年3月3日(日) そして、鼓笛。例によって一時間前に全員が集まるわけでもなく。って今日に至ってはフルートパートを一人でやってもらうはずのジェシカが兄弟を病院に連れて行ってるとかで来られない雰囲気。ファイフパートが止まっちゃうから私はそっちを助っ人することになってるし、かといってフルートパートがないとカッコつかないし?物理的にお手上げだぁ!今日のステージはキャンセルしたいよ、と思いつつ、苦肉の策で一曲はぶっつけでリラをすることに。これならユニゾンでも多少華やかな感じになるでせう……。しかし胃が痛い。日本の高校野球と一緒だよなぁ、エースがいないとボロボロ。これじゃいかんと思いつつも全体のレベルを上げるのは時間がかかる。ま、今はそれを言っても始まらない、このメンバーでできることをするしかないと腹をくくって会場に入ったらジェシカが来た。ううう。昨日みんながあんまり下手くそになってたから思わずだぁりんにこぼしたのだが「チリ人はそうやって『あれ?下手くそになっちゃった』って思って初めて練習の必要性を感じて、翌日辺りに調子が出てくるんじゃないの?」みたいなこと言われた。確かに本番での強さはいろんなシーンで感じていることだけど……。そして昨日の夜練習するなんて奇特な人がいたとは思えないけど(楽器置いていった子もいるし)最低限の演奏はできたかな。ふぅ……。「できるなら最初っからやって」と思う私はこういう国でモノを教えるにまだまだ修行が足りない。31度-10度
2002年3月2日(土) PTA総会&帰任教師送別会。これで今年度の全体でのPTA行事は終了〜。何をしたって訳じゃないけど、やっぱり神経張ってたんだなぁ。ちょいと浮かれてる自分を発見してその事実に気づく。役員に就任する前には、いろんなことがあっていろんな人に相談したりしたけれど、あれがたった一年前かと思うと随分昔のことのようで信じられない。残りのお仕事は最後の役員会と諸々の議事録と報告書の整理と次期役員さんへの引継だけだわ〜(「だけ」ってそれは今月中に終えられるんかい)。だぁりんからお疲れさまの花束もらった。きゃ、またいちごちゃんに冷やかされちゃう。 夕方からはバカシオネス明け初の鼓笛の練習。しかも昨日の夕方「やれる?」って電話もらった。送別会が延びてたらと思うとゾッとする。ちょっと不安になったので「次のステージはいつ?」って聞いてみたら「明日!」という恐ろしい返事。やっぱりか。みんな真っ黒に日焼けしてて、つまり休みの間真面目に練習してた様子もない。まぁそれは私もMもしなかったけど。それにしても、なんでこんなに下手くそになっちゃうの???音が出てないぢゃん!曲が止まっちゃうぢゃん!そんなこんなで4時間も練習したけど、これじゃできないってんで演奏曲は「Together for Peace」から「母」に変わっちゃうし、ランカグアのメンバーとの合わせは明日、本番前の一時間でやるっていうし……。日々腕を磨いているプロならともかく……。久方ぶりに「こんなんで大丈夫なのか?」という事態発生。う〜ん、せめて自分があと2人いればorもう一日あれば周りがボロボロでもカッコつくアレンジにして練習することもできるんだが……ワタシ的には朝から出ずっぱりってこともあって気力も体力も限界で、家に帰って半分眠りながら(マジで寝っ転がって目をつぶってた)頼みの綱のMとJに何とか助太刀技を伝授。頼れる身内がいてよかった。29度-11度
2002年2月25日(月) 人に疎ましがられてまで意見するって疲れるよなぁ。「どれ程のメリットがあろうとも引き受けたくないリスクがあるように、どれ程のデメリットを引き受けることになろうとも踏み出さねばならぬ第一歩もあるのだ」という言葉は結構座右の銘に近いんだけどね。それが正義だとか相手や全体にとってメリットになると思えば聞き手にとって多少辛口になるとは分かっててももちろん責め立てるような形にならないように言ってきた(つもりだ)けれど……。どんなことを見聞きしてもニコニコふわふわと笑って流してればこんな思いはしなくてすむけど、そんなことできるタチじゃなし……。どっちもストレス溜まるとしたら、やっぱり傷を負っても物事が良く変わっていく可能性がある方を選んじゃうよなぁ。なら悩むだけ無駄だわな。29度-12度
2002年2月21日(木) 楽しいアクアビクスのクラッセに出ながらYさんと語ったこと。今の子ども達に……っていうか、人として必要なのは「ゆとり」の教育じゃなくて「喜び」の教育じゃないかということ。ゆとりって結局は「量」の問題でしかない。教科の授業時間数を減らすことにやっきになって、勉強する物事も減らしたところで、子ども側に本当にゆとりが出てきているのかって疑問だし、ゆとりさえあれば人間幸せなのかといったら私はむしろ違うと思うわ。暇でボ〜っとするのが好きな人ももちろんいるだろうけど、退屈なんか我慢ならないのが本来の子どもの姿じゃないのかしらん。確かに詰め込み教育で身動きできないのは辛かろう。ただ、今のままじゃどこまで勉強量を減らしても結局「できる人だけできて楽しい」教育の域を出ないんじゃないのかなぁ。 例えば水泳の授業で「何メートルを何秒で泳がなきゃいけない」なんて鍛え方をするから水泳が嫌いになっちゃう子が続出するのよね。でも、今日のアクアビクスみたいな楽しい体力作りだって厳然と存在しているんだし、人が生きていくためにはバタフライで速く泳ぐことより、立ち泳ぎが長くできたり、不意に水に落っこちた時パニックにならない訓練とかの方が大切じゃない?(って子どもの頃教師に提案したら鼻で嗤われたっけ。「習ってないから教えられない」ことを自分の弱みと思う人は「そんなこと重要じゃない」って逃げたがるのよね。教師は万能じゃない。そんなの分かり切ってるんだから、必要なら外部の人にでも頼める度量が教師の心・システムともに必要なんじゃ?)
確かに、そういうのだって本当に水が怖い子には怖い授業でしかないし、その辺は乗り越えてもらわなきゃいけないかもしれない。どんなこともできるようになるまでは多少の練習や辛抱が必要だったりする。その段階では喜ばせてばかりいられない、っていうのが義務教育なんだろうけど、なんかもうちょっと「社会に出て役に立つ人材を作るため」ってことじゃなくて「一人一人が有意義な人生を送るため」ってことに焦点をあてた教育の「質」を問わないと状況は悪くなるばっかりだと思うわ……。31度-11度
2002年2月15日(金) ど〜してもこの人は私を上のクラスに行かせたくないんだなぁ……。お休みのはずのスタジオが開いているから不思議に思って覗いてみたら事務処理中のセクレタリアがいた。念のため新年度のクラス編成を聞いてみたら、Jに関してはさすがに妥当なクラスを教えてくれたけど、案の定Mにも私にも去年より下のクラスの時間帯を教えてくれる。う〜ん。私は別にMJのクラスに合わせて来られる日だったらいつでもいいんだけどさ、不当にバカにされるのは気分よくないっす。去年みたいにサラが彼女の前で「るしは上級クラス」と言ってくれるようなラッキーは望めないよなぁ……。29度-12度
2002年2月10日(日) カホン・デル・マイポ方面へドライブ。どこかのホテルへ行きたかったらしいんだけど、それが見つからず結局「遠いんだよね」とか言ってた温泉バーニョス・デ・コリーナにたどりついちゃった。泥がいかにも効きそ〜。でも温泉なんて行くつもりじゃなかったので水着も持っておらず、足しか入れなくって残念。この辺は景色がいかにも乾燥した高地やら峡谷という感じで独特だわね。帰りに寄ったレストランもディズニーランドにありそうで素敵。28度-13度
2002年2月8日(金) 最近涙腺が弱いかなぁ。昨日は焼肉食べ終わって車でセントロの街を流していたら小山卓治の「大統領様」(ボリス・ヴィアンの「脱走兵」)がかかって涙が出てきてしまって道行く人々にギョっとされちゃったし。今日は子ども達と「カードキャプターさくら」を見ていたら、さくらの優しい素直さと一生懸命さがぐわわぁ〜んと胸に響いてホロリときてしまった。でも、えぇ話が多いよね?<さくら。29度-13度
2002年2月7日(木) またしても明日学校にてひとさまとお会いするというのに臭いモノ食べてしまった。あ〜あ。29度-13度