2001年11月17日(土) 明日どうしても使いたくてチャイム探しの旅に出る。取りあえず近所のモールの中にある楽器屋さんは過去に全部あたってみたんだけど、大した楽器は置いてないのよね。なのでクラウン・プラザの横にある楽器店群に行ってみる。ここはかなりいろんな楽器を置いていて、打楽器専門店、ギター専門店、アンプ専門店とかが軒を連ねている。この一帯なら確実と思ったのに……ない!そしてここに本店があると思い込んでいた有名な楽器屋さん「カサ・アマリージョ」もない。諦めきれずダメもとでホテルのフロントのお兄ちゃんに「カサ・アマリージョってどこにあるんだろ?」って聞いたら「ああ、サンディエゴ通り」と即答が返ってきた。びっくり(実はお兄ちゃんロッカーだったりして)。 これ以上得体の知れないとこ行くのはイヤだというだぁりんを拝み倒して(そんな謙虚じゃなかったけど)一路サンディエゴ通りへ。ここで諦めたら後悔するぢゃん!番地を知る由もなかったけど、無事に「カサ・アマリージョ」の看板を見つけることができて、ワクワクと店内に入った。けれど中は思ったより奥行きもなく楽器の種類も少ない。そしてやっぱりチャイムはなかった。ここにないんじゃサンティアゴにチャイムは存在しないのかも、と、がっくりしながらもその辺を歩いていたら隣にもう一軒楽器屋が。念のためと思って「チャイムある?」って聞いてみたら「あるよ」ってあまりにあっさりとした返事。一瞬聞き間違えたかと思った。相手が違うモノをチャイムと思い込んでるのかとも思った。半信半疑ながら見せてもらったら、あるじゃない、手作りだけど正真正銘のチャイムが。あ〜よかった。いやはや、ホントちょっとした旅してる気分だったのよ。
夜はSちゃん母娘とMJと私、5人で市立劇場に「海賊」を観に行く。セントロ方面への夜の外出だし、男性のエスコートがないことにハタと気付いてちょっと緊張した。でもトラブルもなく楽しく観られてよかった。今日はルイス王子さまが出てこなかったけど、ふわりと飛び上がれる第二の王子さまのジャンプが堪能できて嬉しい。あんな風に踊れたらなぁ。26度-8度
2001年11月16日(金)
もう何年使ってるんだろな……5年ぐらい使い続けてきたレオタードが汗でまだらに色あせてしまってちょっと情けなくなっていた。でも生地そのものは元気だし、どうしようかな〜と思って染めることにした。テヒドを習っているカルメン先生にお願いしていた絞り染めレオタードが完成!ばっちり成功してた!嬉しい♪26度-9度(写真のモデルはJなのでちょっとブカブカ……)
2001年11月14日(水) 日本人学校のある区、ロ・バルネチェアの音楽祭に日本人学校の子ども達が出演。伴奏の音が大きすぎて子どもの声が聞こえなかったのが残念だった。伴奏はつけない方が生の声の魅力が出せるし迫力があっただろうな、というのもあったし。でもタンザニア出身・心はラテン系のZに言わせると「あれぐらいノリの良い伴奏があった方が、自分やこういう南米の国の人には受け入れられやすいんじゃないかなぁ」とのこと。そういうもんなのか。やっぱ繊細な音色とかよりはノリ? 去年は同じ日に他の学校の出し物がなくて「ピエロ」の啓蒙劇みたいなのを見た私達だけど、今年は2-3校よその学校のステージも見られてそれは良かった。でも彼らの鑑賞の態度とかは悲しいものがあったかも。うるさいし、日本人学校の子ども達がステージに登ったら、その席に残っているパンフレットとかを取っていっちゃう子とかいたし。もともとタダでもらったもんとはいえ、それって盗みよ?そういうのどっちの先生も注意しないんだもんな〜。
2001年11月13日(火) 博物館同好会でラリ美術館へ行く。ダリの絵もあったりしてややこしい。でもとっても良いインプットになった。これぞ南米の色合い!って絵もあったし。
2001年11月12日(月) 我が家のドアも窓も全部オートロックなのよね。窓は引き戸式だから勝手に閉まることはないんだけど、ドアは風のせいで勢いよく閉まってしまい、閉め出されることがある。一度それでメイドちゃんが廊下にあるダストシュートにゴミ捨てしている最中に閉め出され、延々7時間私の帰りを待っていたことがあったっけ。それから私達は何はなくてもほんの瞬間でも外に出る時は鍵を持っているか確認するのが癖になっているんだけど。 今日は家の中で閉め出された。洗濯機のあるベランダはコンピュータ室の窓とキッチンの窓とドアに面してる。土日自分が洗濯をさぼったもんで、今日の作業をちょっとでも楽にしといてあげようといらぬ親切心をおこして、メイドちゃんが来る前に一回洗濯をした。干しとくまでやっとかないと意味がないから……と思ってベランダに出たっけ、バタン!とドアが閉まっちゃったじゃないの。普段は一人でベランダに出る時は万一のためにキッチン側の窓を少し開けておく。今日がその「万一」にあたる日だったのに、こんな時に限ってその作業を怠っちゃった。メイドちゃんはあと何分かで来るモノの、まだ家の鍵を渡してないから彼女には助けてもらえない。家の中だから私も携帯電話なんか持って歩いてないし、誰にも助けを求めることはできない。子どものお迎えに出てなかったらそこで誰か不審に思ってくれるだろうか?でもそれまで何時間あるの?凍えるほど寒いわけじゃないけど、あんまり長居したくないなぁ、飛び降りたくなっちゃったりしたらマズいし。夜はPTAの役員会があるし、もう窓ガラスを割って中に入るか?と思ったところで念のためにドアを思いっ切り引っ張ってみた……ら……開いた。あ〜助かった(窓ガラス割らないで)。
子ども達が帰ってきてから実験してみたら、やっぱり一旦閉まっちゃったドアは外側からは開かない。超ラッキーだったということで。19度-8度
2001年11月9日(金) いきなり電話が止められた。請求書がきてないから当然電話代を払っていなくて、そのせいで止められちゃったんだけどね。かかってくるのはOKみたいだし、自分からかける分には携帯電話があるからいいんだけど、困るのはネットに接続できないことよね……。すぐオフィスに支払いに行きゃ良かったんだろうけど、そんな時間もなく。なんだかんだいって1週間にわたるネット不通の日々がスタート。こんな時に限って急ぎの連絡やら入る入る(途中2回ほどY家の電話から接続させていただきました)。
2001年11月7日(水) エコーの検査を見てもらいに婦人科へ(今日は会って話すだけだから予約もお金も要らないって……そういうもんなん?)。パパニコは異常なし。でも思った通り子宮にポリープができているらしいので精密検査をするとのこと。まだ検査は続くのか……。こないだから一ヶ月ぶりぐらいだったから「どの先生だか顔忘れちゃった」と言ったら通訳で来て下さったMさんが「ハンサムな人だからチリ人女性だったら忘れないのに」って笑ってた。あの手がハンサムなのかぁ。ひょうきんな人だなとは思ってたけど……ワタシ的には挨拶のキスする時に「痛いのよ、ヒゲが」(ってCMあったよね)ってことの方が大きい。 生理(前)痛だと思ってたけど、昨日は平気でまた今日痛いっちゅうことは、実はアメリカンチェリーにあたってたりして、この腹痛は?23度-8度
2001年10月28日(日) 昨日の予定が雨で延期になった運動会。創立以来初めてのことらしい。確かにこの時期のサンティアゴで雨なんてむちゃ珍しいけど、少なくとも1週間前から昨日の雨はずっと予報が出てたんだから、もうちょっと心構えしてても良かったんじゃないかな〜と思わなくもない>自分。まさかこんなことになるとは思ってなかったから、私が行かなきゃ始まらない用事に穴開ける結果になった。もち本当は雨天延期の場合は運動会を休むつもりだったけど珍しくMの反対にあって負けた……。自分がいなくてもみんなが作業できるようバックアップツールを作るのに徹夜したし、これだけ大勢の人に迷惑かけたのは物心ついて初めてぐらいなので胃が痛くって運動会そのものはフラフラ……。 一晩開けて今日の天気も途中で雷が鳴ったりしてどうなることかと思ったけど、なんとか無事に終えることができてまずは一安心。Mは何にも言ってくれないんだけど(こういうとこ似てるな〜と思うけど、親としてはやっぱ事前に教えといてもらわないとシャッターチャンスが……)、開会式で大会旗持って一番先頭で入場してきたもんで、それだけで涙目になってしまう私だった。まぁあれもこれもどれもそれも、運動会実行委員として一生懸命取り組んできたことで、親の嗅覚を持ってしてはMの香りがしないところはない運動会って感じだった。「20周年記念歌」として応募した「サンチャゴ日本人学校音頭」が採用されたもんで母娘3人並んで表彰式とかにも出た。楚々とした踊りもついてみんなで踊った。相変わらず出番も多いし(今年は騎馬戦までやった……)20周年記念行事以外は去年と大した違いもないような運動会のはずなのに、「手作りテイストが楽しい」と思えたのは慣れのせい?21度-8度
2001年10月26日(金) 狂言のデモンストレーションを観に日本人学校へ。見事な日本語だなぁ。アメリカ人の演者、ダン・ケニーさんは実に私の人生より長いこと日本に住んで日本の文化専門に勉強しているんだな……。偉いなぁと思うと同時に自分ももっと勉強しなきゃと思う。普段やってらっしゃる英語での狂言もリクエストしちゃった。これ、面白い!狂言独特の節回しやら言い回しをどう表現するのかと思ったけど、節回しをあの調子で、言い回しはまぁ日本語ほど顕著な差が出ないけど、韻を踏んだりして形式的なものにしている。もしかしたら英語の幼稚園とか行っている幼稚園生は英語のデモンストレーションを聞いた方が理解できるかも。 ポワントクラス。コッペリアIIに比べて余りにも立てないので、トゥシューズのソール内側に切れ目を入れてみる。恐かったので線を引いただけだったんだけど、これが案外上々。ゴムなしでもかかとがすっぽ抜けることもないし、やっぱ履きやすいと言われるだけのことはあるのかなぁ。サラの代わりにジャクリーンのレッスンで普段よりアンシェヌマンが簡単だったせいでもあるだろうけど、「よく頑張ってる」と誉められた。うれし。20度-12度
2001年10月25日(木) うちの斜め前(と言っても距離はずいぶんあるが)にあるスパに行ってみる。図らずも昨日、バスを降りそびれて1時間ぐらい歩き回ったのでマッサージ日和。パルケ・アラウコの中の美容院でやってもらった時はただなで回すだけという感じで、部屋もオバチャンの私物が見えちゃったり音楽が途中で切れたりと雰囲気作りの面でも今いちだったけど、こっちのスパはさすがに「高級」と言われているだけあって洗練されてた。思いっ切りリラックスできるような配慮も細かい。マッサージそのものもインドネシアを思うと物足りないけどよく研究されてると思うし、その割に料金も安かったなぁ(1時間14000ペソ……3000円弱。インドネシアと比べちゃいけません)。トータルして考えると気に入った。自分へのご褒美に通おう。22度-13度
2001年10月22日(月) Mちゃんちのお隣さん、(ちょっと複雑な)フランス人だけれどインドネシアにも住んだことがあって、踊りも好きで、ぜひ私に会いたいと言ってくれていたそうなので遊びに行く。カティさんと言ったろうか。2年住んだだけにしては素晴らしいインドネシア語だったなぁ。離れて2年経ってるっていうから忘れてもいるだろうに……。すご〜くバイタリティに溢れる人でもあって。こういう人と話しているとこっちも元気になってくるよね。ウィラ・クンチャナでバリダンスを習っていたそうな。イワン先生、覚えてるかな〜?いやはや、しかしチリでフランス人と日本人がインドネシア語で話しているって不思議な光景。今度はアフリカ出身のZもまじえてもっと不思議な世界を展開してみよう。25度-8度
2001年10月20日(土) コピウエのバザー。今年は担当グループだったし自分も売り場責任者だったから木曜日から日智会館に通い詰めで。みんないろんな才能を隠してるよなぁ。そしてその才能を発揮させる場があるというのは幸せなことだ。テロのからみで警察や男の人の用心棒も入り、そんな面でも安心してトラブルなく無事終わって良かったっす。いやぁ、大使ご夫妻まで入場の行列に並ばせちゃったってのはすごい話だけど。ついでだから身分証も見せてもらえば良かったのに。22度-3度
2001年10月19日(金) 先週からポワントクラスに復活。巷で履きやすいと評判のラ・バヤデールをおろしてみた。う〜ん、どうなのかな???やっぱ左足が弱すぎるよなぁ。当たり前だけど立てないのは靴のせいじゃなかったのねん。しかも痛いと思ったらトゥシューズをはいて初めて豆できて水ぶくれつぶれた。ちょっとショック。安定を求めて先端が広い作りな分だけ指がこすれちゃうスペースができてもたって感じ?そういえば先週は爪の付け根部分が折れたり黒くなっちゃったりしたし……。そうそう、美しいエレナのシューズは何だろうと思って聞いてみたら「NYで買ったコッペリアII」とのこと。なんと今まで私が履いてたヤツやん。日本じゃバレエ用品最大手チャコットのスタンダードっていうだけで(メジャーすぎるから)敬遠する人もいるのにね。わざわざNYに行ってこれ買ってきたらしい。ところ変われば……ってヤツ?23度-9度
2001年10月17日(水) ジェシカ鼓笛隊長とエルバ女子部長がやってきて「新生鼓笛のためにプロジェクトを!」ってお願いされた。もともと、私が去るまでには主要学会歌の譜起こしとパートごとの模範演技のテープを作るつもりではいたんだけど。それを言ったら大喜びしていた。そんなことよりもっと重要なのは精神面での訓練なんだけど、難しいよねぇ。彼女たち自身もいろんなジレンマがあるんだろうなぁ。29度-18度
2001年10月14日(日) いっつも感動するんだよねぇ、この標準時間と夏時間との(その逆もね)切り替わり。もちろん手動で変えなきゃいけない時計もあるけど、自動で変わるものもある。イスラムの「ん〜、レバランはいつだ?去年は12月のアタマだったから今年は11月?月の様子を見てから正式発表があるって?」みたいな、祝日だって年ごとに変わっちゃう制度に慣れてた人間としては毎年きっちり同じ日が休み(まチリは移動祝日も、そこからさらに月曜日にズレる休みもあるけどね)、同じ日に時間帯が切り替わるっていうのが今ひとつ気持ち悪い。「微調整しなくていいの???」って思っちゃう……。 お昼は鼓笛に行ったものの、帰り道いきなり猛然と眠くなって「これ以上歩けない」と思い(普段は歩いて帰ってくるんだけど)珍しくバスに乗った。家に帰り着いたら体がミシミシいうし割れるような頭痛がしてまた半日何もできずにベッドにいる始末。最近の私はどうなってるんだ……(トシ?)25度-10度
2001年10月12日(金) エコーの検査。生理中でも関係ないっていうからすっかり安心していたのに、内診とそんな変わらないぢゃん。写真7枚つきの立派な検査結果をくれた。ふむ。専門用語ばっかりで今いちよく分かんないけど、何かを確かめるために何かの検査を受けろと書いてある。次は何だ? 去年の舞台で新調したものの、あまりに激しい青なので普段は着られないなぁと思っていたバレエのレオタードを漂白剤に浸けといてみたら、ベージュみたいな色になってた……。びっくり……。意外な展開だけど、実はそういう色のが欲しかったので嬉しい。25度-9度
2001年10月10日(水) 婦人科の先生に会う。通訳でついてきてもらっていたMさんがあまりの忙しさに今日の約束を忘れちゃってたので孤軍奮闘(でも内診だったから他人がいない方が良かったのかも)。そんな予感がしたせいか今までの検査結果一式&辞書を持っていたので何とか事態を飲み込んでもらえたようで。前の先生が検査結果の下に私に対する説明として書いた「地中海貧血」の文字をめざとくみつけ、次の先生への伝え書きに「そっちの検査とかケアが先だべ」みたいに書いたので慌てて訂正を。また振り出しに戻されちゃかなわん。「塊」という漢字を教えてあげた(何してんだか……)。この先生が処方した薬が恐ろしいほどの効果で。毎回の生理がこの程度の量で済むんだったらなぁんにも困んないけどなぁ……でも出てくるはずだった経血はどうなっちゃったんだ?23度-9度
2001年10月9日(火) 博物館同好会でパブロ・ネルダの家へ。迷路みたいな家だ。全体的に「海」をすごく意識している。ダイニングの横には秘密の部屋があって、突然現れて客人を驚かせたりとかしてたらしい。お茶目な人で気が合いそうだ。リビングの中には本物の木が生えていたりして、そういうのも好き。仕事場が離れて高いところにあるってのは面倒くさがりの私には使えない作りだけど、家を建てるならこういう遊び心も大切にしたいな〜と思った。っていうか、これぐらい自分の考えが反映できないんなら家なんて建てたくないかも。20度-5度
2001年10月8日(月) ベロニカさん初出勤。私服はとっても都会的でキャリアウーマン風の彼女だけど、白い仕事着に着替えたら何とも言えぬ清潔感があって思いっ切り好感度アップ。ちょっとホッとした。24度-8度