きょうのるっちゃん2001その8
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2001年10月6日(土)
授業参観、学級懇談会、PTA臨時総会、奉仕作業、アサード……いやぁ、充実した一日だったねぃ。ついでに帰り際に学年委員会もやってしまった。

Mの学年・5年生って「変わってるよね〜」とは前からみんなに言われるとこなんだけど、その親に「なるほど」って思えるような妙な共通点を見つけてしまった。っていうか、関係者が車座になって飲んでたから一目瞭然だったんだけど……。8世帯のうち5世帯までお父さんが青年海外協力隊経験者なのよね(お母さん入れるともっと多い)。協力隊の親分であるJICA関係者を除いた、いわゆる「普通の企業」に初めっから勤めてる父親って2人しかいなかった。他の学年にはそういう親いないそうだ。子に報う因果関係はともかく特殊な状況には違いない。あ、「フランス人みたい」って言われた。それはないっしょぉ。「オランダ系?」ってのは今までにもあったんだけど……私のイメージではフランス人って金髪碧眼。

さて、毎年この催しで何かしら思うわけですが。今年はウサギについて。かくいう私も小学部1-2年生が世話の担当をしていること以外は何羽飼っているのかとか最終的なチェックは誰がしているのか等、全然知らずにきたので同罪ともいえますが。お掃除してみたら8羽分もの死骸があったって。そのうち1羽にはウジがわいていて、とても最近死んじゃったって感じじゃない。1年にいっぺん、保護者が奉仕作業の日に掃除してくれることをアテにしているんだろうなぁ、一輪リヤカーでいったい何杯のフンを運び出したことやら。そういう衛生状態じゃぁ子ウサギだって死んで当然かも。去年もものすごい汚れだったって担当していた人が言ってて一部保護者の間では「なんだろうねぇ?」って話になったけど、その声は学校に届かなかったのかなぁ?

諸々のことを総合して、何のためにウサギの飼育を始めたんだ?と疑問に思う。ただ可愛いから?生き物っすから、生まれてくればいつかは死ぬし。たくさん生まれてくるってことは育ちきれず死んでしまう仔も多いって意味。それは自然の摂理だけど、だからこそ弱いモノを守れる立場にいる自分たちが、臭いも面倒臭いも乗り越えて、ちゃんと世話をしなきゃいけないってことを教えないでどうするんだ?死んだ仔ウサギの死を悼まないでどうするんだ?何で小屋の隅で朽ちてる仔ウサギがいるの???形ばっかり、通り一遍のことしかできないんだったら取り組むべきじゃない。他のモノならまだしも、ウサギの命をなんだと思っとる?「2-3年でヨソの国に引っ越さなきゃならないだろうから、ウチじゃ生き物は飼えないよ。世話が中途半端になったら可哀想だからね」って言ってるのに、学校がこれじゃあ困っちゃうな(以上のことは学校にちゃんとお話ししてあるので「こんなところで言ってないで」みたいなイチャモンはつけないようにね。「そうは言ってもこういう教育的配慮があると思う」的ご意見は歓迎します)。18度-8度



2001年10月5日(金)
エディスさんとお別れ。メイドちゃんに先に辞められるってのはほぼ初めての経験なのでちょっと戸惑う。リニさんの時にはお互いの事情が(こっちはJも大きくなってJ専用のメイドちゃんはもういらないなと思っていたし、向こうは出産が近づいてそれ以上働けないと思っていたし)うまくかみ合って万歳って感じだったけど、エディスさんはずっと働いて欲しかっただけに辛いねぇ。とか何とか言いながらほぼ一日中家を空けていたワタシ。家に帰り着いたら激しい腹痛(エディスさんを失うストレスが原因?)で寝込んでしまったために、別れの挨拶はベッドから……。でも最後にいろんな話ができて良かった。元気でね〜。?度-11度


2001年10月4日(木)
長瀬君のやってるドラマを見ていて思ったのだけど。家族っていうのは理屈じゃなく支えてあげるものなのだろうなぁと。その人が過失だろうと故意だろうと起こしてしまった出来事で困っていたら、許せる許せないはおいといて、できる限りの力になってあげるのが人の道。それが今あの人のやってることなんだろうなぁ。私にはきれい事に思えるけど、そういうスタンスもありってことで。ビンラディンの勘当とかはそういう縁すら切るということ……もちろん血のつながりはどこまでも続くけど(その辺を「勘当したら無関係なんか?」と社会は叩くのだけど)、精神的には「もうこいつと家族はやってられん」と思ってたんだろうな。20度-10度


2001年10月1日(月)
うちの前にドイツ人学校があるんだけど。創立110周年記念の学祭やってる。歴史が違うわね〜。お手製らしきスチールドラムの演奏とか見てると血が騒ぐ……かっちょえぇ……。

エディスさんがワッシントンDCに行っちゃうので新しいメイドさんを紹介してくれた。メイドちゃんというにはあまりにあか抜けていて戸惑うなぁ。21度-5度



2001年9月30日(日)
言葉のお勉強のためにXファイルの日本語を書き出してるんだけど、さすがに夜も更けると怪しい文章を作ってしまうことがある。はっと見るとパソに「サメは踊りをやめると死ぬ」「モルダー、君も踊り続けろ」と。それは、泳ぎ!でもこういうのって、その時自分が何を気にしているか分かって楽しいのよね。高校時代は数学の時間にインテグラルのカッコの中に「寮生」って入れてたことがあった→[寮生]こんな感じ。人間をどないして積分すんねやろと先生もびっくりしたろう……。「哲学」って書くところを「誓学」って書いてたり、「数学」が「教学」だったり。気持ちは分かるが……うつらうつらしすぎ?

ところで、直感でしかないけど、あそこにビルを再建するって言ったら、あの件はマッチポンプだったと私は認識するよ。あまりにも直截的すぎて、いくら単細胞でもそれはないと信じたい。16度-4度



2001年9月29日(土)
昨日のMの誕生日をお祝いしてお出かけ。サーカスを観る。いやぁ、毎回のことだけど心臓に悪いわ。空中ブランコ観ながら涙出てきちゃった。ブランコ乗りの1人はチリ人だったもんで、みんなの声援のすごいこと。後ろの人なんか声が嗄れちゃって。ブランコにもチリの旗ついてたね。そういうのでも涙腺のゆるむ私だった。10度-4度


2001年9月26日(水)
血液学の先生に会う。たっかいお金(診察料の3倍!9万ペソ近かったっす……1万7千円とか?)を払って再検査したけど、タイプとしてはごくノーマルに出血が続くことで悪化する鉄欠乏性の貧血ということが確認できただけ。っていうか、やっぱ地中海貧血でしたとか言われちゃう方が困るんだけど。診察室を出る時には見送りながら私のことを「感じの良い人ですね」と同行の方に言ったそうだが、医師にとって感じの良い患者とはなんだ?まぁ入院中に「模範囚だね」って言われたことはあるけど……(お陰で刑期の半分で出所できました)。「また来てね」とも言ってた……コンサルト料は他の物価に比べたら確かに安いかもしれないけど、遊びに行くわけにもいかないしねっ(後で分かったことだけど、検査の結果報告と次の検査計画のためだけに先生に会いに行った時は、お金要らないって言われました……それでやってけるの?)。15度-7度


2001年9月25日(火)
長くって「???」なアンシェヌマンで、一緒に踊ってくれる人を待っていたら、サラに「ちびっこじゃないんだから、一人で踊りなさぁい」と言われてしまった。いつまでも他人を頼っていちゃいけないのねぃ。分かっちゃいるけど勇気が出ない……。ああ、困った。19度-8度


2001年9月22日(土)
M誕生会。いろいろ手作りしちゃおう大会にしたもんで私に「先生!次はどうやるんですか?」と言ってしまう子続出。そーいえば、10代の頃から教える仕事をやってきたので年上の人からもそう呼ばれることに抵抗ないワタシ。でも特に若かったし、仕事の場を離れたら「先生」と呼んでもらわないよう気をつけなさいと親にも厳に言われてきたのだった。「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」って川柳もあるしね。などと……つい語ってしまったけれど、そんな話を5年生にするな、かなぁ?ただあの状態じゃ「先生と呼ばせぬほどの野暮でなし」状態だったかもな。20度-9度


2001年9月19日(水)
ゴルフのあとスキー。Oさんご夫妻ががつきっきりでMJの面倒を見てくださいました。おかげでJはよその子かと思うような滑り方になってるし、Mも慎重ながらもちゃんと滑れるようになって恐怖心を乗り越えた感じ。良かった……。7月にスキーで転倒のすえ骨折し救急のベッドに横たわったMが「雪と山が『僕を踏みつけていくMなんか嫌いだ』って言ったみたいで悲しかった」ってをポロりとこぼしたのを、思い出すたび胸が締め付けられるようで。恐いとか痛いとかでは泣かなかった彼女はそういうことの方が辛かったらしい。これで雪山と仲直りできたかな。

でも帰り道では道をはみ出して崖下に転がっちゃった車を目撃。怖い、と思う心も大切。18度-4度



2001年9月18日(火)
独立記念日。SGIの記念式典に出る。国歌斉唱をする時に去年も思ったけど、ニホンジンの年端もいかない子(我が子のことだ)があの長いチリ国歌をきち〜んと歌えるってのは大した教育の成果だねぇ。お祭り騒ぎになってから私も誘われてクエカを踊る。こないだテヒドの時間に習ったばかりだったんだけど、見ているより遙かにシンドいんだよね。1曲踊ったら息が切れる。それを踊りっぱなしの人がいるのには驚かされる。踊りが終わってから夫のところに行くまで、私を誘った相手の男性はちゃあんとエスコートしてくれるのだな。で、私と夫の両方に「gracias」と。その辺がどんなオジサンでもスマートだよな……。

よくクエカは日本の盆踊りのようなものだと形容しちゃう私だけど、実は盆踊りと違って、「西洋の踊り」で鍛えられている私達母娘ですら1-2時間ちょろっと習っただけでは綺麗にきちんとしたステップが踏めるようになる訳ではない(それは盆踊りに対して失礼ですか?決して単純比較して下に見ている訳じゃないのよ)。かといってバレエやバリダンスみたいに少ない自由時間を割いて毎週通って習うほどのことにも思えない。でも今踊れないのは事実なんだからMJに習わせてあげたい気もする。う〜ん。延々一年以上悩んでます。残り時間も少ないだけに益々悩むな。どうしたもんかなぁ。

凧がベランダに飛んできた。ついでに国旗も。独立記念日だしね〜(でも24階なんですけど)。18度-7度



2001年9月16日(月)
こっちに戻ってきて早々診ていただいた巡回医療団の先生に勧められ、長年の微熱の謎を解明しようと病院へ。んまぁ、ウルヘンシアじゃなくって行くのは初めてだしシステムの分からないこと。そしてお買い物なんかと違って相手が何を言ってくるか分からない状況ではスペイン語を理解できないこと……ちょっと落ち込むねぃ。こないだはよく一人で飛び込みの検査をやりおおせたよなぁ……。ま、結核ではないというお墨付きをもらったので取りあえず一安心。でもまだ検査の日々は続きそうです。?度-11度


2001年9月15日(日)
今日初めて知ったのだけど一眼レフの銀塩カメラが直っていたのだそうな。というか一時帰国中に新しいのを買ったらしい。あんまりにもだぁと別行動の時間が長かったので私は知らなかったのだ〜。久しぶりにファインダーを覗いたら視覚が戻ったような、今まで息をしてなかったことに気づいた時のような感覚がした。何て言うのかなぁ、「切り取った空間のイメージを再現する力」みたいなものがデジカメやビデオじゃ半分もしっくりこないんだよね。そういえば、壊れちゃってしばらく直せそうもないと分かった時も、見ザル言わザル聴かザルじゃないけど、自分の感覚に蓋をしちゃったような気がしたものだ。面白いね〜。22度-5度


2001年9月14日(土)
日本人学校で学習発表会。子ども達が一生懸命なのは可愛くて大好きだな〜。今回は全体的に音楽的趣向の凝らされた発表会でした。Jもそこそこ頑張っていたけれど、やっぱりああいう場ではMが(本人意識しないままに)張り切っちゃうんだな〜。一時帰国してたもんで2学期は2週間ぐらいみんなより遅くスタートしてるし、ギプスが外れてからも骨折したところじゃない肘や手首が動きません……って感じだったというのに。まぁ器用にマリンバまで演奏していて驚いたわ。でもさっ、去年はセーターを後ろ前に着てるし、今年はズボンのチャックが開いているし……お年頃なんだし、もうちょっと見栄えに気を配らないかねぇ?>M。22度-13度


2001年9月13日(木)
治療した歯におみそ汁の熱いのがしみて痛いとか朝Mが言ってたんだけど、しばらくすれば治るでしょうとバスに乗せたら「やっぱり我慢できない」とお昼前に学校から呼び出しが。う〜ん。Mを学校に迎えに行って、かかりつけの街なかの歯医者さんへ行って治療してお昼を食べさせて、学校に送って、コピウエ・バザーの打ち合わせがあったので歯医者さんの近くまで戻って、学習発表会のPTAコーラスの練習のためにもっかい学校に行って、子どもを連れてバレエ教室に行って(ここはEさんの車に乗せてもらったけど)……家へは歩いて戻ったっす。一日に学校まで3往復することがあるたぁ思いもしなかった。車があればなぁ、学校まで20分ぐらいで行けるんだから近いもんなんだけど……。いやしかし、それまでとその後は1時間足らずで大洪水になってしまう体調だったのに、Mを連れて歩いている間は不思議と止まっていたのだ。神秘〜。20度-5度


2001年9月11日(火)
とんでもない大惨事に現実感を失いフラフラしながらもバレエへ。早くも二日目にして彼女の「変」さに慣れてしまった私……。き、気を緩めちゃいけない……上を見なくちゃ……。ただ学ぶべきところはたくさんある。すんごく思い込みが激しくてアンシェヌマンを覚え切らない彼女だけど臆することはない。やる気も満々だし。「恥」が行動の判断基準になってる私だったら、あれだけ派手に間違えるぐらいだったらやらない方がいいと思って教室の隅で小さくなってる。実際今日も2つぐらい指をくわえてたかも。こういう気質はアジア人の私だけじゃなくて、このスタジオの他の人たちもそうなんだよね(チリ人が日本人と似ているっていうのはこういうとこも?)。でも彼女のなんと堂々としていることか。更衣室で私に「何でセンターで踊らないの?」と聞いてきた。「自信がないし、できないから」って答えたんだけど、だからこそ私達はレッスンを受けているわけで、できない人こそ徹底して踊るべきなのよねぇ。頭じゃわかっちゃいるんだけど……。葛藤してるしてないはおいといて、それを実行できる彼女は偉いと思った。23度-6度


2001年9月6日(木)
厳しい。久しぶりにバレエのレッスンに行ったら「間違いだらけのバレリーナ」みたいな人に出会った。かなり長いことバレエをやっているのであろうというのは想像がつく。パも良く知ってるし体も柔らかい。でも一つ一つが「こうやっちゃいけませんよ」って例で出てくるような形になっちゃうんだな……。例えばアラベスクする時に脚が上がるのはいいけど腰や肩がねじれちゃってるし、その脚のアンデオールはなってないし……。普通はそうならないようにバーの時ぐらいは形に気をつけるもんじゃん?この人の救えないところは、それで正しいと信じて疑ってないようなところだ。間違った鍛え方を長年続けているせいか、欧米人で踊りをするような人にしてはドキっとするぐらい妙なスタイルだし。「こういう楽をすると、こういうところに無駄な筋肉がつきますよ!」って言われている通りのところが太くなっちゃってるのでは。それって内面を反映しているとしか言いようがないような。律することを知らない性格の崩れが表面を形作るの。そしてこういう人に限って……っていうかそういう人だからこそってことよねぇ……自己中心的で他人を惑わすような言動をしてクラスの流れをかき乱すのよ……。

そういうことを差し引いても私の方が踊れていないんだから謙虚にならなきゃいけないし、決まり通りのポジションにきちんとハマれないという点では人のこと言えないのはよく分かってるんだけど。う〜ん。今までマダムクラスとかで「勘違いしている?」って人はたくさん見てきたけど、あれはまだ……というか完璧にバレエの範疇だった。「ああはなっちゃいけない」って心底思ったのは久しぶりだ。バレエはきちんとやらないと恐ろしいぞ>自分。16度-7度


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