2001年9月4日(火) 昔のことだけどYさんに久しぶりに会って笑える話を思い出した。彼女とお嬢さまがタップダンスをやりたいというので、一時期タップ教室を探し回ったことがあった。私が知ってるスタジオでもタップクラスがあるっていうから見学させて欲しいと電話をした。でもなんか行き違いが多かったから、Yさんのスペイン語の家庭教師の先生も巻き込んで予約の電話をしまくった。そしたらある日Yさんのご主人に水道管屋さんみたいなところから「あなたの奥さんから今日当社を訪れたいという電話を受けたのだが?」みたいな電話が入ったと。何で水道管屋さんに用が?しかも修理を依頼するならまだしも、チリに来て日の浅い人間がなぜそんな会社を訪れなきゃならん???ご主人はハテナで頭が一杯だっただろうなぁ。相手が言うには「なにやらタップ(蛇口とか栓とかね)がご入り用だとか?」……なな、なんと、スペイン語の先生にお願いした時点で電話番号を一番読み損じたみたいで、全然別のとこに話が行っちゃってたのね。しかも全くの分野違いならその時点で気づいたんだろうけど、タップとタップで共通点があったもんで、相手も何か変だと思いながらもミーティングの予約を入れてくれたと。あ〜、座布団一枚?(後に無事タップ教室でお試しを一回やってきました。楽しかったよ〜)。15度-6度
2001年9月3日(月) こういう朝昼逆転状態の時には24時間アニメチャンネルが私のお友だち。いつの間にかカードキャプターさくらやってるんじゃん。しかもオープニングテーマ「Catch you Catch me」がちゃんとスペイン語版になっていた。どれどれ、と楽しみに聞いていたら。う〜ん。「こっちを向いて好きだと言って」の(C=Do)シ♭シラ♭ラソファレは歌えているのに「わたしのおもいあなたのハートに」のシラ♭ラミは別のフレーズになっててガックリ……っていうか作曲者怒るで……。やっぱりああいう微妙な音は取れないor受け入れられないのかな〜。ひどいのは日本語の主音声を切っちゃって、でもコーラスはそのまま残っている曲をかけてたりとかね(つまりカラオケ状態)。コナンのエンディングですらそうだもんな。名曲が多いのに。スペイン語圏の人が旋律じゃない旋律で曲を覚えちゃうよ〜。 時差ボケは治りつつあるんだけど、それより着るモノの調節が下手くそで。重ねて着る、というのはやはり半年ぐらいじゃ身に付かない習慣で。部屋の中は暖かいし外も思ったより寒くないし、つい薄着で外に出てしまうんだけど、みんなコートとか着ているなぁ。チリ人が寒がりってこういうことなのかな。14度-6度
2001年9月1日(土) ふぅ。無事に着いた。一人っきりで30時間近く飛行機に乗って移動なんて、さぞかし苦痛だろうと思っていたけど、そうでもなかった。レイトチェックアウトだったもんで、昨日買いそびれたモノを手に入れたり借り物を返すために宅急便を出したりしていたらちょうど良い頃合いになるし、リムジンバスの中はチリの夜中の時間帯だったから眠っていればOKだったし。JALの中では思いっ切り映画を見続けて一時帰国最後のあがき的インプットモード。久しぶりに映画を一時停止とか巻き戻しとかできない機種に当たったからちょい時間のムダが多かったけど。思ったよりあっと言う間という感覚でLAに到着。ここでの3-4時間の待ち時間こそ暇をもてあますかな?と思っていたけど、何だかんだしてたらラウンジで座っていたのは1時間程度(あっ。でも何よ、このランチレのラウンジの遠さは……)。あまりにも綱渡りだから勧めないけど、その気になればバスに乗ってタダでその辺一周してくることもできるし。期せずしてだぁりん達はそれをやったらしいが……為念:出発ロビーは到着ロビーの上です。バスに乗る必要なし。お買い物が好きなら(っていうか荷物にゆとりがあれば?)楽しそうなお店が空港の中にもたくさんあった。ラウンジにいた間も結局半分ぐらいはマッサージ器にお世話になって天界気分だったし。アメリカ大陸まで来てしまえば、あまり意識しなくても暗くなれば眠ればいいし気楽。ランチレはでも、ペルーで一回降りるんだなぁ。それがサンティアゴの真夜中だか早朝ぐらいの時間で、できたら起こされたくないなって感じ。 と、こんなに頑張って昨日から時差ボケ対策をしていたのに、家に着いたら時差のせいというよりは長距離移動の疲れでバタンキュ〜。半日眠り続けてしまった……それって……「振り出しに戻る」。あ〜あ。Jは二週間ぶりに私に会えたことを「夢みたい」と日記に書いてくれていたけど、私当人がまだ夢の中にいるみたいだ。目覚めたら子ども達は眠ってるし、だぁりんは送別会とかでお出かけしているし、相変わらず一人でぽつ〜んとしていて家に帰ってきた実感が今いち希薄な私です。16度-0度
2001年8月30日(木) お土産買うぜ、大作戦!。まぁお土産に限らず何だかんだいって落ち着いて買い物をする時間もなかったのでまとめて買うぞということで。来月のカードの請求は幾らになってるかしらねぇ?でもおかげで出てくる前に必要だと思っていたものは殆ど手に入れることができた〜。こういう点も含めて今回の帰国は充実していたな。お台場とかまで行かなきゃいけないかなと思っていた靴もちゃっかりこんな近場で見つけられたし。やっぱ偉大だ、新宿。「千と千尋」にこだわるけど、あの懐かしさと居心地の良さをばっちり再現したようなアクセサリーに出会ったので衝動買いしてしまった。私にしては珍し〜。これがどういう縁になるかはこれからのお楽しみ。28度-23度(サンティアゴ13度-9度)
2001年8月29日(水) スクーリング最終日。中国語の試験は記述式だっていうし、しかも和文中訳・中文和訳バリバリで、どうなることかと思った……割りにはさっさと終わっちゃってラッキーだった。「表現科学概論」が台風で休講になっちゃった分のレポートを日本を離れる前に提出してかなくちゃならなかったので、居残り勉強。日々一生懸命過ごしていたはずなのに、こういうレポートを仕上げる時間までは捻出できなかったなぁ……下調べぐらいは何とかできていたからマシだったけど、思ったより手強かった。 その後、見損ねていた研修ビデオを見ていたら理事長が図書館にやってきた。こないだ母にこの大学に入った話をしたら「久住先生とは一緒に中国に行ったわよ」なんて意外なことをのたまっていたので、機会があったらご挨拶だけでもしておこうと思ったら、まぁ、こういう巡り合わせ。一ヶ月にいっぺんぐらいしか大学の方にはいらっしゃらないそう。理事長も「S先生にはお世話になって!」とどうやら覚えていて下さったご様子。「チリなんて遠いところから来てくれている学生さんは奨学生ね!」なんておっしゃって下さるし。それにふさわしい成績が取れないといけませんが……。学校もITがらみで色々模索中とか。遠距離にいる私はかっこうの実験素材になれそう。協力できることは何でもさせていただきます〜。
京王プラザに再びチェックイン。うお〜、部屋が広いぃぃぃ。一人で使うのにダブルだったりしたもんで、余計にそう思うのかも。4人でいた時には気づかなかったけど、これ、高円寺のアパートの3倍ぐらいの広さがあるような気がする(それはいくら何でも気のせい。でも2倍はあるかな)。そしてポーター一人みても訓練が行き届いていてサービスが細やかで上質だこと……。安心するねぇ。快適だねぇ。家に帰ってきたって気がしてくつろげるねぇ。ここにきてようやく一人暮らしの緊張がほぐれた気がする。
そう思えないホテルとは何が違うのだろう?従業員の教育ってのはまぁ置いといて、「印象」の点からいうとまずは床。仕方ない事だろうけどビジネスホテルだと張り替えたばっかりでもない限りシミだらけで部屋の中で靴脱ごうって気にならないものな……備え付けのスリッパも「綺麗なん?」ってビビるし。かえってインドネシアのロスメンなんかの方が床は清潔だから安心感と開放感があるなぁ。ベッドに虫はいるかもしれないけどね……。多少のシミは分からない模様入りの絨毯にしちゃったらどうだろうかね?最初に予算は必要かもしれないけどさ。あとは壁。これも全体を直すのはお金がかかることだろうけど、そして穴は塞がなくちゃいけないだろうけど、壁紙を切って貼ったって感じの直し方は侘びしさを増すよねぇ……。何か手がないかねぇ。そういえば浴衣も古着っぽく色褪せてたっけねぇ。いいんです、部屋が臭いってこともなかったし、清潔にしているってのは伝わってきたから。でも何かこういう差を見せつけられてしまうと、何とかその差を埋める手段はないかと意識するより先に考え始めてしまう私だった(大きなお世話)。
夜にはあきっちご夫妻と、その後てつに会う。わざわざ来てくれてありがと〜&ごちそうさまでした!次回は私がおごるからね〜。28度-22度(サンティアゴ13度-8度)
2001年8月28日(火) いよいよ最後の科目「中国語I」。子どもの頃ちょっと独学したことがあるとはいえ、ズブの素人と言った方がいいレベルの私。それでもたった一日でこれだけ分かるようになるんだから、やっぱ某機関の100時間集中研修は大したもん。どんな言語でもスタート段階での会話に困らなくなるわけだ。今のところスペイン語第一優先ってのは変わらないけど、中国語もやっぱ面白いな〜。若干漢字が違ってたりするのには注意が必要とはいえ読み書きにほぼ難がない割りには、聞き取りや発音が難しいっていうのも試験さえなければプラス方向に刺激的な言語だ。 そういえばこれだけ淋しい淋しいと言いながらも、甘いものを一切買わなかったのは不思議だな〜。つまみぐいするためのお菓子の類も全く欲しくならなかった。
不思議といえば、ホテルというとどこにでも聖書と仏教聖典が置いてあるけど、テレビには必ずアダルトプログラムも有料で入ってるよね……。おね〜ちゃんが胸をあらわにしたアダルトビデオの案内と聖典を一緒に置いておける感覚も理解しがたい……。でも男の人にとってはそっちの方が切実に必要なんだろうか。27度-21度(サンティアゴ12度-9度)
2001年8月27日(月) 懲りずにのぶえねーちゃんとADSのオープンへ。今日は気合いを入れてちゃんと初中級の時間帯に間に合った!ところが不思議なことに、前回の中級クラスよりも集っている人のレベルが高い……。要求されている内容はまぁ初中級として妥当な線なのかもしれないんだけど、私と周りの人とのできあがりの差は、幼稚園生の落書きと美大生のクロッキーぐらいの違いがある。のぶえねーちゃんと私以外の人はそのままどこかのコールドで踊れそうだ。途方に暮れていたら先生が私達二人に細かく教えてくださったりして、そういう配慮は有り難かったんだけど、それでもすぐにはできるようになるわけじゃなし、周りの人には申し訳なかった。いつかあそこでサラリと踊れるようになりたいな〜。 見学していたOさんとも一緒にやたら愛想のいいイタリア人おじちゃんのいるイタリア料理店で食事した後(チャオ〜!式の挨拶を玄関先まで何回繰り返したことか???)、茶でもしばこうかと辺りを物色。せっかくだからインドネシアがらみでということで、のぶえねーちゃんが見つけた「トラジャコーヒー」のお店に入ってみる。そしたら何と、ここのお店の人はジャカルタに滞在していたことがあって、私達のバレエの発表会も観に来てくださったことがあると判明!うわ〜、世間は狭すぎ〜。奇遇ってこういうこと言うのかしらね……。
その後、牧ちゃん&星野ちゃんの相変わらず美しさに迫力のあるコンビと巣鴨で出会う(AYも可愛かったぞ〜。MJがいないのがちょっと残念そうだったけど)。ちょっとしたハプニングがあって場所を池袋に移動。ジュンバタン・メラで久しぶりのインドネシア料理(お店を探すのにインドネシア人に声をかけようと思ったら「プルミシ」なのか「ペルミソ」なのか混乱してしまった私だった)。ミンタ・ゴ〜ン。ごちそうさまでした。ガムラン部のめんめんとは慢性的にいくら時間があっても話足りないね。あ〜、もう話すことないって状況になってみたいものだ(それはそれで悲しい?)。
この日は一日で23区を一周したような結果になっちゃって。というのも、私が乗った時には既に電車は動いていたんだけど、朝方大宮駅で人身事故があったらしく、2時間近く電車が止まっていて通勤途上の人で埼京線が溢れかえってた。こんな電車には乗れないと高崎線かなんかで都心に向かったら、うっかりしている間に上野まで来てしまった。どう乗り継いでいいのか知恵が絞れなかったもんで大回りだけど一本で行ける銀座線で青山に出た(地上を走っていたら楽しかっただろう)。バレエのレッスンの後は雨宿りしつつ表参道〜原宿をぶらついて。おかげで「フェアリー」発見。昨日の夜宣伝してたけど、この辺もお祭りなんだね。ちょっといつもと空気が違う(こうなってやっと思い出した。私はこの辺に勉強しに通ってた時期があったんだな〜。どうしてこう忘れっぽいだろう)。それとものすごい魅力的なニットのブティックもみつけた……値段もものすごかったけどね。竹下通りを抜けたとこにある「あしどり」はまだやっていた!嬉しい!冬に帰ったら絶対行こう!で、初めて降りる巣鴨に行って。や〜、一種の旅でした。
そういえば、マダム吉田邸の近くで殺人事件があって。その犯人が自首した先がいつも私が通るコーバンらしくて。自首してきた時間的にもかなりなニアミス。ちょっとドキっとした。26度-21度(サンティアゴ10度-3度)
2001年8月26日(日) 我が家からもリンクしている大人からのバレエ支援(?)サイト「大人から始めるクラシックバレエ」の主宰者りっくさんにお会いした。ちゃいこさんと夕霧さんにも。ぷりんさんの発表会というか勉強会だというので会場に無理矢理押し掛けてしまった。ぷりんさんは美しかったわぁ。と感動すると同時に、バレエってやっぱり美しく踊るレベルに達するには果てしない努力を積み重ねないといかんのね〜と痛感した。申し訳ないけど、ああいう場に出てくる人で難なく見られるレベルの踊りができる人ってまずいない。でもバレエ歴も長ければレッスン量も多くて、同じスタジオで踊ったとしたら私より遙かに上手い人の集団のはずだ。ということは自分が舞台に立つことを考えると……ぶるる。12月にはまた人前に出ることになるはず。あ〜練習しよっと。帰りしにはモスバーガーでりっくさんとたくさんお話しできて嬉しかったし。28度-22度(サンティアゴ12度-5度)
2001年8月25日(土) 今日の授業から。あ、その前に。この先生は前回のスクーリングを受けた人たちからは「何言ってるか分からない」とか大不評で、どうなることやらと思ったんだけど、そういう意見をきちんと取り入れて改めるところはすごい改まってて感動した。そういうのって二乗には不可能に近いと思っていたから驚きもひとしお。でもこの学校は新しいってこともあってか、先生方全体的にそういう「自分の悪いところは変えます」って社交辞令じゃない態度が見られるのですごいと思う。 で、「発達心理学」っす。今や死語と言われる「施設病(Hospitalism)」について。ジャカルタの孤児院で一生懸命赤ちゃんを抱っこしていた私だったけど。確かにファティマより障害の軽かった子は寝たきりだったのが私達が行き始めてからお座りできるまでになるなんてみるみる状態がよくなって、月齢の進みを考慮してもびっくりさせられた。ただ果たしてそれがどの程度意味のあることなのかな〜と常に思っていた。今日はそれを数字でつきつけられた。20世紀の初めに欧米の乳児院や孤児院では90%の乳幼児が亡くなっていたと。それは環境が劣悪なせいかなってんで、20世紀半ばに、最新の設備と専門の医師と看護婦を常駐させている施設と、そうじゃないところを比較する研究がされたんだと。結果は専門家がいたところで40%の子どもが亡くなっているのに、特別な配慮の望めそうもない母子寮や一般家庭なんかは10%未満ぐらいの死亡率だったんだな……。どんなに清潔で最新の設備があって医者や看護婦さんがいたって、抱っこしたり語りかけたり遊んであげたりしないと子どもは死んじゃうってことよ……。あの孤児院はそれを地でいっていたよねぇ。確かに最初からハンデのある子が多かったけど、それでも亡くなる子ってすごく少なかったように思う。正確な数を取ってたわけじゃないけどさ……。「もんちっち」の活動は続いているみたいだけど、どうしてるかなぁ、あの子達。
お昼休みには、この大学に入る精神的後押しをしてくださった人の一人である「はなさん」とお食事。しゃれたコーヒーのお店でお茶までごちそうになっちゃいました。ありがとうございます。もう卒業研究のこととか考えてらして、その着想のユニークさに思わず脱帽しました!
夜はマダム吉田邸にお泊まり。23日にはコンビニ弁当ばかりで栄養バランスの崩れている私を気遣ってお野菜づくしのごちそうを振る舞ってくださったばかりだったというのに。
サンティアゴからホテルの予約状況を確認してた時点で、既に8月25日はけっこうなホテルが満室だったのよね。まぁどこかしら空いているでしょう、ただそれは国際電話をかけてまで調べまくることでもないし、と思って、その日の身の振り方はペンディングのまま他の日を予約したのだけど。とんでもない。どこからどこまで、イエローページに出ているようなビジネスホテルも、シティホテルも満室……。何があるのかと思ったら大きな会議も一つあるらしいんだけど、今日はアルフィーのデビュー何十周年の記念日とかで、そのコンサートを大宮の新しいホールでやるのだと。まぁそりゃこの近辺の人だけじゃなくて日本全国からファンが押し寄せるわな。アルフィー相手じゃ怒れませんて。
という事情でお言葉に甘えて再びマダム吉田邸へ。マダム吉田邸ではね〜玄関ではバロンがお出迎え。ガムランのみならずアンクロンというかアルンバのセットもあるのよね。彼女もグループを組んで訪問演奏とかインドネシア女性の支援活動をしているのだ〜。偉いなぁ。昔懐かしい貴重品のオルガンも銅版彫刻の作品も素敵ぃ。「るっちゃんち」43000番目のキリ番ゲッターとしてのリクエストで、私はその原画を描かせていただくことに。何の絵にしよう〜楽しみ。「フルハウス」がらみの面白い事実も発覚。
この春ご結婚されて家を出られたご長男のお部屋に泊めていただいたのだけど。まるでバリの高級ホテルだなぁ(楽器もあるし)……こんな綺麗にしてるなんてすごいなぁ……と単純に思ったんだけど、まぁもちろん普段から綺麗にされているんだろうけど、私のためにセッティングしてくださった部分もある訳よね。お手数おかけしました&ありがとうございました。すご〜く居心地良くってくつろいじゃいました。
翌日はトアンの運転で大学まで送っていただいたりという甘えぶり。本当にありがとうございました。28度-22度(サンティアゴ21度-11度)