2001年8月22日(水) 台風で午後から休講になった。これ幸いと青山バレエハウスへ。手前味噌……身びいきなのかもしれないけど、青山ダンシングスクエアの雰囲気よりはこっちの方がほんわりと暖かで合ってるなと思った。もちろん初めて参加したんだけど「帰ってきた」って気がした。こういうのは先生のキャラに寄るところが大きいだろうし、合う合わないは良い悪いと違って本当にとっても主観的なことですからね、ただの私の印象です。先生は正真正銘、誰もがイメージするような「バレリーナ」で、かつバレエやっている人ならではの可愛らしさのある人。「お姉さんクラス」への憧れを思い出しちゃう。受付の人もとっても一生懸命で好感が持てるし(ADSがそうじゃないって意味じゃないですから、念のため)。ただ更衣室とかもうちょっと綺麗だといいんだけどな〜。 そんなこんなで大江戸線に乗った。帰ってくる度になんか新しい電車走るようになってて訳分からない。こないだ帰ってきた時には南北線ができてたし、ちょっと前になるけど、その前は「ゆりかもめ」に初めて乗ったりした。そういえば埼京線が渋谷まで伸びてきててびっくり。新宿から乗るより本数は少ないけど確実に座れたりするし、考えようによったらラク。夜11時を過ぎると「女性専用車両」みたいなのが走ってて、それに乗れば不快な思いをすることも減るんだろうな(皆無とはいいませんよ、女性の痴漢に遭ったこともあるし)。
帰る度に変わってるといえばケータイのマナーもそうね。え〜と、何年前だったけな、ポケベルからケータイに変わり始めた頃には医療機器への影響とかも知る人ぞ知るって感じだったし、電車の中でも喋っている人が多かった。コンサートとかでもピロピロって鳴らしちゃう人もいて。前回帰ってきたら「電車の中や雰囲気を楽しむ場所では使わない」ってのが割と徹底されてきてて、コンサート前に注意のアナウンスなんかもしっかり入るようになってた。今回はメールとネットだね。電車の中で話こそしてないけど、ずぅ〜っとメールを打っている若者がかなり多い。街で迷子になった時にもパッとお店が検索できたり。それと、カーナビが普及してたのも驚いたね。次回はどうなってるかな?
わびしいホテルでの一人暮らしにもそろそろ慣れてきた。あの狭さも案外勝手が良いと思えるようになってきたし。今までレストランなんかに一人で入るなんて絶対できなかったけど、体の要求に負けて(肉を全然食べてないことに気づいて……むしょ〜にハンバーグが食べたくなったの)一人でレストランに入れた。ニンゲンってすごいな〜。33度-25度(サンティアゴ25度-9度)
2001年8月21日(火) 「表現科学概論」。担当教授はフランス文学が専攻だとかで、結構頻繁にフランス語が出てくる。「これは何て意味ですか?」などという先生の質問に何だかんだ答えていたら、休み時間にわざわざ私の席までやってきて「あなたはフランス語が分かるんですね」とおっしゃる。どう答えたもんだろう……バレエのおかげで確かに全く分からない訳じゃないんだけど「話せる」ってほどじゃないし……まぁ取りあえず無難なところで「スペイン語が分かるんで(共通部分の多いフランス語も分からなくはないんです)……」と言ってみた。そしたら「発音のパターンを覚えればフランス語は簡単ですよ」とにこやかにおっしゃる。これってフランス語の世界にお誘いを受けているってこと?光栄だけど……まっ、何はともあれスペイン語をもうちょっとマトモにすることが先決ね。 バーチャルで知り合ったS君と会う。境遇というかテイストがちょっと似てるかもと思うところがあったんだけどね。考え方は当然ながら随分違う面もあってかえって新鮮?。彼は彼で200人とかいる同じ教室の学生の中で外見の特徴を教えてなかったにもかかわらず私を当てられたことを誇っていたし。ははは。やぁ、それにしてもやっぱりいろんなモノを背負ってきている人が多いのです、この大学は。30度-24度(サンティアゴ25度-10度)
2001年8月20日(月) のぶえねーちゃんと青山ダンシングスクエアのオープンクラスへ。これはポジティブな意味でドキドキ。朝は出足が遅れたので「中級」クラスを受けてみる。う〜ん。ちょっと無謀だったかなぁ?アンシェヌマンの説明とかがねぇ、言葉で連続してぱぱぱっと言われるとやっぱり理解できない。じゃあ他の人の踊りを見て覚えれば、と思うけどそれも「あ〜、もう一周回ってくればできそうだけどな……」って感じ。でも惨敗ってほどじゃなかったし、踊れる部分もあったのでご機嫌。のぶえねーちゃんが「昴」と「舞姫」を貸してくれた。むっちゃ嬉し〜(これでマンガ喫茶探しの旅とはお別れね)。 この世でこんな劇的なこともあるんかい、という出来事もあったんだけど、それはちょっとここには書けないので、私のための覚え書きということで。信濃町を歩いたらやっぱり心のふるさとって気がした。
さてさて、この頃ようやくハッキリ電車の中でも「痴漢は犯罪です!」ってアピールされるようになってきたかなと思うんだけど、言わせてもらえば寝た振りして隣の人に寄りかかるのも犯罪だと思う……。故意だろうと意識がなかろうと、他人にもたれかかるなんて迷惑防止条例にひっかかる程度には悪だという意識を徹底させてほしい。「くるかな〜大丈夫かな〜」という心配も胃に悪いし、実際寄りかかられた後の鬱陶しさも不快だし、「いつこの頭を払いのけよう?」という葛藤もできれば経験したくない。疑心暗鬼っていうか人を疑う心も持ちたくない。
何でこんなこと書いているかって、もちろん今日私がそれをやられたからなんだけど、まぁ、そいつは一度決めたターゲットにもたれかかることばっかり集中して、端から見てたら滑稽なほど不自然な体勢になってた。私の方にスペースの余裕があったからよかったんだけど、彼が徐々に頭を近づけてくるのをこちらも徐々にかわしたもんで、結局90度?ってぐらい上体が折れ曲がってんの。かなり脇腹の筋肉使ってるはず。もたれているならともかく、その姿勢を維持して眠っていられる訳もない。やってる方は寝た振りしてるつもりかもしれないけどねぇ。
電車の中での痴漢とか、公衆の面前で眠るとか、それを理由に他人にもたれかかるとか、平気なのは日本人ぐらいだと思うな〜。故意でない振りが通るとか誰がやっているか分からない悪事だったら他人の迷惑顧みないって、かなり恥ずかしいことだと自覚して欲しいっす。
彼を避けて、もう私は座席の前半分に移動しちゃってたんだけど(それでもひたすら「肩」を求めてズルズル〜と寄ってくるヤツ……アホやで……)、そこにむっちゃ可愛い赤ちゃんを連れた南米系の夫婦がやってきた。思わず話しかけてしまったんだけど、彼らはブラジル人なんだって。勘のいい奥さんが私のスペイン語をポルトガル語に直してくれたりしたんだけど、やっぱり限界が……。ポルトガル語ももうちっとは知っておかないとな……(大宮近辺には南米系の人、多いっす……)。31度-22度(サンティアゴ18度-9度)
2001年8月19日(日) 大宮で盆踊り。盆踊りって踊っている時は楽しいけど、端で見ているとちょっと切なくならない?夏が終わるぞ、って感じがして。っていうか、そもそも何で夏が終わると切ないんだろう??この感覚も湿気のある日本の夏の夜ならでは(私にとってはね)だなぁ。 通信制専門の大学ならではの試みで「バーチャルユニバーシティ」というのがあるんだけど。これを使うとバーチャルな世界の大学構内に入れたり(同時に接続している人がいれば)先生や友だちと話せたり、どこに住んでいても仮想大学生活が体験できるってもので。なかなか面白い発想だけど実際に使うつもりはなかった。子どもじゃないんだしさ、と思ってたから。でも講習受けてみると予想以上に面白いもんでね。学校からの接続だと料金気にする必要もないし、隣の席のK君とかなり長いこと遊んでしまった。ま、家からはもうつながないだろうけどさ……。29度-21度(サンティアゴ13度-5度)
2001年8月17日(金) 「昴」と「舞姫」を読みたいと思っているんだけど、どうにも本屋さんで見つけられなかった。トランク一つで帰らなきゃいけないし今見つけても荷物は増やせないし……。なのでマンガ喫茶をあたってみることにした。ネットで調べて大宮駅の東口方面におっきなお店があるのを発見。晩メシの買い出しついでにお店そのものにはたどり着いたんだけど、なんか環境が環境でそのビルに入っていくことはできなかった(パチンコ屋さんもこの頃はしゃれた外観しているのね〜)。う〜ん。こんな時にもう一歩が踏み出せないのよね。 慣れない土地の繁華街ってとけ込めないもんなんだな〜というのが興味深かった。こういう外見をしているから、それがうまく働くと、どんな土地に行っても現地の血を引いている人に見えて狙われにくいってメリットはある。でも、日本は例外なのよね……一般的に日本人って異質のモノを見る目が厳しいじゃない。なもんで道行く人々に品定めされるようにジロジロ見られてしまうのにはある意味慣れてるんだけどさ……。それにしても今日のは酷かった(自意識過剰って可能性を差し引いてもよ)。「ヨソモノですぅ」って匂いを発散してたんだろうか?これなら歌舞伎町歩く方がだんぜん楽。高級ホテルでのパーティとかでも緊張しないし、裏通りでもそこのカオみたいにしていられる、順応性の高さみたいなものが売りだったはずなんだけどなぁ?
で、マンガ喫茶に入れなかったもんで、その繁華街を引き返さなきゃいけなかったんだけど、もう一度そんな視線にさらされるのがイヤになっちゃった。「ほ〜ら、やっぱりアンタの来るところじゃなかったでしょ」って思われるのも悔しかったし(妙なところで意地っ張り)。線路に並行して伸びているその繁華街、どこかにあるであろう踏切なり地下道なりを通って西口側に戻ることにした。でも思ったような近い位置に反対側に抜ける道はなく。どんどん周りは淋しくなってくるし、向こう側から来る人はますます「何でこんな所を女のコ(暗かったしカッコからすると大学生ぐらいに見えてただろう)が一人で通ってんの?あるいは商売オンナ?」って振り返るほどに至るし……それもそのはず、その先にはラブホテルしかなかったのね〜。それでも電気がついているだけホテルの存在は頼もしかったんだけど、それも過ぎ去り、気持ち的には暗闇の中を歩き続けてようやく線路を渡ることができた。いや〜、久しぶりに心細い思いした。今時の日本はこういう一見何もなさそうなところに通り魔が潜んでいたりするやん。下手なアトラクションよりリアルな怖さに心臓バクバクもんだった。ど〜して地方都市とはいえこれだけ賑やかな街でこんな思いできるかな……ある意味お得な体質?(←そりゃ負け惜しみっちゅうか強がりっちゅうか。良い子は手本とするなかれ)大宮29度-22度(サンティアゴ15度-6度)
2001年8月16日(木) さて、いよいよ一人だ。大宮のビジネスホテルにチェックイン。せっ狭ぁ……。 子ども達との別れがこれほど辛いとはねぇ。「氷点」とかいうTVドラマをたまたま見ていたら健気な子どもが不憫で泣ける泣ける。子どもを苛めちゃだめだよぉぉ〜育てるのがイヤだったら私のところに連れてきたら可愛がってあげるよぉぉ〜(可愛がり方に問題あるかもしれないけど)どぉぉぉ〜(涙)。ま、こんなことになるんじゃないかと思って、肌触りの良いテディベアをお義姉さまのところからもらってきて(奪ってきた、のかも)、毎日替わりばんこにMJに抱いてもらって匂いをつけていた。で、今日から私がこの子と一緒に寝るのです。殺風景なこの部屋でこのぬいぐるみが唯一の救いだわねぇ。
……なんて時に思い出すのが高3の時に同室だったマヨのこと。この頃ようやく可愛いと思えるようになってきたけど、私はもともとぬいぐるみとかピンクとかフリルとか嫌いなんだな。前にも書いたけど特に中学高校時代っていうのはそういう女々しいモノは側にあるのも吐き気がするぐらいイヤだった。成長度合いに偏りがあったからね。恐れを知らないというのか構って欲しかったのか息抜きのつもりだったのか、中1のマヨがそんな私の席にピンクの大きなぬいぐるみを座らせた事があった。私ってばこの上なく冷ややかに怒っただろうなぁ(この怒り方が一番怖いらしい……)。受験生で気が立っていたとはいえ悪かったなぁとぬいぐるみを見ると今でも思う。人は変わるもんだ。ごめんよ〜、マヨ。
さてさて、今の世界に話を戻して。学校から帰ってきてしまうと眠るまでの時間がむしょ〜に長く思えるので(それでいて何ができるって訳でもないから)こんな時はレッスンに限るとホテルの近所にあるはずのバレエ教室を探して歩き回る。ところがね〜、ちっとも見つけられない。変だな?と思ったら、ここには一切住居表示というものが出てないことに気づいた。こういうのって異次元みたいだよ〜。何回も同じ所ぐるぐる回っちゃったりして、「キツネにつままれたよう」とはこのこと?と思う。自分だけこの町のルールが理解できていないよそ者って感じで、まさに「千と千尋」の世界に迷い込んだみたいだ。よく考えたら大宮は最近「さいたま市」になったんだっけね。それで今、何もかも作り替えている最中なんだ……ってのは分かるけど、電柱に「○○町△-□□」ぐらいの昔の表示はあっても不都合ないでしょう……。こんなんで郵便屋さんは困らないのか?
おかげで大宮駅周辺をけっこうしつこく歩き回ることになった。いろんなお店にも入ってみたし。でもさぁ、そごうにしてもダイエーにしてもどことなくシャビィなんだよな。う〜ん、何が違うんだろう???東京・神奈川・大阪・兵庫ぐらいしか行ったことはないけれど、私はてっきり日本全国この手のお店はどこでも同じような雰囲気が漂っているものだと思っていたのだけれど……。
見知らぬ土地に単身赴任するって辛いだろうなぁ。友だちも当然いないんだし(職場の人が飲みに誘ってくれたりはするかもしれないけどね……)、一から十まで「あれはどこに売ってるの?」「これはどこ?」と探さなきゃならないし、それって案外骨が折れますねぇ、っていうかストレスが溜まることだねぇ。なるほど、ある程度のラインなら外れなく品揃えのあるコンビニってまさに便利だなぁ……。
今日の授業から。「自己効力感(self-efficacy)」ってのが出てきたんだけど、私ってむっちゃこれが高いんだろうなぁ……。何かをやろう!と思った時に、そのためにどれぐらいうまく行動できるか、予測できる個人の確信の度合いなんだそうだけど。「くるみ」のコンサートの時もそうだったけど、「これって実現可能かな?」と想像した時に物理的に可能と判断したら、自分がそれを切り盛りできないなんて想像したこともないもんな……。育った環境の割りにとことんめでたい人間だな〜。
あとこれは昨日やったんだっけな?交流分析で、相変わらず私は「大人」と「母親的」ってのがダントツで高いんだけど(これが両方同じ値って人は珍しいみたいだ……)、「適応された子ども」がゼロに近いんだよね。で、値が高いところはストレスを受けるとまず影響が出る面、ってことなんだけど、値が低いところは性格の中で不活発な部分なんだって。つまり私に「妥協」って行動は期待するなってことよね。なんかあまりにも的確で笑っちゃった。大宮29度-22度(サンティアゴ17度-0度)
2001年8月14日(火) 二科目目は「行動科学概論」。FBI心理捜査官みたいだな〜。鬱病からの自殺が多いことをとっても憂えている先生なんだわ。眠れない眠れないなんて騒ぐ神経症の人は実際は眠っている事が多いけど、本当に鬱だったりする人はそういう訴えもせずに死んじゃったりする。それは確かに可哀想すぎるよね。かろうじて体調不良を認めて内科とかにかかっても「気のせいですよ」で済まされちゃう……何とかできないもんかしら。やっぱお金や時間はかかるかもしれないけど、人間をトータルに診る医療が必要だよなぁ。それぞれ背景が興味深いKさん2人と知り合いになる(ははは……名前を含めて二人ともイニシャル一緒だ〜)。東京32度-25度(サンティアゴ15度-4度)
2001年8月13日(月) 精神的乱れもなく治療院とグリーンハイツへ。子どもの力は偉大だと思う。でも私はこうしてまた心を麻痺させていくのだろうか。こんなにも身近にあったと今年に入ってから気がついた「母と子の平和像」は見ることができてスッキリ。東京33度-23度(サンティアゴ13度-8度)
2001年8月12日(日) 「生命科学概論」の試験。う〜ん。随分設問の少ない選択式、って話を聞いていたんだけど、取りあえず25問あった。あってるかあってないかを選ぶマークシート方式だったけどね。大学の試験は記述式にしてほしいなぁ……。 遺伝情報の伝わりミスで発生する障害・病気なんていうのは確率の問題で誰にでも起こりうるんだから、それはちゃんと社会がフォローしなきゃいけないんだって話はなるほどその通りだと思った。あといろんな科目で頻繁に出てくることになるんだけど、子どもの頃どんどん発達して歳と共に衰えてくる流動的知能(機会論的知能)or能力と、歳と共に若干でありながらも死ぬまで発達していく結晶性知能(実用論的知能)or能力について。数字の羅列を短期間で覚え短時間キープしておくなんて記憶の能力はそりゃ若い者にはかなわないけれど、歳を取るにつれて語彙やら問題解決能力やらノウハウやらは向上していくんだって。人間としてはそっちの方が重要よね〜。そういう長老の智恵みたいなのを尊重する生活様式もとっても大切。そうされることでまたお年寄り(明日は我が身)の生き甲斐も増すってもんでさ。そういう風に一生かけて発達する能力があるってのも楽しみだしねぇ。
コンタクトが破れちゃって不便してたもんで、新しいのを作ってもらう。乱視がガンと入っているからそれ用のを、ってことで合わせてもらったんだけど……。目に入れた時場所がずれないようにレンズの上下左右に印が入っているのよね。乱視矯正の理屈を考えたら当然なんだけど、今までそんなもの意識したことがない。でもちゃあんと見えていたんだよ。不思議だな〜。
まるちゃんちへ。元気そうで何より。これでまるちゃんはいきなりMJと同じ年齢の子どものパパだぜよ。しかも5年生のお姉ちゃまはバレエやってるんだって。Mと意気投合してビデオ観てたっけ。こういうのも縁だよね……。東京32度-23度(サンティアゴ21度-6度)
2001年8月11日(土) 帰り道、夕立にあった。天気予報を見る習慣も傘を持ち歩く習慣もなかったもんで濡れて歩いていたら「人間総合科学大学の学生さんでしょ〜?乗りなよ!」と車から声をかけてくれた人がいたのでお言葉に甘えてしまった。結構本格的に降ってきたんで助かった〜。でも。冷静に考えたら見知らぬ男の人2人の車に乗っちゃうってのは無防備だった?こんなご時世だしな〜。もちろん、今日の方は純粋な親切心で送って下さったのよ。私のことを若者と思っているようなフシがあったのは笑えたけど。 ちっと距離感が混乱している。あんまりにも短期間であちこち移動しすぎたせいかなぁ?チリへ忘れ物を取りに行けるような。ちょっと歩いたら江坂の街がそこにあるような気がしてる。
ニンゲンの水掻きは胎内で退化して生まれてくる時にはちゃんと無くなっているって話で、先生がさも河童が実在のモノみたいな言い方したのでおかしかった。あれ?河童って想像上の生き物だよね?ニンゲンの手に水掻きがあったらさぞかしピアノ弾きにくいだろうなぁと想像が膨らんで一人で笑っていた私だった。東京32度-24度(サンティアゴ24度-11度)