きょうのるっちゃん2001その1
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2001年2月9日(金)
日本人学校の陸上記録会。運動会の時には30mだかをまっすぐ走れるかどうかハラハラさせてくれたJがしっかり50mを走っていた。成長したもんだ。Mもそうは見えないんだけどなかなか好記録を残していた。

先週散髪したJに触発されてかMも髪を切ってくれと言う。ああ、あれだ。午後遊びに行った先で「ずっと同じ分け目にしていたり、ぎゅっと髪をしばっているとハゲる」みたいな話を聞いたせいかな。昼間は「Mちゃんはずっと髪を伸ばすの、バレエがあるから」「うん」なんて答えていたくせに。まぁとにかく切れと言うので切ってみたら、癖毛の強烈なこと。Jも天パで、でも彼女の場合縦ロールっぽくなって可愛いからいいんだけど、Mのはまさに「癖毛」。まとまらないったら。1年生ぐらいの時は生え際だけカールしていて可愛かったんだけどなぁ。何とかある程度の形に整えたけれど「みんなに変って言われたらどうしよう〜」って揺れる女心。久しぶりに私も「これは私の手に負えない。どうしよう〜」っていう事柄にぶつかったよ。32度-13度



2001年2月7日(水)
うわ、何でたまに変な日本語知っている人がいるのか分かったような。

コンピュータルームにコンポがやってきてお仕事環境が一挙に快適になったんだけど、ラジオが面白い。時々日本語(に限らず世界の言葉)のキャッチみたいなのが入る局があるのよ。en japones, se dice……かなんか言っているからようやくその後に続いているのが日本語だと気づいた。「タバコヲ〜ヒトハコ、ワタシノウッテクダサイ」とか唐突に言っている。でもお世辞にもそれは日本語に聞こえない……。曲のセレクトもこりっとしていて中学生ぐらいの時に一生懸命聞いたような曲がかかったりするし、誰の曲だか知らないけど最近のっぽい日本語の歌もかかっていたしさ。気に入っちゃうぞ。

昼ご飯を外で食べたら、お店の全テーブルに知っている人がいる状況に。狭い社会でごじゃる。32度-14度



2001年2月5日(月)
エディスさんが戻ってきた。生きてて良かった……。

日本人学校にバリダンス講座(?)をしに行く。頭はピリピリ痛むしお腹もシクシクきているし、どうなることかと思ったけれど、やっぱり動いている時にはそんなこと忘れちゃうもんだ。4年生の男の子はやらないとか言っていたけれどイヤイヤながらも参加してくれて(でもけっこううまい)、思ったよりたくさんの子ども達&先生方が踊ってくださった。しっかし、暑い!建物の中は涼しいとばかり思っていたけれど、平屋はそうでもないのかなぁ。まして風があんまり通らない作りの音楽室兼体育館は直射日光を受けるうえに熱の逃げ場がないせいかサウナのようだった。インドネシアより暑いかも!うだる暑さの中でみなさん頑張ってくださいました。筋がいいわ。45分で終わりじゃもったいないかも。

ジャカルタ時代の運転手ヤントさんから手紙が届いた。「年賀状ありがとう、昨日つきました(1月23日だって。えらく日数がかかったもんや。着いただけマシと思うべきか)。ご家族お元気そうで何よりです。ますますのご活躍をお祈りします」というだけの内容だったのだけれど。それを手紙をもらった翌日には書いて投函するっていうのはなかなかできることじゃない。見習わなくっちゃ。しかも、切手代が半端じゃなかった……。そうだなぁ、日本人の感覚で言ったら5000円払って、たったそれだけの手紙を送ろうと思うだろうか?偉い。人間ができすぎている。私たちはこの人達がいるからこそ快適な生活が送れているんだよなぁ、とつくづく思った。エディスさんのことといい、今日は使用人絡みで2度も泣かされちゃったよ。うれし泣きだからいいけど。

サボテンのなごみちゃんと出会う。ぷちぷちっとしたスタイルといい、メルヘンチックなグラデーションのお肌といい、私にしちゃあ珍しく植物に一目惚れして連れて帰ることに決めちゃった。私は磁場というか気が強すぎて(ビデオテープとかカセットには長時間触れない。中身を消しちゃうこともあるから)側にいると植物を枯らしちゃう傾向があるんだけど、なごみちゃんとはつかず離れずで長くおつき合いしたいわ。31度-14度



2001年2月4日(日)
何気なくテレビを見ていたら……っていうかバレエやっているっていうからテレビの前に座ったら、今行っているスタジオの先生がプリンシパルだった。あ〜ら驚いた。これってけっこう凄いことかも。美しく踊る人で良かった。MJも大喜びで拍手しまくりだった。26度-13度


2001年1月31日(水)
Tちゃん達とJazzとワインの夕べ。8時開演という予定通りに演奏が始まってちょっち驚き。でもまだ明るいからいまいちムードが……って思っていたら、日が暮れたら降るような星空でロマンチックなこと。立ち上がって踊り出す人あり、前に出てきて熱唱する人あり。確かに踊るのも歌うのも半強制的なディスコもカラオケも必要ないかもな、こういう文化のところは。会場がホテルだったせいか「そっ、それは何語ですか?」って言葉を喋る人が一杯いた。またしても私もそんな人たちから「あなたはいったいナニジン?」って聞かれたけどさ。華奢なベーシストが印象的だった(どこを見ているやら)。

母校がセンバツ初出場だそうだ。創部18年目の快挙だって。うん。目出度い、目出度い!しかし、あれからもうそんなになるのかぁ。歳取るはずだ……ってなんか計算合わないような気がする。27度-11度



2001年1月30日(火)
悪いことは考えないようにしよう。現実になっちゃうから。何となく「エディス(うちのメイド)さんが辞めるようなことがあったら困るなぁ、なかなか彼女の替わりができるような人っていないだろうし……でも彼女みたいな人が辞める時って体を壊した時ぐらいだろうなぁ」と思っていたら、いきなり彼女の娘さんがやってきた。なんでも突然手術が必要になって入院することになったとのこと。あちゃ〜。私も動転してしまって明日払うべき給料を渡してあげることまで気が回らなかった。働く云々はこの際おいといて、早く良くなりますように。30度-12度


2001年1月29日(月)
すっぽり時間が空いたので(っていうか体調が悪くて外に出る気力がないと言った方が正確なんだけど)HPリニューアルしてみる。立ち上げた時もそうだったけど無計画に手をつけるもんだから、時間的にいつまでこの作業にかかずらっていられるか心許ない。


2001年1月28日(日)
鼓笛で本格的練習開始。新しい楽譜を使ってもらう。みんな熱心で有難い。嬉しかったのはお世話役の子に「できたら音楽隊も見てもらえないだろうか」と言ってもらったこと。音楽的にはユニゾンやっているより遙かによくなる自信はあったけど、いきなりやってきて彼女たちが作り上げてきたモノにてこ入れするヤなヤツって思われていたら凹むよなぁという心配はあった。感謝してもらうためにやってる訳じゃないけど、私だって疎ましがられながら親切続けるほど人間できちゃいないからなぁ。いろいろ思惑はあるにせよ、メリットの方が大きいと判断してもらえたようだ。ほ。29度-11度


2001年1月26日(金)
キャンプ場辺りでハンタウィルスに感染した人が出たとかで日本人学校のキャンプは急遽場所を学校に移したのだけど。ところによっては死亡率60%をも記録した呼吸器系疾患とか引き起こすこのウィルスが発見され騒ぎになっているのに、それでもキャンプの予定を変えない幼稚園があると聞いてびっくり。大丈夫なん?29度-13度


2001年1月24日(水)
子ども達は今日から2泊でサマーキャンプ。

インターポールのお仕事とかされていた元警察官に安全対策のお話をうかがう。某所では「実際的ではない」と批判的な見方もある彼の話だけど、今日のは良かったと思うけどな?特に新しく知り得たことがあった訳じゃないけど、少なくとも確認にはなった。そして知っている内容だったことと、ちゃんと通訳して下さる方がいらしたからって理由もあるけど、ゆっくり分かりやすく話してくれるスペイン語なら8割方分かるようになったので嬉しい(でも普段の会話が分からないんじゃ、やっぱ困るわよね〜)。

いつもだと子どもを迎える時間帯にやってるから永遠に行けないと思っていたダンス系エアロビに挑戦……するつもりでバスに乗ったら、つい降りそびれてしまって結局セントロまでのドライブに予定を変更。それにしてもバスに乗って30分で都心まで往復できてしまうんだから狭い街だよな〜。小回りが利いていいけど。そしてエアロビもしたのだ。ダンスは思いの外キツかった。ハードと評判のステップ系より大汗かいちゃった。29度-10度



2001年1月18日(木)
今はチリ全体的に夏の休暇の時期なのだ。

バレエ教室が3ヶ月休みっていうのは、12月末から3月中旬ぐらいまではチリの学校がお休みになってしまって、親も仕事を休めて旅行に行ってしまったりするから、レッスンをしても人が集まらないからなのだ。で、日本人学校も一応一ヶ月は休みだったのだけど、1月も第2週から3学期が始まってしまったので、周りの人には驚かれてばかりいる。

メイドちゃんは休み中に子どもがうろちょろしているのが嬉しくて仕方なかったようで、8日に子ども達がいないと知ると「Que pena……(えぇ〜残念……って感じ?)」と淋しそうだったし、4階のイシドラ(小学生)には「夏なのに学校があるの?信じられない!」って、9階のおじさんには「まだ学校があるのか。大変だね〜」って言われてしまった。「まだ」じゃなくてもう始まっちゃっただけなんだけどね……。ううう。会う人会う人そんなこと言われると(そして実際お見送り・お迎えの時にリフトで一緒になる人には必ず「え?学校???」って反応されちゃうし)何か「そんなに変〜?」って思っちゃう。ま、いいけどさ。

そうそう、イシドラの「夏なのに」っていう言い回しがなんか分かるなと思ったのは、こっちの制服って私の感覚からする「夏服」がないんだよね。皆無じゃないんだろうけど標準的じゃない。そりゃシャツは半袖になっても、スカートやズボンはこれを真夏に着るには暑かろう〜って思う合服っぽい素材だったりするの。逆にセーターやジャケット類を通年売ってたりする。つまりさ、夏は学校に来ないから夏服は必要ないんだね〜。そらあそういう環境で育ったイシドラにしてみたら真夏に学校なんて拷問みたく思えちゃうんだろうなぁ。27度-8度



2001年1月17日(水)
Mのクラスで「パパママバイバイ」の紙芝居を読む。

これを描いたのは実に10年ぐらい前になるのだけれど、日本で使った後もなんとなくずっとうちにあって、インドネシアでも出さないままチリに持ってきてしまった。実は107箱の船便の中で、最初に開けた箱にこれが入っていて、懐かしくもあり読み返してホロリとしたのも事実だけど、こんな化石のようなものまで持ち運んでいたのか〜と愕然としてしまった。いくらなんでも、もうここらで処分しなければと不要品の箱に入れたらMJの反対に遭ってしまった。じゃあ「一杯のかけそば」と一緒に学校に寄付するよ、と(随分時間は経ったが)先生にお渡したら「せっかくだから子どもたちの前で読んでください」と……。言ってからしまったと思った当然の展開……。でもこれも我が子を手元から離すに相応しい儀式のようなものかと思って今日の日を迎えた。

大学を離れて既に1年、小学校の教壇に立つのなんて2-3年ぶりぐらいだよなぁ。だから緊張するとかどうのということではないのだけれど、なんとか泣くまいということに必死になってしまうのよね、この話の場合。白けたムードになるのだけが怖かったんだけどそれはなく、みんな真剣に聞いてくれているのが伝わってきた。誰かがグスグス泣いてるなぁと思ったらMだった。君は何回聞いとんねん。他の子たちもそれぞれ言葉にならない思いを抱いてくれたようで、この事件を紹介した甲斐がありました。これが彼らの平和の心を育むタネの一つになってくれたら幸いだわ。

午後からは授業参観2コマ。1年生も4年生もいわゆる性教育の時間があって興味深かった。29度-12度



2001年1月16日(火)
パワージムに行ってみる。

年末公演が済んでから、なんと3ヶ月もバレエ教室はお休みなので、その間体をなまらせないためにジムに行ってみることにする。本当はサルサの助けになるかしらと思って、ラテンダンスとかいうクラスが取りたかったんだけど、バカシオネスの間はこのクラスも休みらしい。昨日はお試しでNさんお勧めのGimnoterapiaという癒し系のエアロビ、今日は早速入会手続きをしてしまって、Rちゃんが講師の真似を熱演してくれたストレッチとハードなステップ系、合計3つのエアロビのクラスに出てみた。これはこれで面白いかも!久しぶりに汗をかいて気持ちよかった!

妙な筋肉がついたらイヤだな〜と思っていたんだけど、なんかもうすっかり体の動かし方がバレエベースになっていて、エアロビぐらいでは他の筋肉を酷使しないですむことが判明。手が無意識にポールドブラっぽくなってしまっているのに気づいた時には笑えた。でもストレッチの先生は踊りの経験があるのかも。つい手の動きに顔をつけてしまって「あっ、違う違う」と思ってお手本を見ると先生もしっかり顔がついていたりする。もうちょっといろんなクラスを試してラテン系エアロビを楽しもうっと。32度-12度



2001年1月14日(日)
某パルケでSGICH研修。

なんか屋外に出たり泊まったりすることを研修と勘違いしてないか???と海外に出てから思うのだけれど……。まぁでも良く考えてみれば勉強と言えば屋内と思っている私の方がステレオタイプなんだろう。クーラーを効かせた部屋に缶詰にされるよりは、涼しい木陰でリラックスしながら語り合った方が人間的ではあるし、自然にも優しかろうな。教材も頑張って作ってあったし、話し合いも真剣で活発だった。ゲームも盛り上がったし(この存在意義がいまいち分からんのだが……でも実際こういうコミュニケーションでだんだんと仲良しが増えていくんだな)。ぐ〜な集いだったんじゃないでしょうか。31度-10度



2001年1月13日(土)
H君&Yちゃん送別会を我が家で。

こないだは同窓の素晴らしさってものを感じたけど、今日は同じ信仰を持つ人の絆の強さを感じたわ。Sさんはそれこそ私の親よりも年上で、H君やYちゃんにしてみても、もしかしたら親というよりはおばあちゃんに近い感覚で接しているのかもしれない。いずれにせよ、婦人部には勝てませんわ……というパワー溢れるお話が炸裂していた一日だったのだけど、私も楽しかったし、彼らもとても素直に真剣にお話を伺っていた。Sさんがどれだけ自分たちのことを思ってくれているかってことを十分理解している……というか命で分かっているから、話がすぅ〜っと入っていく。「あんたの時代はどうだったか知らないけど、今はそうはいかないんだよ」みたいな受け取り方は絶対しない。そもそも人間の本質っていうのは、そんな時代なんかで左右されるもんじゃないし……。もちろん、どんな人でも世代を越えて性別を越えて立場を越えて、ズバっと突っ込んだことが言えて、相手もそれを素直に受け入れられる間柄になる場合もあるけど、今の(特に日本人)社会でそういうのって結構難しいでしょう。たいていどこかで壁ができちゃう。あるいは嫌われるんじゃないか云々を含めて損得を考えちゃう。そういうバリアがフリーな世界っていうのはやっぱり貴重だと思った。31度-8度



2001年1月10日(水)
夫に髪を切ってもらった。

バレエの公演も済んだし、そろそろ髪を切りた〜い、と思っていたんだけど、美容院に行くにはまだ自分の語学力に自信がない(相手の技術力にも疑問がある)。こういうの、一度思ってから行動まで長引くとストレス溜まるんだよね〜。ということで、最初は冗談半分のつもりで目の前で何かモグモグ食べている人に「私の髪の毛、切ってみる?」と聞いてみた。そしたら意外にも「いいよ」との返事。いざ「じゃあこの椅子に座って」ってはさみを持たれた瞬間に「やっぱ、怖いわ。今日はやめとこう」なんてまるで14年ぶりの言葉(謎)を口にしてしまった。恐らく他人の髪を切るのなんて初めての夫。さっそく髪を手にとって束のまま切ろうとするから「ああ、そうやると長さが揃わなくなっちゃうのに〜」とかいろいろ思ったりもしたけれど、もぅここまできたら女も度胸、なるようになれ。

ってできあがった髪型は、あ〜ら不思議。ジャカルタのISサロンで仕上げてもらったのと寸分違わぬ(ような)出来映えだ(ISサロンが下手くそって意味ではない)。もちろん私も徹底的に注文を、最終的に自分ではさみも入れたけど。TVドラマ「Beautiful Life」で覚えたらしい「キムタクのエアリーシャギー」テクも取り入れてました。おぬし、やるな。スリル満点、ストレス解消。いつも私は綱渡り。25度-12度


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