きょうのるっちゃん2000その7
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2000年10月31日(火)
晩ご飯を食べてる頃に突然来訪者が。ドアを開けたら女の子。「Jは?」と言われた気がしたから、まああの子ったらアパートの中でも行き来するようなお友達をもう作ったのかいな、と一瞬思ったけれど、J当人に思い当たることはなさそう。そこでようやく女の子の服装が魔女であることに気づいた。ハロウィンか。慌ててトリートを振る舞った。すっかりそんなこと忘れていたから備蓄はわずか。子どもが多いアパートだからみんながやってきたら困るなぁ〜と思ったけれど、さすがに24階まで上がってくる子はあんまりいなかった。それにしてもカボチャのディスプレイがないお家はこの催しに参加しないのだという頭はここでは通用しないのかな〜。21度-9度


2000年10月30日(月)
振り移し開始。以下覚え書きです。

真右グリッサードから2番、パドブレ。一歩出して反対にひねりながらアチチュード・ドゥバン、出した足をひっかけてスデニュー、シソンヌ。このセットの反対側。左足真横にタンデュ、クペ、パドブレ、エシャッペ*3。アントルシャ・サンク・ドゥスー、パドブレ・アン・トゥールナン・アン・ドゥオール、左右交互に(シソンヌ、エシャペ)*3、これは何てパだ……アン・ドゥオールで空中で一回転。このセットの反対側。途中間があいて、ジュテ、ソテ、あ、また名前忘れたパがあって、シャセ、っちゅう走り抜ける感じのもあった。むぅ〜あってるかなぁ?28度-8度



2000年10月29日(日)
初プール。

本当はゴルフをするつもりだったのに、なぜかゴルフ場が閉まっていたそうで(これは区長選挙の日だったからなのだ。遊んでる場合じゃなくて投票所へ行こうという意味から娯楽や飲酒のための場所は閉まってしまうのだ、という話は聞いていたのだけどすっかり忘れていた)、MJ&夫は雪山で遊んできたそうな。

それで疲れてくれたかと思いきや、夕方になったらしっかり約束を思い出して「プールに行こう!」と騒ぎ出したので、しぶしぶ下についていく。まぁしかし、ここも気持ちいいわね〜。白いバラに囲まれた芝生のお庭&プール。あじさいみたいな花も咲きそう。楽しみ。それにしても雪遊びのあと、プールで泳ぐなんて不思議な感じだ。私はしっかり筋肉痛だわ。玉入れぐらいでね〜。情けな。



2000年10月28日(土)
サンチャゴ日本人学校で運動会 。

和気藹々としていて良いんじゃないんでしょうか。JJSでは「仕事中だから」という理由で、運動会の時も自分の子ども&妻と一緒にお弁当を食べない先生も存在したけど、ここでそれを言っていたらすごく変な構図ができあがるだろうな〜。児童生徒の半分とは言わないけど、けっこうなパーセンテージを教員のお子さんが占めてるものね。それにしても保護者が参加する競技がやたらたくさんあったように思う。生徒の人数が少ないせいかな〜(プログラムが埋まらなくなっちゃうもんね)、それとも娯楽(?)の少ない国だからという配慮なのかな?あるいは普段、自分ちで親子のふれあいが少ない土地柄なんだろうか?単に日本の踏襲?私としてははずせないプログラムだけサクサクこなしてほしかったけど。ま、いいや。

Mは聖火ランナーとかしてたなぁ。緑組の代表は男の子なんだ〜と思って見ていたら我が子だった。おいおい。あと、やっぱり踊りが好きなのね。クエカのステップに感動した。9月にクエカをプロの方に教わった時にも色々なパターンを聞き出して「回る時はこれ、向かい合う時はこれ」などと分析していた。今回、その研究の成果があますところなく発揮されていた。本来、ただ走り回ったり足を踏みならせばいいって踊りじゃないんだよね。そこら辺の見極めはさすがだと思う。あ、もちろん花笠も腰入ってました。Jも彼女なりに頑張ってた。かけっこは判定が難しい着順に見えたんだけど、とっとと1位のとこに座ってたし。全体的に子ども一人一人が競技以外の部分でも色々役割分担して、とても頑張っている、という印象でした。

夕方は絵画展オープニングの準備でMJともにまた一踊り

夜はバレエ教室の先生の公演があってロ・バルネチェア区立劇場へ。ここは前に音楽祭で出演したところなので、子ども達は開演まで「歌えバンバン」とか小声で歌っていた。踊りそのものはコンテンポラリーだったから私にはいまいちかな〜。面白いと思えるモノは面白いんだけど。ああ、それに動きが複雑だったり、型にはまってなかったりするので、難しい面もある。そこに惹かれないということは、やっぱり私はバレエはクラシック指向の人なんだな。その後打ち上げなど。久しぶりにジャカルタ生活を思い出すような忙しい一日だったわん。



2000年10月27日(金)
バレエ教室のJのお友達、Carolineが遊びに来た。ナニジンだろう……って思いながらも今日まで確かめられなかったんだけど、なんとベルギーの人だそうな。家ではフラマン語を話しているらしい。どうりで親子の会話に耳をそばだてていても訳分からなかったはずだ。でもこれも考えようによってはインドネシア語とある程度共通項があるだろうから、いざという時には助かるかも???(それはないか)。子ども達はいったい何語で会話してるんだろうね〜?と思っちゃうけど、それでも遊べちゃうところがスゴイよなぁ。


2000年10月25日(水)
衣装採寸。


2000年10月24日(火)
例の沈丁花っぽい花が黄色くなっている。ますます金木犀みたいだ。夏時間なもんで仕事が終わってからゴルフができる。J鉄棒から落ちて顔をすりむく。もう、毎日毎日。


2000年10月23日(月)
寒いやん……。何度あるのか知らないけれど、家の中で私は長袖のシャツを2枚着て、上着を着て、前からバレエ用のセーターをひっかけてます。夜は寒くて眠れなかったので、「こんなの必要なかったなぁ」と思っていた日本から持ってきたホカロンの封を切ってしまいました。今時のこういうのは揉まなくていいのね。ちょっと浦島。冬場はこんなに寒さに震えなかったもの、床暖房、偉大。でもこんな時にはセントラルヒーティングだけだとちょっと不便。

Jの足の爪が剥がれかかり痛がる。(普段なら自然に取れるのを待つけど……)運動会前なので念のため病院へ行く。動詞なんか全部原型(不定型)で状況を説明している私を見て夫が「スペイン語話せるやん」と感心する。あんさん、感心するレベルが低すぎるがな(涙)。



2000年10月22日(日)
SGICH婦人部総会。

一昼夜車にゆられて遠方から来たというメンバーもいたし、目標の300人を遙かに超える大結集でした。劇あり歌あり体験談あり研究発表あり、なかなかの充実ぶり。ほんのちょっと前まで会合が規制されていたとは思えません。

問題のサルサは衣装も小道具も当日合わせ、考えていたフォーメーション(曲の途中で舞台を降りてお客さまの中に入る予定だった)は会場の通路すら人で満杯になってしまったため急遽変更せざるを得なくなったり、不安材料はたくさんあったんだけど、まぁ良かったんでしょう。アンコールというか(本当に予定になかったのだ、そんなこと)総会終了間際にもう一回踊らされるほどで。このアンコールの時には会場のお客さまを舞台に上げて一緒に踊ろう!ということになったんだけど、誘われる人がだれ一人として断らないもんね〜。さすがラテンの国。これでブラジルとかだったらきっともっとすごいんだろうな。何はともあれ、この国の可能性を感じる集いでした。

そして私、また歌いながら踊っていることに気づいた。ジャカルタではバリダンス部がらみで盆踊り大会では櫓で踊ることが多かったんだけど、その時に「歌いながら踊っているのはるっちゃんぐらいだ」と夫に指摘された。そう、盆踊りってやたら息が切れるなぁ〜と思っていたんだけど、それもそのはず、「踊るポンポコリン」やら「Waになっておどろ」なんかガンガン歌いながら踊っていたのだった(指摘されるまでは気がつかなかった)。今回のサルサは曲は知っていたけど歌詞なんかもちろん分からないのに、それでも聞き覚えで歌ってしまっていたのだった。ふむ。習慣とは恐ろしい。



2000年10月21日(土)
日智会館でコピウエ会のバザー。

バザーってとっても苦手なんだけど、みんなが頑張っているし一度覗いてみようと思って行ってみた。ジャカルタでジャパンクラブの婦人部がバザーをやるとどうしても大がかりになってしまって、会場もホテルなんかになっちゃうけど、ここはその点、誰もが足を運びやすくて良いかもしれない。開場の1時間以上前からたくさんのチリ人が列を作って待っていた。雑貨や衣料品なんかのコーナーは私なんか何があるのか見ることもできないぐらいの人だかりだった。実際、何人もチリ人の知り合いに会ったしさ〜。私は会員さん手作りの美味しいお菓子類をゲットしました。

夕方は会館掃除&総会リハ。なるようになれ(おいおい)。



2000年10月20日(金)
私たちがここにやってきた時には250ペソだったバスの料金が280ペソになっている。8月の中旬に260ペソに上がって、こないだ270になったと思ったらこれだ。う〜ん。インドネシアでのあの大騒ぎの発端も、ガソリン代高騰によるバス代値上げに反対する学生のデモだったよな〜。ちょっと心配。

それにしても戦車が出動するような騒動が市内で起こっていて、それがニュースになっていても、その事すら知らないで平気って人がいるのも別の意味で心配……。ジャカルタも貧富の差は激しかったし、駐在員やその夫人はまず立ち入らないエリアってのはあったけど、それでも一応騒動が予測されるような出来事がある時は(例え何事も結果的に起こらなくても)注意喚起が領事館からも学校からもあったし、火の粉が飛びかからないような騒ぎでも何か起こった時は連絡がきた。それがどう自分に関わってくるか判断するのはもちろん個人個人なのだけれど。ここはもっと棲み分けの徹底している土地なのだということなんだろうか?チリ人はキレにくい気質だというのだろうか?これもまだ私には分からないけれど。

いずれにせよ「今まで大丈夫だったから」ってことを何の手も打たない理由にするのはどうかなぁ。気づいてしまった危険性はやっぱり回避するように努力する、あるいは努力できるように考えてみるのが筋だと思うんだけど……。これまた具体的にどうしたら良いのかは分からない。ま、取りあえず覚え書きってことで。



2000年10月19日(木)
例の沈丁花みたいな花を追いかけていて思ったのだけど。

日差しがとってもきつくなってきたこの町で。「あ、あっちにあの花が。そばにいってみよう。ああ、いい香り」なんてやっていると、ふと爽やかさを感じる。走り回ったりしているはずなのに。なぜかというと、それが木陰だったりするからだ。私が普段使うルートはこのシーズンは暑くなり過ぎる。でもそうやって木陰に入るまでは自分がそんな暑いところを歩いているなんて意識していなかった。梅の季節、その道を行く方が花全体を遠くから楽しめるので、そこを通るのが習慣になってしまっただけで。

これがどこまで計算されたことの結果かは分からないけれど、こんな風に「この季節に香る花はこれ。そして側にこの木を植えるとすると、その季節にはこれぐらい葉を茂らせている。香りに惹かれて人々がそこを通ると自ずと涼を得ることができる」とか考えてこういう植え方をした人がいたなら素敵だな〜と思った。逆に梅やらが咲いている時っていうのは、私が今まで歩いていた道が目にも体にも(日が差して暖かいので)嬉しい道ってことになる。

都市計画っていうと大きすぎるしガーデニングだとコンパクト過ぎかもしれないけど、そういうことを考える人の楽しさがちょっと分かったような気がする。一粒で二度三度おいしく思っていただける幸福。



2000年10月18日(水)
フードコートの禁煙コーナーでタバコを吸っているおじさんがいた。

他にもどっかり座り込んでタバコぷかぷかやってる女の人がいたので、わざわざそこから遠い場所を選んで座ったにもかかわらず、そのおじさんが隣のテーブルにやってきてタバコを吸い出した。Mはこの頃咳が辛そうだし、何よりやっぱり食事中にそばで喫煙されると食べ物まずくなるし、煙いし、注意しよっかなと思った。でも、ただでさえチリ人は見栄っ張りとか間違いを認めたがらないとかいう話を聞かされているし、普段からもデパートですら歩きながらもくもくやっている人も確かに多いし、逆ギレされたらイヤだな〜と躊躇してた。

そして言葉だ。日本語でだって相手を不快にしないで注意するような言葉って難しい。それをスペイン語で何と言ったもんだか……「ここは禁煙エリアですよ」以降が続かない(まぁそれで十分かもしれないけど)。MJも当然のように「るっちゃん、何で注意しないの?」ってプレッシャーかけるし。むむむ、と思いながら取りあえず彼の方を見てた。2本目を吸おうとしたらやっぱり何かしなくちゃ、と思って。

そしたら、まさに2本目を吸い始めた時に目があった。幸か不幸か私は食べ物にかぶりついているところだったので話すことができず、「ちちち」と指を動かして「だんな、そいつはいけねぇや」と合図をした。彼が何で?って顔をするから「禁煙エリア」と書いてある立て札を指さした。そしたら彼は「あ〜、そうだったんだ、まずいまずい」と慌ててタバコを消してくれた!そして「気づかなかった。ごめんね」って表情。で、お互いににっこり。へぇ〜、やってみるもんじゃん。

ジュースを飲もうとしたら自分が震えていることに気づいた。でも自分の弱さに負けないでよかった。おかげでスマートな人がいるって分かってよかった。知らないことも間違うことも(程度によるけど)恥じゃない。でも、人に注意された時に感情を爆発させたりするのは見苦しい。ああやってありがとうって言える人になりたいね、とMJと言っていた。



2000年10月16日(月)
沈丁花みたいな花が咲いている。真っ白なやつ。香りも作りも大きめ〜って感じだけれど(そういえば派手な銀木犀に見えなくもない)、香る花がこんなにあるってのはシアワセ。


2000年10月15日(日)
「夏時間」が始まった。

今日の午前0時が午前1時に。誰かさんの期待に反してカウントダウンがあるわけでもなく、花火が上がる訳でもなく、ゆく年くる年があるわけでもなく……(あるかぁ!)。学校からも「バスに乗り遅れる子が例年数名いるので注意のこと」みたいなお知らせをもらったのだけど、ホントにいるのねぇ、そういう人。学校のバスじゃなかったけど、今日待ち合わせたらやっぱり時間を変えるのを忘れて1時間遅れてきた人がいた〜。

Daylight Savings Timeという思想だよね(そういえばUSAはもう2週間ぐらい夏時間だよな)。確かに晩ご飯食べ終わるまで部屋の電気つけなくていいけど……。朝はまた薄暗いうちに起きなきゃいけなくなっちゃったなぁ。



2000年10月11日(水)
もう〜、みんなゲンキンだよなぁ。

バレエのクラスで。わけのわからないパがあった。たいていは口の説明では納得できなくても踊ってみると体が勝手にその形になるのだけれど、今日のはそうはいかなかった。何回も先生が教えてくださって、他の子たちも分からなくて、宿題だ〜って感じだったんだけど。

普段は高校生ぐらいの子ども達は余裕があって私にも「一緒にやろうよ!」って感じで接してくれる。でも中学生ぐらいの子の中には微妙なスタンスの子もいる。なんでずっとやってる私がポワント履けないのに、このオバサンはいきなりやってきて履けてしまうんだ、と思っているのかいないのか本当のところはそりゃ分からないけれど、ポワント組とそうじゃない人に分かれた頃から挨拶もそこそこでツ〜ンとしてる子もいた(もとが微妙な年齢ってのはそりゃあるけどね)。

でも今日はねぇ。特に何回も先生が教えてくださった上に、まだ要領のつかめない私を見て、なんかやたらフレンドリー。更衣室でも満面の笑みをたたえて「お疲れさまぁ♪」ってねぎらってくれるし。ふふふ。なんか、そういうのも悪くないじゃん(負け惜しみかぁ〜!)。



2000年10月8日(日)
ゴルフチリデビュー。とても楽しかった。

と、いっても、私は昔からゴルフが好きじゃないんだな。まず「環境破壊?」とか思っちゃうし、何が楽しいか理解できない。でもこれも「認識せずして評価せず」だと思ったので、10年ほど前には日本でゴルフスクールに通ったりしてみたのだった。この時変わった認識ってのは「ただの玉転がしではなく、汗をかく程度にはスポーツである」ぐらいのことだったんだけど。ゴルフ天国ジャカルタでも1ラウンドしただけだった。そして7年ぶりぐらいにmyクラブとのご対面。

初めて楽しいって思えたな〜。面白かったのは、自分の考えがそのままスイングに出ること。お約束すぎるぐらい。芝がはがれたところにボールがあると「これ、地面を叩いたら痛そうだな」と思って上を叩いてしまうので、ボールは転がっていく。ちょっとしたラフのような所に入って、草一本でもボールとクラブの間にあると意識すると、それよりかなり手前の地面を掘ってしまう。もう一呼吸すべきだった、と思いながらもスイングに入るとインパクト前で息苦しくなる。ゴルフは精神力のスポーツって言われるけど(スポーツにしろ芸術にしろ何でもそうなんだけど)、ここまで顕著に心の動きが見えると笑っちゃう。それでもボギーを取ったわよ(って威張れることではないが……名前があるだけましやん)。ほぼ初めてにしては上出来でしょう。

さらに、景色の美しいこと。ジャカルタの緑も強烈だったし、カメレオンみたいな不思議な動物にもたくさん出会ったけど、ここはうっとりするような景色だ。北海道思い出すな、やっぱり。町中ではポツンと落ちているように見えた種もちゃんと親子関係が確かめられた。そのうち色んな実がなるだろう。カポックのような綿も飛んでいた。鳥もキュート。

そして何より、家族全員で楽しめるっていうのがいいっす。MJのクラスも好調なようだし、みんなでお散歩ラウンドもできる。子ども達、ゴルフのマナーを押さえたら、集中力も変わってくるだろうな。



2000年10月7日(土)
「世界の少年少女絵画展」をチリでも開催することになる。そのオープニングで子ども達が踊ることになったので、今日から練習開始。やっぱあの派手な衣装を着るのか???(バリダンスをやっていた人間がこれ以上何を派手と言うのだろう、という気も)。でも子どもはいいわね、可愛いし。

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