泣くなガメリちゃん 濃縮ガムラン修行の日々

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このページのテーマ曲は「田園」by玉置浩二

好きな人の側にはいつまでもいたいですね
たとえ永遠にいられないとは分かっていても
そしてそれは人への気持ちだけに限りません
出会いがあれば別れがあることは覚悟していた私たちですが
思いもかけず、その時が早くきて戸惑うこともあります
別れを考えると一日に三回は泣いてしまうガメリもそんな一人 (98年8月3日-本帰国)
でも泣きながらでもいろんなことを吸収しよう!
と思い実行できるのは幸せなことですよね
(このページは全世界でジャカルタ/バリに思いを馳せているすべての館山ガメリに捧げます)

1998年6月15日(月)
昨日ジャカルタに戻ってきたガメリちゃん(ガメラン部副部長)宅に電話する。「今日ってガムランの練習するの?」との私の質問に、ガメリちゃんもちょっとたじろぎ気味。さすがに今日から練習を始めようとは思っていなかったのね(だって帰ったらすぐ練習するって言うてたやんかぁ!)。が、二人だけでもできるところから始めようと太鼓をバパに教えてもらうことにする。

6月18日(木)
ガメリちゃんちで太鼓の練習。PANYEMBRAMAをはじめる。太鼓の叩き方の呼び名について整理できた。

          (ばち有) (ばち無) φ   ×   −
WADON(大太鼓)    ○   DENG         DAG      TEK      KUM      KA
LANANG(小太鼓)   へ TUT           DUG      TEK     PUNG     PAK
私たちが習っている叩き方は現在このくらい。WADONとLANANGは、いつもペアで叩く。大太鼓小太鼓と言っても見た目の大きさに変わりはないが、叩いてみるとWADONが低く、LANANGが高い。構えた右側が少し大きくなっている。○やへの記号の時には手やばちを使って「どーん」と響かせる感じで叩く。φは左の面を手で押さえながら「ぱしっ」と鋭く右側を叩く。×は指の付け根あたりを使ってはじくようにして右側の真ん中を叩くが、この音を文章で表現するのは難しい。べちゃっとした音ではいけない。φより深みのある「ぱん」だろうか?敢えて言うなら「KUM・PUNG」という音だ。−は左側を叩く。乾いた軽い音を出す。

6月22日(月)
バパ+新たに帰ってきた元会計の切れ者・中本(=なかりん)とガメリとるっちゃんとで練習場所候補地を見に行く。新しくできたバドミントン練習場の2階部分である。お向かいの部屋にはジャワガムランが置いてあったりして、思わず触ってしまうガメきち達。楽器も、現在の場所のように出したりしまったりする必要もなく、つまり重ねてしまわれることもないし、地の利も良いのでここを使うことに決定する。

午後からは通常のガムラン練習。畑村、川村も加わって少しにぎやかである。

6月25日(木)
るっちゃんちで太鼓の練習。なかりんも特別参加。バパにもガメリの気迫が伝わっているのか、今まで太鼓はなかなか教えてくれなかったのに、今回はきちんと楽譜まで書いてきてくれたりする。しかも譜に間違いがない!うぉぉこれなら初見演奏も可能です(私たちに技量があれば)。KENDANG TUNGALと言うソロの部分の基礎も教えてもらう。今のところ左右交互にパカパカ叩き、均等に音を出すだけですが。おいおいパターンも教えて下さるとのこと。

バパにこのHPを見せる。いたく感動してくれる。なにが嬉しいって、バリ文字がインターネットなんかにアップされていることらしい。「教育文化省(日本の文部省・先生の勤務先)でもこういうことをしなくっちゃ!」と目を輝かせていた。

6月29日(月)
TEBETでの最後の練習。本当は楽器を灰皿に使われたり、扱いが粗雑な結果楽器が壊れたり、物がちょろっと足りなくなったりと、不満があって場所を移るのですが、バパに「いや〜騒乱以降、遠出ができない部員が増えまして……」という当たり障りのない言い方を教えてもらって円満引っ越し。

7月2日(木)
PONDOK JAYA(KEMANG地域)での初めての練習。場所を借りる時に「下のバドミントンコートを使っているときは練習できない」という話だった。「そんなぁ。聞きながら練習すればいいやん」と思っていたが、やってみるとたった数人でも体育館に響きわたる大音量。これは練習に集中できないと納得。曲はいきなりCENDRAWASIH(=極楽鳥)をやり始めて「それぞれメラの楽譜を書き込むように」との指示。ええぇ〜突然聴音の時間ですかぁ?と思いつつも案外書けるもんです。面白いように進んでいくのでバパも「ASYIK!(≒おもろいねぇ!)」と言っていた。いやしかし、元の曲をよく知らないからメラの音はとれてもリズムがわかりましぇ〜ん。

PONDOK JAYA
新しい練習場所の様子を確かめる三役。つまり、部長、副部長、取り立て役。その柱さえなければ、ほぼ完璧。

7月3日(金)
ババ宅でブンブンの練習。遊びに行っただけのつもりだったるっちゃんも後半はひきずりこまれて、新曲SEGARA MADU(=蜜全部(?))をやる。まぁそんな甘い雰囲気にはほど遠いわ。

7月4日(土)
ガメリ宅で太鼓の練習。PANYEMBRAMAの後半が結構難しい。WADON役のガメリちゃんはKENDANG TUNGALの部分もあるので忙しそう。私は待つ部分が多くなると逆に入る時のリズムがどうしても納得できない。でもこれが済んだらMANUKRAWAをやってくれるという。夢じゃないかしら?「じゃ、次は絶対新しい曲に入れるように、このややこしい部分は自習しとこうね」と誓い合う(が……)。

明日は本来ならばバリのアートフェスティバルでの出演当日。予定表の「アートフェス」の字を未だに消すことができない私たちです。

7月8日(水)
るっちゃんちで太鼓の練習。先生が来るまで、最近入手したガムラン関係のCDを聴いたり、よそのガムランWebサイトを見たりして遊ぶ。約束の時間をかなり過ぎても先生が現れないので、これは多分今日は来ないだろうと、近所に越してきた部長の毛利ちゃんを呼びガムランをひいてもらってPANYEMBRAMAの自主練をする。太鼓イントロクイズ(ガムランの曲のイントロ部分を太鼓だけで演奏して何の曲か当てる)もして遊んだ。曲はわかってもタイトルが出てこないこと、甚だしい。

7月9日(木)
「昨日はごめんね〜。会議が長引いちゃって」とPONDOK JAYAに現れたバパ。騒乱以降、あちこちで「改革」の打ち出されているインドネシア。バパの勤める教育文化省も例外ではないらしい。不公平を是正することから、今後の文化芸術の発展への手法に至るまで種々の問題を話し合ったらしい。そりゃぁいくら時間があっても足りないと思う。

例えば日本の歌舞伎なんかはチケットも高いけれどたくさんの人が劇場にやってくる。一方インドネシアでは無料で舞台を開いても席は空いているし、投石する客までいる。こんなことでいいのかぁ!という話題も出たらしいが……。マナーのことは置いとくとして、私は「芸術」を一般の生活から切り離している日本のあり方よりも、「朝は農民、午後はガムラン奏者」みたいに、生活の中に文化として芸術が溶け込んでいるインドネシアの方が人間的という気がするのだけど。

ところで、ヒタムに対するメラの入れ方で、メロディーの3つとなりの鍵盤(完全5度もどき)を叩いていくやり方をデンパサールではNGEMPYUNG(余所ではNGERU)と言うそうです。それに対して、オクターブ離れた場合はNGEMBATと言うそうです。GONG KEBYARの場合、よい響きとされるのは、この2つのパターンだけなのだそうです。

7月10日(金)
バパ宅でブンブンの練習。SEGARA MADUにメラが入る。私はしばらくブンブンをさぼっていたので知らないのだけれど、SEKAR JEPUNGのイントロ部分がより複雑になったらしい。そこも練習していた。

7月11日(土)
ガメリ宅で太鼓の練習。何とお約束通りMANUKRAWAの太鼓の楽譜を先生が書いてきて下さった。やっぱり知っている、しかも好きな曲だと、あっと言う間に2ページ分叩けるようになってしまう。暇そうにしていたからJを連れてきたんだけど、これならマヌクを踊れるMを連れてきた方が楽しかったかもしれない……。私個人としてはPUSPAWRESTIとこの曲が叩けるようになったら太鼓における望みはかなった……という感じだな。

7月13日(月)
朝はPONDOK JAYAで通常のガムラン練習。おお!チョバ(試し≒見学)の人が4人も!建設現場でバイトをしていたという強者・通称「親方」の和田さんや、名護さんも練習に出てきたのでさらに賑やか。初心者向けの練習もグレードアップして、止めた音の入ったちょっと複雑な叩き方も説明されていた。う〜ん素晴らしい。

お昼はかねてから行ってみたかったバリ風のレストラン「ULAM」に入ってみんなで食べる。この店は大ヒット!KEMANG RAYAを南に行って道なりに左に曲がってしばらく行くと右手にあるお店(Jl. Kemang Raya Selatan 98)。ブンブンの曲が流れ、お香(蚊取線香ともいうけど)がたかれ、雰囲気丸々バリ!奥には割れ門もついたステージが!思わずみんな発表会の候補地を見る目になってしまった。

RAJA SPECIAL料理もまぁいろいろあるのだけど、RAJA SPECIALみたいなセットは、鳥・魚・エビを焼いたのとごはんにスープ。チャベの美味しいこと……。飲み物と、デザートにバリ・パンケーキ+アイスクリーム、コーヒーか紅茶がついて、いくらだっけ?5万ルピアでおつりが来たよな。お勧めです!

GENDER LESSON眠ってしまいそうな、い〜気分のまま、午後からグンデルの練習。3カ月ぶりぐらいかな?すっかり忘れてます。その上まだ続きというか前奏部分があるんだよね〜。とはいえこれは楽譜なしでやってきたので体が覚えていてくれるというのはあるけど……。頑張ろうっと。

7月14日(火)
ガメリちゃんのバリダンスのビデオ撮りに行った。いっそ「バリガムラン部」(今は未だガメラン部だけど)を「バリ部」にして、音楽から踊りから料理からお供え物の作り方までなんでも学ぶ部にしてしまえば〜なんて言っている今日この頃。

その後サリナ・デパートに行ってバリ・ガムランCDを買いあさったのでした。

7月16日(木)
午前中はバパの用事で練習が中止。でもその間ガメリちゃんは一人で練習場所に行ってオリジナル曲の録音に挑戦したみたい。

午後からはガメリ宅で太鼓の練習。MANUKRAWAの続き。バパはまず難しいところを試しながら楽譜を書いて下さった。足りないところとかが時々あるにせよ、ほぼ完璧な楽譜ができてきた。残すところ半ページでMANUKRAWAは完成!雰囲気出てる〜(ってあたりまえか)。この太鼓は今までの曲よりパターンが明確に決まっていて、それの意外な組合せで構成されていることが判明。そのそれぞれのパターンも今までにない斬新なもの。でもこうやって書いてもらえばきっと誰にでも叩ける!あ〜素晴らしい。

7月17日(金)
午後からバパ宅でブンブンの練習。前半は新しいメンバー中心の練習で(と言っても前からやっている人の方が多かったけど)、後半は長くやっている人向けの練習でるっちゃんは後から参加しました。SEKAR JEPUGNの挿入部分をちょっと複雑なCECANDETANにしたものが、結構かたちになってきたみたい。ところが先週かなりバッチリできたと思ったSEGARA MADUを忘れまくっている……。悲しい。

7月18日(土)
久しぶりに車の前方が見えないぐらいのスコール!でも朝からガメリ宅で太鼓の練習。MANUKRAWAをとうとう終わらせる決意。バパはすっかり楽譜を書いて下さった。ホントはちょっと足りないところとかもあるんだけど、後は繰り返しだからできたも同然。妙なリズムもあって益々おもしろい。練習が終わったらバパが「踊りの曲の叩ける女性太鼓奏者が初めて生まれた」とか言って非常に嬉しそう(でも私達、プスパが既に叩けますけど……)。「せっかくだからきちんと演奏に合わせて太鼓をひいてみよう、再来週の月曜日に足りないパートを埋める自分の友達も連れてくるから、みんなで演奏して、それを録音して、ビデオにも撮ろう!」なんて提案して下さった。感動のあまり、またしても涙のでそうなガメリちゃん。でもそんなの、楽譜さえ書いてくれてたら、こないだの発表会でも、去年のバリでもMANUKの太鼓叩けたのに〜と思ったるっちゃんでした。

DRUM LESSON
笑ってないでちゃんと叩きや〜。手前の白いのは何?

バパが来る前にゴンクビャールのプマデで「かえるのうた」をMがひこうとしていたので「そりゃー無理よ」と言ったものの、となりに置いてあるグンデルと合わせると変ホ長調になることを思いつき、ひいてみる。大受けした。遊んでいる間にバパが来て「それは■◎▲という音階なんだけど、ちょっとズレてるね〜」なんて言っていた。ひゃ〜、まだあるんかい音階の種類は……。

7月20日(月)
午前中はポンドックジャヤで通常練習。久しぶりに川村ちゃんも来てくれたので、CENDRAWASIHがゆっくり練習できたと部長の毛利ちゃん大喜び。確かに最初はゆっくり一つ一つ確かめるようにやっていたのだけれど、後半部分になってきたら、なんだか普通のスピード。それもそのはず、バパはMANUKRAWAの太鼓をみんなと合わせてみたくてうずうずしていたのですね。CENDRAWASIHを駆け足で最後まで通すと、MANUK体勢。いざやってみると、うぉぉぉ難しい!5枚になった楽譜を並べるのも大変なら目で追うのも一仕事!ガムランにおける太鼓はコンダクターだから、オーケストラと違ってリズム通り叩けばいいってもんじゃないんですよね。自分からテンポの変わり目とか指示を出さないといけないのに、そこまでいかない。

NOTEお昼はタイ料理のRAJAで、ちょっと恐い話で盛り上がったんだけど、それはおいといて、午後はガメリちゃん宅でGENDERの練習……、のはずだったんだけど「MANUKの太鼓が叩けたらGENDERやりましょう」なんてバパに言われてしまった。「そしたら夜中になってまう」とはガメリちゃんの発言。この人、こんなことしているけど明日は船便の荷物出しなんです。ひと事ながら大丈夫なんだろうか?今朝「出かける」と言ったらメイドさんが目を点にしていたというし……。

手が真っ赤になるほど練習して、でもまぁ午前中よりはましかな?という程度ですね。苦手なところがやっぱり苦手。緊張すればよけいトチるだろうし。おぉぉ雪が降ってもおうちで練習しなきゃ(るっちゃん=子供時代から家でのおさらいをしない人)。
土曜日にもらった太鼓の楽譜をワープロで綺麗にしてきたらバパがいたく感動してくれました。「できあがったら一そろいくださいね、本にするから」「あれと、これと、それも綺麗な楽譜になるといいなぁ」なんてまた夢が膨らんでいます。


 
7月23日(木)
午前中はポンドックジャヤ。何をやると言われる前にさっさと前に座って太鼓を叩く体勢になっていた私たちです。たった二日でも家に帰って落ちついて楽譜を見、曲と合わせてみたりすると、それだけでかなり叩けるようになるものです。月曜日とは雲泥の差だわ。ちょっと気分がいい。これなら何とかいけるかも!とはいえ、踊り手が移動する部分、旋律は4/4(というより2/4)拍子なのに太鼓は3/4拍子みたいなパターンで混乱するところがあるのだけれど、そこが相変わらず苦手。

ってちょっと安心していたら、「PANYEMBRAMAやってみましょう。忘れないように」なんてバパ。え〜もう忘れてるって!MANUKの頭になってるんだから……うるうる。午後からの練習も結局PANYEMBRAMAの方を重点的にやった。どうやら、これも録音するつもりみたい……。楽譜を最後まできちんと書いて下さったから、午前中よりは形になったと思うんだけど……こういう単純ともいえる曲の方がかえって覚えられなくてしんどい。

7月24日(金)
午後からバパ宅でブンブンの練習。何を思ったかSEKAR JEPUNGの途中の部分にもCECANDETANを入れる。根を詰めていたせいか、「あ、ガメリちゃんちょっと遅れてきたな」と思った時点で既に2時間近く経過していた。

来週の月曜日には、もしかしたら騒ぎがあるかも知れないので、録音は木曜日に延長することにする。「で、木曜日にはブンブンも持っていきます」ってそれは、これも録音するつもりってこと〜?ただでさえいつも違う曲に混ざってしまいそうなブンブンを、途中をこんなに変えて、しかもSEGARA MADUはほとんど覚えていないのに、録音?ブンブンの練習はもう今日で最後なのに?と思ったが、ガメリちゃんは「挑戦されて受けてたたないわけにはいかん」と楽譜を起こして帰っていった。荷出し以来、体調が悪いみたいで咳もしているし薬も飲んでいる様子。大丈夫なんかいな……。

7月29日(水)
午後からガメリ宅で太鼓の練習。なんだか久しぶり。少し形になったと思ったら、とたんにおうちで練習しなくなる悪い癖がまた出てしまって、先週から練習していない私。楽譜を見返しもしなかった……。ガメリちゃんの具合も本格的に悪いし、ブンブンの録音はやっぱり見合わせてもらう。太鼓に集中するのだ!

しかし、荷出しを終えた人の家に、なんでこんなにいろいろと物があるんだろうねぇ。ガムランだって何台あるの?

7月30日(木)
いよいよレコーディング当日。さらっと一回練習しただけで「じゃ録音しましょう」なんて簡単にいうバパ。でもこういうのって、機械を回してない時の方がいい演奏ができたりするんだよねぇ。ま、なるようになれぇ〜なるようにしかならん〜とやってみました。MANUKRAWAとPANYEMBRAMA。トカンさんが入るとやっぱり迫力が違うし……。ジーンときちゃいましたよ。今回は泣かなかったけどね(最初のバリの時は泣いた)!死に別れる訳じゃないんだからさ。この瞬間には別れの辛さよりも充実感・幸福感が勝っていたことも事実です。

やはり本帰国が決まり荷物整理に戻っていた荒林さんが、実に久々だったにもかかわらず、完璧なダヌールのギインを叩いたのはやっぱりこの日だったかな?みんなすごいよなぁ。

ガメリちゃんは、うだりそうな練習場所に扇風機も寄付してくれました。うん。涼しくていいんですけどね、よく楽譜をちらかしてくれるんです、この扇風機。さすがガメリ号と思ってしまう私でした。

SWA GITA PERTIWI 30 JULY 98
 去年のアートフェスの時に作ったTシャツ着ています。

練習場所でお着替えして(なんかどんどん大胆になっていくような)お昼は送別のお食事会。この日はスラバヤから、「インドネシア談話室」っちゅうチャットで知り合ったモナさんが練習を見学にこられていたので、ご一緒しました。こんなバタバタの日だったのでじっくりお話もできなかったのですが……。大阪方面でガムランの練習できる場所情報などを教えてもらえて、ご機嫌ガメリちゃんでした。モナさん、また遊びにきてね〜是非是非ジョイントガムランしませう。

7月31日(金)
ガムランには直接関係ないですが、なかりん宅でお泊まり会しました(子どもみたい?)。積もる話もあるのだけれど、普段はろくに話している時間もないですからね。ガメリちゃんは最後の最後まで楽譜と格闘していました。この人、明日ホテルに移るそうなんですけど……荷物、片づいてるの?

8月3日(月)
やめとけって言ったのに……(いや、来いと言ったかな?)午前中の練習にガメリちゃん登場。両手いっぱい紙袋かかえて、「これはあの人に、こっちはあの人に渡してね」と、出てくるわ出てくるわ……写真やら布やら。こういう状態でも帰国できるのかと思うと、何だか励みになります(おいおい)。

空港までの道のりで投石や強盗が多発している(それでなくてもめんどくさがりな)ので、普段は行かないのですが、空港でお見送りすることにしました。泣くかなぁ?と思ったけれど、案外「きちんと」お別れすることができました(会社の人の目もあるしね)。チェックインカウンターに消えるガラス越しのガメリちゃんの口は「頑張ってね」と動いていました。

本当は上空ですれ違うはずだったのですが、ランバンサリのA子ちゃんを乗せた便が予定より早く到着し、ガメリちゃんの便の出発が遅れたので、二人は10分ほどスカルノ・ハッタ空港に居合わせたことになります。プナブ去りてプナブ来る……なんだか不思議な縁を感じました。

ガメリちゃんからのお手紙の中に「時々のりうつっていい?」と書いてあって笑っちゃったのですが、うん。感じますねぇ。あ、今ガメリちゃんが来ているな……って思うことがあります。演奏中に私があらぬ方向を見ている時は、そういう時なのです。


今思うと、ようやったなぁという日々でした。
最後3日分、感傷に流されてなかなか書けなかったことをお詫びします。

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