おかげさまで、2000年3月27日月曜日、無事にJJSにガムランを寄贈する
ことができました!搬入の様子など、近いうちにupしたいと思っていますが、
私自身引越の渦中にあるのでいつとはお約束できません。すみません。
取りあえず写真を一枚だけ(右端でマヌクを踊っているのはM)。
5月16日にはこの楽器を使って「ガムラン鑑賞会」が催されました。 ![]()
演奏者は我がスワ・ギタ・プルティウィのめんめん。
この様子も誰かに教えてもらってupしたいと思っています。
6月にはJJSにもバリ・ガムラン部が誕生し、第1回JJSフェス
ティバルでは6年生が華麗な技を披露したそうです。楽器代・送料・諸経費は合計74.880.000ルピア(約107万円)になりました。
このうち約40.925.000 ルピアはみなさまからのカンパです。
ご協力いただいた方々、ありがとうございました。■ご協力下さった方々■
MN様
ストロベリー・ガメリ様
三宅めぐみ様
澤田隆子様
YS様
中村恵様
インドネシアン・ヘリテイジソサエティ・
日本語セクション・スクールプログラム様
NK様
HS様
MA様
渡邊晴美様
AM様
秋山久美子様
佐原知子様
森山香澄様
TM様
HM様
辻垣卓也様
佐藤真紀子様
早川昌志様
早川卓志様
YN様
SS様
M様
T様
豊田美奈子様ありがとうございました
「へそくり」という方は本名のイニシャルだけ。
公表しても良い方はおっしゃって下さいね。(ガムランとはインドネシアの代表的な民族楽器で、いってみれば
青銅製打楽器を中心に編成されたオーケストラのようなものです。
私が寄贈するのはJJSの子ども達にも人気の習い事として馴染みの
あるバリダンスの演奏に用いられるゴン・クビャールという種類の
バリガムランです。)
楽器の詳しい説明を見る
![]()
■現状■
在外インターナショナルスクールとして、ホストカントリーの文化を
学ぶためにもってこいの楽器、バリガムランの「ゴン・クビャール」を
教材の一つとして取り入れることができる環境となったJJSの今後の
動きに注目!ってとこです。「Rebong」を聴く
Rebongはガムランで演奏される曲の一つです。
JJSでガムランが有意義に使われるに違いないと確信した例を一つ
紹介します。(コミュニティ雑誌「太陽 1999年9月号」に掲載)
文化祭にガムランが登場したのはこの1回だけではありませんし、
私たちも修学旅行の事前学習の一環で演奏会をしたことがあります。
ただ、その時にも私たち(ジャカルタ・ジャパンクラブ・バリガムラン部)の
楽器を運ぶのに大変苦労しました。
最後の段落が肝心の部分です。これを読んだJJSの先生から
連絡を受け全てがスタートしました。
「肝心の部分」に飛ぶ
ジャカルタ日本人学校(JJS)の文化祭の準備を手伝いに行ったことがある。中学何年生だったか忘れたが、バリガムランを演奏しようというのだ。発案は子ども達からのもので、バリダンスを習っている子のお母さんに頼まれて、スワ・ギタ・プルティウィ(SGP)の先生と同じラジン先生が指導に当たることになった。何回かは問題なく練習できたのだが、本番を間近にしてお母さん達の中から「このままでいいのか?」という疑問の声が強くなってきた。というのも、言葉が通じないのはもちろん、例の、バリガムランにありがちな練習方法がなんとも心許ない、本当に上手くなっているのか分からない、というのだ。
私たちが教えられる時でも、バリガムランの練習というのはスタートの段階では非常にシンプルである。つまり、木づちの持ち方を覚え、一つ音を叩いたら次の音を叩く前に木づちを持っていない方の手で振動を止め音を消す、という大原則以外に教えられる事はないのである。あとは音符に合わせ1回叩いたり4回叩いたり8回叩いたりというパターンを知ってしまえば、技術的に教えられるべきものは全て教わったと言っても過言ではない。この叩くスピードが超人的になったり、相方のリズムの合間に別の音を入れていくような技は、言ってみればそれらのバリエーションであり、教えられるというよりは自分で練習し腕を磨くしかないことである。実際、SGPの練習に初めて来た運の良い新人部員さんは木づちの持ち方に始まる基礎を教わることが出来るが、たいていはガァ〜っと曲を流す練習に2-3回放り込まれ、「あれ?そういえばまだやってませんでしたか?」という調子で思い出したように音の止め方なんか教えてもらうのである。
しかし、そんなことはお母さん方の知ったことではない。日本人は基礎から一つ一つ足元を固めていかないと気が済まない人が多い上に、なまじインドネシアが長かったり、バリ芸術に縁のあるお母さんがいたのがまずかった。こんな調子ではあんな難しい(実際には難しそうに見えるだけなのだが)ガムラン演奏ができるようになるわけがないと焦りが出てきた。そこで私が補習及びラジン先生の通訳をするはめになったのである。 「あんなんじゃ困るわよ。ビシバシしごいてやってよ」とのお言葉に、デジタル世代の彼らには、やっぱりガムランみたいなウルトラアナログ的パフォーマンスは向かないのかな?なんて思いながら学校に行ってみたが、どうしてどうして。押さえるべき所はしっかり押さえている。彼らの勘の良さに感服すると同時に、ラジン先生の指導者としての優秀さも再確認できた。
そして何より感動したのが、一つのモノをやりとげるために困難に果敢に立ち向かう彼らの情熱と、友情である。なんと彼らは灼熱のプールサイドで練習をしていたのだが、ゆでダコのように湯気を出しながらも、できない部分は納得できるまでやり直していた。また、メンバーの中に耳の聞こえない子がいた。実は私はその子のお母さんに引っ張ってこられたようなものだ。最初はどうやって彼女に役割分担を……と思っていたのだが、ごく普通に他の子と同じ楽器が振り分けられた。前の子の叩くところを見ながらついていけばいいということである。が、チェンチェンというメトロノームのような役目の楽器をたった一人で担当する曲もあった。その子には全体の雰囲気を察知する力が強いのだろう、曲の変わり目や強弱を的確につかんでだいたいにおいて狂いなく演奏する。それでも時折訳が分からなくなってしまうのだが、そうすると隣や斜め後ろの楽器に座っている子がリズムに合わせてトン・トンとその子の背中をそっと叩いてあげるのである。そういうフォローは彼らにとっては日常なのだから当然といえば当然だが、「当たり前」のこととしてサラリとこなすクールさがまたカッコ良かった。
先生とのコミュニケーションが取れないのが心配という声もあったが、ちゃんと意思は通じていた。私の出る幕なんかない。それでも何回か練習に立ち会って、お母さん方を安心させるために状況を説明する役に回ることにした。バリガムランというのは理屈でできるようになるものじゃぁないんだよ。あの子達なら絶対いい演奏ができるから大丈夫、と。文化祭当日は用事があったので出席できなかったが、リハーサルの盛り上がりを見た分ではきっと大成功だったことだろう。
さてさて、これはよけいなお世話だが常々感じている事があるので、この機会に書いておこう。仮にも在外インターナショナルスクールなんだから、土地の文化を重んじて、JJSもガムランセットの一つや二つぐらい所有していても良さそうなものなのに、ということである。JISにはあるだけに残念に思う。アンクロンはあるようだが西洋音階の竹楽器では異文化体験というにはもう一つである。文化祭での出番もあの1回だけではなかったと記憶している。なんなら寄贈したって構わない。マジで考えてくれないですかね、私がインドネシアにいるうちに。